オルセー美術館のサイト(「サロン」展:1673-1914)を参考に、「サロン」展の歴史をご紹介します。18世紀にはブーシェ、フラゴナール、シャルダンやグルーズが作品を出品し、19世紀もルノワールやセザンヌが展示を目指した「サロン」展。その歴史を1673年の第1回展からお話しします。
フランス国王の宰相・リシュリュー枢機卿の城館であった、パレ・カルディナル(枢機卿宮)だったが、ルイ13世に遺贈され、1643年にルイ14世(5歳)がルーヴル宮殿から移り、王宮(パレ・ロワイヤル)と称されるようになりました。その後、オルレアン公爵家の所有となり、王弟フィリップ1世が住みました。
1673年の8月14日から9月4日まででした。
この回の展覧会は、パリのルーヴル宮ではなく、その北に位置する、パレ・ロワイヤル👇のギャラリーで開催されました。
「国王の筆頭画家」シャルル・ルブラン以下、53人の芸術家が、作品番号にして112を数える作品を出品しました。
1699年の回の展示期間は、8月20日から9月16日までとなっており、前回より、やや後倒しになりました。
場所は、パレ・ロワイヤル👆から、パリのルーヴル宮👇の、大ギャラリーに変更になりました。
57人の芸術家が出品しました。出品者数は、前回の53よりは増えましたが、それほど大きな増加幅とはなっていません。
これに対し、作品番号は、1673年の回の2倍以上となる、251にも上っています。
この時には、シャルル・ルブランはすでに世を去っており、「国王の筆頭画家」の地位は空位のままでした。
中世に建築が開始され、16世紀以降、増改築を繰り返されました。1682年に、フランス国王・ルイ14世が、ヴェルサイユ宮殿に王宮を遷すまでの間、歴代のフランス王宮としての役割を果たしていました。
1704年の回の展示期間は、9月12日から11月8日までとなっており、さらに後倒しの会期となりました。
参加した芸術家の数は76名で、前回から19名の増員となりました。
ブーローニュ家、コワペル家、ジュヴネ家といった、名の知れた芸術家を輩出する一族が出品。
ラルジリエールやリゴーら、上流階級の人士の肖像を手掛けた画家たちも多くの作品を展示しました。
さらに重要な結果として、作品番号は501までを数え、前回の251からほぼ倍増しました。
出品作に関しては👉https://sites.google.com/a/plu.edu/paris-salon-exhibitions-1667-1880/1704
1702年
キャンヴァスに油彩
313 x 205 cm
ヴェルサイユ宮殿