2026年3月21日(土)〜26日(木)、滋賀県高島市・白浜荘にて「CPC Spring Camp 2026:集合的予測符号化と記号創発システムに関する春の研究合宿2026」が開催された。
本合宿は招待制であり、機械学習・ロボティクス・自然言語処理・神経科学・記号学・哲学・社会学・経済学・心理学・生物学・人工生命・メディアアート・言語学・教育学などの分野の研究者・大学院生・大学生に加え、学術出版や科学コミュニケーション・産業界にかかわる実務家など、57名が参加した。最年少は19歳で、年齢層のボリュームゾーンは20~30歳代が占めていた。
CPC Spring Campの開催は今回で2回目となった。CPC Spring Camp 2025 開催報告 に記した初回合宿は、2025年3月15日〜17日の2泊3日で開催された。2回目となる今回は、同じ会場で、日程を5泊6日へと大幅に拡大して開催された。
合宿の詳報に入る前に、本合宿の中心的な概念であるCPCとは何か、そしてなぜこの学際的な研究合宿が開催されたのかについて触れておきたい。
記号創発システム論とは、かつてステファン・ハーナッドが提起した記号接地問題を出発点にしつつ、より根本的な問題としての記号創発問題を問う学理である。人間が用いる記号は誰かが脳に与えたのではなく、成長と他者とのやりとりのなかで獲得され、社会によって意味が作られ変化する。それがどのように起こるのかを問うのが記号創発問題であり、それにシステム的な解を与えようとするのが記号創発システム論である。この分野は2010年ころに谷口忠大によって提唱され、ロボット実装や数理モデルで構成論、つまり「つくって理解する」アプローチをとることを特徴としてきた。
集合的予測符号化(CPC) は、記号創発問題に関する具体的な仮説である。CPCは、脳科学・機械学習で発展した予測符号化(Predictive Coding: PC)と、カール・フリストンらの自由エネルギー原理(FEP)が述べる個体内の予測誤差最小化を、複数エージェントが記号やメッセージを交換しながら分散的なベイズ推論を行う描像へ拡張する。つまりCPCによれば、各主体が身体・感覚運動を通じて世界を内的に表象し、コミュニケーションで互いの予測を更新するとき、集団としてベイズ推論を行うある種のエージェントとして立ち現れる。ここでは、シャノン流の通信モデルが前提とする「あらかじめ共有された符号表(codebook)」を前提とせずに記号を扱い、意味の対応関係そのものが相互作用のなかでいかに創発するかの機序の説明を目指す点で、新しい情報理論でもある。
この集合的予測符号化(CPC)仮説が登場したことにより、記号創発システム論は一気に学際的な展開を加速している。CPC仮説を初めて提唱した2024年論文のOutstanding Article Award受賞、「CPC as a Model of Science」論文の Royal Society Open Science 掲載、カール・フリストンらが展開するActive Inferenceのコミュニティへの接続、ALIFE・IEEE SIIなど国際的な舞台への露出も相次ぎ、海外からの関心が具体的に動き始めた。合宿の開始前日(2026年3月20日)には台湾のオードリー・タン氏やA-LIFE Instituteのメンバーとの共著論文 Symbiotic Alignment via Collective Predictive Codingがプレプリントとして公開された。
谷口が直接関わっていない活動も活発化している。前回のCPC Spring Camp 2025 では、分野をまたいだ濃密な議論が行われたが、そこからさまざまな勉強会・読書会・若手ワークショップや共同研究も生まれている。他方、昨年のCampは「密度が高すぎた」という感想も残した。深い学際対話が始まりかけたところで、時間切れになったような感覚もあった。理論を議論し、成果や計画を具体的に持ち帰るには時間がかかる。かつての重要な学術ムーブメントは対面型の、時間をかけた議論から生まれている。谷口は今年のオープニングで「ダートマス会議は約2か月だった、今の日本でこうした時間が取れないとすれば、その時点で負けている」と述べた。そうした折、Google社による個別の研究ではなくエコシステム構築を支えるグラントの公募を知り、谷口が応募したところ採択された。この資金的バックアップを得て、前回のCampの経験も踏まえ、前回の倍以上となる5泊6日での開催が決まった。
Camp参加者にとっての参加へのモチベーションや背景はさまざまだろう。しかし共有されていた文脈として、昨今のAIの進化が引き続きあったことは間違いない。2025年、生成AIは汎用的な情報処理ツールの段階を超え、自律的に行動するエージェント(Agentic AI)へと急速に転じた。ロボティクスではVLA(Vision-Language-Action Model)が広がってPhysical AIやヒューマノイドへの注目が一気に高まった。同年にはChatGPTのモデル更新を契機に「#keep4o」運動が起き、AIが人間の情動面に与える影響や、人間とAIの「関係性」「意味づけ」が実際的な社会問題として浮上した。2026年に入ると、自律性の高いAIエージェントシステムの普及や、マルチエージェントシステムの実装が進んでいる。個人がつかう便利なツールや対話相手としてのAIから、私たちが属する組織の構成員でもあり、社会に大混乱をもたらしかねない存在になりつつある。異質な知能たちが織りなす社会の安定性と、記号・言語がそこで果たす役割、身体・認知・行動との相互作用を理解することは、社会にとってリアルな課題であるとともに、あらゆる学問領域に対して、それをどう扱うかを問うものとなっている。
この状況に対して、記号創発システム論、そしてCPCは、シャノン=ウィーバーの通信モデルが置き去りにした「意味」の問題を正面に据え、人間がもつ個人の知能と集団の知能をつなぐ新しい学理を提供しうる。少なくとも、その議論を異分野間で開始するための土台となる。本Campでは、必ずしもCPC仮説に賛同しない参加者も含めて、AIに代表される外部環境の変化の中で必要とされる学際的な対話が目指された。こうした実験的な試みとして、CPC Spring Camp 2026が開幕した。
晴、最高13℃/最低4℃。
担当: 谷口忠大
Day 1の午後は、オープニングと基調講演によって合宿の目的と運営が全体に共有された。
実行委員長の谷口忠大はオープニングで、参加者の約半数が人文・社会科学系であること、2025年キャンプ以降の国際的な認知の広がりに触れながら、本合宿の意義を語った。一応のプログラムはあるものの最後まで暫定版のままであること、アンカンファレンス形式を重視すること、議論への参加・離脱は自由であること、本合宿はいわば「Vibe Conference」として運営されることが述べられた。また、理論は抽象的なCPCだが、それを具体的な研究や次のアクションにつなげることを意識してほしいと参加者に呼びかけられた。
15時頃からの基調講演「CPC Vision」で、谷口は記号創発システム論とCPCの全体像を展開した。人間は記号をつくり、文明を築いてきた。テクノロジーは音声言語、書き言葉、貨幣といった記号システムとともに進歩し、文化的ニッチを構築してきた。我々が「知能」だと思っているものはこれらを含んでおり、だからこそ、その原理を理解することが重要である。記号創発システムの数理モデル化の難しさに長年取り組むなかでたどり着いたのがCPCであり、メトロポリス=ヘイスティングス名づけゲーム(MHNG)によって複数エージェントの分散ベイズ推論として記号の創発を記述できるようになった。さらに、林祐輔とともに行った自由エネルギー原理に基づく定式化により、集合的正則化項が現れ、系全体の目的関数が見える形になった。この定式化をきっかけに物理学者からの関心が急増したという。講演は経済学の価格メカニズムとの接点、内受容感覚の予測符号化による情動の理論化、CPC-MS(科学のモデルとしてのCPC)、共創的学習(co-creative learning)によるHuman-AIアライメントへと広がった。
