Speakers

2018年12月25日(火)

13:00 Session I 生物の温度センシング

1. 線虫C. elegansの低温耐性における温度センシング機構

高垣菜式,太田茜,久原篤

甲南大学統合ニューロバイオロジー研究所、PRIME, AMED

環境温度への生物の適応や馴化は、生命の維持と繁栄に必須である。我々は、線虫C. elegansを使い、「温度受容」と「温度記憶」の分子神経システムの解明を目指している。本講演では、新しい現象である低温耐性・馴化の解析から見つかってきた温度応答システムを紹介する。最近の解析から、頭部の光受容ニューロン (ASJ)と嗅覚ニューロン(ADL)が、それぞれ3量体Gタンパク質とTRPチャネルを介して温度を受容し、低温耐性を制御することが見つかった(下図)(文献1, 3)。さらに、ASJのシナプスからインスリンを分泌することで腸や神経系のインスリン受容体に働きかけ、FOXO型転写因子による遺伝子発現を介した不飽和脂肪酸量の調整によって低温耐性が制御されていた(1)。さらに、腸のインスリン経路の下流で、精子が低温耐性に関与し、「精子」が「頭部の温度受容ニューロン(ASJとADL)」の活性を「フィードバック制御」することで、低温耐性を調節していることが示唆された(文献2)(Okahata et al., in press)。本公演では、低温耐性の分子遺伝学的解析から見つかってきた最新の知見を紹介する。

(1) Ohta, A., Ujisawa, T., Sonoda, S., Kuhara, A. (2014)

Light and pheromone-sensing neuron regulates cold habituation thorough insulin signaling in C. elegans

Nature commun., vol. 5 (4412), 1-12

(2) Sonoda, S., Ohta, A., Maruo, A., Ujisawa, T., Kuhara, A. (2016)

Sperm affects head sensory neuron in temperature tolerance of Caenorhabditis elegans

Cell Reports., vol. 16 (1), 56–65

(3) Ujisawa T., Ohta A., Ii T., Minakuchi Y., Toyoda A., Ii M., Kuhara A. (2018)

Endoribonuclease ENDU-2 regulates multiple traits including cold tolerance via cell autonomous and nonautonomous controls in C. elegans

PNAS, vol. 115 (35), 8823-8828, 2018

図: C. elegans の低温耐性を制御する組織ネットワーク

2. 植物の温度感知:光受容体フォトトロピンは温度センサーである

児玉豊

宇都宮大学 バイオサイエンス教育研究センター

植物は、常に、光や温度などの環境の変化に晒されるため、これに応答して様々な現象を起こす。たとえば、細胞の中では、光合成を担うオルガネラである葉緑体が配置を変えることが知られている。葉緑体は、強い光に晒されると、光ダメージを避けるために光から逃避し、細胞側面に定位する(逃避反応:図A)。一方で、葉緑体は、弱い光に晒されると、光合成を最大化するために光に集合し、細胞表面に定位する(集合反応:図B)。また、葉緑体の細胞内配置は、温度の影響も受ける。弱い光に晒されて集合反応を起こした葉緑体は、細胞が低温に晒されると、弱い光から逃避し、細胞側面に定位する(寒冷逃避反応:図C)。

これまで演者は、ゼニゴケやホウライシダ、シロイヌナズナを用いて、寒冷逃避反応の生理応答や分子メカニズムに関する研究を行ってきた(Kodama et al., 2008; Ogasawara et al., 2013; Fujii et al., 2017など)。最近では、青色光受容体フォトトロピンが温度センサー分子として寒冷逃避反応を制御することを明らかにした (Fujii et al., 2017)。本発表では、フォトトロピンの温度感知の分子メカニズムに関して紹介し、様々な生物における光受容体による温度感知の可能性についても議論したい。

  1. Kodama Y, Tsuboi H, Kagawa T, Wada M. (2008) Low temperature-induced chloroplast relocation mediated by a blue light receptor, phototropin 2, in fern gametophytes. J. Plant Res. 121: 441-448.
  2. Ogasawara Y, Ishizaki K, Kohchi T, Kodama Y. (2013) Cold-induced organelle relocation in the liverwort Marchantia polymorpha L. Plant Cell Environ. 36: 1520-1528.
  3. Fujii Y, Tanaka H, Konno N, Ogasawara Y, Hamashima N, Tamura S, Hasegawa S, Hayasaki Y, Okajima K, Kodama Y. (2017) Phototropin perceives temperature based on the lifetime of its photoactivated state. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 114: 9206–9211.

