2026年1月18日
年間第2主日(A年)
ヨハネ1・29-34
その翌日、ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。
「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。『わたしの後から一人の人が来られる。その方はわたしにまさる。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。わたしはこの方を知らなかった。しかし、この方がイスラエルに現れるために、わたしは、水で洗礼を授けに来た。」
そしてヨハネは証しした。「わたしは、“霊”が鳩のように天から降って、この方の上にとどまるのを見た。わたしはこの方を知らなかった。しかし、水で洗礼を授けるためにわたしをお遣わしになった方が、『“霊”が降って、ある人にとどまるのを見たら、その人が、聖霊によって洗礼を授ける人である』とわたしに言われた。わたしはそれを見た。だから、この方こそ神の子であると証ししたのである。」
説教(百瀬文晃神父)
今日の福音の箇所は、ヨハネによる福音の第1章29節からで、洗礼者ヨハネがイエスについて、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」と言っています。この「神の小羊」という言葉は、2000年後の今日のカトリック教会のミサにも使われています。聖体拝領の前に、司式司祭がパンを割くときに歌われる「平和の賛歌」で、「世の罪を取り除く神の小羊」と3度歌われます。これは、古代教会では一つの大きなパンを会衆の人数に応じて分け、そのために時間がかかったため、聖歌隊がその間「世の罪を取り除く神の小羊、慈しみをわたしたちに」という連願を繰り返し歌い、司祭がパンを分け終わったときに、聖歌隊が「世の罪を取り除く神の小羊、平和をわたしたちに」と結びました。今では、会衆に配るためのパンは初めから小さく作られたものを使いますから、連願はただ3回だけ歌われるのです。とにかく、カトリック信者でない人が初めてミサに参加したとすると、「世の罪を取り除く神の小羊」と聞いて、いったい何のことだろうと、不思議に思うのではないでしょうか。ヨハネ福音書を知っている人は、これが洗礼者ヨハネの証の言葉だとわかるでしょうけど、それにしてもなぜ、洗礼者ヨハネはこんな言葉を使ったのでしょう。
それはまず、かつてイスラエルの民がエジプトで強制労働に服していたとき、モーセによってエジプトの地から脱出したときの出来事に由来しています。旧約聖書の「出エジプト記」によれば、モーセによって指示されて、民は小羊を屠って、その血を家の戸口の鴨居に塗りました。すると、神から遣わされた死の天使がその血を見て、イスラエルの民の家を通り過ぎました。しかし、エジプト人の家ではすべての長子が打たれて、大騒ぎになり、イスラエルの民は無事にエジプトを脱出できた、という言い伝えです。この出エジプトの記念を祝って、その後イスラエルの民は毎年、「過ぎ越しの祭り」を祝い、小羊を屠って過ぎ越しの食事をするならわしとなりました。そして、ヨハネ福音書では19章ですが、イエスが総督ピラトのもとで裁判にかけられ、ピラトがイエスに死刑の判決を下すとき、「それは過越祭の準備の日の、正午ごろであった」と述べられますが、これは過ぎ越しの食事の前に、神殿で小羊が屠られる時間でした。ヨハネ福音書の著者は、イエスが自らの血によって民に救いをもたらす「過ぎ越しの小羊」となったと理解しています。
「神の小羊」というイメージは、新約聖書の最後に収められている「ヨハネの黙示録」という書にも頻繁に用いられています。「屠られたような小羊」が玉座に座っておられる方から巻物を受けて、それを開き、神のもとに秘められていた救いの計画を説きあかします。そして、天使たちが「屠られた小羊は、力、富、知恵、威力、誉れ、栄光、そして賛美を受けるにふさわしい方」(5・12)と歌います。
「イエスこそ神の小羊だ」という言葉で、イエスの弟子たちはイエスが自らの死によって、すべての人々の罪と死の宿命を担い、いのちと救いをもたらしてくださったことを言い表しました。そして、ミサの聖体拝領の直前に、司式司祭は聖体を会衆の前にもちあげて言います。「世の罪を取り除く神の小羊、神の小羊の食卓に招かれた人はさいわい」。会衆はこれに応えて、「主よ、私はあなたをお迎えするにふさわしい者ではありません。お言葉をいただくだけで救われます」と言います。(ちなみに、これはイエスが百夫長の僕を癒すために行こうとしたときに、百夫長がいった言葉、「主よ、わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。ただ、ひとことおっしゃってください。そうすれば、わたしの僕はいやされます」(マタイ8・8)から取られた信仰告白の言葉です。)
私たちも今日、ミサの中で、改めてイエスがご自分の死を通して私たちにいのちを与えてくださっていることを思い起こし、感謝をこめて、この恵みをお受けしましょう。アーメン。
2026年1月11日
主の洗礼(A年)
マタイ3・13-17
そのとき、イエスが、ガリラヤからヨルダン川のヨハネのところへ来られた。
彼から洗礼を受けるためである。
ところが、ヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った。
「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、
あなたが、わたしのところへ来られたのですか。」
しかし、イエスはお答えになった。
「今は、止めないでほしい。
正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」
そこで、ヨハネはイエスの言われるとおりにした。
イエスは洗礼を受けると、すぐ水の中から上がられた。
そのとき、天がイエスに向かって開いた。
イエスは、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になった。
そのとき、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と言う声が、
天から聞こえた。
説教(百瀬文晃神父)
皆さん、主の洗礼の祝日に、今年はマタイ福音書の3章から、イエスが洗礼者ヨハネから洗礼を受けたというできごとが読まれます。洗礼は、「悔い改めに導くため」(マタイ3・11)と言われているのに、なぜ罪の汚れのない神の子が洗礼を求めたのでしょうか。東方教会のイコンには、その答えが示唆されています。たとえば今日の「聖書と典礼」のパンフには、11世紀アルメニアのイコンが載せられていますが、見るとイエスの浸されるヨルダン川はまるで鳥かごのようで、中には(この絵でははっきり見えませんが)捕らわれた人々が横たわっているかのようです。イエスは私たち罪びとの運命を共にするために、自らこの囚われの状況に身を沈めたのではないでしょうか。ヨルダン川に身を沈められることを通して、イエスは私たちの罪とその結果である闇と死の力に囚われた状況の中に入りました。そして、ここから立ち上がることを通して、私たちに命をもたらしたのです(もちろん、これは福音書の著者がイエスの死と復活という出来事を知っているから言えることですが)。イエスの洗礼は、闇と死の力に捕らわれている人々を解放し、光といのちへ導く救いの出来事です。
私たちは洗礼を受けるとき、イエスの死と復活に参与するということを信じています。このことは、キリスト教信仰の基本です。私たちの人生にはさまざまな試練がつきものですが、毎日の悩みや苦しみは、いわば小さな死の経験だ、と言っていいでしょう。たとえば自分の健康や能力に陰りが生じたり、家族や友人たちとの交わりに妨げが生じたり、仕事に行き詰まりや目指す目標を断念せざるをえない状況に追い込まれたりすることもあります。人によって違いますが、だれでも心の痛みや落胆や希望の喪失などを経験し、それを言わば一つの小さな死の体験と呼びましょう。しかし、キリスト者はそれをイエスの死への参与として受けとめることができます。イエスの死に参与する者は、イエスの復活にも参与します。それは心の奥深くに感じる喜びであり、困難や苦しみを乗り越える力であり、人生を新しく出発する勇気です。
さらに福音書には、イエスがヨルダン川で洗礼を受け、水から上がって祈っていたときに、天の父の声を聞いたと述べられています。「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」。天の父の愛のまなざしは、イエスの上に注がれます。そのことは同時に、イエスと結ばれた私たちの上にも注がれている、ということです。イエスと結ばれた者は、自分の苦しみをイエスとともに捧げるだけではありません。同時に、イエスの復活の喜び、天の父に愛包まれた喜びをいただきます。これが、キリスト教信仰の根本です。今日、イエスの洗礼の祝日に、この信仰の根本に立ち返り、勇気と希望を新たにしましょう。アーメン。
2026年1月4日
主の公現
マタイ2・1-12
イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」 これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。
王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。彼らは言った。
「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。『ユダの地、ベツレヘムよ、
お前はユダの指導者たちの中で決していちばん小さいものではない。お前から指導者が現れ、わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」
そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。
そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。
彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。
ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。
説教(百瀬文晃神父)
「主の公現」とは聞きなれない日本語ですが、英語でEiphaniy, ギリシア語のepiphaniaの翻訳で、主イエス・キリストが公に現れる、という意味です。貧しい馬屋で生まれた幼子イエスが、世の人々に知られるようになることを祝う祝日で、福音の朗読ではマタイ福音書2章に伝えられるイエスの幼年期の物語が読まれます。イエスの生まれたときに、遠い東の国の占星術の博士たちが、大きな星の現れたのを見て、ユダヤに新しい王が生まれたと知って、拝みにきます。この物語が私たちに告げるメッセージを考えてみましょう。
この博士たちは絶えず心の中に真理への憧れをもっていて、それを求め続けていました。民族や宗教が違っていても、まじめに真理を求める者に、神はご自身を現わされます。ある日、夜空に大きな星が現れました。その星は美しく輝いて、彼らを招いているようでした。古い言い伝えに、それはユダヤに新しい王が生まれたしるしと言われていることに気づき、行ってみようと思い立ちます。慣れ親しんだ生活を後にして、遠い砂漠の旅に出かける決心をします。
しかし、灼熱の砂漠には多くの苦難がありました。砂嵐に襲われたり、星がみえなくなってしまったり、疲れて旅に出たことを後悔したり、それは彼らの信仰の危機とも言えるものだったでしょう。やっと目的のユダヤの王の宮殿にたどりついたものの、そこでは猜疑心と姦計にみちた腹黒い王しかいません。その王は、彼らを利用して、子どもが見つかったら殺そうとたくらみます。それでも、悪意の人々のたくらみも、心の清い博士たちの歩みを妨げることはできません。星は再び彼らを導き、幼子のいる馬屋の上にとどまります。「心の清い人々はさいわいである。彼らは神を見るであろう」(マタイ5・8)と言われるとおり。
この物語は、私たちの人生の歩みを象徴しています。私たちもかつて真理を探し求め、信仰の旅に出ました。私たち一人ひとりの心にいわば星が輝き、招いたのです。この信仰の旅には、しばしば試練があります。世間の思い煩いという雲に覆われて星が見えなくなることも、常識や習わしが歩みを妨げることもあれば、人間関係につまずき、ときには信じているものが無意味のように思えたり、いやになったりすることもあります。しかし、心の清いものは神を見出します。それは、何物にも代えがたい、すばらしい出会いであり、喜びと平和です。
博士たちが、黄金、乳香、没薬をささげたように、私たちもこの贈り物をささげましょう。黄金は、神にいちばん喜ばれること、すなわち愛を表すシンボルです。自分の身近にいて、助けを必要としている人のために時間と労力を惜しまず尽くすことです。
そして、乳香は神への賛美の祈り、ただ習慣づけた祈りではなく、心のこもった愛の祈り、私たちの働きを方向づける祈りです。
そして、没薬とは、自分の負っている重荷、体の疾患であれ、痛みであれ、あるいは、いやおうなく負わされた責任や人との悩ましいかかわりなど、主キリストの担った苦しみをともにすることです。
主の公現の祝日に、私たちも自分の大切な贈り物、黄金、乳香、没薬を幼子イエス・キリストにお捧げしましょう。アーメン。
2026年1月1日
神の母聖マリアの祝日ミサ
ルカ2・16-21
[そのとき羊飼いたちは]急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。
羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。
日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から示された名である。
説教(百瀬文晃神父)
カトリック教会では、元日は神の母聖マリアの祝日とされていますので、今日は聖母マリアに因んで二つのことをお話ししたいと思っています。
その一つは、福音書の中で聖母マリアが五回、旅をしているので、この旅についてです。一度目は、お告げを受けてすぐ、親戚のエリザベトを訪問するために、ナザレからエルサレムの近くの山里まで、2、3日の徒歩の旅でしょう。二度目は、もう子どもが生まれそうになっていたときですが、ヨセフと一緒に人口登録のために出かけたベツレヘムへの旅です。これもエルサレムよりもさらに数キロ南ですから、3日以上かかる旅だったでしょう。3度目の旅は、マタイ福音書だけが記していることですが、幼いイエスが生まれた後、ヘルデ王は自分の王位が危なくされると考えて、ベツレヘム近郊の2歳以下の子どもを皆殺しにさせたと伝えられています。そのときヨセフは、天使お告げを受け、母と幼子を連れて、エジプトで逃げたと述べられています。エジプトですから、海沿いの道をずっと南へ南へと進む大変な旅だったでしょう。水のあるところでは何とか休むことができたでしょうけど、灼熱の砂漠を通っていかなければならなかったでしょう。4度目の旅の話は、ナザレに住んでいた両親が、毎年のように祭りにはエルサレムの神殿にお参りしていたのですが、帰り道で12歳のイエスが迷子になってしまった話ですね。1日の道のりを行ってしまってから気がついて、もう一度神殿まで探しに行ったと、ルカ福音書に書かれています。それから5度目の旅は、福音書ではヨハネだけが記しているように、十字架の下に母マリアが立っていたのですから、イエスが最後にエルサイムに上った時に、ナザレから他の女性たちと一緒にエルサレムにまで旅をしたのでしょう。
この5つの旅のどれも、聖母マリアは未来がどうなるか分からないままに、不安を抱えて、しかし神さまの導きを信じて旅をしたということ。そして、ご自身を捧げて、神さまの救いの業に奉仕なさったということ。これは新しい年の始め、聖母マリアとともに人生の旅を先へ進む私たちも考えるべきことではないか、と思います。
もう一つのことは、聖母マリアが歳を重ねた時どうだったか、ということですが、聖書には何も書かれていないので、推測するに過ぎません。イエスが亡くなったのは、おそらく紀元30年頃でしょう。イエスはヘロデ王の時代に生まれたとされていますから、生まれたのは紀元前7年か6年で、イエスが亡くなった時は37歳ぐらいになっていたと推測されます。そうだとすると、当時のユダヤの女性は13歳から15歳で結婚しましたから、聖母マリアはその時50代だったでしょうね。新約聖書の中でいちばん先に書かれた文書はパウロの第一テサロニケへの第一の手紙ですが、これは51年頃書かれたとされていますが、聖母マリアは70代だったでしょう。ルカ福音書では、マリアが「これらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた」と記されていて、ルカは聖母マリアから幼いイエスのことを聞いたのではないかと推測されています。しかし、パウロによって回心したと伝えられている人ですから、時代的に聖母に直接聞くことができたかどうかは、わかりません。でも、その聖母マリアが歳をめされからエルサレムの貧しいキリスト者共同体、生まれたばかりの教会の中にいらして、イエスの弟子たちをいろいろ励ましたでしょうし、また教会で多くの人はがイエスの子どもの頃のことなどに興味をもって、聖母マリアに尋ねたでしょうから、聖母は自分の思い出をいろいろ語ったでしょう。
歴史的には確かめられませんけれども、聖母マリアが亡くなったとき、弟子たちが周りを囲んで悲しんでいるイコンなどがあります。何歳で亡くなられたか、ぜんぜんわかりませんが、生まればかりの教会の中で、聖母マリアが皆と一緒に復活への希望をもって、やがてまた主が来られるのを今か今かと待ちわびていたこと、そして、信仰をもつようにみんなを励ましていたことは、推測してもいいのではないかと思います。聖母マリアの母親としての思い出には、イエスの幼かった頃の美しいものがあったし、あの十字架の下で苦しまれたように、本当に痛ましい思い出もあったでしょう。
聖母マリアとともに新しい年を迎えた私たちは、聖母が「これらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた」のにならって、私たちも主キリストの愛の生涯を思い起して、世の中がどのように動いても、その救いの神秘にしっかり目を注いで、やがてまみえるであろう主キリストとの出会いに向けて、信仰をもって歩み続けることができますようにお祈りしましょう。アーメン。
2025年12月28日
聖家族の祝日ミサ
マタイ2・13-15、19-23
占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。
「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」
ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ去り、ヘロデが死ぬまでそこにいた。それは、「わたしは、エジプトからわたしの子を呼び出した」と、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。
ヘロデが死ぬと、主の天使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて、言った。「起きて、子供とその母親を連れ、イスラエルの地に行きなさい。この子の命をねらっていた者どもは、死んでしまった。」
そこで、ヨセフは起きて、幼子とその母を連れて、イスラエルの地へ帰って来た。しかし、アルケラオが父ヘロデの跡を継いでユダヤを支配していると聞き、そこに行くことを恐れた。ところが、夢でお告げがあったので、ガリラヤ地方に引きこもり、ナザレという町に行って住んだ。「彼はナザレの人と呼ばれる」と、預言者たちを通して言われていたことが実現するためであった。」
説教(百瀬文晃神父)