とりわけ谷口は、CPCが人間像のアップデートにつながることに言及した。自己利益を最大化するutility maximizerという人間観は、モデルを機能させるために作られたものにすぎない。Active Inferenceの期待自由エネルギー最小化の式の中には、他者と共通の文化・言語をつくるcollective epistemic value項が現れる。ここから谷口は "Humans are collective evidencing agents, rather than utility-maximizing agents." という標語を提示した。これは、予測符号化において個体が自らの存在を証し立てる"self-evidencing"という概念を、集団レベルへ拡張したものである。
アイスブレイクセッションでは「K-meansの逆」と呼ぶ手法(参加者間の分散を最大化するよう分野・専門の異なる組み合わせでグループを編成)が2ラウンド実施され、初対面の参加者がすみやかに議論モードに入った。以降のナイトセッションやOSTへつながる関係づくりとして、短時間ながら効果の大きいアクティビティだった。
チェア: 濱田太陽、発表者: 丸山隆一、濱田太陽、廣瀬百葉
Day 1の夜は「CPC導入・AI共生社会」をテーマに、3名の発表を起点としたオープンディスカッションが展開された。
丸山隆一は「生活者のためのCPC」と題して、研究者ではなく企業人や学生といった「生活者」にとってCPCが持つ意義を提案した。とりわけ、AIによって人間特有の能力ではなくなり始めている「理解」に焦点を当て、CPCの枠組みを借りて、「理解している」とは世界モデルを持っていること、つまり頭の中で行動の帰結を推論できることだと捉えた。そのうえで、個人の世界モデル(MWM:My World Model)とLLMが体現する集合的世界モデル(CWM)を区別し、AIはMWMからCWMへの高速アクセスを可能にするが、MWMの「世話」ができるのは自分だけだという結論を提示した。CPCや記号創発システム論は、個人の理解と集団としての理解を関係づけつつ区別できる。CPCは、個人として何かを理解しようと努力することの意義を語る新たな言葉を与えてくれる——これが、丸山が考える「生活者のためのCPC」である。
丸山発表資料より
濱田太陽による発表「共生的アライメントへの示唆」は、人間とAIが「共生」するというときに共生が具体的に何を意味するのかを問うた。生態学的共生、多文化共生、コンヴィヴィアリティという三つの文脈を並べることで、AIとの共生も、単に調和や協力としてではなく、依存、排除、自由、隷属まで含んだ広い問題として捉え直される。濱田が強調したのは、一方向的にAIを人間へ従わせるdomesticationではなく、違いや摩擦を前提とした共生的アライメントを考えるべきだという点だった。ディスカッションでも、どこまで多様性を許容し、どこから基準を固定するのか、共生はあらゆる場面で目指すべきなのか、といった設計論へ議論が広がった。
廣瀬百葉「人間-AI共生時代のメカニズムデザイン」は、発表者が最近取り組んでいる意思決定の数理モデル化、共生的アライメントの概念化、そして法学者との共同研究による「生成法学」のプロジェクトを紹介した。公開されたばかりのプレプリントにて、廣瀬は谷口、林らとともに共生的アライメント(symbiotic alignment)の概念を提示している。これは、開発者がAIの価値観を一方向に定めるこれまでのAIアライメント(hierarchical alignment)に対して、人間とAIが互いに変化しながら局所的な相互作用を通じて共に意味を形成していくという考え方である。こうした概念のうえで、人間とAIの相互作用から健全なダイナミクスが生まれるための条件をメカニズムデザインとして設計していくことが、廣瀬の研究の方向性として示された。さらに、現状の法システムの前提となっている自律的に合理的判断を行う西洋的な個人観から出発するのではなく、自律性を「自己が構成されるプロセス」と捉え直し、そのプロセスへの介入の条件を設計する新しい枠組みとしての「生成法学」のビジョンが紹介された。
本セッションでは総じて、人間とAIのアライメントに関する議論が行われた。丸山の提題に対しては、LLMをCWMと呼んでよいのか、そもそも人間同士も十分にはアラインしていないのではないか、AIは自然物ではなく設計されたものなのだから社会構造の問題を外せないのではないか、といった論点が次々に出た。濱田・廣瀬が掘り下げた発表とその後の議論により、AI共生、アライメント、自律性、制度をめぐる論点が早くも机上に揃ってきた感覚があった。AIはCWMそのものなのか、自らのMWMを持つ、人間と同列のいちエージェントなのかという問いは、後述するSlack Botの実験につながっていった。
晴のち雨、最高13℃/最低1℃。
チェア: 鈴木大地、パネリスト: 宮下太陽、鈴木麗璽、中山真孝
Day 2の午前は「Bio-Cultural Semiosis」をテーマに、生命から文化まで記号過程の連続性をCPCでつなぐ4名のパネルとディスカッションが行われた。
鈴木大地の発表「生命記号論と集合的予測符号化:生命誕生から人間社会まで」は、パースの記号過程論と生命記号論(Biosemiotics)を導入に、生命のごく初期的な反応から人間社会の文化までをひとつながりに考える見取り図を示した。鍵になるのは、シグナルへの直接反応としてのprotosemiosisと、内的状態や評価を含むより高度なeusemiosisの区別である。鈴木は、この移行を単細胞、多細胞個体、社会という階層をまたいで捉え、その階層間のつながりを多階層のCPCとして記述できるのではないかという見通しを示した。とりわけ多細胞性は、個体未満の記号過程と個体以上の記号過程をつなぐ最初の本格的なケースとして位置づけられていた。
宮下太陽「記号論的文化心理学と記号創発システム論の架橋」は、記号論的文化心理学の立場から、個人が生きる環世界と、その背後にある社会的な記号圏をどう行き来するかを論じた。文化を静的な規範の集まりではなく、時間をかけて人が別の役割や場に移っていく過程として捉える見方が示された。成人儀礼やキャリア転換のような移行は、個人の内面変化であると同時に、別の記号圏への参加のしかたが変わることでもある。宮下はさらに、イノベーションを求める経営者と、日常の業務に従事する働き手との乖離を記号圏のずれの実例として提示した。本務先で行ったプロアクティブ人材調査を踏まえると、記号圏のずれを解消する鍵になるのが集団的効力感であり、それを支える中間組織(管理職)の役割だという。これは個人と集団のあいだをどうつなぐかという、CPCの見方が良くあてはまる現実の問題だと言える。
中山真孝「CPCは文化をどう説明するのか?」は、CPCが文化を説明するなら、「Collective」が何を指しているのかをもっと具体的に示す必要があると問いを立てた。文化はシステム論的に見れば多層的であり、家庭や学校や職場のような対面的な相互作用の層と、言語・教育・法律のような制度の層では、予測誤差の調整のしかたも異なるはずだという。中山はさらに、リーダーの責任帰属の文化差(同じ事故でも日本では校長など組織全体に責任が広がり、米国では本人に帰属する)や、米作と麦作という生業の歴史的差異が認知傾向の文化差を生んでいるという研究を紹介し、CPCが扱う「集合的」なるものの中身が、地域や歴史によって大きく異なりうることを示した。これらは、相互にフィードバック(報酬・罰)を行うこと(例:責任を追求する)で行動を集合的に制御する過程や、生態環境に適応する形で認知・行動傾向を集合的に作る過程でもある。これらの過程をCPCがどのように説明し、ミクロな相互作用とマクロな制度・価値のあいだをどう接続するかが中心的な論点として提示された。
