宇宙の始まりにはインフレーションと呼ばれる急激な加速膨張の時代が存在し、インフレーション期に生じた量子揺らぎが、現在の宇宙の大規模構造の起源となったと考えられており、このシナリオが標準モデルです。さらに、Ia型超新星や大規模構造の観測から、私たちの宇宙は現在も「第2の加速膨張期」にあることが明らかになっています。図1は、このような宇宙の進化を模式的に示したものです。私たちは、このようなシナリオに基づいた理論研究を進めることで、宇宙の加速膨張の起源とは何か、暗黒物質の本質とは何か、そして宇宙の構造は本当にインフレーション期の時空の量子ゆらぎによって生み出されたのか、という根源的な問いにアプローチしています。
特に、上記の標準模型から得られる1つの予言が原始重力波です。原始重力波は現在のところ検出されていませんが、もし検出されれば、インフレーションの証拠や重力の量子性の証拠になり得ます。当研究室では、原始重力波が引き起こす量子デコヒーレンス(量子干渉効果の喪失現象)を応用した原始重力波の新しい検出理論を提案してきました。最近では、量子センシングを用いた新しい重力波の検出理論についても議論を進めています。このように、近年急速に発展している量子情報理論や量子技術を駆使して重力波検出の新たな窓を提供し、新物理探索や初期宇宙の解明を目指してます。
(図1) 宇宙進化の模式図。横軸は時間、縦軸は宇宙の大きさを表しています。
重力を記述する一般相対性理論は、重力レンズ効果やブラックホール、重力波などの観測結果 をよく説明しており、理論と実験で明確なズレは報告されていません。しかし重力の効果は極めて小さいので、量子力学的な効果が顕著になるようなミクロスケールにおいて、重力の量子的性質は全く確かめられていません。もし重力が量子的性質を有するならば、時空の重ね合わせ状態が現れると考えられており、その検証は時空や宇宙の起源解明の鍵ですが、未だ実現していないのが現状です。
2017 年に、Boseら、また MarlettoとVedral は重力がつくる量子もつれに着目した重力の量子性の実験を提案し、注目されています。重力が量子的に振る舞うのであれば、重力が有質量物体間に量子もつれを誘 起するはずです。量子もつれは量子的な相互作用を介してのみ生成されるので、重力が量子もつれを作るなら、重力相互作用は量子力学に従うと検証することができます。以来、現実的な実験環境を考慮した実現可能性などが多く議論されています。我々は、この提案に基づいて、重力が作る量子もつれと重力場の量子論との関係を定量的に明らかにすることにより、量子重力のパラドックスが解決されることを定量的に示しました。[1]
重力が検出できる程度の質量を持つ物体を実験で量子状態にするためには、量子制御や量子測定などの手法を用いて精密に取り扱う必要があります。私たちは、オプトメカ系と呼ばれるレーザー光を用いて巨視的な鏡を精密に制御することができるオプトメカ系の理論を用いて、重力が誘起する量子もつれ検出の現実的なアプローチを理論的に解析しています。[2]
[1] Sugiyama, Matsumura, Yamamoto PRD 106 125002 (2022)
[2] Miki, Matsumura, Yamamoto PRD 110(2) 024057 (2024)
(図2) 1 つの有質量物体がそれぞれ位置の重ね合わせ状態になっている概略図。重力が量子力学に従うのであれば、量子的に重ね合わさった重力場が生じ、距離に応じて異なる位相が生じるので、粒子A とB が量子もつれ状態に遷移します。
(図3) オプトメカ系を用いた重力誘起もつれの実験模型の図。2枚の鏡の間に重力が生じており、量子もつれを誘起します。レーザー光を用いて、鏡を精密に量子制御・測定します。
学部レベルで学ぶ量子力学では、調和振動子やスピン系といった量子系は、通常「孤立系」として扱われます。しかし、現実の世界において完全に孤立した量子系は存在せず、あらゆる量子系は常に周囲の環境と相互作用しています。このような環境との相互作用を考慮した量子系は「開放量子系」と呼ばれ、その振る舞いを記述する理論が「開放量子系の理論」です。
開放量子系の理論は、レーザーの動作原理、スピン緩和、デコヒーレンスの解析など、さまざまな現象の理解に貢献しており、私たちの研究室でも重要な研究アプローチの一つとなっています。開放量子系は、環境との相互作用により量子性が壊れやすいという特徴を持ちますが、この性質を逆手に取り、環境変化に対して高感度に反応する量子センサーとして応用することが可能です。たとえば、重力波や暗黒物質の探索において、開放量子系の高い感度を活かした検出手法が注目されています。
さらに、開放量子系の時間発展を記述する基本方程式の一つである Gorini–Kossakowski–Sudarshan–Lindblad(GKSL)方程式は、近年では量子重力理論の研究にも応用されています。私たちは、相対論的な開放量子系の理論の枠組みを研究することで、量子重力の解明を目指しています。
(図4) 開放量子系の模式図