胎児は進化の夢を見る


……その夢は、胎児自身が主役となって演出するところの「万有進化の実況」とも題すべき、数億年、乃至、数百億年に亘るであろう恐るべき長尺の連続映画のようなものである……(正木敬之)
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1.エントリーとシナリオ概要

【シナリオ概要】


 ある日、世界は一つのニュースに沸いた。 齢100を迎える老科学者、トニー・ピム博士が、超人種の力を抑制する薬剤、 『マトリクス』の開発に成功したと発表したからだ。
「我々は進化の道を誤った。 戻るべきだ。第三、第四の災厄を手招く前に。 ━━今こそ、第一の災厄の以前へと。人が正しく、人であった時代へと」
 同時期、世の人々の中に、まことしやかに囁かれる噂があった。 裏のルートで、『ミュータジェン』という非合法の薬品が出回っている。 この薬を飲めば、旧人類でも、超人種へ『進化』できる……。
 『進化』か『抑制』か。 世論は揺れ、ヒーローたちは世界に問われる。 君の力は何のためにあるのかを。
 その腕の中、何も知らない小さな赤子が、おぎゃあおぎゃあと泣いていた。

【GM向けシナリオ概要】

 このシナリオは「天秤は揺れる」と「疑似餌の矜恃」の続編を想定して制作されたシナリオだ。参加キャラクターが両シナリオをクリア済みである必要はないが、プレイヤーは両シナリオを経験済みであることが望ましい(作中には前2作で登場したアイテムやNPCが多数登場するためだ)。 チャレンジが5回と非常に多く見えるが、PCごとに設定された個別のチャレンジイベントが用意されているためである。個別で挑むチャレンジイベントには、そのシーン内に登場していないPCからの支援を適応して良いものとする。その場に居合わせずとも、同じ世界の誰かがとった何気ない行動が、バタフライエフェクトとなってキャラクターへ影響を及ぼす可能性は否定できないからだ。

【事前情報】


 クエリー:4 チャレンジ:5 初期グリッド:3 リトライ:3 バトル:2
 想定時間:5〜6時間 推奨経験点:10点〜20点前後

【GMに要するルールブック】


・基本ルールブック(R1)

【エントリー】

【PC1】

 君はヒーローとして、ヴィランとの死闘を終えた時、甚大な被害の跡地、荒廃した街の中で、泣いている小さな赤ん坊を見つけた。 親と思しき人の姿は周囲にはなく、生き別れたか、孤児になった子供だろうと思われた。 君はその赤子を保護した。あるいは適切な機関へ預けたかもしれない。 しかしその赤子は超人種の力を用いて再び君の元へと戻ってくる。何度も、何度も…。 かくして、君は超人種の子供にすっかり懐かれてしまったのだった。

【PC2】

 ある日、君はヴィランとの戦いの中で不覚を取り、奇妙な薬品を投与され、捕まってしまう。 君が投与された薬品は、君の超人種としての力を著しく抑制するものだった。(あるいはヒーローとしての、と言い換えても良いだろう) ヴィランたちは、君を進化剤『ミュータジェン』の実験体にしようとしているらしい。 君はどうにかこの場を脱出し、この抑制剤の解毒剤を探さなければならない…!

【PC3】

 君は天才老科学者、トニー・ピム博士の護衛任務についている。 トニー・ピム博士は100歳を迎える高齢の研究者であり、ファースト・カラミティ以前の人類の歴史を主に研究してきた。 トニー博士は先月、超人種の力を抑制する薬剤「マトリクス」の開発に成功したことを世間へ公表した。 現在はマトリクスの実用化に向けて活動を続けているピム博士だったが、何か不安があるのか、ヒーローの護衛を求めたのだ。 ある日、博士の不安はついに的中する。彼のもとに殺害予告が届いたからだ。

2.導入フェイズ

【マスターシーン:抑制剤マトリクス】

 登場キャラクター:なし 舞台:なし

【状況】

 ある日のことだった。 街頭テレビが、ネットニュースが、衛星放送が、ラジオが、あらゆる情報媒体が、そのニュースを特報として報じた。
『……皆さん、喜ばしいニュースが入りました。ジーニアス・グレイ大学名誉教授であり、宇宙開発事業を手がけるピム・インダストリーズの永代代表者、トニー・ピム博士が、超人種の能力を制御する抑制剤の開発に成功したと発表しました……』『……この薬剤は超人種の持つフィジカル、メンタルに端を発する能力を、俗に旧人類と呼ばれる人々と同程度にまで制限する効果があり……』『……増加の一途を辿る超人種による犯罪行為の抑制に繋がるという見方の一方、人種対立問題を加速させるのではないかという懸念も根強く……』『……バンシー・エンタープライズはピム博士の研究への全面的な資金協力を約束すると発表し……』『……WAVEは独自取材の末、人間嫌いで有名なピム博士へのインタビューを試みることに成功! 本邦初公開です!……』
(ノイズの音)(雑音)(大勢の人の声)
(インタビュアーの声)「博士! コメントをお願いします! 世界中の人々があなたの研究に期待しているのです!」(ピム博士の声)「…………」(インタビュアーの声)「博士!」
(ピム博士の声)「……胎児はいずれ夢から目覚めねばならぬ。 誤った歴史、誤った進化は、正しく修正されるべきだ。第二の災厄を見よ、それにより齎された悲劇を見よ。……我々は進化の道を誤った。 戻るべきだ。第三、第四の災厄を手招く前に。 ━━今こそ、第一の災厄の以前へと。人が正しく、人であった時代へと」
(インタビュアーの声)「博士! それはどういうことですか、博士、博士━━!」
(ノイズの音)
『……ピム博士はこの抑制剤を「マトリクス」と名付け、市販化へ向け研究を進めており……早ければ来年にでも……一部市民団体が抗議運動を……』
(ノイズの音)(テレビの電源が落ちる音)

【解説】

 このシナリオの前提となる情報、「抑制剤マトリクス」と「トニー・ピム博士」の情報をプレイヤーへ伝えるためのマスターシーンだ。 このシナリオは開始時点で既に抑制剤マトリクスの開発成功が市民へ広く伝えられており、人々が「抑制剤の是非」について議論を交わしている時系列が舞台となる。よって、このマスターシーンの情報は参加PCたちもシナリオ開始時点で知っているべきだ。場合によっては、エントリー配布時に、今回予告としてこのマスターシーンを提示してもいいだろう。その上で、キャラクターたちが抑制剤へ賛成・反対どちらの立場を取るかは、自由に決めて構わない。

【イベント1:ウェルカム・コインロッカーベイビー】

 登場キャラクター:PC1 舞台:荒廃した街中/PC1の自宅

【状況1】

 厳しかった戦いは、ようやく終わりを迎えた。 街中に出現した地獄兵団との戦い。この日の戦いはヒーローたちの勝利に終わったが、少し苦い勝利の味だった。彼らは街の人々を無差別に虐殺し、建物を破壊し、周囲へ甚大な被害をもたらした。 君は戦いを終えたヒーローの一人。自らはボロボロに傷つきながら、時にヴィランたちを捕らえ、時に逃げ出されながらも、己の信じるものの為に戦い続ける者。戦いを終えた君が胸中に抱くのは、虚無か、興奮か、それとも……。『おぎゃあ! おぎゃあ! おぎゃあ!』 そんな時、君の耳は赤ん坊の泣き声を耳にする。周囲を見回せば、その泣き声は、瓦礫に埋もれてひしゃげたコインロッカーの中から聞こえてきているようだった。赤子は助けを求めるように、自分の生を証明するように、声の限りに泣き続けている。 さあ、どうする?

【状況2】

 コインロッカーの中には、生後数ヶ月程度の乳幼児が収まっていた。元気な男の子だ。おくるみに包まれて泣きじゃくっていた小さな命は、君の顔を見るとほころぶように笑い、無邪気に手を伸ばした。 君はその赤子を保護した。あるいは、適切な保護機関へ預けたかもしれない。 その日の夜のことだ。ベッドに横になり、瞼を閉ざし、眠りに落ちんとした君の耳は、不意にあの赤子の声を聞く━━次の瞬間、実際に、顔の上に小さな子供が降ってきた。「だぅ!」 君の顔の上に降ってきた、ここにはいないはずの赤子は、君の目の前でふわりと宙へ浮き上がる。きゃっきゃと無邪気な笑い声をあげながら宙を飛び回り、時としてテレポートすらしてみせる幼い子供は、明らかに生まれながらの超人種としての力を宿していた。 その後も、赤子は超人種の力を使い、たびたび君のところへと現れた。プライベートの最中、ヒーローとしての活動中、あるいは就寝中のベッドの中に…。 かくして君は、この超人種のベイビーに、すっかり懐かれてしまったのだった。

【エンドチェック】

□PC1が赤子を助け、懐かれた。

【解説】

 PC1が赤ちゃんと出会うシーンだ。赤ちゃんが手を伸ばす時の演出はドラマティックに演出すると良いだろう。何も知らない無邪気な子供は、その一瞬で運命的にPC1のことを気に入ってしまうのだ。 赤子の能力に関しては特に詳しい設定は決まっていないが、テレポーテーションやサイコキネシスといった、いわゆる「超能力」的な力を持ち合わせていると考えれば良い。 以後、このシナリオの中でPC1はこの赤子と度々接触することになる。赤子に対してどういった態度を取るかはキャラクターごとに自由な演出を楽しんで貰えばいいが、シナリオ上、コインロッカーから赤子を見つける時の出会いだけはPCに自発的に動いてもらう必要がある。そのあたりはプレイヤーと相談して、納得のいく発見理由を演出すると良いだろう。

【イベント2:脱出! ヴィランの館!】

 登場キャラクター:PC2 舞台:ヴィランの隠しアジト

【状況1】

 体調不良か、人質をとられたか、弱点を突かれたか、予想外の強敵と相対したからか━━いろいろな理由がありえるだろうが、とにかく重要なことは、君は『ヴィランに敗北した』。 ヴィランの攻撃を受け、君は地へ倒れる。体の自由が効かない。ヴィランたちは下衆な笑いを浮かべながら、注射器を用いて君に『何か』を投与する。「こいつはミュータジェンの実験体にしろとの命令だ、殺すなよ。アジトまで連れていけ」「へえ、あの進化剤の? そりゃ可哀想に! 可哀想だから、今のうちに2〜3発殴っても良いよな?」 朦朧とした意識の中でそんな会話が聞こえてくる。毒か、薬か、投与された『何か』の正体を察する前に、君の意識は闇の中に落ちていく…。

【状況2】

 次に目を覚ました時、君は見知らぬ暗い部屋にいた。両手足はぼろぼろの手錠と足枷で、手術台のようなものに拘束されている。周囲を伺えば、他にも同じように拘束されている人間がいるのか、どこかから複数人の人間の呻き声が聞こえてくる…。 手錠はすっかり錆びついている。ヒーローを捕らえておくにはあまりにもおざなりな装備だ。見張りもいないらしい。君が少し本気を出せば、簡単にそんな拘束は破壊できる━━はずだった。 どうしたことだろう? 君は実感する。君が持っていたはずの力、持って生まれた力、あるいは後天的に手に入れた力、鍛えてきた力……兎角、ヒーローとして戦う為に用いてきた、ありとあらゆるパワーが使えなくなっていることを…!