鈴木麗璽「複雑さの源としての生成AI:言語に基づく相互作用の創発と進化」は、人工生命と生成AIを組み合わせることで、言葉と意味が集団の中でどう変化していくかを観測可能にする試みを紹介した。LLMを単なる便利な対話装置としてではなく、意味の複雑さをシミュレーションに持ち込む部品として使う点が特徴である。個体どうしの局所的なやりとりから、集団として共有される概念が立ち上がり、さらにその概念自体が別の軸へと組み替わっていく。意味の創発や転換を、CPCの観点から「個体レベルの調整」と「集団レベルの概念形成」の往復として見る可能性を示す発表だった。
このセッションは、CPCで説明する記号過程の創発を、生命現象から文化まで射程を広げる方向性について、生物学や文化心理学からの試みだった。ディスカッションでは、protosemiosisからeusemiosisへの移行は連続的なのか、どこで記号の恣意性や規約性が固定されるのか、そして個体より大きく社会全体より小さい「中間的な集団」をCPCの単位として捉えられるのかが重要な問いとして浮かび上がった。
チェア: 進藤稜真、発表者: 進藤稜真、佐治伸郎、田中友香理、落合美佳子
続く午前は「Language Acquisition and Cognitive Development」をテーマに、身体性認知、言語研究、親子相互作用、マルチモーダル表象という異なる入口から、言語獲得と認知発達をCPCにどう接続するかが論じられた。
進藤稜真「心の哲学と4E認知」は、行動主義から認知主義、さらに身体性認知へという心の哲学/認知科学の大きな流れを整理した。心を入力・処理・出力の直線的な情報処理として見る見方の限界から登場した4E認知が知覚や行為の領域では強い説得力を持つ一方で、前言語的な相互作用から言語の領域へどうつながるのかはまだオープンクエスチョンだと進藤は述べた。知能を脳内だけに閉じず、身体や環境との相互作用を含めて考える立場を、発達や言語獲得の問題へどう橋渡しするかという問題を提起した。
佐治伸郎「言語研究とLLM」は、言語学者がいかにLLMの登場に応答しているかを報告した。合理主義と経験主義の古典的な対立を整理したうえで、LLMがそのどちらにも簡単には収まらないという点が中心にあった。生成文法にとっては理論的関心の外側にあり、認知言語学にとっては従来の方法論の前提を崩す存在でもある。LLMをめぐる議論が盛り上がっているように見えても、言語研究の側ではまだ方法論上の足場が定まっていないことを示す発表だった。
田中友香理「親子間相互作用におけるExteroception・Interoceptionとアロスタシス」は、乳幼児の親とのインタラクションにおいて、外受容感覚と内受容感覚の統合が、養育者の表象形成(mommy concept)や社会的認知の発達基盤になるという研究を紹介した。新生児や乳児は単独で安定した内的状態を保つのではなく、養育者との相互作用を通じて内部状態を調整している。情動的タッチのような身体的相互作用がこの二つの感覚の結びつきを支え、その積み重ねの中で第一養育者の表象が形成されていく。言語を含む二者間コミュニケーションの機能の一つをアロスタシスの共制御として捉え直せるのではないかという点である。この見方はLLMとの心理的依存の問題にも含意を持つかもしれない。
落合美佳子「VLMを用いたCPCのシミュレーション」は、異なるモダリティや個体のあいだで、なぜ情報表現がある程度そろってくるのかを問う発表だった。学習されたモデルどうしが共通した表現空間へ収束することを示した「Platonic Representation Hypothesis」を紹介しつつ、落合はその見方だけでは言語の社会的共有や変化のダイナミクスを捉えきれないと指摘した。言語表現の構造と内部表現の構造が相互に形づくられるというCPC的な見方を押し出し、静的な収束仮説ではなく、相互作用の中で表現が変わり続ける過程として問題を立て直す必要がある。
このセッションでは、人間の言語的コミュニケーションの発達のプロセスを、言語学、発達心理学、AI/ロボティクスの観点から多角的に考える場となった。ディスカッションでは、九ヶ月革命に見られる意図読みの発達順序のロバストさと文化差、アロスタシスの共制御を「協働的な能動推論」として捉える可能性、文法や統語構造にCPCがどう切り込みうるか、そしてPlatonic Representation Hypothesisの静的な収束仮説に対してCPCが社会的相互作用のダイナミクスを加えられるのではないかといった論点が横断的に議論された。こうした言語獲得の現実のダイナミクスをCPCがどう捉えていけるかは、今後の重要な課題といえるだろう。
チェア: 林祐輔、 発表者: 磯村拓哉、林祐輔、島崎秀昭、吉田正俊
Day 2の午後は「Free-Energy Principle and Beyond」をテーマに、自由エネルギー原理(FEP)をめぐる法則と実装の整理から、CPCの外的表象・コードブック創発、脳の非平衡ダイナミクス、エナクティビズムによるFEP批判と再構成までを横断する4本の発表とパネルが続いた。
磯村拓哉「情報力学と自由エネルギー原理」は、CPCが理論的に依拠する自由エネルギー原理(FEP)の第一人者による、その最新の理論的展開に関する発表だった。脳がベイズ推論を行っているという見方は広く共有されているが、では脳はどのようにそれを実装しているのか。磯村は過去の研究でニューロンが発火する物理過程と確率的推論の計算が同じ数学構造を持つことを示している。FEPを語るときには法則のレベル(自然界の一般原理としての話)と実装のレベル(脳がそれをどう実現しているか)がつねに混ざりがちであり、両者を区別して議論する必要があることが強調された。理論面では、外界の隠れた状態 s をどれだけ正確に推定できているかを評価するinformation potentialの枠組みが紹介された。従来のFEPで q(x) を推論したからといって外界の隠れた状態 s をうまく推定できているとは限らない。この点は従来の議論では抜け落ちやすく、磯村の情報力学はそこを補う枠組みとして提示された。
林祐輔「CPCの外的表象 w / 集合的自由エネルギー」は、CPCの理論構築の側から最新の展開を共有した。シャノンの通信理論の限界として、受信者と送信者のあいだであらかじめコードブックが共有されていることがある。この点について、VAE(変分オートエンコーダ)の学習では、エンコーダとデコーダに関する学習のなかである種のコードブックの創発が起きており、シャノンの枠組みをはみ出している。しかしVAEの学習では送信者と受信者の内部が結合した状態で最適化されており、認知的閉包(cognitive closure)を満たしていない。つまり、なぜ認知的に閉じた別々のエージェントがコミュニケーションをとれるのかの説明には至らない。他方、CPCとCollective Active Inference(CAIF)では、集合的自由エネルギーのランドスケープの局所最適解において、二人のエージェントの内部状態 z とメッセージ m のあいだに対応がつくことで、コードブックが創発する。分散的な言語ゲームが認知的閉包の制約を乗り越えるという描像である。このほか、co-creationや集合的好奇心の取り込みなど、CPCの枠組みの下で情報理論上の新たな展開が進みつつあることが報告された。
