【登場人物】
キャスト: ゴールデン街のバーのキャスト。かつて西新宿のオフィスビルで働いていたが、挫折を経て現在の道へ。毒舌だが面倒見が良い。
OL: 大手企業のシステム部門勤務。大規模プロジェクトの失敗で心身ともに疲弊している。
【舞台】
新宿ゴールデン街にある、こぢんまりとしたバー。カウンター数席のみ。
壁には安物の酒瓶が並び、どこか生活感と場末感が漂う。
【補足】
一人芝居用の台本です。OLのセリフは、演じやすいように入れてありますが、OL役がいなくても成立します。
Aには自分の名前を入れてください。
(夜。店内にキャストが一人。扉が重々しく開き、疲れ果てたスーツ姿のOLが入ってくる)
キャスト: いらっしゃいませ~! お姉さん、1人? じゃ、そこのカウンター席ね。
(OL、無言で促されるまま席に着く。キャスト、メニューを差し出す)
キャスト: はい、これメニュー。お通し用意するからちょっと待ってて~。
OL: ……あ、はい。……ありがとうございます。
(OL、膝にバッグを置き、重い手つきでメニューを開く)
OL: ……えーっと。……この、ブランデーの紅茶割り、お願いします。
キャスト: ブランデーの紅茶割り? なかなか通だね~。お湯沸かすからちょっと時間かかるよ? あ、これお通しのポテトサラダね。ツナ多めでお酒に合うようにしてあるから。
(キャスト、手を動かしながらOLをじろじろと観察する)
キャスト: お姉さん、見ない顔だね。ここ初めてでしょ?
OL: ……あ、はい。初めてです。
キャスト: あ~、やっぱりね。こんな場末の飲み屋に来るのは3種類の人間しかいない。文化人気取りの界隈のおじさん、珍しいもの見たさのインバウンド観光客、それと……目の前の現実から逃げ出してきた勤め人。どうしてわかったか、わかる?
OL: ……?
キャスト:大人の女性は、口元にニキビなんかつくらない。
(突然、店の扉が勢いよく開き、外国人グループが入店してくる)
キャスト: お~、ウェルカムウェルカム。ごめん、お客さんの対応してくるね。ハウメニーピープル? スリー? フォー! OK! OK! プリーズ、シット、ヒア~。あ、お姉さん、席いっこずれてくれる?
OL: ……あ、はい。
キャスト:悪いね。
(OL、椅子をずれて身を小さくする。キャストはテキパキと外国人の注文を捌き始める。ビールを出し、会話を回すその姿を、OLはぼんやりと眺めている。キャスト、外国人グループの対応を終え、ブランデーの紅茶割りを作って、OLの前に戻ってくる。OLはドリンクを作っているところから、それが黄色いベストプライスのティーパックと同じくトップバリュの安物ブランデーからできていることを垣間見る)
キャスト: あ~、ごめんごめん。お待たせしてたね。いや~、わたしマルチタスクが終わっててさあ。はい、ブランデーの紅茶割り。
OL: ……。
キャスト: え、何か変? もしかして、髪の毛でも入ってた……?
OL: ……あ、いや、そうじゃないんです。毛なんて入ってないですよ! ただ、その……さっき、作ってくれてるのが見えちゃって。あの黄色いパッケージの紅茶と、あっちの、よく見るラベルのブランデー……。
キャスト: あ~、あはは! 見えちゃってたか~。そう、ティーバッグもブランデーもすぐそこのまいばすけっとで買ってきたの。お客さんなのに気つかわせちゃってごめんね。おっと、でも、ぼったくりバーに入っちゃったなんて後悔はしないでよ。原価抑え目な分、別のところで付加価値をつけてるんだから。わかる?
OL: ……付加価値?
キャスト: そう。わたしからお姉さんへの「心遣い」! 何にも代えがたい付加価値でしょ?
OL: ……ふふ、いいですね、それ。
キャスト:それで? 膿んだ黄色い口ピアスで飾った口元は、どんな悩みごとを語るのかな?
