研究内容
ハブ, Protobothrops flavoviridis
ジョロウグモ, Trichonephila clavata
ベノミクス
毒液は100種を超える多様な生理活性を持つタンパク質の「カクテル」です。これらは毒液カクテルの状態だと、生体内の様々な仕組み(血液凝固系、神経系、細胞・組織)を撹乱させて「毒」として働きます。
しかし、一つひとつを取り出せば、特異性や活性が非常に高く、生命の仕組みを明らかにするためのツールや医薬リードとして有用なのです。
多様な機能を持つ毒タンパク質は、どのように進化してきたのでしょうか?また新規の機能をもつ未知の毒成分が存在するのでしょうか?
これらを明らかにするために、私たちは毒蛇のハブやクモ毒を対象にしてベノミクス研究を行っています。毒生物由来のアルツハイマー病の治療薬や生物農薬を実現させることを目標にしています。
アルツハイマー病の病理変化:老人斑,神経原線維変化,脳委縮は順番に起こり、アミロイドβの蓄積は、発症の20年以上前から始まる。
アミロイドβの生成と分解に影響を及ぼす毒生物由来成分等の機能
アルツハイマー病に関する研究
アルツハイマー病は、認知機能低下・人格の変化を主症状とし、認知症の6〜7割を占めます。アルツハイマー病では、脳内にアミロイドβ( Aβ )によるアミロイド斑(老人斑)が形成されます。Aβは、γセクレターゼによるアミロイド前駆体タンパク質(APP)の切断により生成し、毒性の高いAβ42が蓄積します。
抗Aβ抗体薬(レケンビ®とケサンラ®)が疾患修飾薬として認可されていますが、効果の低さ、高い薬価、副作用(ARIA,アミロイド関連画像異常)の問題を抱えています。
私たちは、Aβ42の産生を抑えることがアルツハイマー病の予防に繋がると考え、哺乳類培養細胞・酵母・試験管内アッセイ を用いて、γセクレターゼの酵素調節機構を研究しています。
また、毒生物由来分子などから、アルツハイマー病の薬になる可能性のあるものを探す研究もしており、Aβを分解するヘビ毒酵素(SVMP)、γ-セクレターゼを阻害するヘビ毒トキシン(3FTX)、APPの輸送を操作する魚卵レクチン(CSL)などを発見しています。
マベガイ, Pteria penguin
真珠形成に関わるジャカリン様レクチン、PPL3の立体構造
バイオミネラリゼーション
バイオミネラリゼーションは、珊瑚や円石藻プランクトン、貝殻や卵殻、骨や歯などの硬組織を生物が作り出すことです。地球上でのCO2の循環(固定)にも関わります。
真珠貝は、カルサイト(方解石)とアラゴナイト(アラレ石)という異なる結晶系の炭酸カルシウム結晶を作り分けています。
貝殻はアラゴナイト構造にすることで、強靭な構造体(60〜80 GPa)となっています。また、真珠光沢の違いは、アラゴナイト結晶の配向性の違いと関係しています。
貝はどのような分子機構で真珠アラゴナイト層構造を作り出すのでしょうか?また,真珠の光沢の違いは何が原因でしょうか?