【エンドチェック】

□PC2が能力が使えなくなっている事を理解した。

【解説】

 PC2のエントリーはいきなりヴィランに敗北するところから始まる。一体何故PC2はヴィランに敗北してしまったのだろうか? そこにはキャラクター次第の理由が、ドラマが存在するはずだ。GMはプレイヤーと相談し、状況1では「PC2が何故ヴィランに敗北してしまったか」をメインに演出するとよいだろう。 このエントリーのもう一つの目的は、ミュータジェンと呼ばれる非合法薬品の説明をすることだ。改めて、ここで説明を挟むと良い。 状況2では、PCはすでに窮地に陥っている。周囲の状況の捜索や、脱出への試みなどは、あまりやりすぎてしまうと今後のシーンに繋げにくくなるので、シーンの管理には留意すること。あくまで状況2は自分の異常事態に気付くまでとして、具体的な行動を起こそうとする場合は、一旦シーンを区切ってしまうことが好ましい。 PC2がジャスティカだった場合、抑制剤マトリクスとの整合性はどうつけるべきか? その場合は、『君の鍛え抜かれた肉体が鈍り、会得したはずの技術をうまく使いこなせなくなっている』とするとよい。ジャスティカは超人種ではないが、超人種に限りなく近い実力を持った人間として、抑制剤が効果をもたらしているのである。 シナリオに直接関係はしないが、場合によってはこれは新たな危機感を抱かせ得る情報かもしれない。つまり抑制剤は「突出して強い人間」であれば、超人種以外にも効いてしまうのだ。……では、その線引きはどこで行われるのだろうか?

【イベント3:Dr.トニー・ピム護衛任務】

 登場キャラクター:PC3 舞台:ピム・インダストリーズ最上階ラボ

【状況1】

 君は天才老科学者、トニー・ピム博士の護衛任務に就くことになった。G6から紹介されたのかもしれないし、個人的なツテにより依頼を受けたのかもしれない。 ピム博士は百歳を迎える高齢の研究者で、主にファースト・カラミティ以前の人類史について研究を行っていた。しかし先月、突然「超人種の能力を制限する抑制剤『マトリクス』の開発に成功した」と発表したことで、より一層の注目を集めることになった時の人だ。 ピム博士は人間嫌いとしても有名で、警察やSPといった専門の職業の者たちをこれまでに雇った経験はなく、普段は社が所有している宇宙ステーションに閉じこもり、地上の人とは滅多に会わないという徹底ぶりだった。しかし彼は一ヶ月前に突然地上へと降りてきて、マトリクスの開発を発表した後、「ヒーローを護衛に雇いたい」と言い出した。そして選ばれたのが君だったのだ。「お前が○○か。思っていたよりはまともそうな男だ」 宇宙開発事業を手がけるピム・インダストリーズの最上階ラボで、君は初めてピム博士と会った。ピム博士は君をまじまじと眺めてそう言うと、おもむろに君へ質問を投げかける。「……お前は自分の力の意味について、考えたことはあるか?」 君がどのような答えを返しても、ピム博士は何も言わず研究へ戻っていく。出て行けと言われなかったということは仕事は続行ということだ。こうして君の護衛任務は不穏な形で幕を開けた。

【状況2】

 君がピム博士の護衛任務についてから数日が経った。テレビでは最近流布している非合法薬品「ミュータジェン」を取り沙汰し、「マトリクス」と比較しながら、MCが「進化か抑制か」と人々を声高に煽る日々が続いている。 そんなある日、ピム・インダストリーズの社員が、焦った様子で君へ声をかけてきた。「○○さん! 大変です! 今朝、軌道エレベーターにこんなものが…!」 そうして社員が見せてきたのは、新聞の文字をバラバラに切り抜いて作られた、殺害予告だった!━━『人類の敵、トニー・ピムを殺す。これは犯行予告だ。必ず殺す、待っていろ』 ピム博士の不安は現実のものとなった。であれば護衛である君は役割を果たさなければなるまい。君は殺害予告を出した犯人を追うことにした。

【エンドチェック】

□PC3がトニー・ピムの殺害予告を確認した。

【解説】

 このエントリーのもう一つの目的は、ピム博士が社会的に見てどんな人物であるのか、ピム・インダストリーズという会社がどんな企業なのかを説明することだ。 分かりにくくて申し訳ないが、ピム博士は社長ではない。永代代表者として特別な立場には立っているが、経営に関しては別の者に委ね、本人は研究にのみ没頭している。ピム・インダストリーズは宇宙開発事業を主に行っている企業だが、現社長の意向により様々な事業に手を出してもいる。PCの設定に応じて自由に繋がりを捻出してしまってもいいだろう。しかし「ピム博士と以前から懇意にしていた」という設定は避けるべきである。

3.展開フェイズ

【チャレンジ1:抑制の檻】

 登場キャラクター:PC2 舞台:ヴィランの隠しアジト

【状況1】

 周囲へ耳を澄ませれば、他の実験体たちのうめき声が聞こえてくる。「…助けて…」「…苦しい…」「…早く逃げろ…」「…もう嫌だ…」「…諦めるな…」
「……い……おい、そこのお前……」 周囲を伺う君に、暗闇から声がかけられる。 声の主の姿は闇に紛れて見えないが、彼は苦しみながら君に告げた。
「お前……さっき来た……多分、ヒーローだろう…? 早く逃げろ、今なら間に合う…… このままミュータジェンの実験体にされたら、 取り返しの、つかないことになるぞ……俺たちみたいに……」「ミュータジェンは……エメラルド色の液体だ。 嫌ってほど投与されることになる……一度原液が入ったら最後…… 力が暴走して……ぐううッ!」
 やがて、部屋の扉がゆっくりと開く。 外から差し込んできた光が室内の様子を映し出す。 手術台の周囲にある檻の中に捕らえられていたのは、おぞましい形に姿を変質させた、変わり果てた数多のヒーローたちの姿だった…!

【状況2】

「おや、目を覚ましたのか? それは良かった! やはり実験とは心踊るものでなくては!」 部屋に入ってきたのは、フォーセイクン・ファクトリーの幹部の一人・未来人バスカだった。バスカは鼻歌を歌いながら、君の前にカメラを置くと、周囲に実験器具を並べ始める。一般的な手術道具から、何に用いるのかわからない機材、そして濃度の異なるエメラルド色の液体が入った注射器…!
「体が動かないだろう? そうだろう、そうだろう。 『それが普通の人間と言うものだ』! ちょっとしたツテで例の薬……マトリクスだとか名付けてるんだったか? 全く凡才らしいセンスだな! それを手に入れてね。 あの凡才は危険性がどうの永続性がどうのと、 凡人らしい下らんことを気にしてちんたらしているようだが、この私は違う。 使えるものは便利に活用させてもらうとも、それが賢い人間というものだ」
「さて、優しい私は君にこの実験の目的を説明してあげよう。 君にこれから行うのは、ミュータジェンのオーバードーズ実験だ。 投与するミュータジェンの濃度を少しずつ上げていき、 君の反応を観測させてもらう。 安心したまえ、君はそこに転がっている 間抜けどものような醜態は晒さずに済む。 なにせ今回は死ぬまで終わらせるつもりはないからな、 君の体はたっぷりと活用させてもらうとも!」
「よーしよし準備は整って……ふむ? うーむ、観察の邪魔だな。 決めたぞ、まずは邪魔な両手と両足を切り落とすところから始めよう。 おい、そこのお前! 電ノコを持ってこい!」
 このままでは君の体はバスカのいいようにされてしまう。 逃げなくては、それとも他のヒーローたちを助けなくては?  君の心に宿った感情がいずれのものであれ、まずはここから脱出せねばなるまい…! 君の体はいつも通り動いてはくれない。視界の端には、薄められたエメラルドの液体が目に入る。 ヒーローは「原液を取り込めば力が暴走する」と言った。希釈液を一本使うだけならば、あるいは…? どちらの選択にもリスクは伴う、選ぶのは君だ。
––––––––––––––––– 以後、PC2は「マトリクスの解毒剤」を手に入れるまで、全ての技能値を半分の値で判定する。 PC2が「希釈されたミュータジェン」を使用すると宣言するのであれば、全ての技能値がステータス通りの数値に戻り、さらに全ての技能値に+30%の補正がつく。「希釈されたミュータジェン」を使用することによるデメリットは、現時点では開示されない。–––––––––––––––––
–––––––––––––––––【チャレンジ判定】判定:<運動> or <霊能> or <白兵>……拘束から逃れ、このアジトから脱出する。
失敗時:2d6のダメージとショックを受ける。 失敗したとしても、深い傷を負いながらも脱出できた、 という形でシナリオは進行する。–––––––––––––––––

【状況3】

 君はヴィランのアジトから脱出するため、あらん限りの力で暴れ回る。行く先々に構成員たちが山のように現れ、いつも通りの力を使えない君は満身創痍になりながらも(あるいはミュータジェンの力で軽々と!)、少しずつ外へと向かっていく。
 やがて、君は地上への扉を突き破る。土砂降りの暗い夜空が目に入り、そこが町外れに建つ廃墟の洋館であることが分かるだろう。君は洋館の地下にいたのだ。「誰だ! そこで何を……○○さん!?」 やがて、君に眩しい光が向けられる。 そこにはヒーロースーツに身を包んだ自警団バランサー・フォーがいる。「しっかりしてください! なんてことだ…! すぐに助けます!」「グリーン、急いで救助隊とG6に連絡を。 私たちだけじゃ手に余る可能性が高いわ。 ……気持ちは分かるけど、まずは落ち着きましょ!」「ひとまず近くに敵は居なさそうだよ。一旦安全な場所まで退こう!」 バランサー・フォーは、君が暴れる音によって近隣住民から通報を受け、偶然現場にかけつけていた。君の抵抗は無駄ではなかったのだ。君は彼らに無事救助され、病院へと搬送されることになる。
 その後、ヴィランのアジトは増援としてかけつけたヒーローたちによって制圧され、アジトを守っていた多くの構成員達は逮捕される。 しかしミュータジェンの実験により変わり果てた姿となっていた他のヒーロー達は、救助が到着する頃には皆死亡しており、未来人バスカも姿をくらませていたのだった。

