神の存在を証明できますか?
昨今、科学者たちは人間の脳や遺伝子や他の仕組み、動植物、地球、そして、宇宙を詳しく研究した結果、そこには人間の科学を凌駕する驚くべきしくみがあることを理解するようになりました。そのしくみには意図的な設計・製作が必要なはずです。そのように考えた結果、人間以上の英知を持つ偉大な存在者、つまり神が存在すると考えるようになった科学者たちも少なくありません。
上記はいわゆる「創造論」という考え方、最近では「ID理論」とも言います。それに対立しているのは「進化論」ですが、しかし、進化論の学者の間でも、諸説あって一定ではなく、実際に、どのように進化してきたのか、そのメカニズムはまだ解明されていないのが現状です。
家は大工さんが作り、鉛筆や消しゴムもあらゆる製品はだれかが作りました。ですから、「仕組みのある物には何らかの意図的な設計が必要(=だれかが作った)」というのは、我々の日常生活からすれば、当たり前の論理であり、進化論にはその当たり前の論理を覆し得る証拠の提示が求められているのです。
________________________________
そして、進化論の決定的な欠陥は、それが物質レベルの観点からでしか考察がなされていないという点です。つまり、生命には、生命力という、明らかに物質レベルでは説明できない力が働いているからです。生命力や、あるいは心などの目に見えない存在は物質世界よりも高い次元を考慮に入れなければ決して説明することはできないでしょう。
生命が発生するには、進化論者が言うように、単に物質的な条件が揃いさえすればよいというわけではありません。どんなに有望なたんぱく質が偶然できたとしても、そこに生命力が宿るのでなければ、それは単なる物質であり、生命とはなり得ないのです。
聖書はその点を明快に答えています。神という目に見えない霊的な実在者がおられ、人間に霊(生命力)を付与して、生きる者としてお造りになったのです。
________________________________
では、生命はどのように誕生しましたか? 偶然(進化)によってでしょうか、それとも、意図(創造)によってでしょうか。上述した通り、創造されたと考えた方が、理にかなっているとは思いませんか。
もし、意図的に創造されたというのであれば、そこには、意図的な目的を持って物事を設計し、製作することのできる、そのような人格者の存在が必要となってきます。そうです、古代から人々は、大自然の中にそのような何か偉大な存在を感じ、「神」と呼んで、畏れを抱きつつ崇めてきたのです。