マベパールを生み出すマベガイの研究から、外套膜から分泌するタンパク質が真珠形成・光学特性(光沢など)に影響を与えることを明らかにしてきました。タンパク質の立体構造解析や、酵母や麹菌に発現した再構成系を使った機能解析をしています。
研究室沿革
酵素化学講座(農産利用学講座,農産製造学講座)
本講座は平成4年4月より農学部改組に伴い名称が変わり酵素化学講座として現在に至っているが,本講座の発足は昭和23年9月にさかのぼる。昭和22年4月東北帝国大学農学部創立から一年半後,昭和23年9月に設置された農産学第六講座(農産製造学)が本講座の前身といえる。昭和24年2月に麻生清が理化学研究所より初代教授として着任した。同年4月松田和雄が東京大学より助手として赴任,6月には山内文男,7月には中山悌三が技官として採用され,さらに12月には柴崎一雄が盛岡高等農林専門学校(現岩手大学農学部)より助教授として着任し,講座の陣容が整った。麻生研究室の中心課題は醸造食品中の非発酵性オリゴ糖に関する研究で,世界に先駆けて新規のグルコ二糖,コージビオース,サケビオース(英国との競争で,現在ニゲロースと命名されている)を発見し合成にも成功した。本研究により昭和34年”非発酵性糖に関する研究”として,麻生清,柴崎一雄,松田和雄が日本農学賞を受賞した。昭和27年には中山悌三が助手に昇任した。
昭和28年3月旧制大学終了と同時に,講座名が農産利用学に改められ,同年4月,渡辺敏幸が技官に採用された。昭和30年2月 中山悌三がアサヒシードルに転出し,後任として佐藤昭雄が助手として採用された。同年4月山内文男は学部入学のため退職した。昭和33年4月佐藤昭雄は工業技術院醗酵研究所に転出し,杉沢博が後任として助手に採用された。昭和35年9月柴崎一雄は教授に昇任し,新設された食糧化学科食品保蔵学講座に移った。昭和36年2月には松田和雄が柴崎の後任として助教授に,渡辺敏幸が助手に昇任した。昭和38年1月に麻生清が残念ながら志半ばにして倒れ,麻生研究室は幕をとじた。
昭和40年4月に後任の教授として玉利勤治郎が新潟大学農学部より着任,同じ頃志田(旧姓佐々木)万理子が非常勤として研究室に加わり後技官として採用された。昭和40年から43年3月まで村上(旧姓葛巻)洋子は教授秘書(技官)として勤務し,昭和43年4月には後任として横尾(旧姓大村)洋子が採用され現在に至っている。昭和43年9月に加治順が農薬化学講座から助手で転入した。
玉利研究室の研究課題は稲イモチ菌を中心とした,毒素,酵素そして細胞壁の構造と機能の研究が主なもので,一方では麻生研究室時代からの糖質の研究も継承された。昭和45年9月杉沢博は香川大学に教授として転出した。昭和49年3月玉利は定年により退官した。
昭和49年9月松田和雄が後任として教授に昇進した。昭和50年4月には加治順が岩手県立盛岡短期大学助教授として転出し,後任として中島佑が同年7月に助手に採用された。昭和51年4月には小林幹彦が助手に採用され,松田研究室は教授1,助手3,技官2というメンバーでスタートした。
松田研究室では,多糖を中心とした生化学的研究が行われ,昭和57年には,中島佑が”真菌細胞壁多糖の構造と生合成に関する研究”で,昭和61年小林幹彦が”デキストランの生合成および分解に関する酵素化学的研究”で,また昭和63年加藤陽治が”植物細胞壁多糖キシログルカンに関する研究”でそれぞれ農芸化学奨励賞を受賞した。松田は昭和57年”オリゴ糖および多糖の生化学的研究”で日本澱粉学会賞,さらに昭和59年に”オリゴ糖および多糖の研究”で日本農芸化学会鈴木賞を受賞した。この間昭和58年3月に志田が助手に昇任し,同年4月に山梨学院短期大学に助教授として転出した。昭和59年7月に渡辺が助教授に昇任し,翌,昭和60年4月に福島大学教育学部教授として転出した。昭和60年10月には中島が助教授に昇任した。松田は昭和61年3月,定年により退官した。昭和62年1月に加藤陽治が助手として採用され,同年4月に弘前大学教育学部助教授として転出した。
昭和62年4月,東京農工大学農学部教授,一島英治が第四代目の教授として東京より着任した。同年5月吉田孝が助手として採用され,また平成2年4月に小林幹彦が農林水産省食品総合研究所に室長として転出し,後任として同年5月に山形洋平が助手に採用された。
