4. アカモズ保護増殖プロジェクト
ーアカモズと共に生きる社会を目指してー
ーアカモズと共に生きる社会を目指してー
豊橋総合動植物公園で公開しているアカモズ
アカモズは種の保存法において国内希少野生動植物種、長野県希少野生動植物保護条例では特別指定希少野生動植物に指定されており、保全が求められています。
2022年より、人間環境大学環境科学部フィールド生態学科岡久研究室が中心となってアカモズ保護増殖プロジェクトおよび複数のワーキンググループを立ち上げ、環境省信越自然環境事務所、長野県、豊橋総合動植物公園、飯田市立動物園、長野アカモズ保全研究グループ、信州大学理学部、北海道大学大学院地球環境科学研究院、森林総合研究所、国立環境研究所、長野県環境保全研究所、(社)野生生物生息域外保全センター、(財)自然環境研究センター、Ecovet's動物病院、地方公共団体、JA、地域住民等との協働により、絶滅の危機に瀕するアカモズを救うための活動を実施しています。
2023年2月には「長野県アカモズ保護増殖ロードマップ 2023-2026」、2023年3月には「アカモズ生息域外保全実施計画 2023-2026」、2025年3月には「長野県におけるアカモズの野生復帰実施計画 2025-2027」等を策定し、関係者が一体となってアカモズの保全を推進しています。
とくに当研究室では、本州の個体群を対象として、科学的評価と計画の順応的管理を基軸とし、生息域外保全と生息域内保全の統合的保全活動(ワンプランアプローチ)の推進に注力しています。
アカモズ(亜種アカモズ、学名:Lanius cristatus superciliosus)は、モズ科に属する全長20cmほどの小型の鳥で、春から夏のあいだ日本で繁殖し、秋から冬はインドネシアの島嶼部で過ごす渡り鳥です。美しい赤茶色の背中と白い腹部、そして目の周りを横切る黒いラインが特徴的です。
アカモズには3-4の亜種が認められており、このうち日本のみで繁殖するものが亜種アカモズです。亜種アカモズは約38万~80万年前に大陸の亜種と別れて進化したことが分かっています(Aoki et al. 2021)。 また、国内においても本州と北海道の個体群では遺伝的差異が認められています。
アカモズは北海道と本州の草原、畑地など、低木が点在する開けた環境を好んで暮らします。主には昆虫を食べます。
春になると日本に渡来し、低木に巣を作ります。1回の繁殖で産む卵の数は4~6個程度。メスが約2週間抱卵し、ふ化した雛はさらに約2週間で巣立ちます。この間、親鳥はつがいで協力して子育てを行い、昆虫を頻繁に運んでは、雛たちを育てます。
アカモズは繁殖期の終わりとともに換羽し、8月頃には東南アジア方面へと旅立ちます。
豊橋総合動植物公園で公開しているアカモズ
アカモズはかつて東日本を中心に極めて広い範囲で見られる一般的な鳥でした。例えば、1960年代には長野県だけでも11,000羽以上が生息していたとされています。しかし、過去100年で90.9%もの生息地が消失し、急速に個体数を減らしています(Kitazawa et al. 2021)。2022年時点で全国での確認個体数は200羽を下回っており、本州個体群については45つがい(90羽程度)のみが確認されていました。
2022年に当研究室で実施した存続可能性分析において、早ければ2026年にも、予測の中央値でも2030年頃には本州個体群が絶滅すると予測されました。そのため、「今がアカモズを救える最後のチャンス」であり、保全が喫緊の課題となっています。
アカモズの減少には、いくつもの要因が複雑に絡んでいると考えられます。
繁殖地である日本においては、草原や低木林が土地開発や農地転換で減少し、森林の遷移が進行して繁殖に適した環境が失われました。近年は風力発電や太陽光発電による開発によってもアカモズの生息地が失われています。
残存する繁殖地では、ネコ、キツネ、カラス、ハクビシン、アオダイショウなどによる卵や雛の捕食、人の接近などによる繁殖放棄、農作業による繁殖の攪乱などが生じています。さらには、農業資材として使われるビニール紐へ脚が絡まる事故や自動車との交通事故も確認されています。
このほかに、中継地や越冬地の環境悪化も影響を与していると考えられます。アカモズの越冬地であるインドネシア周辺では、モズ科鳥類が鳴き声コンテストを目的として多数捕獲されており、アカモズも捕獲されていることが確認されています。また、開発や森林火災によってアカモズの生息適地が越冬地でも減少していると推測されます。
〇長野県におけるアカモズの繁殖つがい数
2022年 45つがい
2023年 39つがい
2024年 41つがい
アカモズが本来暮らしてきた環境を守り、少しでも存続の可能性を高めるために、私たちは繁殖地で多角的な保全活動を行っています。
アカモズの最大の課題のひとつが巣の捕食です。そこで、卵や雛を捕食するネコやカラス、アオダイショウ、ハクビシンなどへの対策として、巣の周囲に「捕食者ガード」を設置し、繁殖成功率の向上を図っています。また、地域住民の皆さんには、繁殖期にネコを屋内で飼っていただくよう協力をお願いしています。
アカモズの巣に使われるビニール資材を減らし、脚が絡まる事故を抑制するために、アカモズの渡来前から繁殖地でのゴミ拾い活動も実施しています。
