遺伝子の抽出から精製、濃縮、定量PCRまでを自動で行うことができる。我々にとって最初のトライにして最も複雑な装置を目指した
透明アクリル製のマイクロ流体デバイスは、半導体加工技術ではなく、精密切削技術によって製作されている
マイクロ流体技術は、これまで人間の手で行う必要のあった各種分析操作を自動化するための鍵技術です。半導体加工技術やマイクロマシン技術、近年では3Dプリンタ技術を応用することで、非常に小型の分析装置を実現することが可能になっています。この技術は主に医療診断やバイオテクノロジーの分野で応用が進んでおり、すでに市販化に結びついた例も多くあります。その中で、この技術を海中の計測に応用しようという試みもあります。特に、試薬と海水を混ぜることによって分析することが必要な成分について、これまでは現場分析装置、という形で海中環境への適用もなされてきましたが、近年ではマイクロ流体技術を積極的に応用することで、超小型・高機能な現場分析装置を実現しようする試みがなされています。
これまでに我々はマイクロ流体技術を使って、「現場型微生物遺伝子解析装置」「現場型マンガンイオン定量分析装置」「現場型ATP定量分析装置」等を開発し、実際に海中の環境で評価試験を行ってきました。
現場型微生物遺伝子解析装置は、深海も含めた海中の現場で微生物からの遺伝子抽出・精製、そしてPCRによる特定微生物の検出までを行うことを目指した、野心的な装置です。最初の取り組みにして、これまでで最も複雑な操作を必要とする装置ではありますが、苦労して作り上げたプロトタイプ装置を深海環境において評価することに成功しました。また、現在ではマルチスケール流体技術と組み合わせることで、環境DNAの自動検出に応用されようとしています。
また、マンガンイオンの定量に関しては、海中現場での使用に適したシンプルなルミノール化学発光反応系の構築から、マイクロバルブ、流量レギュレータ、ミキサ構造などの高度な流体技術をシリコーンゴム製のマイクロ流体デバイス上に集積化することに挑戦し、深海環境での動作が可能な実機の製作に成功しています。2010年には沖縄トラフにおける新規熱水サイトの発見につながる成果につなげることができました。
「海と共に歩んだ総長の研究室〜海中ロボットから「海洋観測の民主化へ」」
シンプルな送液系による現場分析系によって、遺伝子解析装置やマンガンイオン装置の開発で苦労した点の見直しや、技術的な体系化を進めたいということで、改めて取り組んでいるのが現場型ATP定量分析装置です。ATP(アデノシン3リン酸)は、微生物のバイオマス(生物量)の指標となり、ルシフェリンールシフェラーゼ法に基づいた高感度定量アッセイは、衛生管理の現場で実用されています。それを海中に持ち込むことで、これまで誰も見たことのない、「どこにどれくらいの微生物がいるか」ということの可視化を目指しています。また、海底熱水活動域では微生物バイオマスに異常が出ることが知られていますので、資源探査に役立てることもできます。ルシフェリンールシフェラーゼ法によるATP定量は、酵素反応による生物発光反応を用いたアッセイであるため、高感度光計測や温度制御等の基盤技術が不可欠になります。加えて高価な試薬を用いながら連続計測を行うには、フロー系の小型・集積化も重要になります。そこでATP定量分析装置の開発を進めながら、同時に海中でマイクロ流体技術を応用するためのノウハウの蓄積と基板技術の確立を進めています。
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