一島は酵素化学,分子生物学を研究の中心にすえ,タンパク質工学的手法を用いて,プロテアーゼをはじめとする各種酵素の触媒機構を解析するとともに,産業的に有用な酵素の開発を行った。これらの成果により一島は,平成7年にInternational Award of Recognition 5000 Personalities of the Worldを米国より,そしてThe 20th Century Aword for Achievementを英国より受賞,さらに平成9年”産業酵素の機能開発に関する分子論的研究と応用”で日本農芸化学会功績賞を受賞した。この間平成4年4月,学部改組に伴い講座名が酵素化学に改められた。平成7年4月,横尾正道が,学科共通の技官から助手として昇任し当講座に所属した。平成9年3月,一島は定年により退官した。(中島 佑)
以上「東北大学農学部五十年の歩み(50周年記念誌)」より引用
~その後の歴史は,以下~
本講座は,昭和22年4月東北帝国大学農学部創立から一年半後,昭和23年9月に農産学第六講座(農産製造学)として創設され,昭和28年農産利用学に改められた。麻生清が初代教授として担当した後,玉利勤治郎教授,松田和雄教授,ついで一島英治教授が担当され,平成4年4月には農学部改組に伴い酵素化学講座と名称が変わった。平成8年までの講座の沿革・業績は、「東北大学農学部三十五年の歩み」「東北大学農学部五十年の歩み」に詳しく記されているので省略する。
平成9年3月一島は定年により退官したが,その後任として平成9年4月に中島佑が教授に昇任した。中島教授は真菌の細胞壁生合成の研究,植物のデンプン合成酵素,糖質代謝酵素の研究を推進した。平成11年6月にキッコーマン(株)中央研究所より阿部敬悦助教授が着任し,平成12年2月に吉田孝助手が弘前大学農学部に准教授として転出した。阿部准教授は糸状菌のゲノム情報を利用した応用技術開発として農薬探索システムの構築や生分解性プラスチック分解系の開発を行った。山形助教は糸状菌及び細菌のプロテアーゼの研究を進めた。平成15年4月より大学院の組織改編に伴い,分子酵素学分野と名称が変わった。平成17年3月中島は定年により退職し,その後任として平成17年9月内田隆史が東北大学加齢医学研究所から教授として着任した。阿部敬悦准教授は,平成21年7月農学研究科応用微生物学分野の教授に昇任した。また,山形洋平助教が平成21年10月に准教授として東京農工大学に転出した。平成22年4月に,二井勇人が東京大学大学院総合文化研究科生命環境科学系から准教授として着任した。平成23年5月に,日高將文が当該分野の博士研究員から助教に着任した。内田教授は,プロリン異性化酵素 Pin1の機能に関する研究を推進した。平成31年3月内田教授は定年により退職した。その後令和2年4月に,小川智久が東北大学大学院生命科学研究科応用生命分子解析分野(旧生命素子機能分野)から教授として着任した。令和5年5月に,Khadija DAOUDIがモロッコパスツール研究所(モロッコ)から助教(KPI)として着任した。小川研究室では,ヘビ毒やクモ毒などの毒タンパク質の構造と機能・分子進化と,医薬や農薬への応用に関する研究を推進し,特にアルツハイマー病に関わるアミロイドβの特異的分解やγセクレターゼ阻害ペプチドの探索の研究を進めている。また,真珠バイオミネラリゼーションに関わる酵素・タンパク質の構造と機能やレクチンに関する研究を進めている。令和4年4月より大学院の組織改編により酵素化学分野となり,現在に至っている。(小川智久)
以上「東北大学農学部八十年の歩み(80周年記念誌)」より引用
令和7年9月に,王正光が当該分野の博士課程を卒業後に助教(KPI)に就任し,アルツハイマー病等の疾患に関わるレクチンに関する研究を進めている。令和8年2月に,日高助教は農学研究科放射光生命農学センターの准教授に昇任した。
歴代教授
初代 麻生 清 (昭和23年9月〜昭和38年1月)
第2代 玉利勤治郎 (昭和40年4月〜昭和49年3月)
第3代 松田和雄 (昭和49年9月〜昭和61年3月)
第4代 一島英治 (昭和62年4月〜平成 9年3月)
第5代 中島 佑 (平成 9年4月〜平成17年3月)
第6代 内田隆史 (平成17年9月〜平成31年3月)
第7代 小川智久 (令和 2年4月〜)