超伝導ダイオード効果は、空間・時間反転対称性の破れた物質において発現することはよく知られているのですが、その微視的なメカニズムについては未だに議論が続いています。その物理を実験的に明らかにするために、電流を流した超伝導ダイオードにおいて超伝導ギャップがどう変化するのかを、テラヘルツ分光を用いて直接観測することは非常に有益であると考えられます。しかし、臨界電流程度の大電流が流れている超伝導は不安定な状態にあるので、テラヘルツ波の照射に対してどう応答するかは未知でした。そこで我々は、超伝導ダイオード効果を示す人工超格子薄膜[Nb/V/Ta]に対して、直流電流を印加しながらテラヘルツ波を照射し、テラヘルツ分光と電流-電圧測定を同時に行いました。
その結果、テラヘルツ波を照射すると、超伝導の臨界電流が大きく減少する様子が観測されました。この臨界電流の変化は、テラヘルツ波単体で引き起こされる非線形性(準粒子励起による超伝導ギャップの縮小)では説明できず、直流電流とテラヘルツ波励起の掛け合わせによって現れます。特に、超伝導ギャップより低いエネルギーのテラヘルツ波の照射に対しては、臨界電流の変化量がテラヘルツ波の電場方向にも依存します(テラヘルツ電場と直流電流が平行なときに臨界電流が大きく変化します)。この現象は、テラヘルツ光子の偏光方向を峻別できる検出器に応用できる可能性があります。
さらに、テラヘルツ波照射下で電流-電圧特性を詳しく調べると、ある条件下で、臨界電流以上の直流電流で超伝導状態が再び出現するという奇妙な振舞いが現れました。この非単調な超伝導/常伝導状態のスイッチングを理解するために、超伝導体の不純物にトラップされた磁気渦糸の運動をシミュレーションし、テラヘルツ電流から受けるローレンツ力によって駆動された磁気渦糸の解放ダイナミクスによって実験結果を説明できることを示しました。
この直流電流×テラヘルツ電流の相乗効果は、当初の目的であった超伝導ダイオード効果(臨界電流の非相反性)の精密観測を難しくする一方、偏光敏感なテラヘルツ波検出器や非単調な超伝導スイッチング動作など、従来の素子には存在しなかった機能を超伝導体にもたらし、新奇な超伝導素子の開発可能性を示唆するものと考えられます。