観察や撮影による「人の接近」も繁殖放棄の原因となることから、写真愛好家やバードウォッチャーの方々に向けて、観察マナーの周知を行っています。なお、繁殖地におけるアカモズの観察は、絶滅を招く要因となる恐れがあります。そのため、生息地については非公開としております。アカモズが絶滅の危機を脱するまで過度な訪問は控えていただければ幸いです。
アカモズに関する社会教育活動にも力を入れており、地域住民にとってアカモズを守ることが誇りや価値につながるような社会づくりを目指しています。
このほかにも、アカモズの分布・繁殖状況のモニタリング、センサーカメラを用いた捕食者の分布調査、餌昆虫の定量調査、巣材に含まれる人工物の分析、巣内共生昆虫相の評価など多様な研究を進めています。
こうした生息地での取り組みは、当研究室の学生たちによって日常的に支えられています。現場での保全活動による経験は、未来の保全人材の育成にもつながっています。
今後も、科学的な知見と地域の知恵を融合させながら、アカモズが自然の中で生き抜ける環境を支える取り組みを現場から積み重ねていきます。これは、人とアカモズが共に暮らす新しい地域社会の形をつくる実践でもあると考えています。
「生息域外保全(ex-situ conservation)」とは、本来の生息地の外で生物を保護・育成する保全の方法です。アカモズのように、繁殖地での個体数が急激に減少している種では、野生下だけでは絶滅を防げないおそれがあります。そのため、動物園や保護施設などでアカモズを一時的に飼育・繁殖し、将来的に野生復帰を目指すことを検討しています。
環境省による許可のもと、豊橋総合動植物公園、飯田市立動物園、北海道大学大学院地球環境科学研究院、(社)野生生物生息域外保全センター、国立環境研究所等と連携し、緊急避難的措置としての生息域外保全を行っています。
捕食等により放棄された巣に残された卵の保護と人工育成、野生復帰に向けたアカモズの順化訓練の試験実施、近縁種モズを用いたヘッドスタート方式の検討、SNPsにもとづく飼育個体群の遺伝的多様性の評価・維持、複数施設でのアカモズの分散飼育、細胞培養等を実施しています。
2023年には世界で初めてアカモズの人工ふ化・人工育雛に成功し、それ以降毎年アカモズ卵の育成に成功しています。
当研究室の学生たちも毎日動物園でアカモズの飼育補助や研究活動を行っています。
〇【環境科学部】国内希少野生動植物種アカモズの人工育雛に成功しました https://www.uhe.ac.jp/info/ntf/230828001786.html
〇国内希少種アカモズの保全活動の経過について ~2年連続、世界2例目の人工育雛成功~
https://www.uhe.ac.jp/info/ntf/240810001933.html
〇日本国内におけるアカモズの飼育個体数(2024年8月9日時点)豊橋総合動植物公園 14羽
野生生物生息域外保全センター 2羽
合計 16羽
豊橋総合動植物公園で育成したアカモズのヒナ
豊橋総合動植物公園にある野鳥園の屋外飼育施設においてアカモズの飼育と行動学的研究を実施しています。このため、園内の観覧通路からアカモズを観察できるようになっています。併せて、園内「ひだまり交流館」ではアカモズの保護活動に関する動画放映とパネル展示を行っています。
動物園来園者の皆様には、実際にアカモズをご覧いただくことで、絶滅の危機に瀕するアカモズの保全についてより身近に感じていただけるものと期待しています。なお、飼育個体の状態、順化試験計画の変更などにより、急遽公開を中止とする場合もありますので最新の情報は動物園の公式サイトをご確認ください。
また、アカモズの保全を推進するための普及啓発イベントを不定期に開催しています。過去に実施したシンポジウムの様子もYoutubeで配信しています。
〇Youtube のんほいパーク公式チャンネル
「よみがえれアカモズ!保全推進シンポジウム」
https://www.youtube.com/watch?v=HBP1YVWWsvM
豊橋総合動植物公園にお越しいただいた際には、ぜひアカモズチャリティグッズ「アカモズぬいぐるみキーホルダー」をご購入下さい。売り上げの一部はアカモズの保護活動の費用とさせていただいております。
飼育下のアカモズのスポンサーも募集しております。これは、皆さまに支えられながら動物の飼育環境の向上を進めていく制度です。皆さまからいただいたスポンサー料は、アカモズのエサ代等に活用されます。
〇のんほいパーク動物スポンサー
アカモズ保護増殖プロジェクトは、本当に多くの皆さまの支援と応援によって支えられています。皆さまと共に、「アカモズと共に生きる社会」を実現していけることを心から願っています。
・本事業は、JSPS科研費(24K08959)、環境省生物多様性保全推進交付金、日本動物園水族館協会野生動物保護募金、東京動物園協会野生生物保全基金及びサントリー世界愛鳥基金の助成及び人間環境大学奨学寄附金、故 田中亜美 様、豊橋ゴールデンロータリークラブ等の皆様からのご支援を用いて実施しています。
・全ての活動は、環境省および地方公共団体による許認可のもと、関係法令を遵守して実施しています。
・マスコミの方による取材、教育機関等による講演依頼および企業様からのヒアリング等お受けしています。関係団体が主体となって行っている活動については関係者を紹介させていただくこともありますのでご了承ください。
・繁殖地におけるアカモズの取材は、本種の絶滅を招く要因となる恐れがあります。そのため、本種の保護の観点から、日本国内の生息地については非公開とさせていただきます。