我々は、直接遷移型半導体のモデル物質であるGaAsを舞台に選び、精密かつ網羅的な実験により、高調波の偏光状態が、非摂動論領域におけるダイナミクスの特徴を敏感に反映していることを見出しました。強い光照射下では、固体物質の対称性によっては発生する高調波が励起光と異なる偏光を持つことが許されますが、我々は、これが結晶方位だけでなく、励起光の強度に依存して劇的に変化することを発見しました。ここで重要なことは、励起光の強度が強ければ単調に変化が大きくなるのではなく、摂動から非摂動へと移り変わるクロスオーバー領域でピーク的に大きな偏光の異常が現れるということです。このクロスオーバー領域付近では、3次の高調波の強度があたかも5次の高調波のように励起光強度の5乗で増加するなど、特異な振る舞いが現れます。摂動論領域から逸脱してくると、励起光強度に依存して物質内で起こる非線形ダイナミクスの性質が変化していきますが、上記の高調波特性の異常はこの変化を反映していると考えられます。これを支持するように、偏光異常の大きさや異常ピークが出現する励起強度は高調波の次数に依存しており、高い次数の高調波ほど大きな異常を示します(高調波の次数に個性が現れます)。
GaAsは磁性を持たず、線形応答で複屈折性もありませんが、それでも結晶方位と励起強度を適切に選ぶと(上記のクロスオーバー領域では)、直線偏光の入力(中赤外励起光)から楕円偏光の出力(可視・紫外高調波)が得られることは興味深い点です。では逆に、入力を楕円偏光にしてやると、出力の偏光はどうなるでしょうか?今議論しているのは高次の非線形応答なので、普通の波長板のように位相補償ができるかどうかは全く非自明な問題ですが、実験をしてみると、励起光の楕円率を増加させて高次高調波の楕円率を減少させる(直線偏光に近づける)ことが可能であることが分かりました。これらの観測結果は、GaAsが非線形応答において、あたかもカイラルな物質であるかのように振る舞うことを意味しており、非線形光学活性が出現していると表現できます。さらに驚くべきことに、このような操作を行うと、偏光操作だけでなく高次高調波の光強度が増大することが明らかになりました。複数の非線形ダイナミクスが絡み合う摂動-非摂動クロスオーバー領域において、励起光の偏光操作によってそれら非線形放射過程間の干渉を制御することで、高次高調波の強度増強が可能になったものと考えられます。