研究内容
Research Topics
Research Topics
人と環境の関わりについての社会的な関心が高まるなか、魚類生態学の経験や知識を基盤に、主に淡水生物群集の維持管理に求められる研究に取り組んでいます。とりわけ、動物の環境変動に対するリアクションや、環境変動の影響が生物群集全体に波及する現象に興味を持っています。また、このような興味を満足させるための新しい分析技術の開発・発展についても取り組んでいます。
琵琶湖周辺に生息する魚類の生態学的研究に取り組み続けています。
例えば、琵琶湖に固有の魚類がもつ生活史の多様性に興味を持って研究を進めてきました。琵琶湖産のアユ、ハス、ヨシノボリ類などの魚類が、どのように湖と河川の間を移動して再生産しているのかを理解することは、環境学的にも水産資源管理上も重要です。魚類の移動を追跡する上では、後述の安定同位体分析や環境DNA分析などの先端技術が新たな知見を与えてくれることがあります。逆に、これらの新規技術の確度や精度を向上させる上でも、琵琶湖へのアクセスの良さは非常にありがたいアドバンテージです。学生が持ち込む様々な興味を検証する際にも、琵琶湖の魚たちは貴重な教材になってくれます。
国外・国内からの外来魚が生息していることでも、琵琶湖はよく知られています。もはや古参となった種から新参者まで、どこで何を食べて、在来種にどんな影響を与えているかを理解することは、卒論生にも取り組みやすい、かつ、一般社会とも直接関わる、とても重要な研究となっています。
アフリカの古代湖の1つ、マラウイ湖では、世界一多様な淡水湖魚群集(シクリッド魚類)に注目した研究を1999年から継続してきました。
近縁の多魚種が共存するマラウイ湖のシクリッド魚類群集においては、細分化されたニッチが隙間なく敷き詰められているようです。その一方で、各種のニッチは動的で柔軟な側面を持っている様子が見てとれます。その詳細な把握と要因解析を目的に、潜水調査、胃内容分析、同位体分析などを駆使した調査を行ってきました。環境DNAを用いた多様性把握にも挑戦しました(頓挫)。近年は、多様性が著しい口部骨格をマイクロフォーカスCT撮影で比較しなおす研究を楽しんでいます。
2017年度からは交換留学生(修士課程)がマラウイに滞在し、きわめて競争関係の激しい種間においては、摂食縄張りの空間分布があたかも同種のように排他的である様子を報告してくれました。2018年度から、マラウイ大学出身の国費留学生(修士課程→博士課程)を迎え、より長期的な協力関係の構築を目指した教育を行ないました。お隣の古代湖、タンガニイカ湖やビクトリア湖への広がりも始まりつつあります。
なお、岩礁帯に生息する多様なシクリッド魚類の多くは岩に付着した藻類を餌にしていますが、昨今、集水域が裸地化(農地化)されたことで土砂堆積が増加し、餌が摂食にしにくくなっていることが分かってきました。また、他種間の熾烈なテリトリー性(干渉行動)が、土砂堆積の影響を群集全体に拡散している様子が見えてきました。森林における資源利用のあり方を模索する研究も始めています。
一風変わった研究として、江戸時代の書籍から摘出したヒトの毛髪の分析によって当時の生活を復元する試みも始めました。
識字率が非常に高かった近世の日本では「出版ブーム」が起こり、庶民にも安価な書籍が出回りました。書籍の表紙は再生厚紙で作られるようになりましたが、この再生紙には、たくさんの毛髪が漉き込まれています(ただ挟まっているのではありません)。毛髪は、補強のためにわざと漉き込んだとする説と、反故紙を集める過程で混ざったとする説がありますが、いずれにしても、出版が盛んだった都市部に暮らしていた庶民の毛髪だと考えられています。さて、書籍の刊記/奥付には、発刊都市と発刊年代が書いてあります。印刷の様子から版木の経年劣化を推定し、発刊年を補正することも(ある程度)可能です。つまり、割と詳細な生息地と生息年が記録されたヒトの組織が手に入るということです。さっそくこの毛髪を同位体分析をしてみたところ、当時の庶民が食べていたものが都市や年代によって異なっていた可能性が見えてきました。この研究成果はメディアを通じて多方面の興味を引き、現在は、より重厚なデータを揃えること、より多面的な分析をすることを目指して、共同研究が広がり始めています(進行中)。