【エンドチェック】

□PC2が館から脱出した。

【解説】

 PC2がエントリー時の状況から如何に危機を脱することが出来るかというエントリーとなる。 マトリクスのデメリットを受け入れ今の状況を継続するか、ミュータジェンを服用しリスクを負って強化状態を選択するかはPC及びPLの自由だ。このシナリオはどちらの状態であってもクリアが可能なように作られているので、GM側からどちらかを強く誘導する必要はない。 『状況1』で数多のヒーローたちがどのような異形に姿を変えているか? その描写はGMの想像力の見せ所だ。どうしても良い描写が閃かない場合は、PC2の所持する能力を悪趣味に強調した、グロテスクで残酷な、こんな姿にはなりたくないと思えるような描写にするとよい。例えば、全身が緑色のガン細胞まみれだったり、アーマースーツが肉体に癒着して食い込んでいたり、亀と鼠と猪とサイが混ざったようなキメラになってたり、脳みそが異様に肥大化して顔面を圧迫していたり…。 『状況3』で救助に来る三人組、バランサー・フォーは『擬似餌の矜持』に登場したNPCだが、擬似餌の矜持のシナリオ顛末の都合で彼らが救助に来ることに難がある場合は、G6所属のヒーローや、PCの知人のヒーロー、通りすがりの警察官などに置き換えて構わない。

【クエリー1:『同じ』の重さ】

 登場キャラクター:PC3 舞台:路地裏

【状況1】

 君はトニー・ピム博士の殺害予告の犯人を探している。 情報収集の一環として、電車の通り過ぎる高架下、雑多な屋台が立ち並び、ホームレス達が身を寄せ合う、薄暗い路地裏を歩いている。
 どこかの立食屋台に備えられたラジオから、ニュースの音が聞こえてくる。 それはつい先日発生した、ヴィラン組織によるヒーローを実験体としたミュータジェン実験、巻き込まれるも生還したPC2に関する報道だ。
『(PC2)はマトリクスを投与され、力を十分に発揮することができず、 こんな事態に陥ったのだと考えられます』『しかし、現場には多数のミュータジェンの希釈液があったと 報告に上がっています。(PC2)は何故、これを使わなかったのでしょうね?』(チャレンジ1でPC2がミュータジェンを使用している場合は、このコメントを『何故使ってしまったのでしょう?』などに変更する)
 身勝手なコメンテーターたちのコメントに続き、やがてMCが声高に視聴者たちを煽る。『いずれにせよ、今回の事件ではっきりしました。 抑制剤はヴィランの手に渡ってしまえば、兵器と何も変わらない!』

【状況2】

「……アンタはどう思う、ヒーローさん」 君の足元に倒れた、ボロボロの浮浪者が、おもむろに君へ話しかけてきた。 アルコールと生ゴミ臭い浮浪者の耳にも、先ほどのラジオニュースの音が届いていたらしい。
「勝手なもんだよなァ……なァ?」「俺のカミさんはヨゥ、初めて産んだチビが超人種でヨゥ……。 チビが七つになる頃に、二人揃って首吊っちまってヨゥ……。 あの薬がもっと早くあれば……。 それとも俺たちに……俺に……あの子と同じ力があれば……。 同じになれたなら……」「……どっちがよかったのかなあ……どっちだったら……」「ヒーローさんや。アンタァ……どっち派だい……?」
 酒で朦朧としている男は独り言のように君に問いかける。 うつらうつらと船を漕ぐ男に、君の答えが届くとは限らない。 名も知らぬ浮浪者の問いは、世間話か、八つ当たりか。 しかしそれは、確かに君に向けられた問いかけだったのだ。 君の出した答えは…。

【エンドチェック】

□PC3が酔っ払いの言葉に対応した。□グリッドを1点獲得した。

【解説】

 PC3が投げかけられる、デッドラインヒーローズの世界とは切っても切り離せない問いかけだ。PC3は酔っ払いの言葉を聞き流してもいいし、真摯に受け止めて律儀に答えを返してもいい。あるいは何も言わず、浮浪者にあたたかな毛布を与えてやっても良いだろう。 このクエリーを経過することで、PC3が間接的にPC2のことを知ることになる。それは「クエリー3:翁の夢」で、PC2が「PC3へ協力を求める」という選択肢を取ることが可能になることを意味し、後々の合流ロールでも役に立つだろう。

【チャレンジ2:ベイビーベイベベイビー】

 登場キャラクター:PC1 舞台:真昼のショッピングモール

【状況1】

 君はフォーセイクン・ファクトリーが、ザ・カーニバルと『ミュータジェン』の取引を行うという情報を得て、取引現場のショッピングモールへと駆けつけている。 取引はショッピングモールの裏手で行われるはずだ。表では何も知らない何人もの親子連れが、無邪気に休日を謳歌している…。
 君がこっそりと現場を伺うと、そこではカーニバルの構成員である『ザ・プロデューサー』と、ファクトの幹部である『恐竜怪人コールドテイル』が、密談を交わしているところだった。
「こ~んなコトしちゃってイ~イのかよォ? オメェーらが欲しいのってホントはマトリクスの方なンじゃねーのかァ? 座長チャンが知ったらブチギレんじゃねーの!? ギャハハハハ!!」「アータ、挑発が下手ッ! ヘタッピだワッ! そんなヌルい挑発しか出来ない鉄砲玉が取引担当なんて、 ファクトの例の噂は本当ってことかしら!? ンモー、オトナのトークをし・ま・ショ。 コレ、約束のイチモツ。アータも約束守りなさいよネ?」「エエ~どォーすっかなァ! オレの小遣いも欲しいンだよなァ~!」「キーッ! もうッ! コレだからおバカとおしゃべりするのってキライッ!」
 コールドテイルの手にはミュータジェンが入ったアタッシュケースが、ザ・プロデューサーの手には大金が詰め込まれたアタッシュケースがある。二人の取引はうまくいっていなさそうだ。うまく動けば、ミュータジェンを奪取できるかもしれない…!

【状況2】

「あぶぶ! だぁ!」 いざ動き出そうとした君の目の前に、ポンという軽快な音とともに、ベイビーが出現する。ベイビーはいつも通り無邪気な声をあげ、君に手を伸ばす。こんな状況でさえなければ…!「誰だ!?」「そこネ!?」 案の定、君の居場所がヴィランたちにバレてしまった。 コールドテイルが一足飛びに君の目の前に現れ、ザ・プロデューサーの操る人形爆弾が放り込まれる。戦うしかない! 君が覚悟を固めた瞬間だった。「ふえ……びええええええ!!!」 恐ろしいティラノザウルスの顔を見たベイビーが大声で泣き始める! その瞬間、赤子の身体中から円心状に、カッと爆発のようなエネルギー波が放たれる! エネルギー波は凄まじい破壊力を以って、周囲のヴィラン、ヒーロー、そして民間人たちのいるショッピングモールを破壊していく…!
 ショッピングモールの壁が軋み、天井が崩れ始め、無辜の人々の悲鳴が聞こえ始める! ベイビーの暴走を止めなければ!
–––––––––––––––––【チャレンジ判定】判定:<運動> or <心理> or <作戦>……ベイビーをおとなしくさせ、暴走を止める。
失敗時:憔悴3を受ける。<運動>判定を追加で行い、失敗した場合は3d6のダメージを受ける。失敗したとしても、満身創痍になりながらもベイビーの暴走を止められたものとしてシナリオは進行する。–––––––––––––––––

【状況3】

 君は無事に、あるいは満身創痍になりながらも、ベイビーの暴走を止めることが出来た。
「何だこのパワー、何だこのガキ!?」「ジョーダンじゃないわよゥ! こんなのってないわ、取引はナシ! 次はもうちょっと話になるヤツ連れてきてよネッ! デラックスマンとか!」 予想外の伏兵の攻撃に慌てふためいたザ・プロデューサーとコールドテイルは素早くその場を撤退していく。
 暴走を止めたとはいえ、周囲には崩れかけたショッピングモールが広がっている。崩れた建物の間から、君とベイビーを、スタッフや民間人たちが恐怖の眼差しで見つめていた…。

【エンドチェック】

□ベイビーの暴走を鎮めた。

【解説】

 PC1がベイビーの、転じて超人種の力の(無自覚・有自覚的を問わず)危険性を突きつけられるシーンとなる。旧人類からしてみれば、感情に任せて制御不可能な力を振るう赤ん坊は、ヴィランと大差ない脅威だからだ。 同時に、このシーンを通して、PCは「フォーセイクン・ファクトリーで何かが起きているらしい」という可能性に気付くことになる。一体何が起きているのかは、現時点では明らかとならない。 コールドテイルの所持していたミュータジェンは回収してもしなくてもどちらでも構わない。

【クエリー2:未来の分岐路】

 登場キャラクター:PC1 舞台:昼時の公園(チャレンジ2の直後を想定)

【状況1】

 君はベイビーを連れ、ショッピングモールを離れた。 君の腕の中、大好きな君に抱っこされ、ベイビーが嬉しそうな声をあげて笑っている。その姿は無邪気で平和な赤子そのものだ。
 やがて、君は昼時の公園のそばを通りかかる。公園では幼い旧人類の子供たちが、仲間同士遊具で遊んでいる。 しかし君の目は見る。友人同士で盛り上がる子供たちの輪から離れた先、誰もいない砂場、つまらなさそうな目で遊具で遊ぶ子供たちを見ている超人種の子供がいた。 旧人類の子供たちは、超人種の子供の視線に気付いたようだった。その中の一人が超人種の子供を指差し……彼らは何をしようとしたのだろうか。石を投げようとしたのかもしれないし、あるいは仲間に誘おうとしたのかもしれない。……しかし子供たちが何かの行動を起こすよりも先に、その様子を見ていた母親たちが、旧人類の子供たちの元へと駆け寄り、公園を出ていってしまった。残された超人種の子供は一人、砂遊びに戻っていった。
 君の腕の中では、あの子供たちよりも幼い、超人種の赤子がきゃあきゃあと笑っている。この子もいずれはあの子供のような年頃に育っていくだろう。 その時、超人種としての力は、この子にとってどのように働くだろうか?
 遠くから、街頭テレビの音声が風に乗って届けられる。視聴者を煽るMCの声━━「進化か抑制か!」
 この光景を見た君は、何を思うだろうか。そして、何をするだろうか。

【エンドチェック】

□PC1が演出を行った。□グリッドを1点獲得した。

【解説】

 『チャレンジ2:ベイビーベイベベイビー』にひき続く、PC1のクエリーだ。 改めて、超人種の子供の行く末にPC1が思いを馳せるようなシーンとなる。明瞭な問いかけに答えを出すというよりも、状況によって湧き上がる自問に自分で答えを見出すというような、ロールプレイを促す類の静かなクエリーとなるだろう。

【クエリー3:翁の夢】

 登場キャラクター:PC2 舞台:任意

【状況1】

 救助された君は、搬送された病院で適切な治療を受ける。 しかし君の肉体に投与された薬(それがミュータジェンであっても、マトリクスであってもだ)の解毒方法は分からず、君の肉体は未だ薬の影響下にある。 テレビでは、ミュータジェンとマトリクスを巡る報道が繰り返されている。その中で度々名前が挙がるのは、ピム・インダストリーズの代表者であり、マトリクスの産みの親であるトニー・ピム博士だ。 彼ならば、君の体に残る薬を解毒する方法を知っているかもしれない。しかし彼は有名な人間嫌いで、最近ではヒーローの護衛を雇い、あらゆるメディアの接触を断っているという。 さて、どのように会いにいったものだろう?