聖家族の祝日には、マタイ福音書の2章から、イエスの幼年期物語が読まれます。幼いイエスがヨセフとマリアに連れられて、へロデ王の手から逃れてエジプトに避難するという物語です。マタイ福音書だけが伝えている物語で、どこまで背後の史実を確かめられるか分かりませんが、ルカ福音書による幼年期物語と合わせて、原始の教会には子どものときのイエスに関する様々なエピソードが伝えられていたのですね。それをもとに、少し聖家族について思いを馳せてみましょう。
ヘロデが自分の王位を危うくする子どもを殺そうとして、兵隊をさしむけた夜、夢の中で天使に知らされたヨセフは、すぐに母と幼子を起こして支度させ、自分はわずかな家裁道具を袋に詰めて、母と幼子をロバに乗せて旅立ちました。自分はロバの手綱を引いて、大きな袋を担いで歩きました。エジプトへはどの道を行けばよいのか、どのくらい遠いのか、そんなことは知りません。とにかくベツレヘムを通っている街道を南へ、南へと向かったことでしょう。夜中のうちです。遠くで人々の叫び声や犬の鳴き声などがしています。野犬もいるし、盗賊もいるかもしれません。しかし、天使の告げた通りに逃げます。おそらく山を下って海に出て、海岸沿いにずっと南に向かっていったのでしょう。エジプトまで行くとなると、何百キロもある距離です徒歩の旅で数十日かかるのではないでしょうか。途中、水があるところには、おそらく遊牧民の集落などがあったに違いありませんが、そこで休んで、食物を買い求めて、泊まる場所も探したでしょう。食料をもらったり、水をもらったりしながら、長い旅を続けました。
また、ヨセフは大工さんでしたから、道中でも、エジプトでも、家や家具など修理するものがあるかどうか聞いて、自分のちょっとした道具で直して、賃金を稼いで、家族を養い続けたのでしょう。とにかくこの3人の家族が生きていくために、言葉の通じない世界で、ヨセフは一家の大黒柱でした。
今日、吉田さんの洗礼式のために、私は小さな式次第を作ったのですが、その表紙に一つの絵を載せておきました。この絵はイタリアのジェンティレスキという人の描いた大きな油絵で、パリのルーブル博物館に展示されています。「エジプト逃避行」とタイトルの絵で、逃げていく途中の聖家族の様子を描いています。あるあばら家にたどり着いたヨセフは、祖翁袋を床に置くやいなや、その上に寝てしまいます。赤ちゃんのイエスは、おっぱいをもらいながら、いたずらそうな目でこっちを見ています。暖かくユーモラスな絵であると同時に、聖家族の貧しい姿、ひたすら神さまの導きを信じて歩むさがたが描かれています。
ヨセフは、聖書の中にはマタイ福音書にもルカ福音書にも登場するのですが、一言も話していません。彼が語った言葉というのが伝えられていません。おそらく無口で、でもいつも忠実で、信頼のできる人だったというのが事実なのではないでしょうか。ヨセフは、最後までマリアと幼子イエスを守り続けました。そして、ヘロデが死んだという知らせを受けて、故郷に帰っていきます。
このヘロデ王が死んだのは、歴史の中で確かめることができます。それが紀元前4年で、イエスは数年前に生まれていましたから、西暦という暦が後から作られて、イエス自身は紀元前に生まれたという矛盾が生じてしまったのですけど。人口調査がなされた年から計算すると、おそらくイエスは紀元前7年とか6年頃に生まれたのでしょう。そうすると、3歳ぐらいまで、外国の地で難民生活をしていたと思われます。
イエスがエジプトにいたことはあまり知られていないのですけれども、ナイル川のほとりには古くからキリスト者たちが住み着いて、4世紀には聖アントニオとか聖パコニオとか、修道生活を始めた人たちがいます。現在でも、エチオピアなどには、聖家族が休んだとか、住んでいたとか言い伝えられるところに、巡礼所が作られています。
私たちはこの聖家族の姿を思うときに、これが「教会」というものの原型であろうと思います。教会は、後から立派な建物や芸術が生まれたし、音楽もできたし、典礼も発展しました。でも教会とは、組織や建物ではありません。こうやってヨセフとマリアとイエスが、神さまの導きのままに、外国の地に、何もわからないままに旅をした、その姿にこそ教会の原型があります。教会とは決して立派な外見のもの、建物や芸術ではなくて、こうして神さまの導きのもとに未知の未来へと旅する一つの家族だと言っていいでしょう。私たちの忘れられてはならないことです。
ひたすら神さまの導きに信頼して、希望をもって歩み続ける神さまの家族。これが教会です。今日、洗礼をお受けになる吉田さん。しっかりこの教会とは何かということを心に留めて、その神さまの家族の一員になる、その喜びを経験していただきたいと思います。私たち皆も、そのために一緒にお祈りしましょう。アーメン。
2025年12月25日
主の降誕(日中)ミサ
福音朗読 ヨハネ1・1-5、9-14
初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。 この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。 光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。
その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。 言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。 言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。 この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。
説教(百瀬文晃神父)
皆さん、改めてクリスマスおめでとうございます。
主の降誕祭、日中のミサでは、福音朗読でヨハネ福音書の冒頭の箇所が読まれます。これは、ヨハネ福音書の著者が福音を書いた後から、その序文として書いたもので、福音書の全体をまとめた内容になっています。昔から解釈が難しいとされて、たくさんの研究がなされていますが、私たちはごく単純に、福音書の著者が述べたかったことを受け止めるようにしましょう。荘厳に「初めに言(ことば)があった」と言われますが、ここで言われることばとは、イエス・キリストのことです。つまり、神さまはイエスを世にお遣わしになって、イエスを通して、ご自身の救いのメッセージを語られたのです。主イエスの生きざまと教えが、神さまの私たちへのことばとなりました。それは、神さまがいつも私たちとともにいてくださるという、救いのことばです。
そして,「初めに」と言われているように、私たちがここに集まっているのも、それは私たちの努力とか熱心などに先立って、神さまが呼んでくださったからです。私たちが勉強して神さまのことを知ったのではなくて、まず神さまのほうから私たち一人ひとりに語りかけ、招いてくださったのです。こうして、私たちは主イエスとともに神の家族として、ここに集まっています。
聖夜のミサで読まれたルカ福音書の降誕物語では、羊飼いたちに現れた天使が救い主の誕生を知らせ、「布にくるまって飼い葉桶に寝ている乳飲み子、これがあなたがたへのしるしである」と告げます。貧しい家畜小屋に生まれ、飼い葉桶に寝ているかよわい乳飲み子こそ、神さまがいつも私たちとともにおられることのしるしです。この幼子は、私たちの人生の喜びも悲しみもともにしてくださる方、病気や災害、社会の不正義や差別、争いや暴力に悩み苦しみ、闇の中にさまよう世界の中でも、ともにいてくださる方です。
さらに、「言のうちにいのちがあった。いのちは人間を照らす光であった」と述べられます。私たちは主イエスとの出会いのうちに、人生を生きるためのいのちをいただきます。そのいのちこそ、あらゆる物質的な豊かさや、仕事の成功などにもまして、私たちを本当に生かすもの、本当の喜びと平和を与えてくれるものです。
続いて、「光は暗闇の中で輝いている」と述べられますが、この言葉だけが、ヨハネの序文の中で、ただ一つ現在形で言われます。その光は、ただこれが書かれたときだけでなく、2025年の今も、私たちの闇の世界を照らす光として、輝き続けています。そして、「暗闇は光を理解しなかった」と言われていますが、これは日本語の翻訳の仕方であって、原文は「暗闇は光に打ち勝たなかった」とも訳されます。そのように翻訳するほうが正しいと思います。なぜなら、主キリストの光は、暗闇の勢力に打ち勝ったからです。
私たちの日本の教会では、現在あちこちで世俗化や少子高齢化が進み、しばしば教会がこのままでは消滅してしまうのではないかという、不安の声が聞かれるようになりました。しかし、皆さん、司祭になって55年になる私は、そうは思いません。世俗化というのは、神さまなしにも人間の力ですべて解決できるという人間の思いあがりであり、それが日本の社会を闇と無秩序に導いていることは、毎日経験することです。たくさんの人が希望を失って、ただ将来の不安ばかりを語るようになっています。しかし、主キリストはすでに闇の力に打ち勝たれたのです。主キリストの約束してくださっているいのちこそ、私たちキリスト者の希望です。この希望があざむかれることは決してありません。今日、主の降誕の祝日に、私たちが思い起こすことは、悪の力に打ち勝たれた主キリストへの信頼と希望です。信頼と希望こそ、私たちのために貧しい幼子としてお生まれになった主イエスへの私たちが捧げものであるはずではないでしょうか。主イエスのもたらされたいのちと光がほめたたえられますように。アーメン。
2025年12月24日
主の降誕(夜半)ミサ
ルカ2・1-18
そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。
これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。
人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなづけのマリアと一緒に登録するためである。
ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。