2匹目のドジョウを狙って、当時のイネ試料を収集し、元素含有量や同位体比、DNA配列を調べる研究にも着手しています。重要文化財建築物を守ってきた方々には大変なお世話になりましたが、分析面でのブレークスルーを模索している段階が長引いています。
動物の粘液を同位体分析すると、今まで分からなかったことが見えてくるではないか、という方法論的な研究も展開しています。
同位体分析とは、動物と餌との間の同位体比の差異が一定であるという経験則を利用して動物の食性を明らかにする手法であり、生態系の食物網構造把握において非常に役立つ道具です。私たちは1998年頃から、いくつかの水域で同位体分析を使った研究を展開してきました。しかし、魚類の同位体比は置換が遅すぎて他の生物と時間スケールが一致しません。従来通り筋肉を使って同位体比分析をしている限り、移動や食性の季節変化によるノイズがあっても、それに気づくことすら出来ませんでした。粘液の同位体比は置換がはるかに早く、しかも検体を生かしたまま分析できるため、同位体比分析の適用範囲を広げることができそうです。いくつかの実験結果を論文にしてきましたので、野外での上手な適用を例示するのが次のステップでしょう。希少なサンショウウオの生態的地位把握にも、対象生物を殺す必要がないこのアプローチは有効かもしれません。
環境DNA分析には、創成期(2010年頃)から携わる幸運に恵まれました。
魚も虫も哺乳類も、生息環境にDNAを放出しながら暮らしています。そこで、水をすくって分析すればどんな生き物がどれくらい生息しているのか分かるのではないか、というのが環境DNA分析の発想です。山中研究室や学外研究機関と協力しながら、DNA放出量の変動要因についての飼育実験、琵琶湖やマラウイ湖、沖縄の海、水田地域の生物群集に適用するための野外調査を展開しています。いくつかの研究成果を論文にしているうちに、並行して社会的な関心はそれなりに高まりましたが、むしろ楽観的な第一印象をあらためて、より慎重で重厚な野外検証が必要だと感じています。
沖縄の海では、絶滅を確実視する向きもあった中型海棲哺乳類ジュゴンを、糞DNAの分析によって「再発見」することを後押しできました。アンブレラ種を絶滅扱いしてしまうことは、負の波及効果が計り知れないことなので、それが回避できたことは良かったと思っています。
・・・かつて、学生とともに取り組んだこととして。
故郷でもある岐阜県では、濃尾平野の水田地域で、希少種をふくむ多様な魚類相を相手にした研究を楽しみました。すでに存在している重厚なデータとの互換性を検証すべく、上述の環境DNA分析や同位体分析を使って、簡便な環境資源管理ができないものかという趣旨の研究でした。生態学的な興味を満たしつつ、社会還元の可能性が探れる、魅力的でありがたい調査地です。
東南アジアのラオスでは、水田地域の変遷を理解すべく研究に取り組みました。水生生物群集の多様性やサービスは、潅漑および潅漑の近代化によってどう変化するか。様々な段階の潅漑システムが今も点在するラオスでは、この興味に厚いデータをもって答えられそうです。総合地球環境学研究所の「エコ・ヘルス」研究プロジェクトに関わり、公衆衛生(寄生虫対策)と生態系サービスの両立を探りました。
シベリアの古代湖、バイカル湖でも、食物網構造の違いを理解するための研究に関わりました。気候の違い、水循環の違い、生物相の違いにとどまらず、ロシアの研究者の視点の違いにも大いに影響を受けました。