【状況2】

 少々の苦労の末、君は無事にピム博士に会う事が出来た。 ピム博士は君の事情を知ると、「なるほど」と納得し、淡々と話し始める。「……良いだろう。君の体を調べれば、マトリクスの開発も進む。 遠からず、君にマトリクスの解毒剤を渡す事もできるかもしれん」(「だが、ミュータジェンの解毒剤はすぐには不可能だ。時間がかかるだろう」)「開発に協力してもらっても良いか。無論、無理にとは言わん」 君がどちらの選択を選んだとしても、ピム博士は「そうか、ならば良い」と君の選択を尊重し、無理強いはしない。
 ピム博士は君にもう一つの問いを投げかける。「ダイナマイトを発明した科学者のことを知っているか? あれはファースト・カラミティ以前に作られたものだ。 開発現場では人間では立ち向かえない岩石を粉砕し、 人の住処を作るのに役に立つが、時に致命的な事故を起こす。 ……そして、戦場では兵士の体を残酷に打ち砕く。 発明者は果たしてあの爆弾を武器として作り出したのか、それとも……。 分からない。ファースト・カラミティにより、 その発明の歴史が正しいものなのか、今の我々では判断できん。」「……君はどう思う。 ダイナマイトは、この世界に生み出されるべきだったと思うかね。 それとも、存在するべきではなかったかね」 君の答えを聞いたピム博士は、最後の問いを君に重ねる。「では━━マトリクスは?」 答えるのは君だ。
 君の答えが如何なるものであったとしても、ピム博士は「分かった。必要になったら連絡する」とだけ答え、マトリクスの開発へ戻る。数日後、いくらかの協力の末、PC2のもとには「マトリクスの解毒剤」が届けられることになるだろう。 『チャレンジ1:抑制の檻』でミュータジェンを使用していない場合、マトリクスのデメリット効果はこのイベントの終了と共に無効化される。 しかしPC2が『チャレンジ1:抑制の檻』でミュータジェンを使用していた場合、ミュータジェンの効力は消えない。

【エンドチェック】

□ピム博士の問いに答えを示した。□グリッドを1点獲得した。

【解説】

 ピム博士とどのように接触するかという演出と、マトリクスのことをPC2はどのように考えているかを示すシーンとなる。自分の力を奪った恐ろしい兵器か? あるいは、超人種にとっての新しい可能性か? ダイナマイトの例は、PCがマトリクスに否定的な視点を持っているならばその反対の可能性を、肯定的な視点を持っているならばその反対の危険性を示すものとして使えるだろう。 また、ファースト・カラミティの名前を挙げることで、改めてこのシナリオの雰囲気を伝えることができるだろう。

【チャレンジ3:殺害予告の犯人は】

 登場キャラクター:PC3 舞台:ピム・インダストリーズ最上階ラボなど

【状況1】

 君はピム・インダストリーズに届けられた、ピム博士の殺害予告の犯人を追っている。 筆跡もなく、届け人も居らず、具体的な日時や方法は記載されておらず、もちろん宛名もない謎めいた殺害予告。本当に犯人はピム博士を殺害するつもりなのか? それともただの悪戯なのか? それは犯人にしか分からない。 これまでにいくつかの情報を集めてきた君は、あともう一歩で犯人の正体がつかめそうだ。君は改めて己の能力を集中させ、この殺害予告の犯人を追う。
–––––––––––––––––判定①:<知覚> or <追憶> or <隠密> or <作戦>……殺害予告の犯人を調べる
失敗時:PC3は「状況2」に間に合わず、ピム博士が死亡する。「状況3」の真実は、PC3が瀕死のピム博士から遺言として受け取ったものとして進行する。PC3は「汚名」を受ける。–––––––––––––––––
 調査の結果、なんとこの殺害予告を出したのは、ピム博士本人であるということが分かった。この殺害予告はピム博士本人の狂言だったのだ! しかし、一体何のために? 君はピム博士を問い詰めることにした。

【状況2】

 ピム博士のもとへと向かった君は、そこでピム博士が何者かに締め上げられている光景を目にする。「さて、さて、さて。厄介なことをしてくれたものですな」 ピム博士を締め上げているのは、フォーセイクン・ファクトリーの幹部の一人、デラックスマンだ!「我々の知識を悪用し、あのようなものを開発されたばかりか…… それを世界に公言し、いたずらに人心を脅かすとは。実に悪いお人だ」「黙れ…! 私は、貴様らなどに、屈しは…!」「マージンを求めるのは利権者の正当な権利ですよ。 選んで頂きましょう。 我々と共に来て責任を取るか、マトリクスに関するすべてのデータを私に譲るか、 ここで死んだあと隅々までこのラボを家探しされるか。 ……私の手間が少ないのは、共に来て頂くことなのですがね?」 デラックスマンはピム博士との取引に集中しており、君に気付いていない。今なら奇襲をかけることができそうだ。

【状況3】

 君の奇襲を受け、デラックスマンはその場から消える。 あとには君とピム博士だけが残される。 殺害予告の狂言の件を問われれば、ピム博士はそれを認める。今しがた起きていた出来事と合わせ、彼の事情を説明する。「……少し、長い話をさせてくれ」「私は以前、君に言ったな。君の力は何の為にある、と」「だが、それは……君が超人種であるからだとか、 ヒーローであるからだとかは、全く関係のない問いだ。 人が理性ある動物である限り、常に己に対し自問自答を続けるものだ。 自分は何の為に生まれたのか、何を為し、何を残すべきなのか。 ━━私も同じだ」
「人類学者に過ぎない私が、何故畑違いの「新薬」などを発明できたのか。 ……手引きをした者がいた。 私の脳に、マトリクスへつながる薬の情報を流し込んだ者が。 それがフォーセイクン・ファクトリーだ」
「私はある日、ファクトに誘拐され、 そこでミュータジェンの開発方法を教え込まれた。 そう、『教えられた』のだ。 奇妙なことに、奴等はそれ以上のことは私に要求しなかった」
「私はミュータジェンの恐ろしさを理解してしまった。 あれは進化剤などではない。 人類を、人間の歴史を、積み上げてきた進化の過程を冒涜する悪魔の結晶だ。 あんなものが世に蔓延れば、そこには地獄しか生まれない」
「もしかしたら、この思考すら、ファクトの掌の上かもしれない……。 だが、知っているのに何もしないのは、 対抗できる力がありながら何もしないでいることは、私には選べなかった。 与えられたミュータジェンの知識をもとに、 新たに作り出した、ミュータジェンとは真逆の力を持つ薬。 目的は超人種への制御ではない、ミュータジェンへのカウンターだ。 ……それが抑制剤マトリクスだ」
「……安全を考慮しないのであれば、マトリクスは既に使用可能だ。 正確には既に一度、私はマトリクスを使用している。 ファクトの手から逃れ、脱出するときに……。 私は生み出して間もなかったマトリクスの原液を、 ザ・ティーチャーへ投与した」
「私に打ち込まれたマトリクスの効果を察してか、 ティーチャーはそれを相殺しようと、自分にミュータジェンを打ち込んだ。 ……開発したての薬と、不安定な非合法薬品が、 どのような化学変化をもたらしたのか……。 次の瞬間、ティーチャーの肉体が作り変わっていった。 私の見る前で、ザ・ティーチャーであった男の体が、 逆再生されるように収縮し、最後には小さな赤子へ。 次の瞬間、ティーチャーは私や周囲の幹部たちを巻き込みながら、 広範囲のテレポートを行った。 恐らくは能力の暴発に近いものだっただろう……次に私が目を覚ましたとき、 私は無事にこのラボへと帰ってきていた」
「ティーチャーに何が起きたかは分からない……。 しかし私が恐ろしいものを作り出してしまったことだけは確かだ。 そして何よりも危険だと思ったのは、マトリクスの知識を、 フォーセイクン・ファクトリーに奪われ独占されることだ。 だから私は、急ぎ世にマトリクスの存在を公開した」
「君を護衛に雇ったのも、それが理由だ。 ……狂言の理由は……誰を信じるべきか、私にはもう分からなくて…… 君が信じられるのかどうかすら……。 能力、信念の双方から、本当に信頼できる人間を探したかった。 その結果、あんな危険に晒されたのは、自業自得というよりない」
「私の話はこれがすべてだ。 ……マトリクスの開発を急がなければ。 ミュータジェンが、第三の災厄を引き起こす前に……」
 君に全てを話し終えたピム博士は、ふらふらとした足取りで、しかしどこかすっきりと肩の荷が下りたような顔で、再び開発へと戻っていく。 老科学者へどのような言葉と態度を示すかは、あくまで君の自由だ。

【エンドチェック】

□マトリクスの真実を知った。

【解説】

 PC3が犯行予告の犯人を追った末に、マトリクスに関する真実を知るシーンとなる。この時点でPC3は(少なくともシナリオの中においては)PC1及びPC1が拾ったベイビーのことを知らない為、彼らへ真実を伝えるのはもう少し後のシーンとなることに注意すること。 少なくとも、話が終わった瞬間携帯電話を取り出して、いきなり電話口で真実を伝えてしまうのは、ちょっとつまらない。

