私は「人の心の健康に緑が最大限に活用される世の中」を目指し、緑の健康効果の体系化に繋がる研究に取り組んでいます。ここでは、そう志したきっかけなども紹介できればと思います。
私は東京で生まれ育ちましたが、お出かけ好きな家庭だったため、小さい頃からよくキャンプや公園などへ出かけ、川遊び、虫取り、魚釣り等々、自然の中で遊ぶことも多くありました。しかし、東京へと帰る車からぼーっと景色を眺めていて、東京はなぜこんなに自然がないのか、また居心地の悪さのようなものを幼心に感じていました。今ではいわゆる自然の癒しといった表現で言われる現象を感じていたのだと思います。
その後、将来を考える年齢になって思い出したのも自然のことでした。まずはしっかりと自然の中で自然を学びたいと考え、豊かな自然のイメージがある長野県の長野大学へ進学しました。そこでも自然そのものではなく、自然と人の関係性について研究していました。なぜ人は自然を好むのか、どんな自然を好むのかを研究の出発点にしていました。しかし、この点については当時は特に研究も多くなく、いわゆる癒し効果についても、眉唾もののような扱いを受けている研究分野でもありました。また、当時の指導教員から研究の魅力や力教えられたこともあり、もっと自然を人のために上手く活用できる社会を目指す研究者になろうと決意しました。その後は、現場に役に立つ研究を行うために、実践的な学びの多い兵庫県立大学大学院/淡路景観園芸学校へ進学しました。さらにその後、緑の健康をテーマにした研究室がある千葉大学へ進学し、無事に博士号を取得しました。
博士号取得後も無事に東京農業大学にてアカデミックなポストを得ることができ、研究や様々な活動を進めることができています。たまに素朴な疑問(あるいは鋭い指摘?)を受けることがあります。自然なんかで何が変わるのか?一時の気休めではないのか?、と。
どのような緑との関りが、何に対して、どのような効果をもたらすのかは明らかにされつつありますが、まだ未解明な部分も多いです。ただ、少なくとも“一時の気休め”(ストレスの緩和効果、リラックス効果)などは様々な研究で証明されています。私は、このことは大きな意味を持つと考えています。緑によって、ケガが治るわけではないかもしれません。人生が上向き、幸せになれるわけではないかもしれません。人間関係が修復されるわけではないかもしれません。うつ病などの精神疾患が完治するわけではないかもしれません。しかし、つらい状況において、一時でも心休める瞬間があることは、思い詰めてしまう時間を減らせるかもしれません。心の余裕が生まれ、治療に前向きに取り組めるかもしれません。心の余裕があれば、他者への思いやりの気持ちも芽生え、人間関係の修復だって後押しするかもしれません。
私は日々このようなことを考えながら、緑で人のために何ができるのだろうかと自問自答しています。以前ほど、この分野は眉唾ものではなくなりましたが、それでも科学的根拠(エビデンス)が求められる場面は少なくありません。また、さらに世の中に緑を普及していくためには、研究の力がまだまだ必要だと感じています。特に、緑は良いですよ、という所までは多くの研究で示されてきましたが、どう関われば良いのか、どのくらいの量があれば良いのか、どのような質の緑が良いのかなど、具体的な提案をするにはまだまだ知見が不足しています。この点を解決すべく、私は緑の健康効果の体系化に尽力したいと考えています。そのために、この分野の研究をもっともっと普及できればと思いますし、多くの人が興味を持ってくれることを願っています。