これまでの研究

スピントロニクスにおける量子不純物

量子ドットとはドブロイ波長程度の領域に電子を閉じ込めたナノサイズの箱です.これにソース・ドレインおよびゲート電極をとり付けると,単一電子トランジスタとなります.またあるゲート電圧では,量子ドットは局在スピンのようにふるまいます.このとき電子はトンネル効果により電極側にわずかに浸み出すため,遍歴スピンとスピンを交換します.するとスピン演算子の非可換性およびパウリの排他律による散乱状態の制限から,低温・低電圧ではスピン交換が対数関数的に増強され(近藤効果),フェルミ準位近くに鋭い共鳴状態ができます.この共鳴状態は微分コンダクタンスなどの物理量にも対数的な依存性(零バイアス異常)を引き起こします.量子ドットにおける近藤効果は,電極材料をかえたり外部から振動電場をかけるなどして制御ができるもっとも基本的な量子多体効果であり,これを用いたナノ機能素子の可能性が研究されてきました.

電極に強磁性体材料を用いると近藤効果はどうなるでしょうか?まず遍歴電子のスピン分極を反映して,近藤共鳴状態もスピン分極します.それに加えて,電極への波動関数の浸み出しも影響を受けます.ドットのスピンが強磁性体電極の多数スピンと同じとき[図 a],波動関数は電極側に浸み出しやすくなります.一方反対向きのとき,波動関数は電極側に浸み出しにくくなり[図 b],エネルギーの利得は減ります.そのため量子ドットのスピンは電極の多数スピンと同じ向きの方が安定です.この量子ドットのスピンと電極の磁化にはたらく磁性的相互作用は,スピンの反転散乱を抑えひいては近藤効果を抑制します.その結果,零バイアス異常は分裂[図 c]すると考えられます[1,2].これはニッケルのブレーク・ジャンクションにフラーレンを挟んだ構造などで実験がなされています[3].

(a) 量子ドットのスピンが強磁性体電極の多数スピンと同じとき,波動関数は電極側に浸み出しやすい.一方で反対向きとき,浸み出しは小さい.

(c) 微分コンダクタンス.低温になると零バイアスピークの分裂がみられる.

[1] J. Martinek, Y. Utsumi, H. Imamura, J. Barnas, S. Maekawa, J. König, G. Schön:"Kondo effect in quantum dots coupled to ferromagnetic leads", Phys. Rev. Lett. 91, 127203 (2003)

[2] Y. Utsumi, J. Martinek, G. Schön, H. Imamura, S. Maekawa: "Nonequilibrium Kondo Effect in a Quantum Dot Coupled to Ferromagnetic Leads", Phys. Rev. B 71, 245116 (2005)

[3] A. N. Pasupathy, R. C. Bialczak, J. Martinek, J. E. Grose, L. A. K. Donev, P. L. McEuen, and D. C. Ralph, Science 306, 86 (2004).