【チャレンジ4:ハロー、ボスベイビー】

 登場キャラクター:PC1(任意でPC2・PC3) 舞台:任意(PC1の居そうなところ) 種類:バトル型チャレンジ

【状況1】

 PC1は今日もヒーロー活動に精を出している。 幸い、今日は大きなトラブルや任務は君の周りでは起きていない。そのすぐ側で空飛ぶベイビーがじゃれているのも、君にとっては(君の意思には関わらず)すっかり見慣れた光景になっていた。 PC3は調査の末、ピム博士が投与したマトリクスによってザ・ティーチャーが赤子となったこと、その赤子がPC1に拾われたことを突き止めた。君はPC1に接触し、真実を伝えんと、そのあとを追っていた。 PC2はその日、偶然近くを通りかかっていた。ヒーローとして活動をしていたのかもしれないし、プライベートかもしれないし、あるいは傷を癒すために病院へ向かっていた最中だったのかもしれない。
 三人のヒーローが偶然にも同じエリアへと集い、彼らの運命が交錯する刹那━━空から雄叫びと共に、ヴィランたちが降ってきた!
「ヒャッハー!!! 見つけたゼ、この前のクソガキとクソヒーロォー!」
 空から降ってきたのは、ファクトの幹部・恐竜怪人コールドテイル! 彼はPC1の前に着地し、高らかと要求する。
「そのチビを手に入れりゃ、この俺がファクトのニューリーダー! さあ、先に細切れにされたくなけりゃ、そのガキをこっちに渡しな! ま、そのあとで細切れにするだけだけどよォ! ギャハハハハ!!」
 短絡的な怪人は、PC1へ問答無用で殴りかかってくる。PC2とPC3はその光景をすぐ近くで目撃することになるだろう。PC1へ助力するかどうかは、PC2とPC3の自由だ。 コールドテイルとの戦闘に勝利することでチャレンジの達成となる。戦闘データ・エネミーデータは以下に記載する。
----------------------------------------

【戦闘情報】

■勝利条件:エネミーを全滅させる ■敗北条件:PCが全滅する or ベイビーがエネミーに確保された状態でラウンドが終了する。
■PC初期配置:どこでもよい■NPC初期配置エリア3:コールドテイル・セキュリティガード×3 隠密エリア:ベイビー
特殊条件:ミュータジェンのデメリットを発表する。エネミーに追加パワー「ベイビー確保」を追加する。

【追加パワー(このバトル限定)】

『ベイビー確保』属性:攻撃 判定:白兵+40%タイミング:行動 射程:2 目標:1体(ベイビー) 代償:ターン10効果:この判定に成功したキャラクターは「ベイビー」を確保した状態となる。  「ベイビー」を確保したキャラクターが戦闘可能な状態で、全てのPC・ NPCのラウンド行動が終了すると、このチャレンジは失敗となり戦闘は終了する。
  ベイビーを確保しているキャラクターのいずれか のエナジーが0になった時、ベイビーの確保状態は解かれ、ベイビーはそのキャラクターがいたエリアで、誰にも確保されていない状態でいるものとして扱う。  一人のキャラクターがベイビーを確保している時、他のキャラクターはこのパワーによる判定を重ねて行うことはできない。
  ベイビーが確保されている状態で1ラウンドが経過してしまった時、リトライを追加で1点消費すれば、戦闘ラウンドをもう1ラウンド延長できる。
※ベイビーは初期配置時点では隠密エリアに配置されるため、「ベイビー確保」のパワーを使うには「知覚」でベイビーを発見する必要があることに注意。

【ミュータジェンのデメリット】

(クライマックスまで継続) 『属性:攻撃』のパワーを用いる際、1d6を振り、1〜3の出目が出た場合、攻撃対象を射程内からランダムに決定する。4〜6の出目が出た場合は通常通り攻撃を行う。----------------------------------------

【状況2-A】

(戦闘に勝利した場合)
「クソクソクソクソクソァーー!! 全ッ然うまくいかねーーー!! そのチビをゲットすりゃ、デラックスマンを出し抜いて、 ティーチャーの座は俺のもんだと思ったのによォーーーーーーー! もーやだ! そんなチビもーいらねえ! もーオレ帰る!」 コールドテイルは撤退した。
 PC1とPC2にしてみれば、コールドテイルの突然の襲撃とベイビーの誘拐未遂、そして今の言葉の意味は分からないものだろう。反面、真実を知るPC3にとってみれば、納得のいく言葉だろう。
 PC3がPC1・2へ真実を伝えようとするのであれば、このイベントは終了し、『クエリー4-A:嬰児の夢』イベントへ移る。

【状況2-B】

(戦闘に敗北した or ベイビーを奪われた場合) 『クエリー4-B:胎児の夢』イベントへ移る。

【エンドチェック】

□戦闘を終了した。

【解説】

「チャレンジ2:ベイビーベイベベイビー」でベイビーのことを知ったコールドテイルが、その正体を察してPC1へ襲撃をかけるシーンだ。PC2とPC3はその襲撃にたまたま巻き込まれる形となる。このイベントによって、PC全員が面識を得ることになる、ヒーローたちの合流シーンでもある。 道中戦では、コールドテイルは『ベイビー確保』のパワーは他のヘンチマンが全滅しない限り使うことはない(彼は攻撃に専念する)。逆にヘンチマンは他のヘンチマンが『ベイビー確保』に成功しない限り、PCへの攻撃を行うことはない。ベイビーのエナジーは、ライフ・サニティ・クレジット、全てを1として扱い、全ての能力値は0とする。 ベイビーの初期配置は『隠密エリア』とし、ヘンチマンはまず『索敵判定(基本ルールブック176頁参照)』を行いベイビーを探す。索敵が成功した場合、ベイビーはエリア1へ移動。その後、ベイビーは『ベイビー確保』の目標となる、という流れだ。 いつもの感覚でヘンチマンを先に全滅させたら、横からコールドテイルがベイビーをかっさらっていって、1ラウンドでコールドテイルを倒しきれずにチャレンジ失敗……なんてことも、起きない訳ではない。彼の知覚は意外にも66%もあるし、白兵に至っては、ベイビー確保を100%成功できるだけの数値があるのだ。

【クエリー4–A:嬰児の夢】

 登場キャラクター:PC1・PC2・PC3 舞台:任意 発生条件:『チャレンジ3:ハロー、ボスベイビー』に成功している

【状況1】

 コールドテイルは去り、ここに三人のヒーローと、一人の超人種の赤子が残された。 赤子は戦いのことなど理解できていない様子で、緊迫した空気に怯え、ぐずりながらPC1にすがっている。「あぶ……うぶぶ……」 PC3はPC1とPC2へ、ベイビーの真実を伝えても構わないし、伝えなくても構わない。 PC1とPC2は、これまでの出来事からベイビーの真実に勘付いても構わないし、気付かないままでも構わない。

【状況2】

「全くバカは始末に困る。 こんなガキを今更手に入れた所でどうするつもりだったのだ? 一から子育てでもする気だったのか? バカだな!」
 突然君達に声が投げかけられる。振り返れば、ヒーローたちからはやや離れた場所に未来人バスカが立っている。バスカは君たちを見、赤ん坊を見ると、PC1へ向かって一本の薬剤を放り投げてくる。 PC2であればその薬に見覚えがあるかもしれない。エントリーでPC2がヴィランたちから投与された、超人種の力を制御する抑制剤だ。
「そこにはマトリクスが入っている。そこのお前(PC2)、見た顔だな? 貴様に投与したものを更に改良したものさ。 つまりは、一人の超人種を一生無力化するのには十分な量と質のものだな。 ……フン、何が狙いかと思っているな? 簡単だとも、復讐だ!」
「そのガキがザ・ティーチャーだった頃、私はすっかり苦渋を味あわせられた。 その男、私が発明した! 私の! ミュータジェンを! よりにもよって製法ごとばら撒けと命じやがった! お陰で世の中にはミュータジェンの粗悪品・改造品がはびこってやがる! マトリクスなんてパチモンまで生まれてくる始末だ! クソッタレ!」
「……著作権を得損ねた製品のオリジナルを主張することほど無様なことはない。 既に一通りの実験は終わらせ、この件に関し私の興味は尽きた。 あとは忌々しいデラックスマンが勝手にやるだろう。 だから最後に、そのガキに土産をくれてやるために来たのさ。 ━━ささやかな復讐だよ。 その溢れる才能を封じて、凡人として一生を終わらせてやる。 超人種の特別性を謳っていた男には、いい皮肉だと思わんかね?」
「だが、お前達とここでコトを構える気はない。 言っただろう? あくまで『ささやかな』復讐だ。 未来とは無限に連なり折り重なる数多のパラレルワールド。 この世界で報復したからといって、異なる世界のそいつに影響が及ぶことはない。私はそれをよく知っている。 だから私はプレゼントだけを贈り、退散するとしよう。 私がお前達にくれてやるのは選択肢だけだ。 その赤子の未来はお前たちで決めるといい、ヒーロー」
(PCが『天秤は揺れる』プレイ済みの場合は追加しても良い文言)「それに……それはお前たちにとっても、良い報復になるかもしれんぞ。 インペインとか言ったか。 以前、刑務所から脱獄した元ヒーローの殺人鬼だよ。 あの男、外に出て何人殺した? あの男の脱獄計画を提案し実行したのは、他ならぬ、そのガキになった男さ」
 未来人バスカはそれだけを言い捨てると、瞬きの間に、蜃気楼のようにその場から消えてしまう。あとに残されるのは三人のヒーロー、無邪気な赤子、赤子を封じる手段として渡された抑制剤。 赤子が再び成長した時、ザ・ティーチャーと同じ道を辿るとは限らない。より凶悪な存在となるかもしれない。あるいはそもそも、いずれこの赤子の肉体が、元の成人男性の姿に戻ることもありえるのかもしれない。 君たちは世界の平和の為に赤子へ抑制剤を投与してもいいし、ここで赤子を殺してもいい。或いは赤子の可能性を信じて生かしてもいいし━━赤子の未来の為に、抑制剤を投与してもいい。 選択はヒーローたちへ委ねられる。

【エンドチェック】

□ベイビーの処遇を決めた。□グリッドを1点獲得した。

【解説】

 PC1が改めてベイビーの真実を知るシーン、そしてヒーローたちが決断を迫られるシーンとなる。 ヒーローがベイビーに抑制剤を投与することを選択した場合、赤子は自力で浮き上がる力を失い、ヒーローたちの腕の中でズシリと重みを伝えることになるだろう。成長した赤子がこの時の記憶を覚えているはずもない以上、赤子は旧人類としてその後の人生を送ることになる。赤子にはまだ名前がない。ザ・ティーチャーから本当に生まれ変わらせる意図で、ヒーローたちに新たな名付けを促しても良い。 あるいはヒーローたちはベイビーを殺すことを選ぶかもしれない。ヒーローたちがそうと決めれば、赤子は苦しむことなく眠るように死に至るだろう。小さな命を奪うのは簡単なことだ。 クエリーに「正解」は存在しない。あるのはあくまでヒーローたちの「選択」だけだ。GMはプレイヤー全員が納得いく着地点を考え、演出してもらうといいだろう(PCではなくプレイヤーなのが肝心だ)。どうしてもプレイヤー同士の意見が対立し、どの意見を優先させるべきか分からない時は、恨みっこなしでダイスで決めてしまっても良い。 このシナリオに於いて、未来人バスカは言葉通りの極めて個人的な立場を取る。PCたちへ味方することもないが、ファクトに対して決定的に協力的なわけでもない。もちろんバスカの言葉を信じるかどうかはPC次第ではあるのだが。