その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。
「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」
すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。
「いと高きところには栄光、神にあれ、
地には平和、御心に適う人にあれ。」
説教(百瀬文晃神父)
皆さん、クリスマスおめでとうございます、
クリスマスは、日本でも知られるようになりましたが、その本当の意味はあまり知られていないかもしれません。町では、イルミネーションやクリスマス・ツリーが飾られますし、デパートや商店街ではクリスマスのケーキや贈り物のためのセールでにぎわいます。レジャー施設では、必ずサンタクロースのかっこうをした人やぬいぐるみが、楽しい雰囲気を作っています。それは、みんな楽しいし、よいことでしょう。でも、それは本当のクリスマスの意味ではありませんね。海の星幼稚園のお友だちは、クリスマスが何であるかを、ちゃんと知っています。そうです。クリスマスの本当の意味は、イエスさまのお誕生日です。
イエスさまのお誕生日と言っても、本当にイエスさまが12月25日に生まれたのか、実はわかっていません。先ほど読まれた聖書には、イエスさまが馬小屋で生まれたことは書かれていますが、それが何月何日だったのかは書かれていません。それで、ずっと後になって、教会では世界を治めていたローマ帝国の宗教が、1年中で一番夜の長い日(冬至と言って、現在の私たちの暦では12月22日ですが)に、太陽の神さまを祝っていたので、この習慣を取り入れたのです。主イエスこそ、暗い闇の世界に光をもたらす方、そしてこの冬至の日から太陽の照る時間がだんだん長くなっていくように、主イエスのともした光が世の中にだんだん大きくなっていくようにと、夜のいちばん長い日にイエスの誕生日を祝うことにしたのです。
聖書には、お母さまのマリアさまが生まれたばかりの赤ちゃんを布にくるんで、飼い葉おけの中に寝かせたと書かれています。人口調査で混みあっていたベツレヘムの町には、貧しいヨセフとマリアの泊まる場所がなかったのですが、困っている二人をたまたま見た親切な町の人が、街はずれにある馬小屋に案内してくれたのでしょう。飼い葉おけというのは、ロバや馬が餌を食べるための桶ですが、この中にわらをひくと、あかちゃんの寝るのにちょうどよいベッドになったのですね。
その夜、ベツレヘムの近くの野原では、羊飼いたちが夜通し羊の群れの番をしていました。悪い獣が羊をおそったりしないように、きっと焚火をして、自分たちは寝ないで、みはっていたのでしょう。そこに天使たちが現れて、「救い主がお生まれになった、布にくるまって、飼い葉おけに寝ている」と告げました。飼い葉桶なら、羊飼いたちはどこにそれがあるか、すぐ見つけることができたのでしょう。いってみよう、と言って、羊たちもつれて、街はずれの馬小屋にやってきました。
馬小屋ですから、羊飼いのように貧しい人たちでも、きれいな服を着ていなくても、遠慮なくやってくることができました。もしイエスさまが王様の宮殿とか、お金持ちの立派なお屋敷などで生まれていたら、羊飼いたちのように貧しい身なりの人は入れてもらえなかったことでしょう。でも、これが神さまのなさり方です。神さまはイエスさまを世の救いのためにお遣わしになったとき、だれでも会いにこられるように、馬小屋で生まれるよう、おはからいになったのです。
皆さん、今日、私たちもこの羊飼いたちのように、イエスさまのもとに集まりました。私たちは、イエスさまのもとで、神さまの家族なのです。イエスさまは神さまから遣わされて、世の中の苦しんでいる人、貧しく生活の困っている人、仲間はずれにされている人の友だちになりました。その人たちをとくに大切にして、お互いに助けあい、大切にしあって、しあわせになるように尽くしました。もし皆がそうすれば、意地悪とか独り占めとか、仲間外れとか、けんかや争いがなくなり、世の中が平和になるからです。神さまは私たち皆のお父さまで、私たちが神さまの子として、互いに大切にしあうことを望んでいらっしゃいます。そのためにイエスさまを遣わしてくださったのです。
皆さん、ここで祝うごミサは、イエスさまが世を去る前に決めた、食事の祝いです。私たちは一つの神さまの家族として、食卓を囲みます。ここに集まるすべての人が、神さまの豊かな祝福をいただき、互いに助けあい、支えあって、少しでも世界の平和のために尽くすことができますように。また、ここにこれなかった方々、家族やお友だちのために、神さまの祝福がありますように、ご一緒にお祈りしましょう。アーメン。
おめでとうございます
2025年12月21日
待降節第4主日
マタイによる福音1・18-24
イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。
このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」
このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」
この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。
ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れた。
説教(百瀬文晃神父)
今日は待降節第4主日で、降誕祭まで4日前となり、聖書朗読ではマリアへの受胎告知が朗読されます。第1朗読のイザヤ書は7章の、よく知られた箇所で、戦乱の時代のイスラエルの民が恐れ、おののいているときに、預言者イザヤは神への信頼を呼びかけます。ちょっと歴史的な背景を説明しますと、紀元前8世紀、アッシリア帝国が世界を制覇していた時代、このアッシリアに対抗するために、シリアと北王国エフライムが反アシリア同盟を築こうと目論み、南王国ユダを攻めてきました。南王国ユダの王アハズに、預言者イザヤは神に信頼せよと勧めるのですが、アハズ王は口先では、「主を試すようなことはしない」と、信仰深いふりをするのですが、実はすでにアッシリアに援軍を頼もうと心に決めていました。政治家のよくすることです。そうすると、預言者は「おとめがみごもって、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ、と告げます。そのとき預言者が言ったのは、若い女が男の子を生み、その子があなたに代わる王になる、ということでしょう。しかし、この言葉は何百年にもわたって、救い主が現れるという預言として言い伝えられました。そして800年も後でしょうか、マタイ福音書の著者はこれをイエス・キリストにあてはめて、今日の福音の箇所を記したわけです。
「おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この言葉はイザヤ書からの引用ですが、マタイ福音書では、そのおとめは聖母マリアを指していて、聖霊が特別な働きによって処女であるマリアを身ごもらせるとされます。マタイにとっては、インマヌエル、すなわち神がわれわれと共におられることこそが救いです。救い主が与えられるということは、神様が私たちと共にいらっしゃるということの実現と考えられたわけです。
このことを天使に告げられたヨセフは、マリアを受け入れ、二人は夫婦として、やがて生まれる男の子を養い育てることになります。そこで神はイエスを通して、私たちにご自分の存在、いつも私たちと共にいらっしゃるという約束を確実にされたということですね。
イエスはこうして人間の歴史の中に生まれ、両親に育てられ、私たちと同じように暑さや寒さに耐え、喜びと悲しみを経験して、最後には十字架の上で命をささげたのですが、イエスの死を通して、私たちに永遠のいのちが約束されました。パウロが言っているように、神はそのことをイエスの復活を通してお示しになったのです。私たちはこのことを信仰によって受けとめています。
私たちの世界は決して見捨てられたのではありません。世界の暴力や不正な差別など、あらゆる悲惨な出来事の中にも、神は私たちと共にいらして、私たちの苦しみや嘆きをともに担ってくださいます。この約束が、主イエス・キリストの誕生をもって実現しました。私たちキリスト者は、この世界がどれほど多くの苦しみ嘆きに満ちていても、希望を失いません。神が必ず導いてくださるということ、その信頼と希望を持ち続けて歩む限り、必ず平和と心の喜びを持ち続けることができること。たくさんの罪のない子どもたちが、食糧もなく、ひどい衛生状態の中で、不安な日々を送っています。このクリスマスには、とくにそういう人たちのために祈りましょう。また、この教会に所属されている方のなかにも、今、体調を崩して入院されている方が何人かいらっしゃいます。ごミサにあずかるときに、私たちは自分がまだごミサに参加する恵みを与えられていることを思って、それができないでいる人たちのために、神の導きをご一緒にお祈りしましょう。アーメン。
2025年12月14日
待降節第三主日
イザヤ35.1∼6,10、ヤコブ5.7∼10、マタイ11.2∼11
マタイによる福音11章2~11節
ヨハネは牢の中で、キリストのなさったことを聞いた。そこで、自分の弟子たちを送って、 尋ねさせた。「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか。」
イエスはお答えになった。「行って、見聞きしていることをヨハネに伝えなさい。
目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、らい病を患っている人は清くなり、 耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。
わたしにつまずかない人は幸いである。」
ヨハネの弟子たちが帰ると、イエスは群衆にヨハネについて話し始められた。
「あなたがたは、何を見に荒れ野へ行ったのか。風にそよぐ葦か。では、何を見に行ったのか。しなやかな服を着た人か。しなやかな服を着た人なら王宮にいる。では、何を見に行ったのか。預言者か。そうだ。言っておく。預言者以上の者である。
