映画『エイタロウ』とは
映画『エイタロウ』とは
< あらすじ >
主人公エイタロウは33歳
非正規/契約社員ビールの営業マン(スマイルが武器)として働き妻子を養うかたわら、役者で食いたいと歯を食いしばり生きてきた。
理想主義者だが劣等感のかたまりで、学歴もキャリアもなく、現実は甘くない。 役者として勝負したいが、上京する勇気も若さも失い、
自分は本当に何がしたいのか分からなくなっている。
そんな矢先、三回付き合い三回別れた初恋の女キョウコと再会し、「くすぶってんじゃない!」と痛烈な ビンタ=激励を見舞われる。
元役者で妻のサキナは 「二人目がほしい」と 家庭最優先…。
生きがいである役者と生業と家庭との はざまで苦しむエイタロウは、高校中退時 救ってくれた恩師(英語塾の先生)に久々に会いに行く。
ところが― その恩師はすでに他界していたことを知り、先生が死んだのは早く会いにいかなかったせいだ― と痛烈な自責の念に駆られる。
演じることも楽しめなくなり、役者仲間との関係も険悪に…。 一方、職場では正社員への登用を打診され朗報かと思うが、「趣味の芝居は控えて」と、唯一の生きがいを封じることを交換条件としてほのめかされる。
そんな踏んだり蹴ったりで笑顔を失ったエイタロウの前に― 恩師の娘が現れ、遺作 の実現をお願いされる。はたしてエイタロウは、
破綻かくごで役者の道を突き進むのか、世間と妥協し 死んだように生きるのか―。
すったもんだの挙句、ついに中央公民館で上演となる『 最期の弁明 / Apology of Saigo 』
(逆賊として果てる ラストサムライ西郷隆盛が 一人間として心情をかたる戯曲)は、
どんな芝居となり、役者たち そして 観客たちの心に、何をもたらすのか―
事実にもとづく “オール地元在住キャスト” による 初めての映画が誕生!
< なぜ?始まったのか >
ふるさとで映画人材を育てなければと2015年 無料「映画づくりワークショップ」を始めました。そのWSを手伝ってくれた宇都大作 小松蓮 といった地元の演劇人たちに出逢い 歯をくしばりながら表現を続けている人々を知り敬意を抱きました。鹿児島で映画を作るなら 彼らと組みたいという思いを持つように…
愛を込めて〝役者バカ〟と呼びたい方々です。
19年 宇都大作演出作品「大造じいさんとガン」を名山小と皆与志小で上演する機会があり ボランティアで手伝わせてもらいました。その小さな舞台で ひときわ熱量たかく演じる德田英太郎がいて その立ち姿に一目ぼれ!しかしその後コロナ禍となり彼らとの接触も乏しくなっていたのです。ところが―
23年5月末、音楽の種子田博邦と「何か作品を創ろう」と話しあった時ふと「英太郎と仕事をしたい」とつぶやいていました。
その2日後の5/27㈯、大隅の海を観たいと桜島フェリーに乗り 名物やぶ金うどんを食い 丼を返しにいった所「理茎さん!」と背後から声が… 空耳かと思ったらもう一度。振り返ると英太郎が妻 早希奈と男の子といました。4歳の息子壮司朗を恐竜公園に連れていくのだと言います。
すべては偶然ではないと直感しました。公園に一緒に行き、彼の語る近況と半生に聴き入りました。とても個別具体的でありながら普遍性をたたえた物語でした。
世界中の地方に、ほとんど非正規の仕事をしながら、懸命に芸術活動を続けるひとたちがいます(心を豊かにすることに最も価値を置く人々)。鹿児島にも、こんな素敵な〝役者バカ〟がいるんだ!と心底ほれ直し、エピソード1をその晩書き始めました。
その2週間後の6/10㈯。早朝の名山堀、梅雨空の下たった5人でクランクイン。
最初は数話の短編で終え「次の長編映画づくりに備えるか」とも考えていました。が、撮れば撮るほど、役者陣の魅力が次の脚本を書かせ、旧知の児玉剛(非正規雇用で食いつなぎながら短編映画や小説を創りつづける地方の宝)に脚本協力を依頼し内容を膨らませ、秘伝のタレをつぎたすような撮影が、23-24年の年末年始を越え 続きました。気が付けば、たくさんの仲間や協力者が増え、もう長編に仕上げるしかない状況になりました。
いま多事多難な時代だからこそ地方で生きる人間を見つめ、地方を照らす映画をつくる意味はある。城山で散ったラストサムライに 役者たちの姿を重ねた オリジナル劇中劇「最期の弁明 /Apology of Saigo」で、この映画はフィナーレを迎え、のべ500人もの観客役エキストラの皆様と圧巻のシーン撮影に成功!みなさんのご尽力に、深く感謝しております。
ふり返れば、1996年に周防正行監督『Shall we ダンス?』を観て、当時は高齢者がいそしむダサい趣味とさえ揶揄ゆされる「社交ダンス」に初めて光を当てたその素晴らしい内容に衝撃と感動を覚え、私は本気で映画監督をめざそうと米国シカゴへの留学を決意しました。「映画を映画たらしめるものは、題材だ」と悟ったのです。しかしながら、死ぬ気で撮りたくなる劇映画の題材は探しても探しても見つけられず、いたずらに30年近くが過ぎました。その間、勤めていた映画会社は消滅し、時に警備員やアルバイトで食いつなぎ、経済的にも精神的にも地獄をみるような日々を過ごしました。
ところが先に述べたように、それは向こうから立ち現れたのです。桜島へむかう洋上でのエイタロウとの出逢い直し。それはこの映画のモチーフにもなりました。「ささやかな偶然が運命を変える」。ちかごろ、失敗した人を非道くタタく傾向があちこちで見られます。一度もしくじらずに成功し続けられる人などいません。エイタロウをはじめとする役者たちやスタッフたちも私も、失敗したからこそ出逢えたのです。人生はワンアウトチェンジではない。諦めずに挑戦をつづければ、何度でもやり直せる。そして地方からでも世界を射抜くチャンスはある、と信じます。この映画を、この星すべての田舎で歯をくいしばって表現をつづけている「はみだし者たち」に捧げます。久保 理茎