島崎秀昭「脳の中の時間の矢」は、計算論的神経科学の立場から、脳のデータを物理学的な概念を用いて解析する研究の報告だった。脳を定常的で静かな系としてではなく、時間の流れの中で変化し続ける非平衡な系として捉える必要性が強調された。連想記憶モデルやイジングモデルを手がかりにしつつ、非シャノン・非平衡・非線形という方向へ議論を広げ、脳活動の時間的な偏りや不可逆性をどう捉えるかが示された。FEPやCPCを静的な最適化の絵で済ませず、実際の神経活動や行動に見られる「時間の矢」を理論の中にどう入れるかに取り組んでいるという。
吉田正俊「『誤差を食らう』意識」は、エナクティビズムと自由エネルギー原理と意識の科学について解説した著書『行為する意識』に基づきつつ、発表者の最近の思索も含めた発表だった。エナクティビズムはオートポイエーシスを起点に参与的意味生成へと展開し、life、mind、societyをつなげる射程を持つ。吉田はこのecological-enactive approachの形式化を目指しているが、そこでは予測誤差最小化(PEM)から予測誤差消費(PEC)への転換が鍵となる。生きているシステムは予測誤差を「最小化」しているのではなく「消費」している。誤差を「たらい回し」にし続ける。生命や知能を「停止へ向かう最小化装置」としてではなく、誤差と付き合いながら回り続ける動的な存在として捉え直す提案だった。この見方は集団レベルのCPCにも通じるだろう。
このセッションでは、FEPを一枚岩の完成理論として確認するのではなく、どのレベルで有効なのか、何がまだ足りないのか、CPCやエナクティビズムとどう接続しうるのかが主な論点となった。パネルでは、生命と非生命の境界をどう考えるか、マルコフブランケットのような概念をそのまま生命や社会に当てはめてよいのか、制度や規範のような社会的な構造をどう理論化するかが議論された。FEP自体も、それを集合的に拡張するCPCも理論的深化の余地が大きいこと、また単純な最適解への下降ではないFEPの捉え方がありうるという重要な見方が共有された。
セッション終了後、OST開始がアナウンスされた。何名かの参加者が提案した議題テーマについて、それを議論したいメンバーが集まり、自由に議論する時間である。客室・メイン会場・廊下に議題が分散し、小グループでの議論が行われた。
チェア: 上野裕太郎、パネリスト: 原光樹、上野裕太郎、佐久間弘明
Day 2の夜は、社会学を専門とするメンバーによる発表とオープンディスカッションが行われた。
原光樹「howとwhatから考える CPCと社会学」は、自身が編集担当を務めた谷口編『ワードマップ 記号創発システム論』の執筆者に心理学者はいるのに社会学者がいなかったのはなぜか?という問いを最初に掲げた。その仮説として、社会学がモデル化から遠い学問であること、そして2000年代以降に社会学のトレンドが実証的調査研究や社会構築主義的な手法にシフトしたことにより、社会学理論におけるグランドセオリー志向が下火になった経緯を説明した。「社会をどう括弧に入れるか」という科学や記述の手法(how)と、「共生や正義といった社会状態」への規範的な問い(what)を切り分けた場合、howだけを追求するとwhatがないがしろになってしまう――。こうした北田暁大の議論を引きながら、「社会問題解決の学」としての社会学の役割はhowとwhatの両方を常に問い直すことにあり、そのためにはグランドセオリーを志向する社会システム論をはじめとした理論の再興も不可欠なのではないかと述べた。
上野裕太郎「グランドセオリー再考(再興)」は、社会のメカニズムを記述する点でCPCに先行するルーマンの社会システム論を取り上げた。社会システム論は普遍的社会学理論として登場し、初期の機能主義からオートポイエティック・ターン、そして「社会の理論」への成熟という三つのフェーズを辿った。「人間は社会の構成要素ではない」というルーマンのテーゼを軸に、コミュニケーション(情報・伝達・理解の三項の綜合)を社会の唯一の単位とし個人を環境に置く見取り図を提示した。近代社会の機能分化(政治・経済・科学・法がそれぞれ独自のバイナリコードで作動)とその盲点、すなわち全体的危機への対応不全を示した上で、人間-AIの相互行為をコミュニケーションとして記述することでCPCと接続しうる一方、差別や不正義の記述にはhowからwhatへ橋を架ける社会学が要る、という帰結を述べた。
佐久間弘明「『あるある』相互行為理論と記号の創発」は、アーヴィング・ゴフマンの相互行為論をCPCに接続する試みだった。ゴフマンは生涯で900もの記述概念を作った社会学者であり、佐久間はその著作を通読したうえで、劇場・ゲーム・儀礼という三つのメタファーを軸に整理した。人は異なる役割にスイッチしながら日々working consensus(作業上の合意)を作って相互行為を行っている(劇場メタファー)。あえて触れないといった配慮が相互行為を成り立たせている場面もある(儀礼メタファー)。佐久間はゴフマンの『スティグマの社会学』を引き、スティグマは個人の属性ではなく関係の中で生じるものであり、当人が望まなくても考慮に入れられてしまう側面があり、マジョリティの記号体系がマイノリティに負担を強いている事態であると指摘した。このように、Whatの問題、つまり規範的には正しいとはいえない状態に対するありうる「手当て」に関して、CPCが示唆をもたらせる可能性に言及した。
社会学は、どうあるべきか、どうなっているかについての抽象的な理論から始めるのではなく、「人々が何を語っているか」という現実から始める、という佐久間の発言が印象的だった。理論にうまくあてはまらなくても、現れている現象がある。そうした現にある多層的なコミュニケーションの在り方にCPCがどう向き合えるのか、何か積極的な「手当のメカニズム」を示すことができるのかという、社会学からの問いが投げかけられたセッションだった。
雨のち晴、最高15℃/最低8℃。
発表者: 堀江孝文
Day 3の午前に行われたチュートリアル「メトロポリス・ヘイスティングス名づけゲーム入門」は、谷口研究室に在籍する堀江孝文がCPCの中核計算モデルであるMHNGを、式とコードの両方から理解できるように解説した。MHNGが実際に何を推論し、何が受容と棄却を左右しているのかを参加者が手で追えるようにすることに重点が置かれていた。Google Colab上の実装演習を通じて、CPCがどのような計算像を前提にしているかが共有された。
チュートリアル後の議論では、初期段階で急速にアラインメントが進む理由、脳内の領野間相互作用を分散推論として見たときに w をどう考えるか、受理と棄却の応酬からシンタクスのような構造が立ち上がりうるのか、といった問いが出た。
発表者: 水野晋之介、野村健太郎、杉山滉平、高木志郎ほか
Day 3の午後前半の「若手・学生ショートトーク」は、理論の問い、教育実践、実装文化が同じテーブルに並ぶセッションだった。
水野晋之介「素人から見たCPC:集団知能の創発・設計原理としてのCPCの可能性」は、昨今のAIにおける「ベンチマーク至上主義」への違和感から出発し、最適化されたタスク処理としての知能と、課題空間そのものを組み替える「知性」を区別すべきだと述べた。そのうえで、CPCを神経科学に応用するアイディアが提示された。脳内の領野をAgentと考えると、複数のAgentによる分散的な協調を通じて共有表現を獲得しているのではないか、というのが水野の提案だった。
野村健太郎「世界と意味の相互作用による社会的現実の計算論的構成:能動的推論を用いたトップダウン・ボトムアップの統合モデル」は、人工知能学会で発表予定の最新の研究を紹介した。既存のCPCでは扱いきれていない点として、各個体が社会的表象を内部に持ちつつ、ネットワーク上の局所的相互作用を通じてそれを更新する分散型の枠組みを野村らは提案している。ミードのシンボリック相互作用論との接続についても語られた。