『見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの前に道を準備させよう』と書いてあるのは、この人のことだ。
はっきり言っておく。およそ女から生まれた者のうち、洗礼者ヨハネより偉大な者は現れなかった。しかし、天の国で最も小さな者でも、彼よりは偉大である。
説教(作道宗三神父)
待降節も半ばになり、町でもクリスマスのムードが日々深まっています。しかし、教会は、救い主・メシアの誕生を迎えるために、神が、そして、神の民が長い年月をかけて用意したように、大事な待降節の日々を送っています。
今日の典礼の中心には、先週に続いて洗礼者ヨハネが登場します。しかし、先週と違い、ヨハネは人々の前ではなく、牢の中から、しかも、確信ではなく、若干疑いの思いを込めて、弟子たちに尋ねさせます、「来たるべき方はあなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか」と。メシアの到来を固く信じ、人々に回心を迫ったヨハネは、今、囚われの身となって、メシア・イエスがなさる不思議な業を耳にします。その真偽のほどを確かめるために、弟子をイエスのもとに送るのです。
イエスは言われます、「目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている」と。
預言者が語った、メシア時代に実現する夢のような状況を、イエスは彼の弟子を通してヨハネに伝えます。ヨハネは、その時代の到来を告げながら、自分は直接体験することはできません。彼は、旧約時代の預言者のように、喜びにあふれた時代の到来を希望しながら、直接体験することなく、生涯を終えます。彼は、旧約時代に足を下ろしながら、メシアの到来を、人づてに聞き、それで満足することしかできませんでした。彼の使命はそこまででした。旧約と新約を結ぶ橋をかける人でした。
しかし、福音の後半にあるように、イエスはそのヨハネを称揚なさいます。自らの使命を果たし、直接メシアの働きを目撃することなく召されるヨハネを、「彼は預言者以上の者、・・・女から生まれた者のうち洗礼者ヨハネより偉大なものは現れなかった」と言われます。ヨハネは、メシアの到来に向けて最後の準備、回心を呼びかけ、人々の心の準備に命を懸けたのです。ヨハネは、イエスに先立って生きた方です。しかし、決して、過去の人ではありません。ある意味で、現代の教会を象徴する存在です。
ヨハネが現れるはるか昔、救いの訪れが間近に迫ったかのように、その喜びを謳った預言者がいました。イスラエルの民が国を失い、信仰の中心ともいうべき神殿も破壊され、異国での捕囚と言う辱めの日々を送って何十年、ようやくその時が終わり、祖国に戻ることが夢ではなくなることを告げる預言者の言葉が、先ほど読まれました。「荒れ野よ、荒れ地よ。喜び踊れ。砂漠よ、喜び、花を咲かせよ。野ばらの花を一面に咲かせよ。花を咲かせ、大いに喜んで、声をあげよ。」さらに、「弱った手に力を込め、よろめく膝を強くせよ。心おののく人々に言え。雄々しくあれ、恐れるな。見よ、あなたたちの神を。敵を打ち、悪に報いる神が来られる。神は来て、あなたたちを救われる。」そして、イエスが、ヨハネに伝えるように、と言った言葉が響きます、「そのとき、見えない人の目が開き、聞こえない人の耳が開く。そのとき、歩けなかった人が鹿のように躍り上がる。口の利けなかった人が喜び歌う。主に贖われた人々が帰って来る」と。
しかし、イザヤがこのように語ったことは、すぐには実現しませんでした。預言者も、そして捕囚から解放されたイスラエルの民も、真の救い主の到来まで、まだ、長く待たなければなりませんでした。「主が来られるときまで忍耐しなさい。・・あなたがたも忍耐しなさい。心を固く保ちなさい。・・主の名によって語った預言者たちを、辛抱と忍耐の模範としなさい」と、『ヤコブの手紙』にあったように、わたしたちも待つことを学ばねばなりません。過去に目を向けながら、未来を待ち望む。ヨハネのように、預言者のように、神がかつてなさった大きな業に目を向けながら、同じ神が、いつの日か、必ず真の喜びをもたらしてくださることを信じ、そして、希望する、それがわたしたちキリスト者の生き方です。
約束された救い主、メシアはすでにお出でになりました。人々に神の国の到来を告げ、そのしるしとして、預言者が語ったメシア時代の不思議を次々に実行されました。神の愛について語り、そのいつくしみの豊さについて、証しされました。しかし、イエスは、ご自分ですべてのことを完成しようとなさいませんでした。イエスの教えを聞き、その生き方に倣おうとした人々、イエスの十字架の死を通して注がれた神の霊によって生きる弟子たち、それに続くキリスト者を通して、救いの計画を完成させるのが父なる神のご意志でした。
この世界には、苦しみがあり、貧しさと弱さによって、主の勝利を実感できない多くの人々が残されています。それは、洗礼者ヨハネの置かれた状況と似ています。ヨハネのように、様々な形の牢につながれている人々が、一日も早く解放され、人間として、神の子として、真の喜びを体験できるように、人類の努力に参加すること、これがわたしたち、教会に生きるものに託された大きな使命です。
降誕祭を迎える準備に励む教会に、そして、わたしたち一人一人に、そうした行動への勇気と確信を与えてくださるよう祈りましょう。
2025年12月7日
待降節第2主日
マタイによる福音3・1-12
そのころ、洗礼者ヨハネが現れて、ユダヤの荒れ野で宣べ伝え、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言った。これは預言者イザヤによってこう言われている人である。
「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』」
ヨハネは、らくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べ物としていた。そこで、エルサレムとユダヤ全土から、また、ヨルダン川沿いの地方一帯から、人々がヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。
ヨハネは、ファリサイ派やサドカイ派の人々が大勢、洗礼を受けに来たのを見て、こう言った。「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。『我々の父はアブラハムだ』などと思ってもみるな。言っておくが、神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる。斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。
わたしは、悔い改めに導くために、あなたたちに水で洗礼を授けているが、わたしの後から来る方は、わたしよりも優れておられる。わたしは、その履物をお脱がせする値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる。」
説教(百瀬文晃神父)
待降節の立役者とも言えるのは、まずは聖母マリア様ですけど、マリア様と並んで洗礼者ヨハネですね。言うまでもなく、聖母マリアは主イエスを胎内に宿して、誰よりもその子の誕生を待ち望んでいた方です。でも、それと並んで洗礼者ヨハネは、主イエスの到来に先駆けて、人々に心の準備をするように呼びかけた人物です。洗礼者ヨハネは、当時のユダヤ教の刷新運動を行った人物だと言ってもよいでしょう。今日読まれたマタイ福音書をはじめ共観福音書は、洗礼者ヨハネのことを「荒れ野に呼ばわる声」として、描いています。「荒れ野で叫ぶ者の声がする。主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。」これはイザヤ書40章からの引用です。イザヤ書といっても、第一朗読で読まれたのは第一イザヤ、紀元前8世紀の人ですが、この「荒れ野で叫ぶ者の声がする」と言う言葉は200年も後の人物、第二イザヤと呼ばれている人が書き記したものです。その頃イスラエルの民はバビロニア帝国によって滅ぼされ、捕囚の身となって、バビロニアに連れて行かれ、苦しい生活を強いられていました。そこで故郷を憧れてあえいでいる民に向かって、この預言者はまもなく神がご自分の民を救ってくださること、民は故郷であるエルサレムに帰ることができることを預言しました。「荒れ野に叫ぶ声」とは、神が天使たちに命じて、イスラエルの民を故郷に帰らせるために道を整えよという呼びかけですね。福音書の著者たちは、このイザヤ書の言葉を洗礼者ヨハネにあてはめています。
洗礼者ヨハネは、主の道を整えるために人々に呼びかけ、かつて捕囚の民が故郷に帰っていったように、やがて来る救い主との出会いのために心の道を整えなさいと呼びかけたわけです。「主の道」というのは、神の導きによって故郷へと向かう道のことです。その道は凸凹道だが、この凸凹道を平らにせよ、そして曲がった道をまっすぐにせよ、と言われます。現代の私たちにとって、凸凹道とは主との出会いを妨げている私たちの心にある世俗の思い患いを指します。毎日の生活の忙しさにあわただしく追われて、神様に向かう心がふさがれてしまっている。これが凸凹道です。そして曲がった道とは、私たちの自己中心の考えや望みのままに動いている状況、自分自身が右にそれ、左にそれて、神様に向かう純粋な心が乱れてしまっている状況です。洗礼者ヨハネは、そのような私たちにまっすぐに神を見つめて歩むように呼びかけています。大きな仕事ではなくて、ささやかな仕事であっても、心を込めて、信仰と愛をもって取り組むように、どんな時にも忍耐と希望をもって、神様に喜んでいただくような働きをするように、という呼びかけです。