3. ゲノムワイド関連解析からはじめる高温侵害覚の生理学

碓井理夫1,西村理沙1,馬場俊平1,Kai LI1,小野寺孝興1,村上 晃2,上村 匡1

1京都大学 大学院生命科学研究科,2京都大学 大学院情報学研究科

動物は、環境からの多様な刺激に応答し、適切な行動を選択することで生き延びている。ショウジョウバエ幼虫も、高温や紫外線あるいは寄生蜂による産卵攻撃など組織にダメージを与えるような侵害刺激にさらされると、全身を側方に回転させる特徴的な侵害逃避行動をしめす(Terada et al., 2016; Onodera et al., 2017)。われわれは、野生型系統ごとにこの逃避行動の強度が大幅に異なることに着目し、その責任遺伝子を同定することを通してこの生得行動をより深く理解することを目指している。これまでに、全ゲノム配列が既知の野生型コレクションであるDrosophila Genetic Reference Panelの代表38系統について高温刺激下の逃避行動パターンを定量化し、この情報を元にしたゲノムワイド関連解析から19個の責任SNP候補を選出した。RNA干渉法による機能阻害2次スクリーニングから、責任SNPの一つをそのイントロン内に含むbelly rollbero)遺伝子が侵害逃避行動を負に制御していることがわかってきた(Nishimura et al., unpublished)。Bero遺伝子はGPIアンカー型の膜繋留型タンパク質Beroをコードしており、中枢神経では一部の介在ニューロンでのみ発現している。現在、Beroタンパク質による神経生理活動の調節機構を明らかにする試みを進めているので、併せて議論させていただきたい。

    1. Terada S-I, Matsubara D, Onodera K, Matsuzaki M, Uemura T, Usui T. (2016) Neuronal processing of noxious thermal stimuli mediated by dendritic Ca2+ influx in Drosophila somatosensory neurons. eLife 2016 Feb 15, 5: 1–26.
    2. Onodera K, Baba S, Murakami A, Uemura T, Usui T. (2017) Small conductance Ca2+-activated K+ channels induce the firing pause periods during the activation of Drosophila nociceptive neurons. eLife 2017 Oct 16, 6: 1–17.

14:45 Session II 生物の温度応答

1. 昼寝の体温を制御する脳内中枢時計の分子機構

土居雅夫

京都大学大学院薬学研究科医薬創成情報科学講座

2. 環境温度変化に応答した脂肪組織におけるミトコンドリア分解

山下俊一,神吉智丈

新潟大学 大学院医歯学総合研究科

白色脂肪組織中の褐色脂肪“様”細胞(以下、ベージュ細胞)にはミトコンドリアが多く存在し、熱産生器官として体温調節に貢献している。ベージュ細胞は、低温刺激により白色脂肪細胞から分化転換することで発生し、温暖環境へ順応する過程で白色脂肪細胞へ退行する。こうした白色脂肪組織で起こるベージュ細胞の増減は、重要な環境温度への順応機構であるが、この過程で必ずダイナミックなミトコンドリア量の増減を伴っている。ミトコンドリアオートファジー(マイトファジー)は、細胞内で唯一のミトコンドリア分解機構である。このため、ベージュ細胞から白色脂肪細胞へ退行する過程においてはマイトファジーが重要な役割を持つと考えられるが、実際にこれらの過程でマイトファジーを観察した報告は少なく、また、どのような機序でマイトファジーが制御されているかも明らかでない。

我々は、マウスの臓器でマイトファジーを定量的に観察するために、マイトファジー観察用マウスを樹立し、環境温度変化に応答したマイトファジーを鼠径部白色脂肪組織で観察した。その結果、マウスを低温飼育するとマイトファジーが抑制されベージュ細胞化すること、逆に、温暖環境に戻すとマイトファジーが強く誘導され白色脂肪細胞に戻ることを明らかにした。さらに、マイトファジー誘導制御機構を解明するために、マウス鼠径部白色脂肪組織から単離した白色脂肪細胞前駆細胞に脂肪細胞への分化誘導因子とrosiglitazone(PPARγ アゴニスト)を投与しベージュ細胞に分化させる初代培養細胞系を用いてマイトファジーを観察した。本発表では、こうしたマウス個体や初代培養細胞を用いたマイトファジー実験により明らかになった環境温度変化に応答したマイトファジー制御について議論したい。


