ナノサイエンス・メゾスコピック系の量子物理
私たちの身の回りは、小型で高性能な電子機器であふれています。どこでもスマートフォンでインターネットにアクセスするのも日常的な光景です。これらは、1950年代に始まった半導体トランジスタの発明と集積化技術の進歩によるものであり、半世紀以上にわたる微細化の成果と言えます。トランジスタの集積度が2年で倍増するという「ムーアの法則」に従い、半導体素子の微細化が進み、現在では十ナノメートル程度に到達しました(ナノは1/1000000000)。このような微細構造では、量子力学的な現象が顕著になります。代表例として、トンネル効果による漏れ電流やそれに伴う発熱が挙げられます。一方で、量子力学を積極的に活用した量子素子の研究も進んでいます(素子とはトランジスタなど回路の基本単位の部品のことです。デバイスということもあります)。
量子素子は、基礎物理学の観点からも非常に興味深い対象です。これらの微細構造では、量子状態を制御することで、量子力学における「思考実験」を実現できます。例えば、GaAsの界面2次元電子系を用いたアハロノフ・ボームリングを使った電子波の干渉実験は、その代表例です。現在、単一原子や分子、超伝導体、磁性体などを用いた研究が進行しており、量子コンピュータやスピントロニクスといった分野で多彩な成果が期待されています。
我々の研究は、量子素子に関連する物理現象や情報処理過程を種々の方面から探求し、その背後にある普遍的な原理を明らかにすることで、新しい機能の提案を目指しています。メゾスコピック系の魅力は多岐にわたります。まず、①ナノ構造における低次元性により、電子相関が増強され、近藤効果や分数量子ホール効果に代表される新奇な量子多体状態が現れることがあります。また、②量子素子はその小さなサイズゆえに、通常の熱力学では無視される「揺らぎ」が顕著になり、非平衡状態で動作するため、非平衡量子熱・統計力学の対象にもなっています。
参考書:物理学叢書 メソスコピック物理入門 イムリー著、樺沢宇紀訳 (吉岡書店 2000 出版)
図:量子ドット‐アハロノフ・ボーム干渉計(京大化研小野・小林研究室(現:東京大学小林研究室)による)
学生の皆さんへ
4年生からは研究室に配属され、各自テーマに沿って卒業研究を行います。テーマは発展性があると私が思うものの中から選んでいただいています(以下を参考にしてください)。もし私がアドバイス出来そうなもので、各自で取り組んでみたいテーマがありましたら、そちらを優先いたしますのでご相談ください。
研究は授業とは異なり、未知の現象について解決の糸口を探し、知識や技術を発展させ、答えを導き出してまとめ、公表するという一連の作業を主体的に行います。研究に必要な専門知識の多くは実地で身につきますが、基礎知識がしっかりと身についていることが最低限必要となります。そのため、授業(数学全般、解析力学、電磁気学、熱力学、統計力学、量子力学、物性物理)で基礎をしっかり学んでおいてください。学術研究の場での「基礎」はある程度のレベルが求められます。講義は知識体系が習得できるように構成されていますので、その場で理解できなくても、後から「勉強したことがある」と思い出し、独習できる程度には取り組んでください。そして、「分からないこと」、「分かったつもりで分かっていないこと」、「完全に理解していること」を客観的に区別できるようになれば、研究を進める上で非常に役立ちます。
加えて、Python、Mathematica、LaTeX(LinuxおよびFortranを含む)なども数値計算や論文作成に用いますが、これらは実地で習得できるため、心配はいりません。また、研究では数式や計算機を日常的に扱うため、数学や計算が好きであることが望ましいでしょう。
年度 卒業論文題目
2024 Büttiker のモデルに基づく量子点接触の透過確率の WKB 近似
2024 位相推定アルゴリズムについて
2023 メモリスタの理論解析
2023 ブラウニアン回路をグラフィカルに作成する手法
2023 RL 回路を用いたリザバーコンピューティングの検証
2023 量子計算と Qiskit
2022 2 準位系の熱機関
2022 LLG 方程式とマイクロマグネティックシミュレーション
2022 順伝搬型ニューラルネットワークとその実装
2022 Renyi エンタングルメントエントロピーと完全計数統計
2022 ディラック方程式からスピン軌道相互作用の導出
2021 量子誤り訂正
2021 確率ペトリネットによるニューロン回路素子の経路積分解析
2021 電圧制御磁気異方性によるSTO 物理リザバーコンピューティング
2021 螺旋構造に基づくCISS の解析
2021 ブラウニアン回路素子によるニューロン回路の数値シミュレーション
2021 情報幾何学の基礎と応用に関して
2021 カイラル誘起スピン選択効果におけるエナンチオマー分離の温度依存性
2020 超伝導量子ビットのエネルギースペクトルのゲート電圧依存性
2019 STOを用いたリザパーコンピューティングの検証
2019 シミレーションを用いた熱力学の妥当性
2019 STOを用いたリザパーコンピューティングの検証
2019 シミレーションを用いた熱力学の妥当性
2018 ブラウニアン計算機の計算時間分布の数値シミュレーション
2018 Qiskit による量子回路シミュレーション
2017 スピントルク発振器の結合
2016 磁化の歳差運動におけるランダムスピントルクの影響
2016 一本鎖DNAのスピン軌道相互作用によるスピントルク
2015 熱雑音を用いた位相依存準粒子ジョセフソン効果の検証
2015 DNA の電気伝導
2014 量子ビットのデコヒーレンス
2014 磁化ダイナミクスにおける自己発振
2014 自己発振の臨界点
2013 量子ポイントコンタクトの有限温度における電流の確率分布の解析
2013 MRAMの小型化における熱揺らぎの影響
2012 直交座標でのスピントルクアシストによる磁化ダイナミクスの数値シミュレーション
2012 極座標での反磁場中のスピン偏極電流と熱ゆらぎによる磁化反転の数値シミュレーション
2012 確率微分方程式の数値計算法
2011 量子系におけるフォノン流の分布
2011 半導体量子ドットにおけるスピントロニクス
2010 ナノ系におけるメモリ消去に伴う発熱
2010 2重量子ドットエネルギー準位への核スピンの影響
年度 修士論文題目
2024 ブラウニアン回路ニューロモーフィックモジュールの学習
2024 マイクロマグネティックシミュレーションによる磁気渦の運動
2024 CISS効果によりカイラル分子端に誘起される電子のスピン状態
2024 直線素子を用いたリザバーコンピューティングの実装
2023 ブラウニアン回路によるニューロモーフィックモジュール
2023 CISS 効果によりカイラル分子端に誘起される電子のスピン状態とエナンチオ選択性の解析的研究
2023 古典速度限界のバウンドの妥当性
2023 有限p軌道原子鎖と強磁性体の接合における電子状態
2020 ブラウニアン加算器の計算時間分布
2019 スピントルク発振器の結合におけるスピン蓄積ダイナミクスの効果
2018 カイラル分子におけるスピン依存伝導