【クエリー4–B:胎児の夢】

 登場キャラクター:PC1・PC2・PC3 舞台:任意 発生条件:『チャレンジ3:ハロー、ボスベイビー』に失敗している

【状況1】

 君たちはコールドテイルに赤子を奪われた。
「ヒャッハーーーーーーー!!! ご機嫌うるわしゅう、元ボースー!? ずいぶんと変わり果てたしょーもねえ姿になっちまって! 食っちまいたいぐらいかーわいいでちゅねえ、ベロベロバー!」
 コールドテイルは泣きじゃくるベイビーを抱えると、構成員と共に邪悪に高笑いし、PC1へと残酷な真実を突きつける。「おバカなヒーロー、ベビーシッターありがとさん! このチビはなあ、トニー・ピムのせいで失踪してたウチのボスなんだよ! アンタのおかげで五体満足元気いっぱいだ、あとは存分に活用させてもらうぜェ!」 コールドテイルはベイビーを抱えたままその場を離脱しようとする。その手の中では、ぐずるベイビーが助けを求めるように君に手を伸ばす。このまま連れ去られれば、あの赤子はファクトの構成員としての教育を施されるのかもしれないし、あるいは元の姿──ザ・ティーチャーに戻ることになるのかもしれない。 赤子は奪われた。もう手は届かない。 君たちの脳裏に、悪夢のような選択肢が過ぎる。
──ここであの子を撃ち殺せば、少なくとも、未来の危険は潰えるだろう。
 コールドテイルはすっかり距離をとったことで油断している。 柔らかな赤子は、石がぶつかりでもすれば、それだけで簡単に命を落とすだろう。 PC2は、ミュータジェンがどれほど人の体を変質させてしまうものなのかをよく知っている。 PC3は、あの赤子が偶然の積み重なりで生まれた、極めて不安定な存在であると知っている。 PC1は、あの赤子がとてつもない力を秘めた、しかし、ただの子供なのだと知っている。 君たちは赤子をここで撃ち殺してもいいし、危険を承知で逃がしてもいい。 これは最後の分岐路だ。このクエリーで赤子を逃がした場合、ザ・ティーチャーは復活する。

【エンドチェック】

□選択をした。□グリッドを1点獲得した。

【解説】

 PC1が改めてベイビーの真実を知るシーン、そしてヒーローたちがより過酷な決断を迫られるシーンとなる。 通常、クエリーによってPCたちにデメリットが発生する状況というものはないが、このクエリーはチャレンジイベント失敗の延長にあるクエリーの為、選択次第では『ザ・ティーチャーの復活』というデメリットが発生し得る。しかしそれが必ずしも『間違いだった』とは言い切れないのがこのクエリーのミソだ。 クエリーに『正解』は存在しない。あるのはあくまでヒーローたちの「選択」だけだ。GMはプレイヤー全員が納得いく着地点を考え、演出してもらうといいだろう(キャラクターではなくプレイヤーなのが肝心だ。プレイヤー同士が納得していれば、あとは演出でいくらでも理由がつけられるのだから)。どうしてもプレイヤー同士の意見が対立し、どの意見を優先させるべきか分からない時は、サクッと恨みっこなしでダイスで決めてしまっても良い。

【マスターシーン2:緊急連絡!】

 登場キャラクター:全員 舞台:任意

【状況1】

 コールドテイルとの戦いを終えた君たちの耳に、G6から緊急の連絡が入る。『緊急連絡! デラックス・デザイアがピム・インダストリーズを占拠したとの報告あり! デラックス・デザイアはトニー・ピムの身柄の解放と引き換えに、 ロックウェイブ超人種監獄に収監中のヴィラン・殺芽の出所を要求している! 近隣のヒーローは至急トニー・ピム博士の救出へ向かわれたし! 繰り返す! 近隣のヒーローは至急トニー・ピム博士の救出へ向かわれたし!』

【解説】

 最後のチャレンジイベントにスムーズに物語を繋げる為に挿入されるマスターシーンだ。デラックス・デザイアは、デラックスマン率いる、少年隊を始めとしたフォーセイクン・ファクトリーの第一派閥のこと。 このマスターシーンを挟むことで、逆に演出がスムーズにいかなくなるとGMが判断するのであれば、自由に演出を変更したり、このマスターシーンを使用しないとしても構わない。

【マスターシーン3:夢の終わり】

 登場キャラクター:なし(NPCのみ) 舞台:ピム・インダストリーズ 発生条件:『クエリー4-B:胎児の夢』でベイビーが死亡していない。

【状況】

 ピム・インダストリーズの片隅で、拘束されたコールドテイルが転がされながら喚いている。コールドテイルの目の前には、赤子を抱えたデラックスマンと未来人バスカの姿。
「そんな子供、今更戻して何になるというのだ? 記憶の継承のバックアップは十分だろうに」「影武者候補が増えるのは悪いことではないさ。それにこの子は随分と『将来有望』だ。お前も一科学者として、この予想外の現象に興味があるのではないかね。わざわざ洋館を拠点にして、ご丁寧にヒーローを相手に実験までしていたと聞いたが」「フン、全く貴様は忌々しい。だが今は貴様への怒りより、科学的好奇心が勝っている。せいぜいその幸運を噛み締めろ!」
 バスカの目の前に置かれた複雑な装置が動き、やがてそこからショッキングピンク色の薬液が生み出される。バスカはデラックスマンから赤子を受け取ると、そのピンク色の液体を赤子へ投与した。
「説明しよう! この薬の名はミュータジェンX! 従来のミュータジェンに更に改良を重ねた━━…」 声高に薬の説明を叫ぶバスカの前で、赤子がけたたましい泣き声をあげる。産声のようなその声に混ざり、人の肉体が組み換わっていくおぞましい音が響く。赤子のシルエットが歪み、やがて早送りのようにその肉体が進化していく。排熱のような蒸気が室内に充満していく。
「……ご苦労だった。バスカ、デラックスマン、コールドテイル」 煙の中から男の声が響く。デラックスマンが傍に用意していたスーツと、狼を模ったマスクを煙の中へと手渡す。煙の中の人影はそれを受け取り、一つ一つ、丁寧に身につけていく。「長い夢を見ていた気がするよ。悪くはない夢だったが…」 最後に狼のマスクを被り、煙の中から男が姿を表す。 コールドテイルは怯え、バスカは鼻を鳴らし、デラックスマンは静かに頭を垂れた。
「所詮、夢は夢だな」 ザ・ティーチャーは復活した。

【解説】

 フォーセイクン・ファクトリーに奪われた赤子が、ザ・ティーチャーとして復活を遂げるシーンだ。PCが登場しないNPCのみのマスターシーンのため、悪の親玉の復活らしい、いかにもヴィランっぽいシーンとして演出すると良いだろう。 このマスターシーンを経過した場合、チャレンジ5のデラックスマンのセリフは全て(細部を調節して)ザ・ティーチャーのセリフとして処理する。 ザ・ティーチャーは基本的には赤子であった頃のことは覚えておらず、PCたちと相対した暁には、至っていつも(?)通りの悪党らしい敵対者としての言動をするだろう。しかしGMやPLが演出に用いたいと考えるのであれば、わずかに記憶が残っているなどとしても良い。それはザ・ティーチャーになるに至った『誰か』の、ザ・ティーチャーとして継承したのではない、『誰か』個人としての記憶になるのだろう。 『クエリー4-A:嬰児の夢』では、未来人バスカはザ・ティーチャーの復活に興味がないような言動をしていたが、こちらのルートを辿る場合は渋々興味を持ち、協力している。もしかしたらそもそも、違う世界線から来たバスカなのかもしれない。

【チャレンジ5:ヒトは進化の夢を見る】

 登場キャラクター:全員 舞台:ピム・インダストリーズ社長室ほか

【状況1】

 ピム・インダストリーズの本社ビルはデラックス・デザイアの構成員に占拠されている。従業員たちも拘束され、人質に取られているようだ。 ピム博士とピム博士を確保したファクトの幹部は最上階にある社長室にいるらしい。素早く社長室へ向かえるか、1つ目のチャレンジ判定を行う。
–––––––––––––––––【チャレンジ判定】判定①:<運動><操縦><知覚><隠密>のいずれか-10%……最上階を目指せ!
失敗時:構成員に見つかり攻撃される。2d6のダメージを受ける。–––––––––––––––––

【状況2】

 ピム・インダストリーズの社長室の椅子にデラックスマンが腰を下ろしている。デラックスマンの足元には拘束されたトニー・ピム博士が居る。彼らの前ではテレビ電話が繋がっており、通信モニターの先に映し出されているのは、ロックウェイブ島の超人種用監獄だ。モニターの中では多くの看守に囲まれ、拘束具に身を包まれた殺芽が映されている。
「やあ殺芽、久しぶり。 我らがザ・ティーチャーから、遂に君に慈悲をかけてやれとお達しがきてね。 先ほどそちらに我々の友を一人派遣した。 小賢しく頭でっかちな男だが、君をそこから連れ出す役目ぐらいは果たせるだろう。 また君に会えたら、是非プレゼントしたいものがある。 これがあれば、君はもっともっと素敵になれるだろう。 おっと、看守諸君の目の前でする話ではなかったな。では、続きはまた後で。 看守諸君、そういうことだ。 殺芽の引き渡しが完了次第、我々もピム・インダストリーズから撤退する。 しかし引き渡しが少しでも遅れれば……この先は言うまでもないな? トニー・ピム氏の社会的影響力は、最早一個人として見逃せるものではない。 彼が発表した『マトリクス』の存在は、共存に悩む多くの人々への福音であり、数多の超人種犯罪に悩まされる行政にとっても都合のいい産物。 つまり━━ここで失われていい人材ではない。そうだろう?」(チャレンジ3でトニー・ピム博士が死亡している場合は「彼の研究データは」などに置き換える)
「よい取引が行えることを期待しているよ」 デラックスマンはそれだけ言うとモニターを切った。ヒーローたちが社長室に現れるのはそのタイミングだ。

