Commentary
発表した論文の簡単な解説文です。研究内容の詳細に関してご質問等ありましたら、お気軽にメールにてご連絡ください。
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陸上植物が作り出すリグノセルロースの生分解は、地球上の炭素循環を駆動する物質変換の一つであり、その理解は重要です。リグノセルロースの主成分であるセルロースについて、陸生微生物による分解が広く研究されてきましたが、深海環境におけるセルロースの分解機構はほとんど解明されていません。本研究では、セルロース加水分解酵素(セルラーゼ)の高感度アッセイ技術であるSPOT(Surface Pitting Observation Technology)を用いて、富山湾の深海から新規のガンマプロテオバクテリア株TOYAMA8を分離培養し、ゲノム解析やトランスクリプトーム解析、本株が持つセルラーゼの詳細な配列解析などを実施しました。
アンモニア酸化バクテリア(AOB)やアーキア(AOA)と呼ばれる微生物は、アンモニア(NH4+)を酸化して亜硝酸(NO2-)にする機能を持ち、地球上の窒素循環を理解する上で重要な生物群です。AOAやAOBの系統分類や環境分布を調べる上で、amoA(アンモニア酸化酵素)がマーカー遺伝子として広く利用されています。
ところがこの遺伝子は系統間で配列保存性が低く、全てのAOA/AOBをカバーする汎用PCRプライマーの設計が困難なため、アンプリコン配列解析には多くのバイアスが混入します。一方でamoA遺伝子は環境中の存在量が少ないため、メタゲノム解析やメタトランスクリプトーム解析といった網羅的ショットガンシーケンス解析では、現実的なシーケンス量での解析が困難です。
そこで私達は、キャプチャーシークエンシング法 と呼ばれる実験的手法を用いて、amoA遺伝子を選択的に濃縮しシーケンスして配列データ解析を行う、新規の実験・バイオインフォ解析手法を構築しました。本手法を用いて複数の海洋サンプルを解析したところ、一般的な解析手法よりも遥かに低バイアス・高効率・高解像度に解析できることを示しました。本手法は海洋のみならず、土壌など他の環境サンプルを対象にすることも可能です。本手法の応用によって、地球上で窒素循環を駆動している微生物群集の多様性評価が進むと考えられます。
多くの微生物は制限修飾系(Restriction-modification system; RM system)を備えています。これは、DNA化学修飾(エピゲノム)を巧妙に利用して、ファージ感染などの外来DNAの細胞内侵入を防御する仕組みです。しかしこの防衛戦略は完璧ではなく、RM systemを突破して宿主への感染に成功してしまうファージが確率的に発生することが知られています。一度感染に成功したファージは、細胞内で宿主由来のエピゲノム機構の影響を受けるため、宿主と全く同じエピゲノムを獲得してしまい、RM systemに対する耐性を獲得してしまうと考えられてきました。(イメージとしては、強盗が建物にこっそり侵入しIDカードを盗むことで、その建物の玄関のセキュリティゲートをいつでも自由に通過できるようになってしまった状態です)この現象は昔からよく知られており、実際に実験室での感染培養実験で容易に確認できるようですが、そのメカニズムはエピゲノムレベルで検証が行われていませんでした。
そこで本研究では、ピロリ菌に感染するウイルス(ファージ)を利用して、多段階で異なるエピゲノムを持つ宿主(ピロリ菌株)に順番に感染させる実験を行いました。そして、それらの感染段階に応じて、ファージの感染価やエピゲノムがどのように変化するか解析し、両者がよく関連していることをデータで示しました。このことは、通説とされてきたメカニズムを良くサポートする結果でした。
糖質の代謝に関わる酵素は糖質関連酵素(CAZyme)と呼ばれ、その機能やタンパク質配列、構造などの情報はCAZyデータベースで体系的に整理されています。特に糖質分解酵素(Glycoside Hydrolases; GHファミリー)は、様々な糖質を分解し生物が利用するために重要な酵素群です。今日まで、特に陸上の様々な生物・微生物・環境メタゲノムなどを対象にCAZymeの探索研究が進められてきましたが、GHファミリーを含むCAZymeの全体像はまだまだ未知です。特に深海環境は、CAZyme探索研究の報告例がほとんどありません。深海は、海洋表層から様々な生物由来物質が沈降して蓄積する場であり、陸上とは大きく異なる生物分解が発達している可能性があります。そこで本研究では、特にβ-N-acetylgalactosaminidase(β-NGA)酵素に着目し、深海堆積物のメタゲノム配列から新規酵素の探索を行いました。その結果、酵素候補配列が得られ、これは既知酵素とほぼ全く異なる配列であったものの、酵素学的実験からその機能を実証しました。さらに、この新規酵素から得られた知見を元に、既存の遺伝子配列データベースを再探索したところ、今までβ-NGAと考えられていなかった多数の配列を見出しました。系統解析からこれらの配列は既存のβ-NGAが含まれるGH123ファミリーとは異なるクレードに分類され、酵素学的実験から各クレードの遺伝子はβ-NGA活性を持つことを実証した他、クレード間で異なる基質特異性やタンパク質立体構造を持つことを明らかにしました。これらの結果から、本研究では4つの新規GHサブファミリーを加えて、GH123ファミリーを大幅に拡張することを提案しています。