3. 温泉ガエルの発見:リュウキュウカジカガエルの高温耐性メカニズムの解明に向けて

井川 武,荻野 肇

広島大学 両生類研究センター

地球上の生物はそれぞれの生息環境に適応することで生存しており、特に、温度への適応はすべての生物にとって避けられない要素である。ヒトをはじめとする恒温動物は体温を維持することでこれを克服しているが、元をたどれば、どのようにして37℃という高温環境に適応したのだろうか。われわれはそのような疑問にたいする突破口として、琉球列島に生息する両生類であるリュウキュウカジカガエルに着目している。琉球列島に産する両生類はほとんどの種は一部の島に限定的に分布する島嶼固有種だが、リュウキュウカジカガエルはほぼすべての島に分布する。また、琉球列島の北端にあたるトカラ列島に分布する唯一の両生類である。そこで本種の例外的な分布の要因を探るため、本種の遺伝的解析と環境耐性について調べた。まず、集団遺伝学的解析を行ったところ、トカラ列島の島々に南から島伝いに比較的最近分布を拡大していることが明らかになった。さらに移住のたびにボトルネック効果によって遺伝的多様性が減少していることから、トカラ列島へは漂流分散によって到達したことが考えられた (Komaki et al., 2017)。また、オタマジャクシの高温耐性を調べたところ、40℃以上の高温耐性を持つことが明らかになり(Komaki et al., 2016a)、分布の北端であるトカラ列島の口之島では、46℃を越える熱水に幼生が生息していることが明らかになった(Komaki et al., 2016b)。本発表ではこれまでの研究の経緯と最新の知見、今後の研究計画について議論したい。

    1. Komaki S, Lin S-M, Nozawa M, Oumi S, Sumida M, Igawa T. (2017) Fine-scale demographic processes resulting from multiple overseas colonization events of the Japanese stream tree frog, Buergeria japonica. Journal of Biogeography 44 : 1586–1597.
    2. Komaki S, Lau Q, Igawa T. (2016a) Living in a Japanese onsen: field observations and physiological measurements of hot spring amphibian tadpoles, Buergeria japonica. Amphibia-Reptilia 37: 311–314.
    3. Komaki S, Igawa T, Lin S-M, Sumida M. (2016b) Salinity and thermal tolerance of Japanese stream tree frog (Buergeria japonica) tadpoles from island populations. Herpetological Journal 26: 207–211.

4. 核-細胞質間輸送の温度依存性

小川 泰,今本 尚子

国立研究開発法人 理化学研究所 開拓研究本部 今本細胞核機能研究室

適切な細胞増殖は、狭い温度範囲に限定されているが、環境温度がその領域から外れると、細胞は熱ストレスに対抗するために様々な応答をする。しかし、それらの細胞内ストレス応答の温度閾値は、核-細胞質間輸送機構を含めて、多くのものがよく分かっていない。我々は、新しく構築した精密な温度シフトアッセイを用いて、温度上昇に対し個々の核-細胞質間輸送経路が異なる感受性を持つことを見出した。

通常の環境下での細胞は、低分子量G蛋白質RanのGTP/GDPサイクルによって制御されるRan依存的輸送経路により、絶えず核と細胞質間で物質のやり取りを行っている。環境温度が上昇すると、まず分子シャペロンであるHSP70群が、特異的輸送因子Hikeshiによって核移行を開始する。続いてRan依存的輸送の主要な経路の1つであるimportin α/β依存的核内輸送が停止し、それ以外のRan依存的輸送経路はより高い温度まで維持された。加えて、importin α/β依存的核内輸送の低い温度での停止は、importin α1の熱感受性が非常に高いことにより引き起こされることが分かった。さらに、7種類あるヒトimportin αファミリーの中では、熱感受性に大きな違いがあることがわかってきた。このことから、importin αファミリーの熱感受性が輸送バランスを調整し、熱ストレスの程度に応じてRan依存的輸送系の多段階停止を可能にしていることが考えられる。今後、この輸送の調節機構が、細胞にどのような影響を与えているかを明らかにしていきたい。

    1. Ogawa Y, Imamoto N. (2018) Nuclear transport adapts to varying heat stress in a multistep mechanism. J Cell Biol. 217: 2341-2352.