杉山滉平「MHNGの発想を取り入れた英語授業」は、自身が取り組むAIを使った英語教育アプリづくりにCPCの考え方を導入するアイディアを紹介した。LLMを完成された答えを返す添削機ではなく、学習者が伝えたいこととのずれを持つ相手として設計する。不完全さや摩擦を欠点ではなく、学習者が自分の意図をLLMに言い返し、交渉し、修正する契機として使う。MHNGの語彙で言えば、受容と棄却を含む相互作用そのものが学習プロセスを駆動するという見方で、教育アプリの設計に持ち込まれていた。
高木志郎らは、Day 1の夜から自発的に構築を始めたCPC Camp Botの進捗共有を行った。Bot構築の目的は、AIを個体としての世界モデル(MWM)をもつエージェントとして作った場合と、Collective World Modelを持つ存在として作った場合でどのような違いが生じるかという検証を目的としていた。実際にボットをSlack上で走らせ、人格ファイルを追加できるようにして、参加者がすぐに介入できる場がこの時点ですでにできていた。
チェア:堀井隆斗、発表者: 野村健太郎、堀井隆斗、長谷川翔一、吉田尚人
続く午後セッションでは、ロボティクス研究者らによるセッション「CPCとロボティクス」が開催された。
堀井隆斗「CPCによるAI・ロボティクスの進化」は、認知発達ロボティクスの立場から、感情の構成論を手がけてきた自身の研究の流れをたどる発表だった。感情の共構成を実現する計算モデルとしてMultimodal MHNGが紹介され、ロボットはコミュニケーションの中で人の感情を理解できるのか、そのためには柔らかい身体が必要なのかといった問いが提起された。さらに、これからロボットが社会に入ってくるときにCPCがどう役立つかという展望として、ロボットだけが使う言語や「あうんの呼吸」のモデル化、リジェクトされた記号の使い道といった問いが示された。
野村健太郎「CPCに基づく集合的世界モデルと能動的推論の実装」は、CPCを時間方向に拡張する研究の報告だった。部分観測性がある協調行動のシミュレーションにおいて、中央集権的な集合的世界モデルと分散的な集合的世界モデル(Decentralized Collective World Models)を比較し、一定の時間拡張が実現できたという。さらに、ロボット学習のパラダイムが模倣学習、モデルフリー強化学習、モデルベース強化学習を経て、自由エネルギー原理と能動推論へと進展してきた流れが整理され、その先にCPCに基づくマルチエージェントのアライメントの問題がある、という見取り図が示された。
吉田尚人「自律的なエージェントと向社会的コミュニケーション」は、自身の研究テーマである恒常性強化学習の考え方を解説したのち、向社会的コミュニケーションの学習理論としてのCPC応用を提示した。マルチエージェント強化学習とCPCを組み合わせ(MARL-CPC)、メッセージ交換を単なる行動出力ではなく推論過程そのものとして扱うことで、報酬設計を前提にしない形で向社会的コミュニケーションを記述できる可能性がある。非協力的な条件下でのコミュニケーションの安定性という、従来のCPCでは扱いにくかった問題を射程に入れられる点が重要だった。
長谷川翔一「LLMに基づく複数ロボットプランニングとCPCの展開」は、ロボットプランニングの分野でLLMベースの複数ロボット計画が使われている現状を整理しつつ、CPCによってその限界を乗り越える可能性を論じた。LLMは高レベルプランナーとして有効だが、不確実性への弱さや明示的設計への依存は残る。CPCの枠組みを導入すれば、役割分担や協調が創発的に生まれるようなロボット協調系をつくれるかもしれない。
2010年代中盤から展開されてきた記号創発ロボティクスの分野が、知覚課題のカテゴリー化などを超えて、内受容感覚の予測符号化やCPCという枠組みを携え、複数ロボットの協調のための工学的な原理として検討され始めていることがうかがえた。ロボティクスの分野でも今後、能動推論やCPCが新しいパラダイムとして普及していく可能性がある。
チェア: 平岡太郎、 発表者: 西田洋平、釜屋憲彦、平岡太郎
Day 3のナイトセッション「CPCの哲学と環世界とネオサイバネティクス」は、CPCをすぐにモデル化や実装の言葉へ閉じず、その前提にある世界観を問い直す場となった。哲学、ネオサイバネティクス、環世界論の三方向から、CPCが暗黙に置いている主体、情報、コミュニケーションの像があらためて問われた。
西田洋平「ネオサイバネティクスの射程と展望」は、古典的サイバネティクスからネオサイバネティクスへの転回をたどりながら、情報は本当に伝達されているのかという問いを前面に出した。オートポイエーシスや基礎情報学の立場では、生物は情報的閉鎖系であり、情報が伝わるのではなく、伝わったように見えるフィクションが成立しているにすぎない。西田はHACSとMHNGを並べることで、このシステム論的な見方とSESTの接続可能性を示し、CPCをより広いシステム論の系譜に置き直す発表だった。
釜屋憲彦「環世界論と記号創発システム」は、発表者が長らく研究してきたユクスキュルの環世界論を基礎に、観察者の視点と他者の世界への接近可能性を問い直す発表だった。環世界をただ主観的世界の比喩として使うのではなく、観察者が外側から仮説と検証を繰り返しながら他者の世界像を暫定的に組み立てるという研究上の態度が重視されていた。そこから釜屋は、AIやロボットもまた人工的に作られた他種として独自の環世界を持ちうると述べ、「AIを使えるか」ではなく「AIに寄り添えるか」という問いを提示した。
平岡太郎「コミュニケーションがベイズ推論などのためになされるという世界観にあんまり乗れない」は、本Camp中で最も明示的な哲学的批判だった。エージェントどうしが w を調整するという枠組みだけでは、共同注意や意図理解のような前提条件が落ちてしまうのではないか。平岡は、コミュニケーションは本当にベイズ推論のためにあるのかと問い、哲学の仕事はただ実装不能だと批判することではなく、工学が前提にしている概念を見えるようにすることだと位置づけた。
ディスカッションでは、CPCはコミュニケーションが「ベイズ推論のために」行われると主張しているのではなく、結果として「ベイズ推論として記述できる」とみなすべきではないか、といったCPCの認識論的な基礎にとって本質的な議論がなされた。「乗る/乗れない」という印象的な言葉遣いを通して、CPCの理論構成やそれが依って立つ前提を反芻する機会となった。
晴のち曇、最高15℃/最低8℃。
朝の挨拶にて、谷口よりここからは「一山超えるタイミング」であり、いままで発散的に出てきたテーマをもとに「醸造のフェーズ」に入るという挨拶とともに、Camp後半戦が始まった。
発表者: 加藤隆文、椋本輔、小林茂
Day 4の午前は、CPCが依拠している記号の捉え方やシステム観そのものを問い直すセッションだった。CPCは記号の創発を数理的に記述しようとするが、そもそも「記号」をどう捉えるか、理論が自分自身をどう位置づけるか、意味の創発は学術的な場だけで起きるのか、といった前提が三方向から掘り下げられた。
加藤隆文「パース記号論のフロンティア」は、シンボルだけを記号の典型とみなす見方を外し、イコンやインデックスの働きを正面から捉える発表だった。コーン『森は考える』を手がかりに、差異を捨てて「たぐい」を作るイコンや、実在との結びつきから予見を可能にするインデックスに注目した。成功したアブダクションが習慣化するという観点から、パースの探究論とSESTのミクロマクロループが接続されうることが示された。記号過程は人間の言語に限られるものではなく、人間を超えた領域にも広がっているという見方が提示された。
椋本輔「理論の自己言及的適用から理論と実践の再帰的循環へ」は、ネオサイバネティクスの自己言及性を、CPC Campという学術実践そのものに向ける発表だった。理論を対象に適用するだけでなく、その理論を生み出している学問的コミュニケーション自体を分析対象に戻す。CPC-MSの議論にも触れながら、CPC Camp自体がCPCの実例ではないかという問いが出された。
