私たちを取り巻く自然環境は、複雑で、常に変動しています。そして、生物は、その生息環境に合うかのように、実に多様な形、行動、生活史を示します。この生物の多様化は、どのような機構により生じたのでしょうか?どんな発生・生理・神経機構の改変が、この進化をもたらすのでしょうか?その改変は、いくつの、どんな遺伝的変異によって、生じたのでしょうか?それらの変異に共通する分子的な特徴はあるでしょうか?このような問いの解明は、適応進化がどこまで自由で、どこまで制約されているのか、その一般性をも提示するかもしれません。
さらに、適応進化の原因となった遺伝的変異の生態系内での振る舞いを解析することも重要です。近年、生物の適応進化の遺伝的変異が少しずつ同定されつつあるものの、これらが生態系内でどのように生まれ、広がっていくのか、その多くが分かっていません。また、この遺伝的変異が、種間相互作用などを介して生態系自体に影響を与える可能性も指摘されています。つまり、自然界である遺伝的変異が生まれ、維持される機構を理解するためには、進化を引き起こした遺伝的変異の個体・分子レベルの機能と共に、生態系内での動態や生態系への影響、そのフィードバックをも理解する必要があります。
研究室では、ミクロ生物学からマクロ生物学まで幅広い分野の解析手法を導入し、生物の多様化を引き起こす適応進化機構を、分子・生態の両面から明らかにすることを目指しています。
この問いに答えることができるモデルの一つが、トゲウオ科魚類イトヨ Gasterosteus aculeatusとその近縁種です。イトヨは北半球に生息する小型魚類で、氷河期以降に各地の淡水域に進出し、多様な形態、行動、生活史を持つ集団に急速に分化しています。これらの集団は交配可能であるため、ゲノム中のどの領域、どの遺伝子、どの遺伝的変異がその違いを生み出しているのかを探し出すことができます。また、遺伝子組み換え技術やゲノム編集技術が利用できるため、注目した遺伝子や遺伝的変異が、本当にその形質の違いを生み出すことが出来るのか、それらが自然環境下/半自然環境下/飼育下でどのくらい有利なのかを、眼の前で検証することができます。
これらをモデルに、自然界でさまざまな形質の違いを生む原因遺伝子や原因変異を見つけ出し、その分子的機能、適応度への効果、進化的起源、生態系への影響を解明します。そして、その一般性を導き出すことで、生物の適応進化・多様化を駆動/制約する分子・生態機構の解明を目指します。
現在、進行中の研究テーマは以下です。
(1)生活史の多様化を生む分子遺伝機構
多くの生物は、季節など予測可能な環境の周年変化に合わせて、誕生し、成長し、移動(回遊・渡り)し、繁殖します。この生活史の進化は、適応度を直接左右し、その後の更なる多様化をも生み出します。そこで生活史の異なるイトヨ集団を用い、この違いをもたらした遺伝子、遺伝的変異を同定し、その分子的機能、適応度への効果、進化的起源、生態系への影響を解明します。
(2)新規環境への進出能力を決める分子遺伝機構
生物は、新しい環境へ進出・適応し、多様化してきました。生物の中には、このような新規環境に何度も進出する種がいる一方、全く進出しない種もいます。そこで異なる環境応答性(栄養、浸透圧、温度等)を持つイトヨ集団を用い、この違いを生む鍵遺伝子を同定します。
(3)トランスクリプトーム応答、クロマチン構造の違いを生む遺伝機構と、その適応進化における役割
トランスクリプトームやクロマチン構造の変化も適応進化に重要な役割を果たすと考えられています。そこで、異なる環境に生息するイトヨ集団を用い、これらの違いを生む遺伝機構を調べ、その適応進化における役割を解析します。
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