詩篇119:105
”初心を忘れない”
2026年、年頭メッセージ
◇初心忘るべからず
初心忘るべからずと申します。子どもの頃は、書初めと言って、小学校で先生から、今年の決心を書きなさいと言われ、下手な字ですが、”初夢”とか書いたものです。君の初夢はなんだ?と聞かれ、それは内緒、と答えたのを覚えています。中身は忘れましたが、何か願いがあったのでしょうね。年末には夢もけろっと忘れていましたが。凡人の悲しさです。
◇初心のゆくえ
しかし、大谷翔平さんの様に、子ども頃の夢を忘れず持ち続け、遂に世界のトッププレイヤーになった方もいるのですから、まさに初心忘るべからずですね。大抵は、初心の夢や願いもすっかり忘れるか、覚えていても、途中で色々な試練や、妨害にあって、あえなく挫折するケースがほとんどかもしれません。そして自分の意志の弱さを嘆く人も多いでしょう。
私事で恐縮ですが、学生時代に、政治学の講義で、政治も文明の一部だ、世界には様々な文明があり、文明間に優劣はない、それらは文明の個性である。そして各文明にはそれに応じた政治がある。自分の所属する文明を優越視、絶対視し、他の文明を否定してはいけない様に、それぞれの政治を尊重し、理解しなければならない。政治学は文明論である、と格調の高い講義を聞きました。それを聞いて感動した、青年時代の私は、そうか文明評論家になろう、と決心。学部を越えてできる限り、聴講して世界文明の吸収に務めたものです。しかし卒業し、社会に出でてみると、文明論では飯が食えない厳しい現実が待っており、あっというまに数十年たったのです。少年老い易く学成り難し、です。夢、初心などすっかり忘れていました。
◇埋もれ火
ところが、前任教会の牧師を定年で退職したとき、色々な方々から慰労と励ましを受けました。その中に、ある尊敬する先輩牧師から、君の中にある埋もれ火を大切にしなさい、とお手紙を頂いた。埋もれ火、てなんだろう?昔は火鉢と言うのがあって、寒い冬に炭を焼いておくと部屋が暖かくなったものです。やがて炭が燃え尽きて灰になり、寒さが戻ってきたころ、追い炭を追加し、灰の中を捜すとかすかに残っていた消えかかった僅かの炭を掘り起こし、静かに息を吹きかけると火が起こって来る、そして追い炭に燃え移り、再び部屋が暖かくなる。この消えかかりの火をもつ炭を、埋もれ火と言うんだと思います。さあ、退職後の自分に残った、埋もれ火などあるだろうか。すると、ある高校の国語の先生をなさっていた信徒の方と、こんな話をしていたところ、先生は文章がお書きになれるからなさってはいかが、とぽつりとおっしゃった。その時、わたしは、これだ、これが埋もれ火だと思いました。だいたい私は文章がくどくていけませんが、とにかく書くのは好きです。しかし何をテーマに書くかです。そこで、思い出したのが、若き日の文明評論家の夢でした。かくして退職後14年になりますが、キリスト教の立場から文明評論を書いて、昨年末には10冊目の「旅するキリスト教の歴史」を電子書籍化でき感謝しています。
夢は、初心はやはり、抱くべきですね。私の様な凡人でも、こういう素晴らしい方々に刺激を受けて、本人がすっかり忘れていた初心、夢を、埋もれ火に静かに息を吹いて、再び燃え上がらせてくださる、神様の摂理の偉大さを思うのです。ですから、是非、年頭に当たり、夢を、初心を抱いてください。
「彼(イエス様)は、傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい燈心を消すことなく、真実を をもって道をしめす。彼は衰えず、落胆せず、ついに道を地に確立する。」イザヤ書42:3,4