研究紹介
【湊 太志】
原子核の問題とは?
原子核は陽子と中性子の集合体というのはご存じの方も多いと思います。ではその原子核の何が分かっていないのでしょう?
一番目に出てくる問題は形です。素粒子と違って、集合体である原子核は大きさを持ちます。それがどのような形をしているのかを特定する事は容易なことではありません。なぜならば、量子力学的に考えると、原子核は様々な変形状態を(ある確率のもと)同時に混在することができるからです。さらに、球対称から形が変化することによって、原子核の空間的な対称性が破れ、回転という概念も生じます。原子核の回転は、その性質を理解するうえで非常に重要な情報の一つになっています。
二番目の原子核の問題は励起準位です。構成される陽子と中性子の数が数百個になる原子核は多彩な励起状態を持ちます。空間的な振動と回転が混じったり、さらにそれにスピンとアイソスピンが絡まっていたりします。このような現象を深く調べていくと、原子核はもっと複雑でおもしろい性質を秘めていることが分かってきます。核分裂やベータ崩壊、ニュートリノ原子核反応を精確に理解するためには、この励起準位の情報が極めて重要になってきます。
三番目の問題は原子核の励起から崩壊へのプロセスです。励起した原子核は、中性子を出したり、アルファ粒子を出したり、核分裂したりします。こういったプロセスは量子力学的なダイナミクスに従うはずですが、いまだにそのメカニズムを解明できてはいません。
多くのことが分かっていない原子核物理分野の中で、私は原子核の中の弱い相互作用に焦点を当て、理論的に研究しています。原子核を理論的に研究する方法には、主に平均場理論(エネルギー密度汎関数法)や線形応答理論、およびその拡張である二次線形応答理論を用いています。原子核の3体問題を考えるときは配位混合相互作用も採用します。最近では、核子間相互作用を求めるために機械学習も採用した研究を行っています。以下に、私の現在の研究を詳しく説明します。
原子核の中の弱い相互作用を、ミクロな理論モデルで、研究する
上図:Si-28がミュオンを吸収したあとに放出される粒子のスペクトルの理論計算と実験結果の比較
下図:Si-28がミュオンを吸収した後にできるAl-28から放射線が出るメカニズムの一例
原子核の中にはバリオンである陽子と中性子があるので、弱い相互作用が起きるのは自然かもしれません。しかし集合体としての原子核の中で起きる弱い相互作用は、通常の弱い相互作用と何が違うでしょう。
たとえば原子核の中の中性子は、単独でいるよりも早く陽子に変化するケースが数多くあります。陽子については、単独ではβ崩壊しないのに、原子核の中では β 崩壊して中性子になります。原子核は原子軌道に電子を持っているので、電子捕獲を起こすこともあります。これも弱い相互作用ゆえの現象です。
原子核の中の弱い相互作用を完全に理解するためには、β崩壊や電子捕獲の現象を調べるだけでは不十分です。なぜならば、弱い相互作用をして高いエネルギー状態になった原子核は、様々な粒子を放出し、より複雑な現象を巻き起こすからです。左図上はシリコン28(Si-28)がミュオンを捕獲した時に出てくる粒子のスペクトルの理論計算の結果を示しています。実験データをうまく再現していますが、この現象をすべて説明するためには、左図下のように複合系としての原子核に着目しなければなりません。
原子核の中の弱い相互作用には、β 崩壊、電子やミュオンなどのレプトン捕獲、ニュートリノ原子核反応があります。これらの現象は数多くの科学分野と接点を持っています。私たちの研究グループは、弱い相互作用の研究を通して、原子力や宇宙、地球惑星、装置開発など様々な分野に応用することを目指しています。
宇宙における元素合成研究への応用
図:r-process 元素合成シミュレーション。元素合成がスタートして、どのような原子核が合成されているかを示している。横軸は中性子数、縦軸は原子番号である。白い部分は安定な原子核を示している。左上図は温度の時間変化、右下図は原子核の質量分布を示している。このようなシミュレーションには温度や密度といった星の内部情報だけではなく、原子核の質量や核反応、β崩壊の情報が欠かせない。
太陽系には水素やヘリウムだけではなく、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)などの金属、プラチナ(Pt)・ゴールド(Au)といった貴金属、さらには鉛やウランといった非常に重い元素が存在しています。ビッグバンから始まったとされる宇宙では、そういった元素は最初に無かったはずです。いったい重い元素は宇宙の歴史の中でどのように作られたのでしょうか?