このようにお話ししていると、私は数年前に亡くなったド・フロモン神父さまのことを思い出すのですね。ド・フロモン神父さまは、最後は防府教会にお務めでしたけど、防府教会の司祭館の急な階段から落ちて、それが発見されてロイラハウス(東京にあるイエズス会の老人ホーム)に移られたのですが、東京に行く前の数日間、山口のレジデンスにいらしたから、私はご一緒に生活しました。その時に彼が残した大きなベンチコートは、今でも使っていますけど、彼が別れのミサの中で、自分の言葉で祈りを捧げられました。「これからどれくらいの年月生きるかわからないけど、私の残りの人生はまさに待降節です。主と出会うときまで、大したことはできないでしょう。もう体もボロボロになって、お祈りはまだできると思いますけど、一生懸命に主と出会いを準備したいと思います」と、そのようにおっしゃっていました。人よってその長さ、短さはあるでしょうけど、「私の残りの人生は待降節なのだ」と、そういうことは私たちにも言えると思います。そしてパウロが今日の第2朗読のロマ書の中で語っているように、忍耐と希望をもって助け合い、支え合って、神様をたたえるように、そのような毎日でありますようにお祈りしたいと思います。
アーメン。
2025年11月30日
待降節第1主日
福音朗読 マタイによる福音書 24章37~44節
そのとき、イエスは弟子たちに言われた。「人の子が来るのは、ノアの時と同じである。
洪水になる前は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていた。そして、洪水が襲って来て一人残らずさらうまで、何も気がつかなかった。人の子が来る場合も、このようである。
そのとき、畑に二人の男がいれば、一人は連れて行かれ、もう一人は残される。二人の女が臼をひいていれば、一人は連れて行かれ、もう一人は残される。
だから、目を覚ましていなさい。いつの日、自分の主が帰って来られるのか、あなたがたには分からないからである。
このことをわきまえていなさい。家の主人は、泥棒が夜のいつごろやって来るかを知っていたら、目を覚ましていて、みすみす自分の家に押し入らせはしないだろう。
だから、あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。」
説教(百瀬文晃神父)
皆さん、今日からキリスト教の教会では、典礼歴の始めの「待降節」が始まります。待降節は、主イエスの誕生の祝いを準備する時だけではありません。それを一つのシンボルとして、神の国の完成のとき、主キリストが神の栄光のうちに再び来られる日を待ち望む時でもあります。今日、待降節第1主日の福音は、マタイの24章から読まれましたが、ここでイエスは、世の終わりに神の栄光のうちに再び来られることを約束しておられます。そして、その日のためにそなえておくようにと、さまざまな例えを使って説明しています。
まずノアの日の例えですが、これは旧約聖書の創世記に出てくるノアの箱舟の物語からです。その時まで人々は食べたり、飲んだり、めとったり嫁いだりたりして、毎日の生活に追われていて気がつかなかったのですが、とつぜん洪水が襲ってきた、という話ですね。主の来臨もいつかわからないから、心して準備しておきなさい、という話です。
そして、二つ目の例えは、畑に二人の男がいて、一人が連れていかれ、もう一人が残される。二人の女がうすをひいていて(たぶんうすをロバに引かせて麦を粉にする仕事でしょう)、一人が連れていかれ、もう一人が残される、という話です。同じ仕事をしていても、どのような心でそれをしているかが問われています。
それから三つ目の例えは、主人が結婚式か何かで祝宴に招かれていて、いつ帰ってくるかわからないから、召使いは居眠りしたり、酒を飲んだりしていないで、目を覚まして待っていなさい、という話です。
四つ目の例えは、泥棒がいつやってくるかを知っていたら、みすみす家に押し入らせない、という話です。これが主の来臨に備えるための例えとしてふさわしいかわかりませんが、主イエスがいろいろな機会に語られた言葉を、何十年も後から福音書の記者は思い出して、主の来臨を待ち望む心構えのために、ここに収録しているわけです。
このような例えをイエスがどのような文脈で話されたのかは気にしないで、とにかく福音書の著者がこのように主の言葉を集めて、私たちに呼びかけています。主がいつ来るかわからないから目を覚ましていなさい、と。
でも、いつも目を覚ましているということは、決して眠らないで、四六時中目を覚ましていろ、ということではありません。そんなことは誰にもできません。とくに歳を取ってきたら、睡眠をよく取るように、医者に勧められます。
ノアの時代に人々が食べたり飲んだり、毎日の生活を営んでいたように、今日の私たちにも日常生活があります。そして、主の来臨を待ち望むといっても、日常の生活をほおっておいて、祈りに没頭しろ、ということではありません。毎日、職場に行く人もいれば、学校に行く人もいるでしょう。子どもの世話をしたり、老人や病人の面倒を見たりする人もいるでしょう。その日常のいろんな営みはよいことだし、しなければならないことであって、一生懸命に取り組むのは当然ですね。とくに自分の身の回りにだれか困っている人がいたら、その人を助けること、それは何にも優先されなければならないことでしょう。でも「目覚めていなさい」とは、私たちが何をいちばん大切にして生きているか、何を毎日の仕事の中心に据えているか、を問いかけています。日々の生活を方向づけるものは、何でしょうか。
待降節には、世界で闇の力や無秩序が横行する中で、主のもたらす光を待ち望むということ、主の光への憧れを忘れないことが呼びかけられています。世の闇が暗ければ暗いほど、光への憧れと待ち望む心が大切だ、ということでしょう。
皆さん、冬が近づくにつれ、だんだん寒くなってくるこの頃ですが、寒ければ寒いほど、私たちは主がもたらしてくださる暖かい光を待ち望みましょう。待降節には、ただ主イエスの降誕の喜びを準備するだけではなく、それを一つの契機として、自分の人生そのものを改めて方向づけること、自分に与えられている時間、健康、力を大切にして、祈りと愛の働きをもって主の来臨をお迎えする心を養いたいと思います。アーメン。
2025年11月23日
王であるキリストの祝日
福音朗読 ルカによる福音書 23章35~43節
(そのとき議員たちはイエスを)あざ笑って言った。
「他人を救ったのだ。もし神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うがよい。」
兵士たちもイエスに近寄り、酸いぶどう酒を突きつけながら侮辱して、言った。
「お前がユダヤ人の王なら、自分を救ってみろ。」イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王」と書いた札も掲げてあった。
十字架にかけられていた犯罪人の一人が、イエスをののしった。「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ。」すると、もう一人の方がたしなめた。「お前は神をも恐れないのか、同じ刑罰を受けているのに。我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。」そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。
するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。
説教(百瀬文晃神父)
「王であるキリスト」という祝日ですけれども、「王」という言葉は現代の私たちにとってはあまり馴染みがありません。昔からカトリック信者だった人はもう慣れているかもしれませんが、初めてこの言葉を聞くと、いささか時代遅れのような感じがします。でも、忘れてはいけないのは、これが聖書に基づく言葉だということです。古代イスラエルは、神様から遣わされた王を求めました。王は油を注がれることによって聖霊の特別な力を与えられ、民を平和への道に導く者として待ち望まれました。今日の第一朗読サムエル記にあるように、王は民を導く牧者(羊を導く羊飼いイメージ)として期待されました。旧約聖書には詩編や預言者の言葉に、牧場の羊を連れ、危険な動物から羊を守り、よい牧草のあるところに羊を導く、そういう牧者のイメージが何度も使われます。古代イスラエルの民は、大国のはざまの中で、絶えず外敵の侵略に脅かされ、時には弾圧され、隷属させられました。その中で、油を注がれた者(ヘブライ語でメシア、ギリシャ語でキリストと呼ばれる)、民を守り、導く力強い王が待ち望まれたわけですね。
しかし、イエスはそのような王ではありませんでした。イエスの説いた神の国は、そのような力強い国ではありません。それはむしろ、貧しい人々、ひたすら神様にすべてを委ね、神様の恵みを待ち望む人々の平和と喜びの国のことです。イエスは、病に苦しむ人を癒し、目の見えない人に光を与え、一人息子の死を嘆くやもめを慰め、罪びととして軽蔑された人々と食事をともにしました。最後には当時の権力者によって捕らえられ、断罪され、あざけられ、一切の富も名誉も剥奪されて、十字架の上で亡くなった方です。何という逆説でしょう。私たちキリスト者は、イエスが復活させられて神の栄光の中に挙げられたという信仰によって、このイエスこそ私たちの人生の導き手であると信じています。そしてイエスの十字架上での死というものが、私たちの罪と罪の結果である死の宿命を、自らの死によって担ってくださった、私たちの死の宿命をご自分のものとし、私たちに代わってその宿命を身に受けてくださった、そういうできごとだったと信じています。
私たちは洗礼を受けたとき、イエスこそ自分の人生の導き手であると信じて、イエスに従って生きることを誓ったのです。でも、この現世の思いわずらいと騒がしさの中で、能力と功績を求める世俗の価値観に染まって、洗礼の時の真心を忘れてはいないでしょうか。
しかし、まさにこのように地位や名誉や富を追い求める世の中だからこそ、まさに国々が力で争いあい、貧しい者、弱い者が虐げられるようなこの世の中だからこそ、私たちはイエス・キリストを真の導き手として仰ぐのです。イエスキリストは、今もいつも私たち一人一人の人生の悩み、さまざまな苦しみ、心身の傷を受け止めてくださる方、この方に希望を置いて、この方の導きに従っていきたいのです。この洗礼の時に抱いた純粋な心を、今日また新たにしたいと思います。アーメン。
