インボイス制度導入による税収を少子化対策の財源とすることに反対し、インボイス制度の廃止を改めて求める声明


1.はじめに

2023年12月11日の「こども未来戦略会議(第8回)」にて、「「こども未来戦略」案 」(以下「戦略案」という)が示された。

「戦略案」の「I.こども・子育て政策の基本的考え方 」において、「少子化対策の財源を確保するために、経済成長を阻害し、若者・子育て世代の所得を減らすことがあってはならない。」「少子化対策の財源は、まずは徹底した歳出改革等によって確保することを原則とする」「少子化対策の財源確保のための消費税を含めた新たな税負担は考えない。」との記載がある。

ところが、一方で、「III-2.「加速化プラン」を支える安定的な財源の確保 」の項目の注釈に「インボイス制度導入に伴う消費税収相当分も活用する」との記載がある。


しかしながら、インボイス制度は、課税事業者のみならず、フリーランスを含む中小零細企業及び消費者への実質的な消費税増税であるとともに、特に取引上弱い立場であるフリーランスにとっては、インボイス発行事業者にならなければ値下げの強要や取引排除に繋がり、インボイス発行事業者になれば税負担が増えることから、その収入を減少させるおそれが大きく、少子化対策とは矛盾した制度である。


以下、問題点を詳細に述べる。


2.若者・子育て世代の働き方について

同「戦略案」の「II.こども・子育て政策の強化:3つの基本理念 (1)若い世代が結婚・子育ての将来展望を描けない」において、若い世代の未婚化・晩婚化の要因として、雇用形態別の有配偶率に言及されている。ところが、記載されているのは、男性の正規・非正規間の賃金格差のみであり、自営業・フリーランスについての記載が全くない。


内閣府が2020年に行った「フリーランス実態調査結果」によれば、フリーランスは462万人(本業 214万人/副業 248万人)である。そのうち40代以下は50%を占めている。

また、ランサーズ株式会社が2021年に行った「新・フリーランス実態調査 2021-2022 年版」によれば、フリーランスは、約1570万人(自由業・自営業797万人/副業・複業780万人)である。これは同社が2016年におこなった「フリーランス実態調査 2016」と比べて、約500万人増加している。また、「2021-2022 年版」における40代以下は、最も少ない自営業系独立オーナーで33.3%、最も多い副業系すきまワーカーでは73.9%となっており、平均すると約50%である。

各種の調査は、フリーランスとされる定義が異なることから、人数に大幅な違いがある。複数調査で40代以下の割合がフリーランス全体の50%程度あることを考えれば、本業・副業を含めたフリーランスとしての収入のある若者・子育て世代は、数百万人にも及ぶと考えられる。

近年は政府が「雇用関係によらない働き方」を推進してきたこともあり、若者・子育て世代の所得を考える上で、フリーランスの収入は無視できない存在となっている。にもかかわらず、「戦略案」で一切触れられないというのは現実に即したものではない。


3.フリーランスに対するインボイス制度の悪影響について

(1)フリーランスという働き方について

バブル期崩壊後、雇用の流動化が図られる中で、人件費削減や雇用の調整弁として、正規労働者の非正規化と共に、外部委託が行われてきた。また直接雇用にかかる費用は全額消費税の課税対象であるが、外部委託費は仕入税額控除対象であるという、消費税法上のメリットもあり、外部委託が推し進められてきた。外部委託が増えた結果、零細なフリーランス・個人事業主が増えたのである。

フリーランス・個人事業主の多くは交渉力に乏しく、また弱い立場でもあるため、常に、契約打ち切りや値下げ圧力に苦しむ、不安定な働き方である。

内閣府の「フリーランス実態調査結果」によれば、「収入が少ない・安定しない」との回答が59%もあった。また、雇用関係であれば明らかに違法となる「報酬の未払いや一方的な減額があった」との回答が26.3%あり、「代金が低すぎるなど不利な条件での取引を求められた」も22.8% もあった。このように、フリーランスは、労働法制のような規制がないなかで搾取されやすい働き方である。

しかし、近年は、雇用関係によらない働き方をしている方も、労働者と同じように保護政策が必要であると認識され、コロナ禍における持続化給付金の支給がされたり、新たに「フリーランス・事業者間取引適正化等法」が施行されるなどの対策強化がされてきたのである。


(2)フリーランスへのインボイスの悪影響について

先にフリーランス保護の取り組みが進んでいると述べたが、インボイス制度は、この取り組みに逆行した制度である。インボイス制度は、取引先が登録事業者か否かによって仕入税額控除の可否が変わり、消費税納税額に大きな影響があることから、インボイス登録の有無のみで取引先を選択するようになる効果をもたらす。

内閣府が関係省庁と共に行った「令和3年度フリーランス実態調査結果」によれば、79%が売上1000万円以下の免税事業者である。従って、インボイス制度導入は、多数のフリーランスの売上減少や取引からの排除に直結する。