【状況3】

 現れたヒーローたちへ相対し、デラックスマンは社長室内のワインセラーを物色しながら落ち着いた様子で話しかける。
「来るだろうとは思っていたが、思いのほか早かったじゃないか、ヒーロー。 最近は仕事が多くて参ったよ、君たちを満足に構ってやる事も出来ない。 一杯飲みながら仕事の愚痴でも聞いてくれないか? それとも悪党らしく、声高に目的を吹聴したほうがロマンティックか?」
「メディアは操りやすくて助かるよ。 少し情報を流せば、すぐに思い通りのリアクションをくれる。 おかげで世論も我々の望む通りの方向に転がった。 『進化か抑制か!』、いいキャッチフレーズだ」
「ミュータジェンとマトリクス。進化剤と抑制剤。 この二つの薬が存在する事で、最も影響を受けるものが何か分かるかね? 世論? 警察? 子供たち? 人権団体? いいや、どれも違う。 最も影響を受けるのは『国際情勢』だ。 昨今、超人種の力を人的資産として国際的地位を確保している、超人大国は少なからず存在する。日本が良い例だ。 しかしミュータジェンとマトリクスという存在が世に流布したのなら、その人的資産の価値はどうなると思う? ……そう、崩壊する。いわば超人種のインフレーションだ。 超人種というパワーソースを得たい国はミュータジェンを求め、 超人種というパワーソースを無力化したい国はマトリクスを求める。 崩壊した国際社会は容易く均衡を破るぞ、サード・カラミティとでも名付ければ景気がいいかな」
「誰かがほんの少し餌をぶら下げてやれば、 各々が欲するところを為した末、勝手に天秤は崩れる。 大きな悲劇は必要無いのさ、世界は既にデッドラインに立っているのだから」
「ザ・ティーチャーはその果てに 超人種の世界が訪 れると吹聴していたがね。私? さて、内緒だ」
「……ふむ、時間稼ぎはこんなところで十分か。 ロックウェイブに向かったバスカから、たったいま殺芽を確保したと連絡が入った。我々はのんびりと、今後の悪巧みに勤しむとしよう」
 デラックスマンはそう言うと、ピム博士を人質に取り、素早く屋上へと逃げていく。君たちはデラックスマンのあとを追い、ピム・インダストリーズの屋上へ向かうことになる。

【状況4】

 ピム・インダストリーズの屋上は、ヘリポートのほか、複雑な機器に囲まれた軌道エレベーターがある。ヒーロー達が屋上へたどり着いた時、ファクトの構成員達は、軌道エレベーターの情報を入力し終えたところだった。「ご苦労、君は用済みだ」 デラックスマンがあっさりとピム博士を屋上から突き飛ばす。拘束されたまま突き飛ばされた老人は為す術もなく宙へと身を晒す……ピム博士を救わなければ! 二つ目のチャレンジ判定となる。
–––––––––––––––––【チャレンジ判定】判定②:<生存><霊能><作戦>のいずれか-20%……ピム博士を救え!
失敗時:ピム博士は死亡する。PCは2d6のスティグマを受ける。–––––––––––––––––
 君たちがピム博士を救出すると同時、軌道エレベーターが開く。軌道エレベーターは物資の運搬用にも用いられる、非常に巨大な作りになっている。ファクトの構成員たちがそのエレベーターへ乗り込む。ピム博士が叫ぶ…!
「ダメだ、奴等をその先へ行かせてはならん!」「奴ら、マトリクスを使って『太母結界(グレートマザーバリア)』を破壊するつもりだ! この星そのものに恐ろしいことが起きるぞ!」
 太母結界━━それはこの星を守っているという何者かの力。いかなる存在がいかなる目的で作り上げたかは定かではないが、確かにそこにあるとされる力。ハービンジャーの力を10分の1にまで低下させていると言われ、一説によれば全ての超人種へ影響を与えているという、この星を守る力。 太母結界が超人種によるものか、マトリクスで無効化できるものなのかは定かではない。しかし、分からない故に、『不可能だ』とは言えない。そして仮に、もしそれが叶ってしまったのなら、その先にあるのは…。
 軌道エレベーターの扉は閉まろうとしている。ここで奴等を逃すわけにはいかない、その前に決着をつけてやれ! 成功した場合、PCたちは軌道エレベーターへと乗り込むことができる。決戦の舞台は地球から宇宙空間へと進む、この軌道エレベーターの中だ。 失敗したとしても、かろうじてエレベーターの中に乗り込むことができたものとしてシーンは進む。
–––––––––––––––––【チャレンジ判定】判定③:<白兵><運動><科学>のいずれか-10%……軌道エレベーターへ乗り込め!
失敗時:決戦フェイズのエリアタイプが、1ラウンド目「平地」、2ラウンド目以降「宇宙」となる。–––––––––––––––––

【解説】

 最後のチャレンジイベントは、展開を追いながら一つずつチャレンジが発生する形となる。このチャレンジイベントは一人のキャラクターが複数の判定を行うことはできない。 『状況2』はデラックスマン(ルートによってはザ・ティーチャー)が殺芽の脱獄とミュータジェン投与を示唆するシーン。『状況3』はヒーローたちへファクトの目的を告げるシーンとなる。台詞が長いので、適宜ヒーローたちへリアクションを促しながら、会話のように進めていくと良いだろう。 『状況4』はピム博士を救い、軌道エレベーターへと乗り込んで最後の戦いへ挑むシーンとなる。太母結界に関する設定は、基本ルールブック143頁と学園マッドネス43頁を参考にしている。太母結界が古代の超人種によってもたらされたものであれば、マトリクスが効果を発揮する可能性はゼロではない。もちろん効果を発揮しない可能性もあるが、超人種の独立・旧人類の隔離を掲げるフォーセイクン・ファクトリーにとってみれば、あまり悪い賭けではないということだ。

4.決戦フェイズ

【決戦】

 登場キャラクター:全員 舞台:起動エレベーター内部

【状況】

「おや、こんな所までついてきたのか? 人質はちゃんと『離して』やったというのに、困ったヒーロー達だ。……お前達、お出迎えをして差し上げなさい」 デラックスマンの言葉と共に、エレベーター内で待ち構えていたデラックス・デザイアの構成員達が、そしてデラックスマンに鍛えられた少年隊達が君たちへ武器を向ける。 そこに、雄叫びと共に最前線へ飛び出してくる巨大な影! 恐竜怪人コールドテイル!「前はよッくもやってくれたなヒーローども!! 今度は絶対に許さねえ、ブチ殺してやる!!!」 軌道エレベーターは猛スピードで宇宙へと向かっていく。不安定な足場の中で、いま、最後の戦いが幕を開けた!

【戦闘情報】

【エネミー】

・デラックスマン・コールドテイル・セキュリティガード×5・スナイパー×3 (基本ルールブック190頁・191頁・218頁参照)

【エリア配置】

PC初期配置:エリア1・エリア2NPC初期配置:エリア4:デラックスマン・スナイパー×3エリア3:コールドテイル・セキュリティガード×5

【勝敗条件】

勝利条件:敵の全滅敗北条件:味方の全滅

【備考】

・1ラウンド目のエリアタイプは「平地」、2ラウンド目 のエリアタイプは「不整地」、3ラウンド目以降のエリアタイプは「宇宙」とする。全てのエリアにエリアタイプを適応する。・3ラウンド目の冒頭で、ヒーローの数が最も多いエリアに「殺芽」を追加する。・ミュータジェンのデメリットは継続する。
・『マスターシーン3:夢の終わり』を経過済みの場合、エリア4に「ザ・ティーチャー」を追加する。

【殺芽参戦!】

【発生条件:3ラウンド目・行動順ロール前】

【状況】

 地上から轟音と共に何かが軌道エレベーターの外壁を駆け上がってくる。 君が目を凝らして見たならば、それは爛々と殺意に目を狂喜させる、ファクトの幹部・殺芽の姿! 殺芽は気合と共に刃を振るい、軌道エレベーター の外壁に巨大な穴を開け、強引にエレベーターの中へと乗り込んでくる。 エレベーターは大気圏に 突入しようとしていた...!
「殺芽! これを使え!」 デラックスマンが叫び、殺芽にミュータジェン が入った注射器を投げ渡す! 殺芽はちらりとそ れに視線を向け── 一太刀のもとに叩き切ってしまった!
「興が醒める、つまらないことをするな! 久々の戦いなのです、楽しませて下さいよ!!」

【戦法と調整】

【エネミーの戦法】

 デラックスマンは基本的にエリア4から『ブラックメール』でスティグマ攻撃を行う。クレジットは減少すると支援を行えなくなり、「汚名」を受けて著しく戦闘に不利を来たす可能性が高く、それでいて臨死状態になることもないヴィランにとって都合の良いエナジーだ。射程やヒーロー達のステータス状況を見て、適宜『デラックスビーム』でのライフ削りに切り替えるなどすればよい。 コールドテイルは『トカゲ走り』を生かしてPC達と同じエリアへと駆け込み、『爪で切り裂く』と『噛みつき』のコンボでヒーロー達のライフを大きく削るアタッカーとしての役割を果たす。2ラウンド目の「不整地」では、移動に追加で10ターンかかってしまうことに留意。
 ヘンチマンたちはステータス通りの攻撃を行っていけばよい。セキュリティガードの『パラライザー』はダメージこそ低いが、この戦闘での【束縛】は、エネミー全員が『運動』での回避を要求すること・コールドテイルが素早い移動を可能とすることから、大きな不利に繋がる可能性が高い。基本的にはエリア3から攻撃を行えばよいが、PCがエリア攻撃を所持している場合は、コールドテイルと共に戦線をエリア2へと引き上げ、PCを巻き込んだ混戦状態へ持ち込むことが好ましい。
 殺芽が参戦する頃には、ヒーローたちの多くはデッドライン状態に入っているだろう。グリッドが残っていれば、殺芽のHPでは『弾く!』を用いたとしても、一撃受けるだけで退場に繋がる可能性が高い。GMは必ず『先の先』を用いて、高い確率で先手を取りながら、『斬る!』でPCたちへ一太刀浴びせるようなイメージでいればいいだろう。当たり所が悪ければ、それで一人を亡き者に出来る。 殺芽が参戦する前に戦闘が終了したならば、殺芽はファクトの敗北を知り、興が醒めたとばかりに自ら監獄へと戻っていく。殺芽参戦後、ヒーローたちが彼女を倒したのであれば、ヒーローたちの健闘を讃えながら戦闘不能になるなどすればよいだろう。勿論、ヒーローたちの演出通りに倒されてしまっても構わない。
「成程、数が減ったものと侮っていましたが。随分と骨のある粒が出揃ってきたものです。薬に頼ろうとしたあいつらが勝てる道理はありませんでしたね──私の負けです、お好きになさい」

【ヒーローが強すぎたら?】

 ヒーローの経験点が100点を超えている! ヒーローとの相性が悪すぎてあまりにもあっけなくゲームが終わってしまう! そんな状況に陥った時、GMは以下のパワーを任意のヘンチマンやヴィランに好きに採用しても良い。コールドテイルであれば服用していても投薬されていても不自然ではないだろうし、乱入してきた殺芽がミュータジェンの投与を受け入れたことにしてもよい。

■追加パワー(このバトル限定)

『ミュータジェン投与』属性:強化 判定:なし タイミング:特殊射程:なし 目標:自身 代償:ライフ2効果:いつでも使用できる。 このパワーを使用したキャラクターの全ての能力値が+20%上昇。 そのキャラクターの所持する全ての攻撃パワーのダメージが1d6上昇し、 そのキャラクターの所持する攻撃パワーに対する回避判定に マイナス20%の補正が追加で発生する。 この効果は戦闘が終了するまで継続する。

