「塾」と名乗ることで、詰め込み教育的なイメージや、「偏差値至上主義」的な論理が持ち込まれますし、それが子どもの学びの視野を狭いものにしてしまうことがあります。(全ての塾がそうだとは言いませんが)
あえて「学校でも塾でもない」とすることで、通う子どもたちには「見立て」から自由になってもらって、学びの視野を養ってほしいと、ささやかに願っています。
教える側の我々も、単なる言葉だけのポーズではなく、保護者や子どもへの接し方ふくめて、町の「てらこや」のつもりでいようと思います。
塾の枠組みから外れることによって、より柔軟な授業ができますし、質を高めることもできると考えています。
てらこや余間で働くスタッフは長年にわたって、塾で勤めてきたスタッフが中心となります。
代表は、文系理系含めて、広い偏差値帯の生徒を多数指導してきたベテランで、従来的な塾の講義スタイルではなく、生徒の特性の緻密な分析と、方法への意識を説くことで、数々の実績を上げてきました。
また、低学年には子育てを勤め上げた主婦のかたがたにも担当をお願いをしているので、経験を活かして、先を見据えた教え方や相談ができます。
塾の教材の優れた点の一つに、とにかく「量が多い」ということが挙げられます。また、塾が実績として掲げたいようなごく一部の超上位校向けには、教材は練磨されているとも言えるでしょう。
反面、集団指導では生徒に合わせた量に宿題が調整されることはありませんし、生徒の志望校が上位校でない場合、こまかな傾向については捨て置かれていることもしばしばあります。
また、著作権上の問題から図版が少なく、現代の「視覚優位」の子どもたちにフィットしたものかどうか疑わしい部分があることは実は盲点とも言えるでしょう。
てらこやでは、こうした縛りがなく自在に、教材を編成することができます。
個別授業では、もちろん学校教材の持ち込みも可能ですし、従来、教材とは思われていないようなものを教材に用いることもあります。
生徒が理解を示さないときには、実際は講義以前の知識や経験が不十分なことがほとんどで、こうした場合には「そもそも」に立ち返って指導をする必要があります。
例えば、容積を混同してしまう子には実際の容器を「教材」として示してみせること、歴史の知識がない生徒には便覧を見せることなど、個々のケースに応じて現物を示して授業できることはてらこやの強みです。
いわゆる入会テストのようなものは行なっていませんし、学力や偏差値で入会をお断りすることもありません。
周りに迷惑をかけないという当たり前の姿勢があり、てらこや余間の取り組みや姿勢について御理解いただけるご家庭であれば、ひろく歓迎しています。
演習式の「トレーニング」と講義式の「レッスン」を、臨機応変に使い分けて指導できる点が挙げられます。
子どもの理解度やタイミングによって、少しの助言で「トレーニング」を黙々とやった方が良い場合があれば、基礎知識を一から十まで授業された方が良い場合もあります。
また、集団授業においてカリキュラムは遵守すべき指針ですが、それは大人数に教える便宜上の必要からくるものです。
弊てらこやでは、カリキュラムは意識しつつも、その都度最適な対応をすることができます。