トポロジカルなスピン渦状構造である磁気スカーミオンは、その基礎物性への興味とともに、次世代メモリデバイスにおける情報担体の候補としても注目されています。そのデバイス動作を考える上では、スピン系の非平衡ダイナミクスの知見が重要となります。特に近年では、レーザー光を用いて高速・高効率な磁性を制御する方法が様々な物質を舞台に模索されていますが、スカーミオンについては光が引き起こすダイナミクスに関する研究の蓄積は多くありません。そこで我々はネール型スカーミオン格子相を有するラクナスピネルGaV4S8を対象とし、光パルス励起が引き起こすスピンダイナミクスを時間分解Kerr効果測定を用いて調べました。特に、磁気秩序の形成が高速なスピン運動にどのような影響を与えるかに注目しました。


多くの磁性体でそうであるように、GaV4S8の磁気秩序には結晶磁気異方性が重要な役割を果たしています。GaV4S8のバンドギャップを超えるエネルギーのパルス光で試料を励起すると、この磁気異方性が高速に変調(クエンチ)されることで、スピン系がコヒーレントな歳差運動を始めることが観測されました。この運動の周波数は、磁気相転移とともに各秩序(強磁性相、スピンサイクロイド相、スカーミオン相)におけるスピン集団運動モードに対応して変化していきます。さらに、スカーミオン相ではスピン振動の振幅が顕著に増大することを見出しました。これは、磁気異方性変調がスカーミオン固有のマグノン励起モード(ブリージングモード)と強く結合することに起因していると考えられ、GaV4S8のような磁気異方性の強い物質では光励起によってスカーミオンの振動を効率的に励起・検出できることが分かりました。

コヒーレント振動が減衰した後のインコヒーレントな時間領域では、光励起の熱によって減少した磁化が熱拡散による冷却に伴って回復します。この冷却過程はスピン系の熱緩和の情報を与えますが、これがスカーミオン相やサイクロイド相への転移に際して遅くなることが観測されました。この振る舞いは、磁気相転移によって形成された不均一な磁気ドメイン構造により、マグノン散乱が増強された効果と解釈されます。これらの結果は、スカーミオン格子やサイクロイドといった新奇な磁気秩序の形成が、高速時間領域で特徴的な光誘起スピンダイナミクスを引き起こすことを示しており、今後の光による磁性制御に対して有益な知見を与えると期待されます。

関連論文:

Optically Driven Collective Spin Excitations and Magnetization Dynamics in the Néel-type Skyrmion Host GaV4S8, P. Padmanabhan, F. Sekiguchi, et al., Physical Review Letters 122, 107203 (2019)

Slowdown of photoexcited spin dynamics in the non-collinear spin-ordered phases in skyrmion host GaV4S8, F. Sekiguchi et al., Nature Communications 13, 3212 (2022)