17:00 Session III 生物の温度応答の進化

1. 環境変化に対する温度耐性・感受性の進化

河田雅圭

東北大学 大学院生命科学研究科

生物は、熱帯や温帯といった温度の異なる気候帯から、同じ気候帯の中でも、森林内、水辺や草原といった、様々な温度環境に生息している。さらに、温暖化など地球規模の気候変動によって、生息する温度の上昇にさらされている。生物は、このような多様な温度環境に対して、どのような温度耐性や感受性を進化させることで、適応しているのか。また、生息地環境の変化や温暖化による気温の上昇といった温度変化に、進化的反応によって適応的な対応が可能なのか。これらの問題は、生理学および分子生物学における温度反応の機構解明に関わるだけでなく、生態学および進化学にも重要な課題であり、さらには、生物多様性を保全する上でも重要である。今回の発表では、アノールトカゲを題材に、異なる温度環境に生息するために必要な温度耐性機構は何か。また、気温や生息地の温度変化に対応して、トカゲは適応進化することが可能なのか、といった点について考察したい。

    1. Akashi H, Saito S, Cádiz A, Makino T, Tominaga M, Kawata M. (2018) Comparisons of behavioral and TRPA1 heat sensitivities in three sympatric Cuban Anolis lizards. Molecular Ecology 27: c2234–2242.
    2. Akashi H, Cadiz DA, Shigenobu S, Makino T, Kawata M. (2016) Differentially expressed genes associated with adaptation to different thermal environments in three sympatric Cuban Anolis lizards. Molecular Ecology 25: 2273-2285.
    3. Cádiz Díaz A, Nagata N, Katabuchi M, Díaz LM, Echenique-Díaz LM, Akashi HD, Makino T, Kawata M. (2013) Relative importance of habitat use, range expansion, and speciation in local species diversity of Anolis lizards in Cuba. Ecosphere 4: art78.

2. サンゴ共生藻と刺胞動物のモデル系を用いた温暖化時代の共生生物学

丸山 真一朗

東北大学 大学院生命科学研究科

海の生物多様性の宝庫とも言えるサンゴ礁は、造礁サンゴなどの刺胞動物と、褐虫藻と呼ばれる単細胞藻類の細胞内共生によって成り立っており、貧栄養の熱帯海域における一次生産の多くを担う重要な共生生態系を構築している。近年、地球温暖化などの環境変動によってサンゴと褐虫藻の共生が崩壊し、サンゴ礁が死滅する「白化現象」が世界的な問題になっているが、安定な共生が維持される仕組みについては未解明な点が多い。この問題に遺伝子レベル、分子レベルからアプローチするため、我々はモデル刺胞動物であるセイタカイソギンチャクと褐虫藻を用い、実験室内で共生成立と崩壊を人為的に誘導し解析する系や、遺伝的に解析するためのツールを開発してきた(Ishii et al., 2018)。

本研究では、温度上昇による白化の要因を探る目的で、セイタカイソギンチャクの共生状態と温度条件を変化させた際の遺伝子発現パターンの変動を網羅的に調べ、温度上昇により顕著な発現変動を受ける「白化関連」遺伝子群を同定した。これら白化関連遺伝子について機能分類解析を行ったところ、リソソームおよび糖代謝に関する機能と関連性が高いことが示された(Ishii et al., under review)。共生状態では褐虫藻がリソソームとよく似た「共生胞(シンビオソーム)」と呼ばれる細胞小器官に存在することや、褐虫藻が光合成産物として宿主に受け渡す糖分子が宿主との共生に関わる可能性が指摘されてきたことから、リソソームおよび糖が高温ストレス下での共生崩壊に重要な役割を果たすと考えられる。

こうした個々の細胞機能の環境応答という微視的な変化と、共生の崩壊という巨視的な生態系変動とがどのように結びつきうるのかに関する仮説と共に議論したい。

  1. Ishii Y, Maruyama S, Fujimura-Kamada K, Kutsuna N, Takahashi S, Kawata M, Minagawa J. (2018) Isolation of uracil auxotroph mutants of coral symbiont alga for symbiosis studies. Sci Rep. 8: 3237.

3. 線虫C. elegansとその姉妹種C. inopinataは適応温度研究のモデル系となる得るか?