2025年11月9日
ラテラノ教会の献堂
(長府教会 百瀬文晃神父)
ヨハネ2・13-22
ユダヤ人の過越祭が近づいたので、イエスはエルサレムへ上って行かれた。そして、神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちを御覧になった。 イエスは縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒し、鳩を売る者たちに言われた。「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」 弟子たちは、「あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす」と書いてあるのを思い出した。ユダヤ人たちはイエスに、「あなたは、こんなことをするからには、どんなしるしをわたしたちに見せるつもりか」と言った。イエスは答えて言われた。「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」 それでユダヤ人たちは、「この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか」と言った。 イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである。 イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこう言われたのを思い出し、聖書とイエスの語られた言葉とを信じた。
今日のラテラノ教会の献堂の記念のために選ばれた福音書の箇所ですが、ヨハネによる福音書2章の、イエスが神殿を清めた話は、教会とは何かという、教会のあるべき姿を美しく描いていると思います。いや、これを読むと、ちょっとびっくりさせられますね。
普段は優しいイエス、貧しいやまめをいたわり、子どもを抱いて祝福し、罪びとを新しい生き方に導き、最後の晩餐では弟子たちの足を洗うまでの、その優しいイエスの姿はここでは全然ありません。逆に、神殿で商売をしている人たちに対して、台を倒したり、鞭で動物たちを追い出したり、暴力的で乱暴なまでの振る舞いをしています。これは歴史的には、イエスを最後の十字架まで追いやったユダヤ人たちの憎しみ、特に神殿の境内の商売からたくさんの利益を得ていた祭司たちの反感を買いました。そして、これがイエスへの断罪の直接的な原因になっただろうと推測されています。イエスを死に追いやるまでのユダヤ人たちの憎しみを買うことになります。
でも、そこにまた神殿を思う主イエスの情熱というものが感じられます。ヨハネ福音書のこの箇所は、3つのシンボルが背景にあると思いますね。まずはイエス自身の体としての神殿、それは、イエスは神が宿るいわば神殿であるということ、それから第二はキリストの体としての教会です。ヨハネ福音書は1世紀の末に書かれましたが、すでにパウロの手紙をはじめ、教会こそキリストの体だという信仰は広まっていました。そして、そのキリストの体である教会こそ新しい神殿だということです。つまり、ユダヤ人たちが誇りにしていたイスラエルの民の神殿は、まずはソロモンが建てた第一神殿、そして捕囚から帰った民が再建した第二神殿。これはヘロデ大王が大きく補修して46年かかったと言われていますけれども、世界のユダヤ人たちが誇りに思って、一生に一度は見たいと思って巡礼に来ていた神殿ですね。これに代わるのが教会である、というシンボル。この3つのシンボルが、この箇所に集められています。
先ほど申しましたように、教会とは何か、という教会のあるべき姿がここに描かれていると思います。イエスが自分の体として大切にする教会。その体を主イエス御自身が清められるということです。教会の2000年の歴史を見ますと、たくさんスキャンダルがあり、現在の教会でも例外ではありません。多くの人が教会を離れてしまう原因は、教会の中のいろんなスキャンダルでした。亡くなったフランシスコ教皇が一番心痛められたのが、聖職者による少年たちへの性的濫用でした。でも、これは他人事ではありません。ラテライン教会の献堂を祝うときに、やはり私たち自身も教会のあるべき姿に向かって歩んでいるかが、問われます。私たちの小教区、この教会の在り方も考えるべきでしょう。教会の中にあるあまりにも人間的なもの、ねたみや争い、党派心など、そういったものがないでしょうか。これはやっぱり主イエスに清めていただかなければならないでしょう。絶えず清められるべき教会、罪びとなる教会」、これ第二バチカン公会議が教会憲章でうたった言葉です。
教会は罪人の教会なのです。互いに弱さと罪の穢れを負った人間の集まりです。けれども主イエスによって集められ、主イエスの死と復活によって清められ、神にささげられた共同体です。
私たちは罪深い者でありながら、世の人々に神の愛を告げるように派遣されています。お互いの弱さ、いたらなさに思いやりを持つこと、広島教区のモットーである「優しさのある教会」へと日々成長できるように、その恵みを特別に今日のミサの中でお祈りしたいと思います。アーメン
2025年11月2日
死者の日
(長府教会 百瀬文晃神父)
ヨハネ6・37-40
父がわたしにお与えになる人は皆、わたしのところに来る。わたしのもとに来る人を、わたしは決して追い出さない。 わたしが天から降って来たのは、自分の意志を行うためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである。 わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。 わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである。」
死者の日の典礼では、とても素晴らしい三つの朗読が準備されています。
それぞれお家で、一度見直してみてください。私たちの人生にとってたくさんの示唆を与えていると思います。ここでは、私はヨハネによる福音に絞ってお話しさせていただきますが、そもそも私たち皆、自分一人で生きているのではなくて、たくさんの人とともに生きているですね。そして、今ある「私」という存在は、両親が生んで育ててくれたから、家族がおり、友人がおり、私を導いてくださった多くの恩人たちがいるからです。その人たちがいなかったら、今のこの「私」という人間は存在しなかったでしょう。そのことを思いおこし、今日、亡くなった自分の両親や家族、そして自分を特別に愛し導いてくださった恩人たち、親しい友人たちを思い起こして、その人たちを通して働かれた神様に感謝を捧げたいと思います。
今日の福音の箇所で、主キリストが「わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人にも失わないで、終わりの日に復活させること」と語っておられます。
「復活させる」という言葉が繰り返し言われていますけれども、「復活させる」とはどう意味でしょうか。それは、まず第一に私たちが生涯をおかした罪の赦しと自分の中にある傷の癒しです。そして、第2に、私たちが新しい体をいただくということです。復活の体がどんなものであるか、私たちには想像できませんけれども、パウロが「霊の体」と言っている、新しい体です。そして第3に、永遠のいのちをいただいて、私たちがすべての聖人たちとともに、神の家族としての交わりをもつ、ということです。
「聖人たち」と言いましたけど、昨日「諸聖人の祝日」を祝いました。そこで見たように、それは決して列聖された聖人たちだけではなくて、全ての人、今は天国にいるすべての人たちのことです。「聖とされた者」、つまり聖書の中で「聖とされた者」とは、「神に捧げらた者」という意味です。
それぞれの生涯を終えて神に捧げられた者、私たちの親族、恩人、友人たちとの交わりを、私たちが今も持っているということ、それが使徒信条にも言われる「聖徒の交わり」ということです。主キリストに結ばれている者は皆、この地上に生きている者も、天国で神のみもとにいる者も、互いに神の恵みを共有していること、互いに支えあい、助けあうこと、それがキリスト教の信仰です。
今日、死者の日にあたって、亡くなった人たちのために永遠の安息を祈ると同時に、この人たちが神のもとで祈りをもって私たちの地上での歩みを支えてくださるようお祈りしましょう。
アーメン。
2025年10月26日
年間第30主日C説教
(長府教会 百瀬文晃神父)
Lk18-9-14
自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下している人々に対しても、イエスは次のたとえを話された。 「二人の人が祈るために神殿に上った。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人だった。 ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように祈った。『神様、わたしはほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のような者でもないことを感謝します。 わたしは週に二度断食し、全収入の十分の一を献げています。』 ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人のわたしを憐れんでください。』 言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」
今日のミサの福音は、イエスが語った例えで、二人の人が祈るために神殿にきたという話です。例えですから、実際に起こったできごとではありません。このイエスの例えでは、ファリザイ派の人と徴税人とがそれぞれ祈りました。ファリザイ派というのは、当時のユダヤ社会のエリート集団ですね。ユダヤの律法を厳しく守り、聖書をよく勉強し、品行方正な生活をしていましたから、人からも尊敬されていました。一方、徴税人というのは、ローマ帝国の支配下のユダヤ社会で、ローマ軍によって雇われ、同胞のユダヤ人たちから税金を集めて、それをローマ軍に納めていました。その悪どい徴収の仕方で、貧しい人からも容赦なく税金をしぼりとって、しかも多めに取って、ローマ軍に一定の額を治めた後は、その利ザヤを自分たちの懐に入れていました。それで、ユダヤの民衆からは売国奴として嫌われ、罪びとの骨頂として軽蔑されてもいました。
