研究
研究室の研究目標:
生物の動きのメカニズムを脳・神経系,身体の構造,生物を取り巻く環境の三点から解明し,「生物らしい」しなやかで適応的な動きの工学的再現を目指します.
動きの「生物らしさ」には,適応的であるという感覚や運動そのものに対する機能だけでなく,ヒトが「違和感を感じない」という重要な特徴があると考えます.ヒトが機械であるということを感じない動き(=生命を感じる動き?),それを実現したいと思います.
研究のねらいを講義形式で解説しましたのでご覧ください(前工大Youtube)。
研究室における研究指導の目標:
動物運動や行動の定量化,行動中の生体情報計測など目的に適った計測システムの設計と製作,データの取得と解析等を行い,運動を生成する能動的・受動的要因を考察します.一連の研究活動を通して研究の組み立て方,科学的な思考と表現能力を身に付けます.
研究室はアイデアをすぐ実現できる場であるべきと考えております.机上の空論に終わらず,とにかく「やってみる」姿勢を応援します.
研究テーマ
研究分野として以下の研究領域をカバーします。
神経行動学(神経生理学+行動学),バイオメカニクス,生物規範ロボティクス・生物機械ハイブリッドロボティクス
研究に関する動画(論文のSupplementary movies)をYoutubeで公開しています。
1)昆虫の飛行システムの研究
飛翔昆虫は優れた運動能力を持つだけでなく,乱流や翅の損壊といった変化にも適応できる能力を有しています.羽ばたき飛行は神経系―筋肉系による能動的な制御だけでなく,体の構造や物性,そして環境からの受動的な作用も大きく関わっていると考えられます.このことは,観察される生物運動は能動的な神経―筋肉系の作用だけでは説明できないことを示しているとともに,それを模倣して作る際も,センサ―アクチュエータ系からなる能動的制御のみでは再現できないことを意味します.生物は長い進化の過程で,この能動的・受動的特性の最適なバランスを獲得しているのかもしれません.我々は,この運動を生成する双方の要因に焦点を当てて取り組んでいます.生物は「何を・どこまで制御しているのか」,それを明らかにします.
研究の特徴は,可能な限り自然な運動を行う昆虫から,可能な限りたくさんの情報を同時計測することです.これまでに,翅を動かす飛翔筋の筋電位を自由飛行で計測するため,昆虫に搭載できる超小型送信機(250 mg)を開発し,構造光を利用した形状計測技術と組み合わせ,自由飛行における飛翔筋活動と翅の運動制御を初めて明らかにしました.また,羽ばたき運動生成に重要な役割を果たす胸部外骨格の変形を計測するために,超高速レーザー変位計を用い,羽ばたき運動中の外骨格表面形状の三次元計測を実現しました.そのほか,神経解剖学的な観点から羽ばたき運動に関わる感覚フィードバック経路の同定も行いました.
自由飛行における生体情報計測技術は当研究室の最大の強みです.今後も新たな自由飛行計測技術を開拓するとともに,適用する種の範囲を広げ,生物飛行の進化にも迫りたいと考えております.また,飛行に関する様々な感覚―運動系,例えば障害物回避,離陸・着陸行動などにも取り組みます.さらに,得られた知見に基づく「しなやか」で「生き物らしい」羽ばたきロボットの開発も進めます.
キーワード:
・電気生理学,高速度撮影,三次元運動解析,テレメトリ,形状計測,有限要素法解析,マイクロCT
研究プロジェクト:
■JSPS科研費
・基盤研究C(代表):昆虫の飛翔筋・腹部運動を統括する共通原理の解明(2020-2022)
・基盤研究B(分担):昆虫の飛翔における創成流場を用いた適応的運動能力のシステムバイオロジーによる解明(2016-2018)
・挑戦的萌芽研究(代表): 神経機能代替を利用した昆虫の飛行制御システムの同定(2016-2018)
・新学術領域研究(分担):生物規範メカニクス・システム(2012-2016)
左)自由飛行中のスズメガから筋電位を計測するテレメータと羽ばたき運動解析.(中)翅に分布する機械感覚受容器から伸びる感覚神経の投射経路の解析,(右)超高速レーザー変位計を用いた羽ばたき運動中の外骨格の変形の解析.
2) 生物ナビゲーションの研究
実環境は多種多様な情報にあふれています.生物はどのようにそれらを感じ,情報処理を行い,目的地にたどり着けるのか,これは未だに解明されていない問題です.そして,ロボティクスにおいても実環境適応は大きな課題であり,生物の解決法が何らかのヒントになることが期待されています.我々は昆虫のナビゲーション行動の解析にロボットやバーチャルリアリティといった技術を組み合わせてこの謎に取り組みます.
これまでに,匂いを頼りにその発生源を探し当てる匂い源探索,視覚情報を用いて障害物を認識し回避するメカニズムについて研究を行ってきました.匂い源探索の研究では,視覚と嗅覚の統合や,移動ロボットを用いた探索行動の評価,さらに昆虫がロボットを操縦するハイブリッドロボットを用いて,生物の適応能力や生物模倣ロボットの未来についても考察しました.
今関心があるのは,生物は何を感じて行動しているのか,という点です.動物行動学の重要な概念のひとつであるユクスキュルの「環世界」,これは同じ環境に暮らしながらも生物によって全く感じ方が違う(=外部環境の内部表現が異なる)ことを指摘したものですが,環世界が異なれば行動も異なります.同じ昆虫種でも行動に個体差が見られたり,動物とロボットで行動が異なるのも環世界の違いが大きいでしょう.また,触角を動かして行動する昆虫にみられるように,動物の感覚受容はとてもアクティブでダイナミックです.我々が静かに,精度よく安定した計測を心掛けるのと大きく異なります.動物は感覚情報をもとに動くのはもちろんですが,より良い感覚情報を得るために能動的に動いているともいえます.生物の環世界を明らかにし,生物と機械が共通の環世界を得ることができれば,動きの生物らしさの実現に近づくことができると考えます.
キーワード:動物行動,ナビゲーション,バーチャルリアリティー,センサ,自律移動ロボット,生物―機械ハイブリッドロボット
研究プロジェクト:
■JSPS科研費
・新学術領域研究(分担): 昆虫の定位型ナビゲーションを実行する全神経回路における計算過程解明(2016-2020)
・挑戦的萌芽研究(代表):バイオフォトカプラを用いた昆虫―機械ハイブリッド匂い源探索システムの開発(2012-2014)
・若手研究B(代表):昆虫BMIによる適応能力の獲得(2010-2011)
■民間財団からの助成
・カシオ科学振興財団(代表):生物機械融合と感覚置換による定位行動の基本戦略の解明(2018)
←カイコガが操縦する昆虫操縦型ロボット.
→コオロギのナビゲーション行動を解析するためのバーチャルリアリティーシステム.