大村駿1,津山研二1,星優希1,河田雅圭1,牧野能士1,菊地泰生2,神崎菜摘3, 杉本亜砂子1

1. 東北大学 大学院生命科学研究科,2. 宮崎大学 医学部, 3. 森林総合研究所

線虫Caenorhabditis elegansは培養の容易さ、世代時間の短さ、再現性の極めて高い発生過程などの特徴により、生命科学のさまざまな分野でモデル生物として使用されてきた。最近、沖縄県石垣島のイチジクの一種からC. elegansの姉妹種が発見され、進化生物学研究の新たなモデル生物として注目を集めている。この新種の線虫C. inopinataは、C. elegansとゲノム配列が最も近いにもかかわらず、興味深い相違点を多数持っている。まず、体長がC. elegansの約2倍もあり、C. elegansはヨーロッパ・ハワイ・東アジア等の多様な環境に生育するジェネラリストであるのに対しC. inopinataは特定のイチジク種の花嚢で生育するスペシャリストである。さらに、生育可能温度はC. elegansが15〜25℃であるのに対して、25〜30℃と至適温度が約7℃も異なっている。ゲノム比較解析から、C. elegansでは約1400存在する7回膜貫通型レセプター遺伝子(GPCR)がC. inopinata においては約400しかないことが明らかになり、イチジク花嚢という限定された環境での生育がGPCRファミリーの縮小と関連している可能性が推測された。われわれはC. inopinataにおける遺伝子操作技術の開発も進め、RNAiやトランスジェネス技術をすでに確立している。生物の温度適応機構解明を含め、進化生物学研究におけるC. inopinataのモデル系としての魅力と展望について議論したい。

Kanzaki N, Tsai IJ, Tanaka R, Hunt VL, Liu D, Tsuyama K, Maeda Y, Namai S, Kumagai R, Tracey A, Holroyd N, Doyle SR, Woodruff GC, Murase K, Kitazume H, Chai C, Akagi A, Panda O, Ke HM, Schroeder FC, Wang J, Berriman M, Sternberg PW, Sugimoto A, Kikuchi T.

Biology and genome of a newly discovered sibling species of Caenorhabditis elegans.

Nat Commun. 2018 Aug 10;9(1):3216.

2018年12月26日(水)

9:00 Session IV ΔTと熱物性・熱伝導

1. 細胞熱物性と細胞機能について

石渡信一

早稲田大学 理工学術院 物理学科

昨年の第二回バイオサーモロジーワークショップで「さまざまな細胞機能と熱物性」というタイトルで講演した。以来1年未満で、目覚しい成果が上がっているわけではない。そこで、昨年の講演内容を土台にし、最近の成果を含めて、我々のグループの成果を中心に、「細胞熱物性と細胞機能について」に関して私が考えることを述べる。

“細胞熱力学”の研究は大別して2つに分けられる。1)細胞内温度分布の計測、それも、定常状態にある細胞内部に存在している温度分布の計測や、何らかの化学的刺激に対する細胞の熱発生・熱吸収の計測など、そして2)(局所的な)熱パルス刺激に対する細胞の応答性(細胞機能の変調)の研究である。昨年の講演では、「細胞内のあちこちで、ナノ領域的に温度の変化があり、そのダイナミクスが細胞機能を維持する上で重要ではないか」という期待について、とくに1)の課題に着目したが、ミクロ領域の温度計測自体に問題があるという指摘があり、その現状を考察した。今回は、その点にも触れたいが、2)についての我々のグループの研究成果の方を強調したい([1]-[7])。「細胞熱力学」の研究は発展途上にあり、多くの本質的な解決を要する課題が存在する。なお、大山廣太郎氏の講演内容と重複するところがあるかもしれないこと、さらに、このアブスト作成時からワークショップまでまだ2ヶ月以上あるので、考えが変わり、当日は幾らか違う話になるかもしれないことをお断りしておく。