「インボイス制度を考えるフリーランスの会」が行った「インボイス制度開始1ヶ月 緊急意識調査」によれば、インボイス制度の影響により、見通しは悪いと回答した割合が67.5%であり、そのうち「廃業・退職・異動を検討中」「すでに廃業・退職・異動した」との回答は12.1%に及ぶ。

また、「一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会」が行った「インボイス制度によるフリーランスへの影響に関する実態調査」によれば、インボイス登録により新たに発生する納税負担分について価格転嫁できたのは、たったの17.2%であった。また、交渉の場の設定は無く一方的な通知での契約解除や値下げをされたのは、17.3%であった。

これらの調査に現れているように、インボイス制度導入により、事業見通しは悪くなっている。今までと同額の取引であれば増税分はこれまでは所得だった部分から出さざるを得ず、更に制度導入から懸念とされていた値下げ強要や取引排除も生じていることから、フリーランスの多くは所得減少となることが明らかとなった。インボイス制度は、フリーランスを、より低所得に、より不安定な働き方に変えてしまったのである。


(3)インボイス制度導入による再出発への影響について

インボイス制度は、税率の変わらない実質的な消費税の増税であった。消費税は、売上にかかる税であり、経営が赤字であっても納税の義務が発生することから、税の中でも滞納額の割合が非常に大きい。消費税は、破産をしても残ってしまう「非免責債権」であることから、個人事業主である課税事業者が破産をした場合、消費税が非免責債権として残る可能性は高い。

消費税の事業者免税点制度は、小規模事業者の納税事務負担等に配慮して納税義務を免除する制度である。「令和3年度フリーランス実態調査結果」で示されているように、フリーランスの多くは売上1000万円以下の免税事業者であったと考えられる。ところが、インボイス制度は、今まで免税事業者であった事業者を課税事業者へと変える制度である。これまで課税事業者でなかった者に消費税の納税義務を課すことになるインボイス制度は、必然的に免責されない消費税を負わせることになるため、破産後の生活再建の妨げになる可能性が高い。

特に、インボイス制度は、登録することで事務負担の増加や消費税納税義務というデメリットが発生する一方で、登録自体にメリットはない。専ら、取引先との関係で登録を求められる制度である。そのため、消費税の支払いに耐えられるかという経営的な観点で精査した上で登録をするというよりも、値上げ圧力や取引排除を受けないため消極的な理由から登録する場合が多い。このため、それまでの免税事業者にとっては、所得の1ヶ月分に相当するとされる消費税負担に耐えかねて、早々に行き詰まる可能性が少なくない。


今までは、フリーランスの廃業については、消費税を考慮する必要がなかった。

しかしインボイス制度の導入により、これからは消費税を滞納した状態での廃業が増えると考えられる。先に述べたように、消費税は非免責債権であり、破産をしても消えることはない。また、滞納すれば、最大14.6%の延滞金が発生することから、人生の再出発の重荷となってしまう。

特に、若い世代にこのようなことが起これば、今後の人生にも大きな影響を及ぼすことになり、結婚や子育てどころではなくなることが容易に想像できる。


(4)インボイス制度導入による経済全体への影響について

インボイス制度導入によりは、課税事業者にとっては、1円の利益にもならない事務負担のコストがかかり、免税事業者との取引によって消費税の納税額が増加する。

また、免税事業者にとっては、値下げを強要されたり、取引排除をされる危険にさらされる。免税事業者からインボイス登録により課税事業者になった事業者は、売上は減らないかもしれないが、1円の利益にもならない事務負担のコストがかかり、更に消費税納入義務が課されることから所得が減る。誰にとっても、負担が増えるだけの制度である。そしてそのコスト増は、消費者にとっては物価高として押しつけられる。

経済的に不合理な制度であり、経済全体に悪影響を及ぼすことは必至である。


4.まとめ

「戦略案」によるまでもなく、若者・子育て世代の経済的不安定は少子化の大きな要因である。そして、上述してきたとおり、若者・子育て世代全体の所得を考える上で、フリーランスの存在は無視できないものとなっている。

ところが、インボイス制度導入により、値下げを強要されたり、取引排除をされる事態が発生しており、その所得が減少している。更には、インボイス制度導入により、廃業時の消費税滞納の危険性が増加していることのほかに、経済全体への悪影響もある。

インボイス制度は、「少子化対策の財源を確保するために、経済成長を阻害し、若者・子育て世代の所得を減らすことがあってはならない」という趣旨に明らかに反し、若者・子育て世代の所得減少、ひいては少子化に繋がる劣悪な政策である。

「インボイス制度導入に伴う消費税収相当分も活用する」ということは、本末転倒である。

よって、当会は、インボイス制度導入に伴う消費税増税分を少子化の財源とすることに反対すると共に、若者・子育て世帯の所得を減少させるインボイス制度について改めて廃止を求めるものである。