概要
本研究室では、「半導体材料」としての有機分子の可能性を探求しています。電気の流れを制御し、発電し、発光する。従来、無機の半導体材料を用いて実現されてきた様々な電子機能が、有機材料でも実現できるようになっています。私たちは、様々な有機材料を対象として素子の性能向上や新機能開発、さらには素子駆動メカニズムの解明を目指して研究に取り組んでいます。
研究テーマ
有機薄膜トランジスタ(Organic Thin-Film Transistor, OTFT)の研究
トランジスタは電気信号の増幅やスイッチングなどの機能をもち、電子回路における中心的な素子となっています。トランジスタのチャネル(電流が流れる領域)に有機分子の薄膜を用いたOTFTの研究も近年盛んに行われ、高い移動度を示す材料や素子が開発されています。当研究室では低分子から高分子まで様々な有機半導体分子を対象に、トランジスタの性能向上や有機薄膜の電気伝導プロセスの解明を目指して研究を行っています。
cf. OTFTの動作原理
OTFTは、絶縁膜上に形成された有機半導体薄膜が、ゲート電極、およびソース/ドレイン電極にサンドイッチされた、コンデンサー(キャパシタ)構造を持っています。ゲート-ソース電極間に電圧が印加されていない時には、薄膜内には電荷キャリアはなく、トランジスタは動作しません("off"状態)。
一方、ゲート-ソース電極間にゲート電圧(V)を印加すると、ソース電極から電荷が注入され、有機半導体と絶縁膜の界面に電荷キャリアが蓄積されます。蓄積される電荷密度(Q)は、コンデンサと同様にQ = CVの式で表されます(Cはコンデンサの静電容量)。この状態でソース-ドレイン電極間に電圧を印加すると、蓄積した電荷による電流が出力されます(トランジスタの"on"状態)。
OTFT素子特性測定用の窒素温度真空プローバーと、典型的なトランジスタ特性
電子スピン共鳴(ESR)法を用いた有機半導体デバイスにおけるキャリア観測
当研究室では、通常の電気伝導測定に加え、電子スピン共鳴(ESR)測定を用いて材料本来の電子物性を微視的に明らかにすることに取り組んでいます。ESR法は、磁場中でのマイクロ波吸収を計測することで、電子のスピンを高感度に検出し、電子状態や電荷の周りの分子の詳細な情報を取得する手法です。特に、この手法を実際に駆動状態にあるOTFTなどの「デバイス」に対して適用することで、その駆動を担う電荷キャリアの振る舞いを、巨視的な構造の乱れに影響されることなく詳しく調べることができます。このようなミクロな材料評価法は、優れた素子特性をもたらす分子を設計するうえで極めて有用です。
ex) OTFT中の電荷キャリアの「電場誘起ESR」観測
(左)OTFT駆動用のソースメータと組み合わせたESR測定装置 (Bruker E-500型)と、(中)内径3 mmのESR試料管内に作製されたOTFT素子の模式図。(右)ゲート電圧印加時(OTFT素子駆動時)のESR信号。素子駆動時のESR信号から、絶縁膜界面における分子の局所配向や、キャリアの電子状態の情報が得られる。
H. Tanaka*, S. Kawamura, P. Sonar, Y. Shimoi, T. T. Do, T. Takenobu*, “Highly efficient microscopic charge transport within crystalline domains in a furan-flanked diketopyrrolopyrrole-based conjugated copolymer”, Adv. Funct. Mater. 30, 2000389-1-10 (2020). DOI: https://doi.org/10.1002/adfm.202000389
H. Tanaka*, A. Wakamatsu, M. Kondo, S. Kawamura, S. Kuroda, Y. Shimoi, W. -T. Park, Y. -Y. Noh*, and T. Takenobu*, “Microscopic observation of efficient charge transport processes across domain boundaries in donor-acceptor-type conjugated polymers”, Commun. Phys. 2, 96-1-10 (2019). DOI: https://doi.org/10.1038/s42005-019-0196-7
H. Tanaka*, M. Hirate, S. Watanabe, K. Kaneko, K. Marumoto, T. Takenobu, Y. Iwasa, and S. Kuroda, “Electron spin resonance observation of charge carrier concentration in organic field-effect transistors during device operation”, Phys. Rev. B, 87, 045309-1-7 (2013). https://doi.org/10.1103/PhysRevB.87.045309
キャリアドーピングによる、材料の電子状態制御
半導体材料は有限のバンドギャップを持ち、本質的には電気を流しません。上記のOTFTはコンデンサ構造を用いて静電的に電荷キャリアを蓄積し、有機半導体/絶縁膜界面に弱い電気伝導性を付与します。一方、トランジスタの絶縁膜に電解質を用いることで蓄積電荷濃度を劇的に向上させ、材料の電子状態を根本的に変化させる手法が近年注目されています。当研究室でも、電解質を用いたトランジスタ構造、あるいは化学ドーピングにより高分子材料に高濃度のキャリア蓄積を行い、半導体から金属まで電子状態を制御することに成功しています。このような電子状態の変化をミクロに捉えるうえで、上述したESR法によるミクロなキャリア検出は大きな力を発揮しています(下図)。
(左)キャリアドーピングに伴うESR信号の変化。高電圧領域 (-1.2 V)で見られる信号の広幅化は、非局在化した伝導電子の寄与をミクロに示す。(右)スピン磁化率(χ )の温度依存性。χT-Tプロットにおける有限の傾きは、高電圧印加により金属的なPauli磁化率が現れることを示す。(APL 2015)
H. Tanaka*, K. Kanahashi, N. Takekoshi, H. Mada, H. Ito*, Y. Shimoi, H. Ohta, T. Takenobu*, “Thermoelectric properties of a semicrystalline polymer doped beyond the insulator-to-metal transition by electrolyte gating”, Sci. Adv. 6, eaay8065-1-8 (2020). DOI: https://doi.org/10.1126/sciadv.aay8065
H. Tanaka*, S. Nishio, H. Ito, and S. Kuroda, “Microscopic signature of insulator-to-metal transition in highly-doped semicrystalline conducting polymers in ionic-liquid-gated transistors”, Appl. Phys. Lett. 107, 243302-1-5 (2015). DOI: https://doi.org/10.1063/1.4938137
H. Tanaka*, M. Hirate, S. Watanabe, and S. Kuroda, “Microscopic Signature of Metallic State in Semicrystalline Conjugated Polymers Doped with Fluoroalkylsilane Molecules”, Adv. Mater. 26, 2376-2383 (2014). DOI: https://doi.org/10.1002/adma.201304691