5.余韻フェイズ

【各PCの結末(一例)】

【PC1の結末】

(※赤子が超人種として生存している前提での描写となる。シナリオ内の選択と結果に応じて適宜演出は調節すると良い)
 君は君の日常に戻った。ヒーローとしての活動を続け、時に素性を隠して民間人としての生活を送るような、そんな日常にだ。 例の赤子は、相変わらず折を見ては君のもとに姿を現す。しかし医師の診断では、成長し、自我がしっかりと芽生え、能力の制御が出来るようになっていけば、自然とこの現象も治まっていくだろうとの見立てだった。君がこの子供の襲撃を受け続けるのは、思っていたよりは長い時間ではないかもしれない。子供の成長は、大人から見れば早いものだ。 この子もいずれ成長し、一人の人間として過去とは違う人生を歩んでいくことになるだろう。それまでは、君か、あるいは別の誰かか……大人たちが、その人生を導いてやることになるはずだ。 小さな子供に手がかかるのは、超人種でも旧人類でも変わらないのだから。

【PC2の結末】

 ファクトのばら撒いたミュータジェンの製法は世界に拡散され、ミュータジェンは麻薬めいて少しずつ形を変えながら、裏社会へと蔓延していくことになる。 しかしファクトが目論んだような完全なパワーバランスの崩壊には至らなかった。G6に所属する研究員のサイオンが──それは煙状の体を持つ、薬物を体内で生成することのできるサイオンであったという──ミュータジェンの中和剤の生成に成功したからだ。君がミュータジェンを投与していた場合、その効果はこの中和剤によって消滅する。 悪意に委ねられたミュータジェンは完全に駆逐されることはないが、善意がそれに完全に押し負けることもない。世界は変わらず、危うい天秤の上で、それでも今日も続いていく。 そんな世界の中で、君は今日、何をしようか?

【PC3の結末】

 ファクトの襲撃を退けてから、いくらかの日が経った。ピム・インダストリーズは改めて警備体制を見直し、警察やG6と正式に連携を取りながら、今後の活動を続けていくとしている。 かくして君の護衛任務は任期満了となる。最後の護衛の日、ピム博士が君のもとにやってきた。「本当に世話になった」「科学とは、あくまでただの手段だ。扱い方を間違えれば、毒にも薬にもなる。そして科学を扱うのは人間だ……私はその人間を信じられなかった。失望すらしていた。だから、ミュータジェンとの決着がつけば、マトリクスの開発を中止しようと思っていたが……」「……もう少し、人の善意を信じてみたくなったと言ったら、君は笑うかな」 そうして、マトリクスの開発は続けられることになる。しかしその効果は、制御剤という武器になり得る強力なものではなく、あくまで力の制御に苦しむ人々の助けになるような、超人種と旧人類の共存の一助になるような━━鎮静剤の域を出ないよう、厳しく管理しながら開発を進めていくと、ピム博士は発表し、開発へと戻っていった。その医薬品が人の世に出回るのは、今ではないまだ先、『いつか』の物語だ。「ありがとう、ヒーロー。君の力は素晴らしいものだった」

6.シナリオ情報

【情報一覧】

 GM向けのNPC情報や用語解説をここに記載する。

【Dr.トニー・ピム】

 百歳を超えた気難しい老人。旧人類。ファースト・カラミティ以前の歴史について研究を長年行ってきた人類学者であり、宇宙開発企業ピム・インダストリーズの永代代表者。 若い頃に受けた様々な裏切り、失望により、著しい人間嫌いになっている。普段は一切人を寄せ付けず、社の所有する宇宙ステーションで、下界の人間との接触も最小限にしながら生活を送っていた世捨て人だった。 しかしその知識に目をつけたフォーセイクン・ファクトリーによって誘拐され、ミュータジェンの製法を教えこまれる。危険性を理解したピム博士はファクトの手から逃れるため、そしてミュータジェンに対するカウンターとして、抑制剤マトリクスの開発に成功する。 しかし製造して間もないマトリクスを投与されたザ・ティーチャーは、ミュータジェンとの化学反応により、その肉体が赤子へと変わり、能力の暴走により周囲を巻き込んで大規模かつランダムなテレポーテーションを行う。その結果、ピム博士は無事に会社へと戻ってくることができ、解放された。それがシナリオ開始時点から約一ヶ月前の話だ。 ピム博士は世捨て人めいた生活を送っていたこともあり、彼の誘拐が彼以外の人間に知れ渡ることはなかった。解放されたピム博士は、しかし自分の作り出したマトリクスのデータをファクトが占有することを恐れ、急遽世界に『マトリクス』の存在を公表。ファクトからの報復を受けないよう、ヒーローを護衛に雇った。 しかし長年拗らせた人間嫌い、そしてファクトに誘拐された際の恐怖により、見ず知らずのヒーローを本当に信じて良いのか悩んだピム博士は、ヒーローに自分自身を調査させるため、狂言による殺害予告を出すに至った。

【謎の赤子】

 PC1に拾われる赤子。超人種(サイオン)の男の子。おくるみに包まれた、月齢未満の乳幼児。 超人種として強力な力を宿しているが、それを理性的に扱うことが出来ない存在。PC1に救助されたことをきっかけに、PC1へと強く懐くようになる。 その正体は、トニー・ピム博士のマトリクスと、ファクトが所有していたミュータジェンの化学反応によって肉体が退化したザ・ティーチャーその人。脳に至るまで退化を起こしている為、ザ・ティーチャーであった頃の記憶や自我は全て消滅し、ただの力を持った赤子となっている。 この赤子は第三者からの介入がない限り、ザ・ティーチャーとして蘇ることはない。しかしその事実はPCたちが知り及ぶことのないものだ。また、ザ・ティーチャーとしての道を歩まずとも、別の悪党になる可能性もあるし、新たなヒーローとなる可能性もあるし、平凡な一般人としての道を歩む可能性もある。もう一度人生を歩み直すに等しいその行いの結果、この赤子の未来がどうなるのかは誰にも分からない。ザ・ティーチャーであったころに行った罪業の責任を何処に求めるべきなのかも。 ザ・ティーチャーとしての『記憶の継承』はすでに完了しているため、基本的に一部の幹部を除き、ファクトはこの赤子の行く末に興味を持っていない。 名前はまだない。シナリオ内でヒーローたちが名付けてしまってもよいだろう。

【ミュータジェンのデメリット】

 『属性:攻撃』のパワーを用いる際、1d6を振り、1〜3の出目が出た場合、攻撃対象を射程内からランダムに決定する。4〜6の出目が出た場合は通常通り攻撃を行う。

【用語解説】

■ミュータジェン 「天秤は揺れる」にて、体内で薬物を生成することの出来た煙状の体を持つサイオン・カプシドが作り出した毒を、「擬似餌の矜持」にて未来人バスカが悪辣に改造したことで生まれた薬品。旧人類に投与すれば強制的に超人種へと進化させ(エンハンスドとなる)、超人種へと投与すればその能力を大幅に増幅、あるいは暴走させる効果を持っている。 本シナリオではファクトの手によって「製法」が世界各地へとばら撒かれた結果、様々な亜種が誕生し、麻薬めいて蔓延しつつある。
■マトリクス トニー・ピム博士が作り出した薬。抑制剤として公表されているが、実際はミュータジェンをもとに、ミュータジェンの作用を中和する目的で作られたカウンター剤。ミュータジェンを完全に中和することは出来ず、代わりに超人種の力を著しく抑制する作用を持っている。
■太母結界 詳細は基本ルールブック143頁と学園マッドネス43頁を参考にしている。地球を守る、何者かによって張られた、なんらかの力。その詳細はファースト・カラミティ同様に謎に包まれている。 ハービンジャーの力を抑制する効果があると知られていたが、近年の研究ではハービンジャーに限らず全ての超人種の力を抑制している可能性があるとされている。ファクトはクライマックスで、マトリクスを太母結界へと地球外から散布することで、この効果を消滅させられないかを試そうとしている。太母結界が破壊されれば、超人種はより力を得、それはザ・ティーチャーの標榜する超人種のための世界の大きな一歩になるからだ。

【ヴィランサイド補足】

 フォーセイクン・ファクトリーは一枚岩の組織ではない。そのため、このシナリオの中に登場する各幹部たちは、同じ組織に属しながらも異なる考えで行動を起こしている。参考までに、各幹部の考えをここに記す。GMはこの設定を参考にしてもよいし、完全に無視してもよい。

■デラックスマン

 デラックスマンはザ・ティーチャーと同様に、「超人種のための世界」を標榜し、その達成の為に動いていると口にする。しかし実際の行動として、ビジネスとしてミュータジェン売買を積極的に行っている側面もある。どちらが彼の本当の目的なのかは不明だ。ザ・ティーチャーが赤子となったことで、次のティーチャーに記憶の継承が完了するまでの間、ザ・ティーチャーの代わりに組織の影武者として一連の案件を指揮していた。殺芽の解放・ミュータジェン投与計画はデラックスマンの考えに依るところが大きい。

■未来人バスカ

 バスカは「擬似餌の矜持」で自身が開発したミュータジェンが、ザ・ティーチャーの判断により世界中にばら撒かれてしまったことに、強い怒りと落胆を抱いている。彼はもはや自分の手元を離れたミュータジェンに興味はない。しかしザ・ティーチャーの身に起きた赤子への肉体変化の件には関心を持ち、ヒーローを用いて投薬実験を繰り返していた。一通りの実験を終えれば、バスカはミュータジェンに本当に興味を失い、殺芽をロックウェイブ監獄から連れ出した後は、さっさとどこかに消えてしまう。

■恐竜怪人コールドテイル

 コールドテイルは単純だ。彼はいつも通り、ファクトの次期ボスの座を狙っている。そしてザ・ティーチャーが不慮の事故で赤子となり、次のザ・ティーチャーへの記憶の継承が行われている最中である今がチャンスだと思っている(が、別にそんなことはない)。その為、その手段になり得る方法がないかを考え、たまたま目の前に現れた赤子姿の元ボスを見て、何かに使えそうだと思って力づくで誘拐しようとする。具体的なプランは特にない。

■殺芽

 彼女はヒーローに敗北したことでロックウェイブ監獄に投獄されていたが、デラックスマンの策略により出所の機会を得る。しかし薄々本件にザ・ティーチャーの意志があまり反映されていないことを察しており、ミュータジェンなどという薬品を自分に投与しようとする組織の方針には賛同していない。その為、彼女は出所してもデラックスマンの言葉にはあまり従わず、独自行動を貫く。彼女の目的はヒーローたちとの再戦だ。