001 鉄道連隊の花見川架橋作業の紹介

鉄道連隊の花見川架橋作業の紹介 1

1 はじめに

2012年12月に「花見川河川敷内で発見された戦争遺跡の予備調査」を実施し、2012.12.29記事「戦争遺跡予備調査報告書の公表」で公表しました。

この調査で、鉄道連隊が建設した鉄道橋の橋台を発見しました。

2012年12月実施調査で発見した鉄道橋の橋台

この橋台は、これまで樹木に覆われていて地元住民も気がつきませんでしたが、2012年12月調査で発見され、その後河川管理者の協力により周辺の蔦類が取り払われ花見川サイクリングロードから見えるようになりました。

この調査の参加者である海老川乱歩さんは戦前期鉄道に興味をもっておられることから、この橋梁の架橋工事の写真を書籍「写真に見る鉄道連隊」(髙木宏之著、光人社発行)の中に見つけました。

これらの写真には、架橋作業の詳しい様子とともに、架橋地点付近の戦前期地形の様子等も写っており、花見川流域の歴史を知る上で貴重な資料であることがわかりました。そこで、書籍著者および出版社から許可をいただき、このブログで紹介させていただきます。

2 紹介写真サムネール

次の写真を書籍説明とともに順次別記事で紹介し、感想を述べるとともに必要な検討をおこないます。

紹介写真サムネール

写真の出典は「写真に見る鉄道連隊」(髙木宏之著、光人社発行)

写真掲載は著者及び発行元の承諾済み

「写真に見る鉄道連隊」(髙木宏之著、光人社発行)で初めて知ったのですが、柏井橋梁を通る鉄道は最初軽便鉄道が敷設され、その後普通鉄道が敷設されました。昨年発見された橋台は普通鉄道用の橋台であったことが、この書籍から判りました。

このブログで紹介する写真は柏井橋梁の軽便鉄道架橋写真3葉、柏井橋梁の普通鉄道架橋写真3葉、花島橋梁の軽便鉄道架橋写真2葉です。

3 鉄道連隊が建設した花見川架橋の位置

鉄道連隊が建設した柏井橋梁と花島橋梁の位置を戦前の地図と現代の地図で示します。

鉄道連隊が建設した柏井橋梁と花島橋梁の位置(戦前地図)

鉄道連隊が建設した柏井橋梁と花島橋梁の位置(現代地図)

花島橋梁は現在の花見川大橋の位置と同じです。

鉄道連隊敷設鉄道敷がそのまま現在の道路敷として利用されているところが多いことに気がつきます。

注 鉄道連隊建設橋梁の名称

このブログでは鉄道連隊が建設した橋梁名称は「写真に見る鉄道連隊」(髙木宏之著、光人社発行)で使われている名称を準用することにします。

なお髙木宏之氏からいただいた情報で確認したところ、柏井橋梁については公文書(「普通鉄道運転教育施設整備の件」陸軍省-密大日記-s8-2-6)(アジア歴史資料センター)中に「柏井鉄道橋材料常備セリ」という文言があり、公式名称は柏井鉄道橋、花島鉄道橋となるのかもしれません。

4 参考 柏井橋梁を通る鉄道関係の公文書

柏井橋梁を通る鉄道(「花島迂回線」)に関連する公文書2通の閲覧が可能であることを参考までに紹介します。

公文書その1

表題:千葉県犢橋村所在国有原野管理換ノ件

作成者:臨時陸軍建築部

年代域:明治44年6月~7月

備考:軽便鉄道建設のための国有原野管理換の件

公文書その2

表題:普通鉄道運転教育施設整備の件

作成者:近衛師団長 鎌田 弥彦

作成年月日:昭和8年1月14日

備考:普通鉄道常設整備の上申

この二つの公文書は国立公文書館アジア歴史資料センターのWEBで閲覧できます。(キーワード「柏井」で検索すると2つの文書ともヒットします。)

つづく

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