20世紀初頭の,Russellによる分析以降,英語の確定記述(e.g., 'the present king of France')そして不確定記述(e.g., 'a brown cow')は広く研究されてきた.しかしながら,冠詞を持たない諸言語(ポーランド語といったスラブ諸言語,日本語といった東アジア諸言語,etc.)における記述の研究は立ち遅れている.日本語においては,指示詞(e.g., 「あの」,「この」)や量化詞(e.g., 「すべての」)などを含まない裸名詞句 bare NP が英語の記述のような役割を果たす.
(1) 現在のフランスの国王は優秀である.
例えば話者が(1)と発話することによって,話者は特定の人物について語っているように思われる.名詞句「現代のフランスの国王」は,少なくとも表面上,冠詞にあたる語句を含まない.日本語の裸名詞句を含む文は一体どのように分析されるべきなのだろうか.
本発表では,私は第一に,日本語裸名詞句の特徴を解説する.とりわけ,その作用域と,英語裸複数名詞 bare plural との類似点について議論する.続いて第二に,日本語のヌル項 null argument の振る舞いに基づき,裸名詞句は意味解釈に関係のある複雑な統語論的構造を有さない,と主張する.これは,裸名詞句は複雑な構造をもつ限定詞句 DP である,と考えるWatanabe(2006)のような発想に対抗する主張である.
第三に,私は,飯田(2004)による日本語裸名詞句の分析を解説し,そしてそれに問題点があることを指摘する.飯田は(1)を不確定記述を含む文として分析し,その用法を情報構造の概念に基づき説明する.最も重要な問題点は,飯田の分析は,(2)のような裸名詞句のロバ文的用法における,唯一性・最大性を容易に導出することができない,というものである.
(2)得意教科を持つすべての生徒は得意教科で満点をとった.
結論として,第四に,Chierchia(1998),Dayal(2004)が推し進めるような,タイプ変換といった独立の意味論的法則に基づく裸名詞句の意味論を擁護する.日本語の裸名詞句それ自体には,不確定記述・確定記述といった特定の論理形式を付与せずに,述語と解釈することによって,裸名詞句の所々の特徴を統一的に説明することができるのである.
参考文献
飯田隆(2004). 記述について.
Chierchia, G. (1998). Reference to kinds across languages. Natural Language Semantics, 6(4):339–405.
Dayal, V. (2004). Number marking and (in)definiteness in kind terms. Linguistics and Philosophy, 27(3):393–450.
Watanabe, A. (2006). Functional projections of nominals in Japanese: Syntax of classifiers. Natural Language and Linguistics Theory, 24:241–306.