小林茂「メディアアートの美学とCPCの架橋についての試論——展覧会「moids_project」の現場から考える」は、メディアアートの鑑賞経験を記号創発の現場として読む発表だった。作品の内部機構が単純であっても、鑑賞者どうしのあいだでは豊かなメタファーや解釈の受容と棄却が生まれる。小林は、Katja Kwastekの美学理論を参照して美的経験をCPC的な相互作用の一例として読み替え、美的豊かさと認知的学習が同じダイナミクスで動いている可能性を示した。
ディスカッションの時間には、イコン・インデックスと美学の関係など、複数の発表の論点を組み合わせたような興味深い論点が提起された。
チェア: 谷口忠大
発表者: 石川竜一郎、谷口忠大ほか
続く午前セッション 2「Economics and Semantic Human Behaviors」は、経済や制度の問題を、CPCとは別の比喩として使うのでなく、同じ協調の問題として捉え直すセッションだった。
石川竜一郎「制度と認識のゲーム理論:限定合理的主体の集う社会の制度設計に向けて」は、経済学の標準的な設定では「創発」が起こりにくいことを出発点に、限定合理的な主体がどうやって意味あるやりとりを行えるかという問題意識に基づいて論じられた。人々の好みや情報は直接には観測できない以上、それらが行動として表出するようなゲームや制度を設計しなければならない、という私的情報の問題についても説明では強調された。。石川は偏見・差別の形成の研究を経て、現在はDAOやトークン設計を通じた、情報共有などのコミュニケーションが参加者間で促進されるためのメカニズムデザイン研究に取り組んでいる。経済的価値のないトークンが「人助けをした印」として働く「人助けゲーム」の例に見られるように、適切な制度設計とは単なる資源配分の問題にとどまらず、いかに適切な情報を実現するかの問題でもあり、これを通じた社会厚生向上の可能性についても示された。その意味で、コミュニケーションの場のメカニズムデザインの研究は、情報が錯綜する現代における問題解決の新たなアプローチとして位置付けられた。一方で、そうしたメカニズムの設計にあたっては、人間が容易に理解でき納得感を持てる「シンプルメカニズム」であることの重要性も指摘された。
谷口忠大「言語、価格、同期:人と人を繋ぐコミュニケーションの統一理論に向けて」は、CPCの射程をはるかに超える野心的な構想を示す発表だった。言葉が通じるのは不思議であり、知らない人が自分を運んでくれる貨幣経済もまた不思議である。谷口は、記号、価格、身体的同期という三つの協調モードを、ひとつの理論図式で捉えようとしている。価格メカニズムについては、制約条件のもとで最適化する問題のラグランジュ未定乗数が価格になるという古典的な定式化を手がかりにしつつ、同期については蔵本モデルを参照し、それが暴力的・ファシズム的にもなりうることにも触れた。「記号やCPCだけで人間が記述できるとは思っていない」と谷口は述べており、三つのモードを統べる理論は未発表の構想段階にあるが、CPCをより大きな人間理解の枠組みの中に位置づけようとする方向性が明確に示された。
谷口が提示した、経済システムと記号システムを統合しようとする視点は刺激的であり、議論が盛り上がった。たとえば、記号的な外的表象 w を1次元に圧縮したものが貨幣なのではないかという仮説が出てきた。また、昨日にここでも最適化理論としてのCPCという話になり、谷口はCPCの定式化について、トップダウンに最適化関数を書くところから始める見せ方と、個々のエージェントがやっていることをまとめ上げると結果としてこういう最適化関数になるという方向があり、自身が志向するのは後者だと述べた。石川はさらに踏み込み、いったん最適化のパラダイムから離れる必要があるのではないかと応じた。制度の歴史的変化や、貨幣による価値の保存と書き言葉の永続性の類似など、議論は多方面に広がった。
Day 4の午後はUnconference(OST)と自由時間にあてられた。琵琶湖ほとりでYouTube動画を撮影するグループ、平井靖史による突発的な「集合的記憶」についての問題提起など、分散的な活動が行われた。
Day 4の夜は「谷口忠大を囲む会 ハチの巣トーク」と称して、谷口に(主に若手の)参加者が自由に質問を投げる車座の時間が設けられた。不便益システム研究所時代やビブリオバトル誕生の経緯から、言語への関心の源泉、研究者人生の目標、日本のアカデミアへの注文、複雑系研究会でのエピソードまで、話題は多岐にわたった。
記号創発システム論とCPCの関係を問われた谷口は、「Hintonに『ニューラルネットとディープラーニングとどっちが大事?』と聞いてみたい」とたとえた。自身にとってより大きい枠組みは記号創発システム論であり、CPCは「政略的なリブランディング」でもあるが意味のある理論化でもある。世界は線形でないとわかっていても線形の理論から始めるように、まずCPCという基準モデルにいったん投資をし、そこから広げていくという戦略である。構成論的アプローチを軸に据えつつも、計算機やロボットでの実証と人間の検証は別であることを「分をわきまえ」たうえで、モデルと理論をしっかり作ることに注力してきたと語った。
昨年末の複雑系研究会にて「CPCはきれいすぎる」と指摘されたエピソードについても率直に振り返った。「複雑なものを複雑なまま理解する」というのは美しすぎるお題目であり、「自分は創発現象を起こしたいのではなく、この世界で起こっている創発現象を理解したい」。どこかでいったんリダクションして理解して、また次にいくというのが自分のやり方だという。
コミュニティの広げ方についても多くの質問が飛んだ。「20代からアウェイ戦を戦ってきた」と谷口は述べた。一つのディシプリンに属しながらも、自ラボに閉じずにやらないと本来やりたいことができない。気の合う研究者との出会いは学会よりも書籍の力が大きかったという。「論文、本、テレビ、YouTubeなどアウトプットにはそれぞれ当たる面が違う。そのなかで本は、異分野の人が読んでくれるのが強い」。今後の目標として、記号創発システム論を世界に通じる学理にしてNatureやScienceに成果を出すこと、そして「弟子と呼べるような博士学生をどれだけ育て、次の時代のリーダーにできるか」の二つが挙げられた。
理論についてだけでなく、それをどう作り、どう広げ、誰と一緒にやるのかという問いが、合宿中盤にして若手参加者に共有された夜だった。
ハチの巣トークは後日YouTubeで動画公開予定
曇のち雨、最高12℃/最低6℃(降水量14mm)。
発表者: 大黒達也、豊川航、平井靖史
Day 5の午前セッション「Creativity, Music, Embodiment, Emotion and Cultural Development」は、創造性や音楽や身体といった、CPCと結びつきそうでいてまだ十分に定式化されていない領域を横断する時間だった。
大黒達也「予測処理に基づく音楽の身体知」は、言葉にならない感動、いわばシンボル未満の感情という自身の関心をもとに行ってきた音楽の身体知に関する研究を紹介した。コード進行のコーパスデータから予測モデルを作成し、予測誤差と不確実性の組み合わせによって身体のどこに感覚が生じるかを測定すると、異なる身体部位に感覚が生まれる。さらに大黒は時代ごとのコード進行の変遷に注目した。音楽のルールは少しずつ変わっており、この変化こそがcollectiveな過程だという。変化のルールが分かれば少し先の時代の音楽を作れるかもしれないし、誰が時代を引っ張るのかも解析しているという。イノベーターが生まれるメカニズムの解明が今後の展望として示された。
