府川源一郎文庫

このページでは府川源一郎文庫の所蔵品について紹介していきます。第二弾、更新しております。

「子供教育手遊び」

学校ゴッコの材料である。子どもたちは、絵双紙屋などで購入した安価な「おもちゃ絵」を自分で切った貼ったりして、ごっこ遊びの材料を作りあげる。その中でも「国語読本」のミニチュアは定番グッズである。

『幼年必読修身訓話』

「訓話」という用語は古めかしい。しかし、教育的メッセージを伝えるために「物語」という容器を使うという発想は、今日の道徳教育が検定教科書の「道徳読み物」を通して行われている問題と直結する。また、文学作品の主題指導をめぐる論議の中でも、繰り返されてきた話題でもある。この読みもの集の表紙には、小さく「教育勅語」の巻物が描かれている。

小学指教図・辻又版

明治12年に文部省から出された「掛図」を模倣して、民間業者が印刷刊行した「おもちゃ絵」の一つである。官版の刊行物は、言語的な順序性や発達段階などの教育的な意図を下敷きにして作られているが、民間版はその点がかなりいい加減であることが多い。もっとも、そのいい加減さをどのように評価するかで、こうした「教育的玩具」の価値判断が分かれるだろう。その問題は、人間の成長にとって「教材」や「教科書」とはどのような存在なのかというより大きな問題とも連動する。

子どもの遊び

様々な子どもたちの遊びが、コマ絵によって紹介されている。女子も男子も入り交じって、楽しそうに遊んでいる。沢山の遊びが修正された「遊び尽し」の小冊子の一ページである。

『校外讀本』口絵・明治41年

教科書が国定になって「読本」が国家に占有されてしまうと、民間からそれを補うような様々な教科書に似た印刷物が刊行される。大正時代から昭和期にかけて多く刊行された「副読本」の先蹤ともいえる。ここでは、そうした「校外読本」に収録された挿絵を紹介した。家庭の中に、学校教育が入り込んでいる様子がうかがえ、男女間の役割分担の視点も描かれている。なお、画家は「飛田周山」で、後に「サクラ読本」の挿絵を描いたことで知られている。

ちりめん本『桃太郎』冒頭

クレープ状に仕上げた和紙に日本の昔噺を木版刷りした雅趣ある小型本。英語学習に使用したり外国人のお土産などで人気。今日でもコレクターがたくさんおり、研究も盛んである。

『幻灯機+スライド』

幻灯は江戸期には見せものとして支持されていた。それが明治初期になって、あらためて最新の教育機器として日本に導入される。図版で示した幻灯機は、ランプを光源としたもので、明治30年に購入されたものらしい。右上に、幻灯で使うスライドの一例を添付しておいた。イソップ寓話の一コマである。内容的には、修身的・教訓的なものや日清・日露戦争関係を題材にしたものが多い。

『金港堂お伽話』

いわゆる「教科書疑獄事件」によって、民間教科書各社は教科書の発行ができなくなる。そこで教科書書肆は、それまでの蓄積を生かして様々な形で教育関係の出版物を刊行した。最大手の金港堂は、子ども読みもの集を数多く出板し、新しい読者層を開拓しようとしたが、必ずしも大ヒットというわけにはいかなかったようだ。

『小学生』

明治44年に同文館から出版された子ども雑誌である。編集長は、葛原𦱳。タイトルからも想像できるように、学校教育との密接な連絡をうたって作成されていた。こうした雑誌類は多くの小学生の読者を得て、この後いわゆる「学習雑誌」というジャンルが立ち上がり、隆盛を迎える。

『課外教育・小学生読み物』

大正期から昭和初期にかけて、国定読本を意識しつつ、数多くの「課外読み物」や「国語副読本」が企画刊行された。この本はそのうちでも、比較的安価で手軽な大衆的な内容の読み物である。

『青年読本・郷土文叢』

奈良県教育会が編集した青年のための郷土文学集成である。昭和初期の郷土教育の高まりとともに、類似の「郷土文学読本」が様々な地域で、また様々な出版母体から刊行されるようになる。こうした書物は、学校外における読書教育な機能の重要な一翼を担っていたと考えられる。

『東西童話新撰』

中文館書店。これもやはり「課外読み物」である。成城小学校の奥野庄太郎がポリシーを持って編集したものだ。おそらく奥野ほど、子ども向けの読みもの集を多数刊行した教育者はいないのではないか。それは国語教育における多読主義の主張を自ら実践したものでもあった。