Keywords: 細胞温度、熱パルス、熱励起、ミクロ温度計

    1. Kato H, Nishizaka T, Iga T, Kinosita K Jr., Ishiwata S. (1999) Imaging of thermal activation of actomyosin motors. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 96: 9602-9606.
    2. Kawaguchi K, Ishiwata S. (2000) Temperature dependence of force, velocity and processivity of single kinesin molecules. B. B. R. C. 272: 895-899.
    3. Nara I, Ishiwata S. (2006) Processivity of kinesin motility is enhanced on increasing temperature. Biophysics 2: 13-21.
    4. Shintani SA, Oyama K, Fukuda N, Ishiwata S. (2015) High-frequency sarcomeric auto-oscillations induced by heating in living neonatal cardiomyocytes of the rat. B. B. R. C. 457: 165-170.
    5. Oyama K. et al. 2012) Triggering of high-speed neurite outgrowth using an optical microheater. Sci. Rep. 5: 16611.
    6. Oyama, K. et al. (2012) Microscopic heat pulses induce contraction of cardiomyocytes without calcium transients. B. B. R. C. 417: 607-612.
    7. Ishii, S. et al. (2018) Microscopic heat pulses induce activation of cardiac thin filaments in the in vitro motility assay. Submitted. 他多数

2. 超安定な理想タンパク質の合理設計と天然タンパク質の累積的耐熱化

古賀信康

自然科学研究機構(NINS) 生命創成探究センター(ExCELLS)、総合研究大学院大学(SOKENDAI)

これまでに我々は、整合する局所および非局所構造に関する主鎖構造のルールを発見し、これらを用いることで局所および非局所相互作用が整合した様々な理想タンパク質構造の合理デザインに原子レベルの精度で成功してきた。興味深いことに、これらデザインした殆どのタンパク質の変性温度は100℃以上であり、自然界で通常見られるタンパク質の変性温度を大きく上回っていた。そこで、これらデザインタンパク質がなぜ高い熱安定性を持つのかを明らかにするため、デザインタンパク質のひとつであるRossmann2x2型フォールドのデザインについて(変性温度:129.6℃)、構造内部の疎水性アミノ酸を大きいサイズのものから小さいものに1残基変異(I,L,FからVに変異)させたときの熱安定性の変化を調べた。その結果、ほぼ全ての変異において1〜8℃程度の安定性の低下が確認された。そこで、構造中全てのL,IをVに変異させ、構造中に含まれる疎水性残基がほぼVのみ(V:30個, F:1個,A:2個)の変異体を作成し変性温度を調べたところ、驚くべきことに、この変異体は変性温度100℃以上を示し、加えてNMRによるHSQCスペクトルは分散したシャープなピークを示した。これらの結果は、我々のデザインしたタンパク質は、主鎖構造によって主に安定化されており、側鎖構造(嵩高い疎水性アミノ酸)はそれを増強する役割を果たしていることを示唆する。講演では、上記のデノボデザインとそれらの熱安定性に関する研究とともに、我々の開発するタンパク質デザイン戦略を踏まえて行った、セルロース系バイオマスの分解に関わるβグルコシダーゼ耐熱化の研究についても紹介する。

    1. Lin Y, Koga N, Koga R, Liu G, Clouser AF, Montelione GT, Baker D. (2015) Control over overall shape and size in de novo designed proteins. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 112(40) : E5478-5485.
    2. Koga N, Koga R, Liu G, Xiao R, Acton TB, Montelione GT, Baker D. (2012) Principles for designing ideal protein structures. Nature 491(7423): 222-227.

3. ナノスケールにおける結晶・非結晶材料の熱伝導

塩見淳一郎

東京大学

準備中

10:45 Session V 細胞内における温度差測定の新技術

1. 量子センサーによる細胞内ナノ環境の定量技術

五十嵐龍治

QST 放射線医学総合研究所

生命科学は長い間、細胞内環境を水溶液と同様に扱ってきた。分子生物学の標準的な手法では、タンパク質を高純度に精製し、理想的なpHとイオン組成のタンパク質水溶液を調製し、その機能や他の分子との相互作用を検証する。その結果を解析し、あたかも水溶液中に数種類の分子だけが拡散して存在するかの様に単純化して分子機構の美しいモデルを作り上げる。しかし、細胞内環境は理想的な水溶液環境とは全く異なる。細胞内は分子集団や細胞小器官で微小空間に区切られ、その中で比較的少数の多様な分子が独特の秩序を形成している。その様な微小混雑環境では熱力学のような統計的な振る舞いが曖昧になってくるため、既存の水溶液実験がもたらす情報を適用することができなくなる。更に近年になって、細胞内では液-液相分離などによる新たなマイクロ構造体も多数見つかっており、細胞内の微小混雑環境の科学は更に複雑さを増している。