(OLは悩みごとを話し出そうとするが、同じタイミングで外国人グループがお会計してほしいという。)
キャスト:あ、ごめん、向こう、お会計だって。先、向こう、対応させて!え~、フォー、ポテトサラダ、フォー、ドリンクスで、シックスサウザントイエンですね~。OK?クレジットカード、NO~。オンリー、キャッシュ。(現金を受け取り)ワン、トゥー、スリー、フォー、ファイブ、シックス・・・ちょうどですね。ありがとうございました!サンキュー!サンキュー!また来てね!
(外国人グループがいなくなると、店内はOLとキャストの二人だけになり、いくぶんおごそかなムードになる)
キャスト:いや~、団体客がはけると静かになるね。(沈黙によりOLが悩みを打ち明けるのを促す)
OL: ……(意を決したように)実は、会社でシステム更改のプロジェクトに失敗しちゃって。私のせいで、社内の空気が本当に最悪なんです。犯人探しが始まって、さっきまで笑い合ってた人が、急に冷たい目でこっちを見てきたりして。
キャスト: プロジェクトの失敗?敗戦処理ってやつかな? まあ、ギスるよね、それじゃあ。「本当は〇〇さんが悪いのに」とか、「上長に頭下げさせて申し訳ない」とか、「お客さんに迷惑かけてなんて罪深い人間なんだ私は」とか……。頭の中ぐしゃぐしゃでパンクしそうになって、何か変えられるんじゃないかって期待して逃げてきたんでしょ。ここに。
OL: ……!
キャスト: なんでわかるかって? 似たもの同士だから、あなたとわたし。今はこんなに身を持ち崩しちゃったけど、お姉さんみたいなきれいなスーツ着て、ガラス張りのオフィスビルを闊歩してた時代があったの、わたしにも。
OL: ……店員さんも、昔は……?
キャスト: 3年目くらいに大きいプロジェクト任されてさ。空中崩壊。あとは、お姉さんと一緒。他人を責めて、自分を責めて、世界を責めて、ぼろぼろになって立ち直れなくなっちゃった。そういう意味では、今、お姉さんは、分岐点にいるのかもね。あなたでいるか、わたしになるか。
OL: 分岐点……。
キャスト: 悩みなよ。少なくともお姉さんには、まだ悩める時間がある。でも、どっちを選んでも、きっと人はあったかもしれない自分に憧れながら生きていくんだろうね。わたしは水商売で飯を食っていく覚悟をした気でいるけど……今も、あの西新宿のオフィスビルで仕事してたら、どんな自分になってるだろうって、とらわれてる。
OL: ……私、もう少し頑張ってみます。
キャスト: そうか。もう少し頑張ってみるか。それもいいね。……ねえ、今気づいたよ、あなたとわたし似てないところもある。
OL: どこですか?
キャスト: あなたの瞳には、まだ青い炎が燃えている。若さと烈しさをたたえた、煌めき。わたしの恋焦がれるすべてが、ね。
OL: ……店員さん、ありがとう。お会計、お願いします。
キャスト: 「A」。
OL: ?
A:わたし「A」っていうんだ。わたしもあなたが来てくれてよかったよ。2,000円ね。
(OL、二千円を渡し、代わりに名刺を受け取る)
A:ちょうどね。ありがとう。これわたしの名刺、水金土でシフト入ってるから。じゃ、おやすみなさい。
OL: ……Aさん。覚えました。おやすみなさい。
(OL、店の重い扉を開け、夜のゴールデン街へ出ていく。十メートルほど歩いたところで、店の扉が再び開き、Aが身を乗り出す)
A: ねえ、また来てよね。
(OL、立ち止まり、振り返る)
A: 今度は特別うっすいお湯割り、出してあげるから!
(OL、呆れたように、しかし今日一番の笑顔で笑い、手を振り返して新宿駅方面の人混みへと消えていく。)
(幕)