この二人が神殿でそれぞれ祈った、というわけですね。ファリザイ派の人は、自分が正しい人間であると自負していて、断食もするし、収入の十分の一を神様に捧げているし、それを誇りに、徴税人を軽蔑しています。ところが徴税人の方は、遠くに立って、ただ胸を打ちながら祈りました。「神様、罪びとの私を憐れんでください。」この対照的な二人ですが、イエスはこれを例えにして、神様の御心にかなったのはファリザイ派の人ではなく、徴税人の方だったと言いました。
私たちはとかく人を評価するとき、その人の社会的な地位とか、能力とか、仕事ぶりとかをもってしますけれども、神様はそうではありません。神様は、その人が何をしているかということよりも、どのような心でしているかをご覧になるのだ、とイエスは教えました。神様により一層喜ばれたのは、あのファリザイ派の人ではなくて、徴税人の方だったというわけですね。この福音の最後は、「だれでも高ぶるものは低くされ、へりくだるものは高められる」という言葉で終わっています
この例えが現代の私たちに語っているは何でしょうか。どういうメッセージがそこに説かれているでしょうか。私なりにこの例えを私たちの日常生活に応用して考えてみましょう。
例えば私たち一人一人、日によってよい日と悪い日がありますね。ある日は、朝起きたときから、気分がよくて、神様の前でよくお祈りができ、人との交わりでも上手に振る舞うことができて、人に愛される。仕事もテキパキとこなすことができて、成果を上げて人に褒められるとかですね。そして夜休むときに一日を振り返って、「今日はよい日だった、神様ありがとうございます」と言って休むとしましょう。しかしある日にはそうでなくて、朝起きたときから頭がぼんやりと重く、祈ろうと思っても心が燃えないとか、人との交わりではつまらないことで行き違いがあったり、わだかまりがあったり、つい小言を言ってしまったりします。仕事をしてもドジばかりで、自分に腹を立てる、というわけで、夜休むときには、「今日はよくなかったな。こういう失敗してしまったな」と思う。でも、自分の弱さを認めて、「神様、どうぞこのみじめな私を憐れんでください」と祈る。さあ、どちらの日がより一層、神様の御心にかなったでしょうか。私たち人間は、常識的にはバリバリ仕事ができて、人ともよい交わりができて、そういうすばらしい日を感謝するでしょう。でも、そういう時には自分自身というものがはっきりわかっているでしょうか。自分がどれほど弱い人間であり、神様のお恵みなしには、何もできないことを忘れていないでしょうか。むしろ失敗を通して気づかされるのは、ドジばかりして、人との交わりもうまくいかない、神様を賛美することもできないという、そういうみじめな自分です。
そのような弱い、みすぼらしい自分を体験するときにこそ、自分のはかない存在にもかかわらず神様が愛してくださっていること、そして私の救いのために御子をさえ捧げてくださったこと、このはかない存在のためにイエスがご自分の命を捧げてくださったこと、これを思い起こします。これがありのままの、自分の謙虚な姿でしょう。神様はそのような謙虚さというものをより一層喜んでくださるのではないでしょうか。へりくだるということは、見せかけの謙遜ではなく、自分自身のありのままを知るということではないでしょうか。まさに弱く、ドジばかりして、みじめな自分というものを知り、それにもかかわらず神様が大切にしてくださるということを思い起こして、その愛にお応えしようとすることが大切ではないでしょうか。今日の福音から、そのことに気づかされます。
2025年第29主日(C)
(長府教会 百瀬文晃神父)
ルカによる福音18・1―8
イエスは、気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために、弟子たちにたとえを話された。 「ある町に、神を畏れず人を人とも思わない裁判官がいた。ところが、その町に一人のやもめがいて、裁判官のところに来ては、『相手を裁いて、わたしを守ってください』と言っていた。 裁判官は、しばらくの間は取り合おうとしなかった。しかし、その後に考えた。『自分は神など畏れないし、人を人とも思わない。 しかし、あのやもめは、うるさくてかなわないから、彼女のために裁判をしてやろう。さもないと、ひっきりなしにやって来て、わたしをさんざんな目に遭わすにちがいない。』」 それから、主は言われた。「この不正な裁判官の言いぐさを聞きなさい。まして神は、昼も夜も叫び求めている選ばれた人たちのために裁きを行わずに、彼らをいつまでもほうっておかれることがあろうか。言っておくが、神は速やかに裁いてくださる。しかし、人の子が来るとき、果たして地上に信仰を見いだすだろうか。」
今日の福音では、イエスの例え話が伝えられています。ある街に不正な裁判官がいました。裁判官というのは、イエスの時代、王様に任命されて、民間の間で起こるいざこざを裁いた人です。例えば、借りたお金を返却しないとか、商売で取り組めした約束を守らないとか、これを裁く役目の人でした。しかししばしばその当時、ワイロをもらって、かなり都合のいいように裁いたようです。ですから、金持ちは得したけれども、貧しい人は損した、というようなケースが多かったのです。イエスが使ったこの例えで出てくる裁判官は神様への信仰もなし、人を人とも思わない、という悪い人ですね。
この裁判官のところにやってくるのが、一人の貧しいやもめです。やもめというのは、旧約聖書では最も貧しい者の代表です。夫が病気とか、あるいは戦争などで亡くなってしまって一人ぼっちになる、あるいは子どもがいるときには、一人で働いて何とか子どもを育てなければなりませんでした。とくに当時のユダヤ社会は、「家父長制度」と言って、すべて男性が中心の社会でしたから、夫をなくした女性はとても不利な立場に置かれました。欲の深い隣りの人が地面の争いでこの女性をいじめたり、あるいは亡くなった夫が残した借金を返せとか、返せなかったら家を取るとか、いろんな意地悪をしたわけです。
このやもめも近所の人から意地悪をされて、裁判官のところに行って訴えようとしたけれども、いつも人がいっぱいで、しかもお金がなかったから、わいろを使うわけにもいかない。仕方ないから、玄関の前で大声で叫びました。「私のために裁判をして、意地悪な人から守ってください。」その声は、中で仕事をしている裁判官にも聞こえました。この日も、次の日も、またその次の日も、ひっきりなしにやってきて、叫びました。
そこで裁判官は心の中で考えたのですね。自分は神様のことなんか信じてないし、人を別に尊重もしないけど、あのやもめはうるさくてかなわないから、彼女のために簡単に裁判をしてやろう、と。これがイエスの語られた例えです。
主イエスは続いて次のように言われました。「この不正な裁判官の言いぐさを聞きなさい。何度もきてうるさいから、彼女のために裁判をしようと言うのです。それなら、まして神様は、昼も夜も叫び求めている人たちのために裁きを行わずに放っておくことがあるでしょうか。きっと神様は速やかに裁いてくださに違いありません。そのようにイエスは教え、困ったときも、苦しいときも、どんなときも、気を落とさずに絶えず祈らなければならない、と教えられました。
現代の私たちも、いろんなことで悩んだり、苦しんだりするときがあります。また、私たちの周りにも、病気の人や、体の不自由な人たちがいます。私たちは自分や自分の家族のため、そして困っている友人たちや隣人たちのためにお祈りしなければならない。祈りは、何よりも力を持つものだからです。
でも、祈っても祈っても聞ききれられない、と思うこともありますね。私は広島教区のカテキスタ養成研修というのに携わっていますが、今年の受講生に夏休みの宿題を出しました。ある人から手紙をもらって、「神様はどうして私の祈りを聞いてくれないんでしょうか」と聞かれたら、どのように答えますか。これが宿題です。皆さんだったらどう答えますか。
今日の福音では主イエスご自身が教えておられます。気を落とさずに絶えず祈らなければならない。神様はきっと聞いてくださるから、と。もちろん間違ったお願いとか。神様から見たらもっと違う解決があるというときには、自分の祈りが聞いていただけないかのように感じられるかもしれません。でも決してがっかりしないで、信仰をもって、神様が必ずいちばんよい裁きを行ってくださる、ということを信じて祈る、ということが大切ですね。
かつて聖イグナチオ教会の主任司祭だったヘルマン・ホイヴェルス神父さまは、晩年に書かれた著作「人生の秋に」という本の中で、次のように書かれています。「神様は最後に一番良い仕事を残してくださいます。それは祈りです。自分の手はもう何にもできないけれども、最後まで手を合わせること、合掌することはできます。愛するすべての人の上に、神様の恵みを求めるために。
若い時のようにバリバリ仕事はできない、することは遅いし、むしろ人の厄介になってしまう。こういうときにも、お祈りすることはできる。祈りは、神様がそれを聞いてくださるときに、自分で力があって仕事をするとき以上に、もっと世の中のため、また人々のために大きな力を持つだろう。なぜなら、神様が働かれるからです。
長府教会の私たちもだんだん高齢になって、いろいろ自分の健康のことで心配したり、将来のことで不安になったりする人も少なくないでしょう。でも忘れてはならないのは、たとえ自分が弱くなって力が足りなくなっても、祈ることはできる、ということ。そしてその祈りこそが力を持つのだ、ということ。自分の子どもたちのために、孫たちのために、友人たちのために、とくに悩みをかかえたり苦しんでいる人たちのために、神様の導きとお力添えを祈らなければならない。これは私たちの今できる大切な務めです。これを忘れないようにしたいと思います。アーメン。