この様な複雑系の生命科学を取り扱うためには、複雑系の生命現象を直接計測しなければならない。そしてそのためには、細胞の場合は、マイクロ環境やナノ環境の物理・化学パラメータを高精度で定量するという極限精度の計測技術が必要となる。近年目覚ましい量子科学技術の革新により、この様な極限計測が実施可能となった。本講演では、ナノダイヤモンド中の格子欠陥「窒素-空孔中心(NV中心)」をナノサイズのセンサーについてこれまで行ってきた開発を中心として1,2,3、細胞内のナノ環境の様々な情報を定量計測する技術について紹介する。

    1. Igarashi R, Yoshinari Y, Yokota H, Sugi T, Sugihara F, Ikeda K, Sumiya H, Tsuji S, Mori I, Tochio H, Harada Y, Shirakawa M. (2012) Real-time background-free selective imaging of fluorescent nanodiamonds in vivo. Nano Lett. 12(11): 5726-32.
    2. Sotoma S, Terada D, Segawa TF, Igarashi R, Harada Y, Shirakawa M. (2018) Enrichment of ODMR-active nitrogen-vacancy centres in five-nanometre-sized detonation-synthesized nanodiamonds: Nanoprobes for temperature, angle and position. Sci. Rep. 8(1): 5463.
    3. Terada D, Sotoma S, Harada Y, Igarashi R, Shirakawa M. (2018) One-Pot Synthesis of Highly Dispersible Fluorescent Nanodiamonds for Bioconjugation. Bioconjug. Chem. 29(8): 2786-2792.

2. 色素型ナノヒーターを用いたサブセルレベルの機能制御

Ferdinandus1, 新井 敏2, 3

1Waseda Bioscience Research Institute in Singapore, 2早稲田大学理工学術院総合研究所, 3AMED-PRIME

細胞は、獲得した化学エネルギーをATPに変換し、必要な時・必要な場所で、生物学的な仕事にATPを消費していく。一方で、総エネルギーのうちの多くは熱として放出され、これが細胞空間の温度を補償している。私達は、この細胞のエネルギーフローに関わる因子の時空間情報を1細胞レベルで計測する蛍光センサーを開発してきた(S. Arai et al., 2018)。

最近、この計測技術に加え、細胞空間の人工的な温度制御の技術開発にも取り組んでいる。合成化学者は、温度計でフラスコ内の温度を確認しながら、化学反応を自在に操る。これと同じように、脂質膜で区画化されたミクロなフラスコである細胞の中の化学反応の反応速度や熱力学的な平衡を自在に操ることができれば、今までに無い細胞機能の制御技術が生まれるに違いない。しかしながら、この実現には、未だに高い技術的なハードルがある。

本研究では、細胞内のナノ・マイクロスケールの空間を定量的に加温する技術のプロトタイプを開発した(特許出願中)。本技術は、温度計測のための蛍光温度センサーと、近赤外線照射によって熱を生み出す光熱変換色素を同時に封入したナノ粒子という構成になっている。このナノ粒子を細胞に取り込ませた後、光照射することで、細胞の中に極小の熱源を作ることができる。更に、発生する熱源の「その場」の温度を蛍光温度センサーで測りながら、細胞の局所に定量的に熱ストレスを加えることが可能となった。当日は、この熱源がサブセルレベルで、細胞機能にどのような影響を与えるか(熱源の超近傍から始まるアポトーシス、骨格筋細胞のごく一部だけで起きる筋収縮、局所加温による脂肪細胞の油滴の崩壊挙動など)、様々な可能性について議論したい。

    1. Arai S, Suzuki M. (2018) Nanosized Optical Thermometers, Smart Nanoparticles for Biomedicine (Elsevier) Chapter 14, pp.199-217.
    2. Arai S, Kriszt R, Harada K, Looi L-S, Matsuda S, Wongso D, Suo S, Ishiura S, Tseng Y-H, Raghunath M, Ito T, Tsuboi T, Kitaguchi T. (2018) RGB-Color Intensiometric Indicators to Visualize Spatiotemporal Dynamics of ATP in Single Cells. Angew. Chem. Int. Ed. 57: 10873-10878.

3.蛍光温度計シートを用いた細胞温度マッピング

大山廣太郎

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 高崎量子応用研究所、JSTさきがけ

4. 生きた恒温動物の体内における、細胞温度イメージング解析

神谷厚範

岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(医・細胞生理)

Biothermology Workshop 2018 Dec. 25tue. and 26 wed., Okazaki, Japan