化学生態関連の研究 (2) 

害虫ミバエの研究

ミカン幼果に産卵するミカンバエ雌成虫と果実から脱出する幼虫

現在の日本において、果物や野菜の中からウジが出てくる、このような事態が想像されるでしょうか?このウジの正体はミバエというハエの仲間です。近年、沖縄ではナスミバエが台湾から侵入して分布を広げ、ナス科作物に深刻な被害をもたらしています。また、かつては大分県の一部の地域だけに分布していたミカンバエが、周辺地域へと分布を広げています。ミバエは果実に産卵し、孵化幼虫が果実に侵入・食害することで果実を腐敗させてしまいます。果実内の幼虫を殺虫剤で防除することは困難であり、発生地域からは野菜・果実の移動が厳しく制限されてしまうケースも少なくありません。ミバエ類の分布の拡大と被害状況を目の当たりにして、有機合成と遺伝子解析の手法を駆使して防除に役立つ研究が出来ないかと考えています。

かつて日本ではウリミバエやミカンコミバエが南西諸島における野菜果樹栽培に多大な被害をもたらしていました。しかし現在 2 種のミバエは多くの人々の努力の結果、南西諸島では根絶されています。2 種のミバエ根絶の鍵となったものの一つに、誘引剤を利用した雄成虫の殺虫があります。ミバエの雄成虫は特定の植物由来の化合物に強く誘引され、これを盛んに摂食します。具体的にはミカンコミバエはメチルオイゲノールに、ウリミバエはキュールアーに誘引されます。雄は直腸にあるフェロモン腺にこれらの物質を貯蔵し、雌への求愛時に性フェロモンとして利用するのです。誘引剤と殺虫剤を塗りこんだ板を発生地に設置すると、誘引された雄成虫は誘引剤と殺虫剤のしみ込んだ板を盛んになめる行動をとるため殺虫できます。この防除法は、通常の殺虫剤散布では効果が薄いミバエの撲滅に大きく貢献しました。

現在日本で問題になっているナスミバエについては、イオノン類化合物に強い誘引・摂食活性があることを明らかにしてきました。誘引剤の発見の手掛かりはナス果実を舐めた雄成虫が直腸フェロモン腺にイオノン類を蓄えることから得られました。この構造を参考に様々なイオノン類を合成して、写真に示すような効果のある誘引剤の開発を進めています。


メチルオイゲノールを摂食するミカンコミバエ

合成した誘引物質に集まったナスミバエ

ミバエ類にとって香りが重要な役割を果たしていることは明らかにされていますが、どのようにして匂いを感知しているのかについてはほとんど分かっていません。もし、ミバエ類の嗅覚センサーを突き止めることができれば、どんな匂い物質が嗅覚センサーにより敏感に感知されるかを調べることができるでしょう。新しい方法を導入することで、現在では防除に有効な誘引物質が知られていない害虫ミバエに対して、新たな誘引剤の開発が可能になるかもしれません。 誘引剤を感知する匂いのセンサーとなる嗅覚受容体を明らかにすれば、受容体と強力に結合する化合物を設計して効率的に誘引剤を開発できるのではないかと考えています

嗅覚センサーとなる嗅覚受容体は図のような細胞膜に埋め込まれたタンパク質であることが分かっています。ただ、タンパク質そのものを取ってくることは難しいので、嗅覚受容体の情報が記されている(コードしている)遺伝子を探しました。 誘引剤の受容体の特定には至っていませんが、植物の揮発性成分を受容する嗅覚受容体の機能を明らかにしました。これはミバエ類では世界で初めてとなる嗅覚受容体の機能解明の成果となります