それを解明するための研究が元素合成研究です。重い元素は、星の中で生み出されていると考えられています。実際に、太陽の中では水素(H)同士の核融合によって、ヘリウム(He)が作り出されていると考えられています。地球上では起きていない核融合が太陽で起きているのは、重力によって圧縮されて高温になった水素同士が高エネルギーで衝突し、クーロン障壁を超えて融合するためです。
しかし太陽ではせいぜい炭素(C)くらいまでしか元素合成が起きないと予測されています。質量が比較的小さいため、核融合を起こすために必要な熱を生み出すことができなくなってくるためです。太陽より重い恒星であっても、核融合で鉄・ニッケルよりも重い元素を合成するのは非常に稀です。そこで出てくるのが中性子星合体です。2つの中性子星が合体するときに、非常に密度の高い中性子環境が存在すれば、クーロン力の影響を考慮することなく、中性子を素早く吸収して重い元素を合成することができます(r-process)。中性子を吸い尽くした後は、β崩壊によって安定な原子核だけが残るという筋書きです。中性子星合体はレアな天体イベントですが、太陽系に存在する元素量を説明するために十分な元素合成を起こしてくれると考えられています。
左の図は、r-process元素合成のシミュレーションの結果です。こういったシミュレーションを実施するためには、原子核の質量や核反応、β崩壊の情報が欠かせません。私は、宇宙物理の専門家と協力して、r-process元素合成の詳細なメカニズムの解明も行っています。
原子核の中身を共鳴を通して覗く
共鳴という現象を聞いたことがありますよね。共鳴はいろいろな物理系で発生しますが、原子核にも共鳴が存在します。左上の図は、Si-28がミュオンを吸収した後にAl-28が持つ励起エネルギーの確率分布を示しています。ある特定の励起エネルギーで高くなっているのが分かりますね。これは、原子核の内部にある中性子および陽子の波動の振幅が、強め合ったり弱め合ったりするために起きています。特別なエネルギーにおいては、中性子および陽子が同じ位相に振動して、巨大共鳴というものを作ったりするのも原子核の特徴です。このような共鳴は、原子核が集合体であるからこそ見られるものです。
上記の共鳴とは別に、「連続状態との結合」によってもたらされる共鳴もあります。連続状態との結合というのは、原子核の中の陽子や中性子がプラスのエネルギーを持ち、事実上核力ポテンシャルから脱出して、外へ飛び出していく効果です。外へ飛び出して行くということは、粒子数が減ってしまうということです。粒子の生成・消滅は場の量子論で扱うことができますが、ここでいう粒子の減少というのは本当に減ってしまう(つまりエネルギーも!)ことです。こういう物理を真面目に考えるためには、非エルミートのハミルトニアンを用いた量子力学を使うことが有力な方法であることが知られています。
巨大共鳴の物理と非エルミートの量子力学を用いて、原子核の性質を解き明かしていく。それが私の興味のある研究対象です。
原子核は小さくなる?!核分裂の不思議
図:U-235が中性子を吸収して核分裂した後に発生するβ線のエネルギーの時間変化
図:U-235が中性子を吸収して核分裂した後に発生するγ線のエネルギーの時間変化
図:U-235が中性子を吸収して核分裂した後に発生する中性子の量
原子核は中性子や陽子などの粒子を放出するということは既に述べました。それを理論的に説明するのもけっこう大変なのですが、原子核にはもっと劇的なダイナミクス「核分裂」があります。核分裂は原子核が二つに割れる現象ですね。二つに割れるということは、原子核の中の中性子と陽子の分布が左右に広がるということです。広がるということは、時間とともに中性子と陽子が移動することになるので、中性子・陽子が衝突することが想像できます。衝突回数が多いほど、核分裂した後の二つの原子核は高い励起エネルギーをもちます。しかし、分裂後の原子核の励起エネルギーを精確に予測できる理論モデルはまだありません。
我々のグループでは、分裂した原子核がどのくらいの励起エネルギーを持っているのか?そしてどのような粒子を放出するのか?という素朴な疑問に答えるために、最新の原子核理論モデルを用いて研究を行っています。特に、実験では測定できないが、宇宙には存在しうると考えられている中性子過剰な原子核の核分裂によって、どのくらいの中性子が放出されるかという研究を行っています。