世の中に貢献する酵素研究(未知酵素を表舞台に引っ張り出す)
松井研究室では,微生物や動植物由来の新規酵素の探索と,分子進化工学による機能改変を組み合わせ,L-アミノ酸の高精度な定量に適した酵素の開発やバイオものづくりに取り組んでいます.これまでに,自然環境から取得した微生物から得られた酵素に対して改変を加え,L-アミノ酸の定量に利用可能な高選択性酵素を開発しました(松井, 生物工学会誌, 2022).さらに,異種発現系において目的酵素が封入体として不活性に発現されるという課題に対し,部位特異的およびランダム変異導入を用いて可溶性発現を促進する新たな技術も開発しています(Matsui, Biosci. Biotech. Biochem., 2023).これらの技術は,実用的な分析・診断分野やバイオものづくりへの応用を見据えて,現在展開中です.
当研究室では,酸化還元酵素を活用したアミノ酸の高選択的・高感度な定量法の開発に取り組んでいます.自然環境から新規微生物を分離し,その中から特徴的な酵素を探索・精製し,応用可能性を評価しています.これまでに,Pseudomonas sp. TPU 7192から新規のL-アルギニン酸化酵素(EC 1.4.3.25)を単離し,酵素化学的性質を明らかにするとともに,L-Arg定量法に応用しました(Matsui et al, Enzyme Microb. Technol., 2016).また,Burkholderia sp. AIU 395からは,酸化反応と脱炭酸反応の二機能性をもつPLP依存性酵素を見出し,アミン酸化酵素との連結反応によってL-リシンを選択的に定量する系を構築しました(Sugawara, J. Biosci. Bioeng, 2015).さらに,Achromobacter sp. TPU 5009由来の酵素はL-ヒスチジンに対して特異的な酸化活性を示し,L-His定量にも応用可能であることが分かっています(Matsui, J. Biosci. Bioeng. 2021).
微生物酵素の応用を広げるため,分子進化工学の手法を用いた酵素の機能改変にも取り組んでいます.例えば,Pseudomonas sp. AIU 813由来のL-リシン酸化酵素は,酸化活性に加えて高いモノオキシゲナーゼ活性を併せ持つ二機能性酵素です.この酵素に対して変異導入ライブラリを構築し,酸化活性を選択的に高めた変異体の取得に成功しています(Matsui, FEBS Open Bio, 2014).また,Nostoc punctiforme ATCC 29133由来のL-トリプトファン脱水素酵素(EC 1.4.1.19)は高い基質特異性を持ちながらも,熱に対する安定性が低いため,ランダム変異導入と機能選抜を組み合わせて高活性かつ安定な変異体酵素の獲得を行いました(Matsui J. Biotechnol. 2015).さらに,Marinomonas mediterranea NBRC 103028由来のL-リシンε-酸化酵素(EC 1.4.3.20)の可溶性発現系を確立するため,ランダム変異導入と抗生物質耐性を用いたスクリーニング系を開発し,可溶性発現を示す変異体を取得しました(Matsui, Biosci. Biotechnol. Biochem, 2015).
"つくる" 酵素を大量生産する独自技術
異種発現系では,目的とする酵素が封入体(インクルージョンボディ)として不溶性に発現し,活性を示さないことが多く,大量発現を目的とした応用において大きな課題となっています.この課題に着目し,ランダム変異導入による酵素ライブラリーを構築し,そこから得られた多数の可溶性発現変異体のデータをもとに,構造や配列の特徴と発現性との関係を解析しました.その結果,α-ヘリックス構造における疎水性度に着目した変異導入法「α-ヘリックス法」および,疎水性度とアミノ酸配列保存性の両方を指標とする「HiSol法」という2つの可溶性発現技術を新たに開発しました(Matsui Sci. Rep. 2017).さらに,実験により独自に取得した好熱性細菌由来酵素441種の可溶性発現データと,各酵素の一次構造情報を用いて,機械学習ベースの発現予測モデル(正答率78%)も構築しています(特許:JP2023-80992).加えて,特定酵素に対して108か所の系統的変異導入を行い,その結果を用いてロジスティック回帰分析を実施したところ,可溶性発現に寄与するアミノ酸の性質や部位の特徴を統計的に抽出することに成功しました(Nakahara et al., ChemBioChem, 2024).