久住宿泊研修会,浪人生活を送っていて,こんなに素晴らしい思い出を作ることができようとは,正直いって夢にも思いませんでした.
5月某日の第2回研修委員会,この日から僕の運命は変わったのです.
最初あまり乗り気ではなかったけれど,大船山へ登ろうという話が出てからだんだん気分が乗ってき,山小屋に行ってバカ騒ぎをしてからというものは,乗りに乗って,勉強も省みず,毎日毎日歌を歌い,とりとめもない話をしながら仕事をして暮らしてきました.そして当日…
雨ヶ池越を出発して10分と過ぎただろうか,突然トランシーバーから抑揚はないが確かに興奮しているとわかる敬介の声が聞こえてきました.
"坊ヶツルが見えました.はっきり見えます.オレ,こんなにきれいな坊ヶツルを見るのは初めてです.涙が出てきよります."
それから数分,僕の前に坊ヶツルの勇姿が開けた.一見するとそんなに広いとは感じない.山がとてつもなく大きいからだ.しかし,向こう側の山の斜面をよじ登る人を見ると坊ヶツルのスケールのでっかさを知らされる.彼らはほんの小さな点としてしか目に映らないのだ.点在する黄色いテント,たむろする人々,そこには自然と人間の融合した和気あいあいとした雰囲気が満ち満ちていた.
坊ヶツルから大船に登り始めてどのくらい時間が経ったのだろうかもの???疲労の極限に達しようとしていた時,Bコースと交信ができた.思わず一声叫んだ.「きつかぁぁぁぁ」.トランシーバーのむこうから幸せそうな笑い声が聞こえてきた.彼らはもう山頂を征服しているのだ.一瞬スーッと疲労感が遠のいて行き,段原への最後の難所に取りかかった.
「久住」と「大船」.我らの仲間がこの九州の二つの峰を同時に征服しようとしている.そして我らの心は,この二峰をはさんでしっかりと交わっているのだ.そう思った時,心の底から湧き上がってくる満足感をおさえることはできなかった.
それから数分,やっとの思いで段原へ着いた.そこは一面ミヤマキリシマで色どられ,その可憐な花は風に流れる白い霧と微妙にからみ合って一種独特な雰囲気をかもし出していた.はく息も白く見えるほど冷たい風ではあったが,疲労のため熱くほてった膚にはひじょうに気持ちよく感じられた.そこからは,いたる所に黒い岩を露出した山頂を目と花の先に望むことができた.
感激のシーンはこれくらいにして,今度は反省を書きます.
僕はAコースのリーダーを努めたわけですが,山に関して全くのしろうとであるのに,こんあ責任重大な役目をよくも引き受けたものだと,あとで考えて恐ろしくなりました.幸い,当日は何の事故もなく無事に帰還できてホッとしました.では,ここに4つの反省を記します.
1) 帰路,雨ヶ池越から長者原までの間,先頭と最後尾が15分も開いてしまったこと.
これは人が多かったために我々の列の間に他のパーティーが混じったことから生じたことですが,先頭と僕がもっと綿密に連絡をとっておけば何とかなったことだと思います.
2) 同じく帰路,先生方が大きく遅れてしまったこと.
もし先生方を待っていっしょに帰っていたなら,やまなみ荘に到着するのは5時半を過ぎるだろうと判断して,そのまま我々だけでおりてきたわけですが,結果的にはそれが正解だったみたいです.というのは,その時間に帰って来ていたなら,毛利部氏の話ですとキャンプファイヤーは恐らくできなかっただろうということです.しかしながら,2,3名の者を残して先生といっしょに下山させるとか,その他色々な措置を施すことはできたと思います.先生方に対して非常に失礼なことをしたと後悔しています.そもそもこのことは多くの問題を含んでいて,コース設定の時点でもっと十分な検討がなされるべきだと思います.たとえば下見の件だとか時間的なこと,先生方の体力面などなど…
.大船コースは実に素晴らしい.その風景といい,山を征服したという充実感といい,それこそ自然を満喫したといった感じです.それだけに相当きついコースですから,今後はその辺を十分に考慮に入れて計画を立ててください.
3) 大船山頂にトランシーバーを持って行かなかったこと.
山頂でBコースと交信していたらどんなに素晴らしかったことだろう.
4) トランシーバーのアンテナを折ってしまったこと.(失策でした.)
その他,キャンプファイヤー,ホテルでのこと,バス内のことなど,色々反省はあるんですが,おそらく他の人がすべて述べていると思いますので,この反省とも失敗談ともつかない反省で許してください.
僕はつくづくこう思います.今度の九重研修で一番素晴らしい思い出を作ることができたのは,おそらく我々研修委員であろうと.
多くは述べません.みんなわかっていることだから.
それは,永遠という言葉で裏打ちされた,かけがえのない友情なのです.