豊川航「Computational Group Dynamics」は、累積的文化進化がなぜ人間にだけ顕著に見られるのかという問いに、強化学習モデルから迫る研究を共有した。動物行動学では蟻の集団的なforagingのように、集団でやると個体にはできない集合知が生まれる。では人間の場合、ちょっとした好みの違いがある他者の行動をなぜ参考にして模倣するのか。豊川はバンディット課題を用いた進化シミュレーションでこの問いを検討した。人々はそれぞれ少しずつ異なるpayoff landscapeを持っており、他者との好みの違いをうまく割り引きながら模倣する、フレキシブルな社会的一般化の方略が進化的に強いことが示された。社会情報は個人の探索を完全に決めるのではなく、大まかな方向をガイドしつつ多様性を残す。この見方は、表象を共有しながら分散的な推論を行うとするCPCの枠組みと大きく符合する。
平井靖史「創造性とマルチタイムスケール」は、創造性を哲学の側から考える発表だった。記号的なプロセスにはコードブックがあるのに、そこから新しいものが出てくるのはなぜか。古典的な決定論(新しさはあらかじめある)と「神秘的な自由」(説明不能)のあいだで、自然主義的に「新しさ」を導けないかという問いが出発点にある。平井は世界モデルの更新を、末端のパラメータ調整にとどまる「浅い更新」と、ネットワーク全体の再編を伴う「深い更新」に分けた。後者における新しさとは可能性空間そのものの再編であり、それを実装する鍵がマルチタイムスケールにある。記号過程は安定したランドスケープ(コードブック更新の遅さ)を前提にしているが、ランドスケープの変化が記号過程自身の速さに近づき「断熱性」が喪失するとき、意味内容だけでなく、有意味と無意味の境界そのものが不安定化する。そこでは、意味付与はランドスケープの更新に対して(まさに断熱性原理ゆえに)事後的とならざるを得ず、何がそれを駆動したのかは遡及的にしか同定されない。新しさは自分を隠す。無意味だったものが意味化するが、意味に回収されたときにはもう新しくない。この事後性の強調が、発表の大きなポイントだった。
創造性や新規性をめぐり、音楽、認知科学、文化進化、哲学から議論した本セッションには不思議な一体感があり、参加者からも熱気のある質問が寄せられた。個人の音楽の好みも集団に引っ張られ、そのトレンドの新しさは時間に遡行的に決まる。個人と集団の価値や意味のダイナミクスについて、この3つの講演は新たな見通しが開けそうな予感を与えてくれた。
話題提供者: 丸山隆一
パネリスト: 谷口忠大・濱田太陽・林祐輔
「コミュニティ・ストラテジーセッション」では、理論内容そのものではなく、CPCや記号創発システム論をどのような学術ムーブメントとして継続し、広げていくかを参加者自身が考えることが中心になった。丸山隆一が短い導入を置いた後、場はそのままオープンディスカッションに開かれ、合宿がどこへ向かうのかをめぐる実務的で率直な話が続いた。
丸山の導入(資料)で中心に置かれていたのは、Field Buildingという観点である。研究者向けの学術コミュニケーション、非研究者へのアウトリーチ、事務局機能という三本柱をどう維持するかが示され、とりわけ学術領域を育てるうえで事務コストが決定的に重要だという見立てが共有された。ここで出てきたAI for Science Administrationという発想は、AIを研究対象や研究支援ツールとしてだけでなく、コミュニティ運営の基盤整備に使うという提案でもあった。
ディスカッションでは、運営負荷の共有化に加えて、CPCのどの側面が人を惹きつけているのかを言語化する試みも行われた。言語ゲーム、ベイズ性、マルチエージェント性、自由エネルギー原理コミュニティとの接続など、参加者によって入り口がかなり違うことが確認され、CPCを一つの固定像として売り出すより、多面的に見せることの重要性が共有された。若手の会、学生ワークショップ、チュートリアル公開などの具体策もここで視野に入り、合宿の出口が個人の研究だけでなくコミュニティの形としても描かれた。
その後の午後から夕方にかけても、小さな集団がいくつも併走し続け、記憶のランドスケープやジェスチャーをめぐる議論、論文作業、共同研究相談などが並列に進んだ。Day 5は、内容面の議論とコミュニティ形成の議論の双方が進んだ日だった。
丸山資料
発表者: 谷島貫太
Day 5のナイトセッション「共同注意をめぐるCPCへの三つの問い」は、この日の午後に会場に到着した谷島貫太が共同注意をめぐるCPCの記述を、三つの具体例から問い直すワークショップ型のセッションだった。共同注意を単に対象 o への注意の一致として扱うだけでは足りず、その前後にあるフレーム共有や調整過程まで視野に入れないと、実際のコミュニケーションの厚みを捉えにくいのではないか、という点が論じられた。
谷島の三つの問いは、入力、プロセス、出力という三つの位置から組み立てられていた。第一の問いは、対象に注意を向ける前に、そもそもその対象をどういう枠組みで見るのかという「見方」への共同注意が必要なのではないかというものである。第二の問いは、職場での「あれ」のような曖昧な指示を例に、共同注意の成立を白黒ではなく、度合いをもった調整過程として記述できないかという問題提起だった。第三の問いは、共有表象 w を一つの解釈へ収束させるのでなく、複数の見方が並存するための参照点として扱えないか、という方向へ開かれていた。
ディスカッションでは、言語人類学における指標の概念を念頭に、何を指しているかを扱う言及的な働きと、どう見るかのフレームそのものを調整する非言及的な働きを区別することで、CPCをどこまで拡張できるかが論じられた。共同注意を前提として置くかどうかではなく、共同注意の成立条件やずれの持続をモデルにどう入れるかが主な論点だった。講義というより、合宿後に向けた理論課題をその場で組み立てるワークショップとして進んでいた。
雨のち晴、最高15℃/最低10℃。
進行: 実行委員・参加者全体
Day 6の午前からは、6日間の合宿の締めくくりとして、参加者一人ひとりがこの合宿で得たものと今後の展開を語るクロージングセッションが行われた。ナイトセッション型の「発表」ではなく、輪になった振り返りと約束の共有に近い形式だった。
谷口は「身体的なシンクロナイゼーションが起こったかもしれない」と合宿の手応えを述べつつ、「6日間という儀式」が参加者間に何かを創発させたことへの感慨を語った。合宿期間中のSlack有料プランの継続が決まり、オンラインコミュニティとしての持続的な活動が確認された。
各参加者からは、記憶とダイナミクス、ランドスケープの変容、ロボティクスとCPCの接続、共同研究の継続など、それぞれの次の一歩が語られた。
高木志郎からは、合宿中に実装されたClaude CodeとMHNGを組み合わせたシステムのデモ報告があった。12エージェントの参加者各自のローカル環境でClaude Codeが動作し、合宿の記録をもとにレポートを生成・名づけゲームで採択し、集合的なまとめWを更新するというサイクルを実際に試みた。CPCを文字通り「合宿の運営に適用する」実験的な試みだった。
合宿最終日、谷口を中心とする実行委員会が急遽協議し、6日間で場に顕著な貢献があったメンバーを選出した。短時間のため網羅性より、印象に残った働きと再現しにくい独自性を重視した。以下は各選出者の選考理由の要約。
MVP Runner-up(2名)
川上 航: 質問の鋭さと創造性が際立つ。専門家のトークに関連して発する質問は創造的であった。能動的な参加に拍手。
進藤稜真: 実行委員として裏方を支えながら、トーク後の雑談・深夜の議論における掘り下げが深く、キャンプに貢献した。
MVP(3名)
野村健太郎: CPCの射程を理論・実証の両面から広げる発表を2件行った。さらにチュートリアルでは他分野の参加者にCPC/FEPのコアを平易に解説し、勉強会を自ら主催。内容わかりやすかった。
