谷口忠大(京都大学教授)
概要
人間の持つ言葉や様々な象徴,シグナル,つまり記号の意味は,身体を通した実世界での経験に基づきながら,社会的に暗黙的な合意形成によって支えられる.物理的な因果関係に支配されるのではなく,分散的な認知システムに支えられた社会的なダイナミクスに支えられて意味を持つ記号のあり様を創発システムの視点から把握しようとするのが記号創発システム論である.また近年,集合的予測符号化(CPC: Collective Predictive Coding)として,自由エネルギー原理に基づくこの定式化が明らかになってきた.記号創発システム論のこの側面は,これまで自然科学的なアプローチで扱いがたかった人文社会科学の議論も構成論的・情報学的議論の枠組みに乗せる可能性がある.また,分散的なVLM/LLMや,共生的なAIアライメントなどの領域においても
新たなアプローチを生む可能性がある.本講演ではCPCの基本的な考え方を導入しながら,その学際的な射程に関して参加者との質疑も通しながら議論する.
佐治信郎(早稲田大学准教授)
本発表では,これまで「言語の学び」として言語領域に閉じた議論として論じられてきた言語習得論を,「自ら記号を生み出す過程」,すなわち記号創発として捉え直す視点について議論を行う.
招待講演者紹介
言語習得論および認知科学分野の第一線で活躍される研究者.主要な研究テーマは,言語習得,語彙習得,意味論,第二言語習得,ジェスチャー,発達心理学など多岐にわたり,人間がいかに言語を学び意味を構築するかという根源的な問いに取り組んでこられました.特に,従来の記号体系の単なる習得ではなく,環境や他者との相互作用を通じて子どもが自ら意味を創発的に構築する過程を明らかにする研究で高く評価されています.語彙間の意味関係の整理や,第一言語知識が第二言語習得に及ぼす影響なども実証的に探究されています.さらに,『記号創発システム論―来るべきAI共生社会の「意味」理解にむけて』の共著者として,言語習得を「記号創発」の視点から捉え直す理論的枠組みを提示し,AI時代における人間の言語能力の本質を問う学際的研究にも貢献されています.今回のご講演では,最新の研究成果をもとに,言語習得を記号創発として捉える意義と可能性についてご紹介いただきます.