高木志郎: Campを「作って動かす」実験の場に変えてくれたこと。事前に役割を仕込むのではなく、作りたくなった人が作り出すという良いお手本を示した。デモが動く様子は、抽象的な観念の世界と現実を繋ぎ、仮説的思考を加速させる構成論そのものだった。
平岡太郎: CPCの核心的な問題点を臆せず俎上に乗せる勇気と、異分野対話における高い貢献。「乗れない」理由など、CPCを異分野から見たときの違和感を議論の場に率先して持ち込み、実りある対話を生み出したこと。
昼前に谷口より閉会が告げられ、5泊6日のCPC Spring Camp 2026は無事終了した。
以上、CPC Campの様子を見てきた。本合宿では、記号創発システム論と集合的予測符号化(CPC)がもつ理論的展開と応用の可能性が、学際的に検討された。生命記号論・文化心理学・言語獲得・自由エネルギー原理・社会学・経済学・記号論・メディアアート・音楽・創造性・哲学・ロボティクスという多彩な分野をホームグラウンドに持つ参加者が、CPCという旗のもとで議論に明け暮れた。メイン会場で行われた、いわば「オンレコード」の議論以外にも、自由時間に自発的に生まれた小グループでの議論、琵琶湖のほとりで動画撮影を回しながら行われた討論、夜中まで続けられた懇談、そしてトピックごとに建てられた60近くのSlackチャンネルでも、パラレルに議論が進められた。
CPC Campの開催は昨年に続き2回目となる。前回との最大の違いは、何といっても6日間という会期の長さだろう。実行委員長の谷口から「今年は5泊6日でいく」と聞いたとき、筆者を含めスタッフ一同は驚いた。各自多忙な研究者たちにとって、これだけの時間を捻出するのは容易ではない。それもあり、今回は途中参加・途中離脱の参加者がほとんどであり、相当な苦労を伴う細かい調整のもと、実行された。なかには、滋賀から東京などに戻って用務を済ませ、また滋賀に戻ってくるという往復を敢行した参加者もいた。途中離脱メンバーが持ち込んでくれた議論を受け継ぎ、途中参加のメンバーがまた新たな視点を持ち込む。この長丁場の合宿ならではの新陳代謝を感じることもできた。
終わってみれば、Day 1に谷口が述べた「この時間をとれない時点で負けている」という言葉には説得力がある。この時間をかけたことにより深まった議論が確かにあったと思う。ビジネス系カンファレンスに出たあとにCPC Campに参加したあるメンバーは、いかにこのCampが社交辞令などの儀礼的なコミュニケーションの場の対極にあるかを語っていた。これはそのとおりで、Campで打ち解けたメンバーとは、朝も晩もゼロ秒でお互いが最も知的に関心のある議論を開始できる。そのインタラクションがそのまま自分の「世界モデル」の更新につながる。そして、そのような時間が半日ではなく6日間続いたこと、そのような場は今日の学術コミュニケーションの中では得がたいものになっているように思われる。
具体的に、このようなCampは何を生んでいるのだろうか。冒頭のあいさつで、谷口はCampの成功は「参加者一人一人が何を得たかの総和で決まる」と述べた。つまり、Campのために参加者が呼ばれたのではなく、参加者のためにCampがある、ということだろう。当然、CPCへの関心のありようは参加者ごとにかなり異なっていた。CPC自体を数理的に探究したい人、自身のディシプリンに新しい説明をもたらす科学的理論としての期待を寄せる人、工学的応用の原理と考える人、AIとの共生を考える際の社会の設計原理の手がかりを見出そうとする人、自身の生き方や組織の在り方の指針を求める人。こうした多様な期待に、今後CPCがどこまで答えられるかは未知である。しかし2回目のCampでは同じ課題も再浮上したが、1回目と比べて着実に先へ進んでいる感覚があった。とりわけ、大学院生の方々が、1年を経て研究成果を携え、また新しい問題意識を携えて成長した姿でCampに戻ってきていること、さらに強力な同世代の新しい仲間を連れてネットワークを広げていることが印象的だった。
今回のCampにはAIも参加した。Slackに接続されたClaudeが議論を要約し、人間のやりとりを視聴してリアルタイムにコメントするボットが動き、やがてボット同士の会話が始まり、それを人間が横から観測するという事態が現れた。いまAIは単なるチャットボットにとどまらず、自律的に動くエージェントとして人間の集団のなかへ入り込みつつある。そうした時代に、CPCや記号創発システム論は現実を捉え直す学理として、ますますその威力を増していくだろう。合宿を通じて、そうした手応えを強く感じた。普通の研究合宿なら「新しいAIツールを活用した先進的な会議運営」で終わるところ、CPC Campでは、そのAIの振る舞い自体が、理論が説明しようとしている現象そのものに触れている。人間の議論のなかにAIを招き入れるとは何を意味するのか。説明すべき対象を場のなかで生成し、同時に、新しい技術的存在によって集合的知性を組み替える。そのように議論が進んでいったように見えた。
2回目のCampを経て、このコミュニティの活動はどこへ向かうのだろうか。招待制をとった本Campは、人数の制約や各人の予定により参加いただけなかった方も多い。今後はCamp以外にも、より開かれた形での学術発信や議論の場づくりが予定されている。たとえば、自由エネルギー原理に関する国際学会IWAI 2026との連携深化やIEEE ICDL 2026への発表が計画されており、アウトリーチ面でもCPCチュートリアル動画のYouTube公開やCPC若手の会の発足が話に出た。そのほか、CPCに直接・間接に関連した活動が、各参加者の研究・実践のなかで動き始めている。
そうした活動が、Campのなかでも議論した「学術的ムーブメント」として、どのように花開いていくことになるかは分からない。しかし、CPCというアイディアの周りに今日稀に見る超学際対話の場が開かれていること、そして、この5泊6日の間に次の展開に向けた多くの種が蒔かれたことは間違いない。
構成:丸山隆一 ×(CPC Campの集合的世界モデルを学んだ)Claude
◆開催情報
主催:
CPC Camp 実行委員会
京都大学大学院情報学研究科 認知システム講座 記号創発システム分野 谷口研究室
実行委員長
林祐輔(AI Alignment Network 理事)
谷口忠大(京都大学大学院 情報学研究科・教授/立命館大学 総合科学技術研究機構・客員教授
実行委員
堀井隆斗(大阪大学大学院 基礎工学研究科 准教授)
長野匡隼(京都大学 助教 兼 電気通信大学 客員研究員)
杉山滉平(立命館大学 立命館グローバル・イノベーション研究機構 研究員)
鈴木大地(筑波大学 生命環境系 助教/学術企画Wunder株式会社 代表)
廣瀬百葉(京都大学大学院 情報学研究科 谷口研究室 研究生)
田島潤(静岡大学 情報学部 学士課程)
進藤稜真(北海道大学 情報科学院 修士2年)
久保田はな(立命館大学 文学研究科哲学専修 博士前期課程)
片岩拓也(静岡大学 情報学部 学士課程)
堀江孝文(京都大学大学院 情報学研究科 博士後期課程)
丸山隆一(フリーランス編集者)
運営事務
髙橋幸(京都大学)
前田真知子(立命館大学)
米谷元子(立命館大学)
共催: 立命館大学グローバルイノベーション機構(R-GIRO)第4期研究プロジェクト「記号創発システム科学創成:実世界人工知能と次世代共生社会の学術融合研究拠点」、一般社団法人AIアライメントネットワーク、一般社団法人Tomorrow Never Knows、Artificial Life Institute
スポンサー: Google.org
協力: JSPS科研費・学術変革領域(A)「クオリア構造学」計画研究「クオリアの記号創発システム論」、JSPS科研費・基盤研究(A)「記号創発システム論に基づく共創的学習の基盤創成」、ムーンショット型研究開発事業 目標1「誰もが自在に活躍できるアバター共生社会の実現」研究開発項目4:CA協調連携の研究開発
◆記号創発システム論のアウトリーチ活動