メチル基修飾(DNAメチル化)に代表されるDNA化学修飾は、細菌や古細菌において重要な役割を担っており、研究が進められています。しかしながら、大半のDNA修飾に関する研究はごく少数の培養株を利用にしたものに留まっており、未培養系統が優占する環境細菌叢においてはDNA化学修飾の検証は進んでいませんでした。
私達は以前の研究で、環境細菌叢が持つDNA化学修飾を解析する手法として、1分子シーケンシングによるエピゲノム解析とショットガンメタゲノム解析を組み合わせた「メタエピゲノム」解析を提唱しました(Hiraoka et al, Nature Communications, 2019)。本研究ではこの手法を用いて、太平洋から採取した海洋水を対象に、以前の研究よりも遥かに多くのゲノムシーケンシングデータを取得し、海洋細菌や古細菌、ウイルスが持つDNA化学修飾の多様性を大規模に明らかにしました。そして、新規なものを含む数多く含むDNA化学修飾モチーフとメチル化酵素遺伝子を発見し、大腸菌を用いた遺伝子組み換え実験からその酵素活性を確認しました。さらに、海洋中で最も多く存在しているアルファプロテオバクテリア綱細菌において、従来知られていなかったメチル化モチーフを発見し、その進化学的な解析から、微生物とDNAメチル化酵素との間に共進化が起きていることを明らかにしました。
海洋は、地球表面の約7割という圧倒的な面積を占めており、その内の約8割は3,000mより深い海域(深海平原)は広がっています。このような深海では太陽の光が届かないため、光合成を中心としたエネルギーの獲得(基礎生産)は望めません。そのためこのような深海生態系は、海面から沈降してくる有機物によって支えられていると、一般には考えられています。さらに近年、6,000mより深い海溝環境においては単純な沈降有機物の供給だけでなく、地震等による斜面崩壊に伴うより複雑な現象に支えられた特異的な生命圏が存在することが指摘されています。しかしながら、深海には極めて大きな水圧がかかるため、潜水艇やロボット技術が高度化した現在においても、人類がアクセスすることは依然として簡単ではありません。そのために、沈降粒子自体や海水中の溶存化学成分、そして微生物から大型生物に至る生態系の観測は世界的に鋭意進められているものの、全容を解明するにはまだまだ不十分な現状があります。
原核微生物は、海洋を始めとする様々な地球環境で圧倒的に大きなバイオマスを占める存在です。海洋においては、海水よりも海底の泥(堆積物)の方が、多くの微生物細胞が存在します。そのため、深海堆積物中の微生物生態系を理解することは、海洋全体の物質循環、ひいては地球上の生態系全体を考える上で不可欠です。しかしながら、異なる海域や海溝間で細菌叢を比較解析した研究は非常に限られており、厳格微生物の多様性や普遍性は未知でした。このような状況の下、JAMSTECでは長年「しんかい6500」や「ABISMO」といった潜水艇を運用して、超深海を含む海底堆積物の幅広い収集を進めてきました。本研究では、太平洋北西域に広がる3つの海溝(日本海溝、伊豆・小笠原海溝、マリアナ海溝)の最底部(深度6,000–11,000m)及び海溝縁(深度3,000–6,000m)から海溝横断的に採取された堆積物14の海底柱状堆積物(堆積物コア)を対象に、細菌叢の大規模な16S rRNA配列解析を実施し菌叢解析を行い、さらに堆積物中の細胞数や溶存化学成分との関連を解析しました。
16S rRNA遺伝子を対象とした多様性解析では、いずれの試料においてもProteobacteriaやThaumarchaeota、Planctomycetes、Bacteroidetes、Chloroflexi、Nanoarchaeaeota等の高次分類群が優占することを示唆していました。一方、化学プロファイルと微生物相の関係について検討したところ、酸素と硝酸の枯渇に伴い菌叢構造が変化している傾向が見られました。OTUに基づく解析からは、深海平原と海溝底間で異なる菌叢構造が観察されました。さらに共起関係のネットワーク解析から、代謝的に密接な関係を持つと予想される超深海特異的な微生物コンソーシアムの存在が示唆されました。本研究により、超深海微生物の海溝横断的な群集構造の多様性が世界で初めて明らかになった他、海溝斜面からの堆積物崩落や海溝内海流といった要因によって特徴的な超深海微生物生態系が形作られている可能性を提唱しました。
近年、細胞の癌化や分化を制御する機構としてエピジェネティクスが注目を集めており、哺乳類ではヒトやマウス等をモデルにエピゲノム解析が盛んに行われています。一方で、細菌・古細菌といった原核生物においてもこのエピジェネティクスという現象が起きていることが知られており、さまざまな分離培養株を用いた研究が古くから進められてきました。しかしながら、環境中の原核生物の大半は培養が難しく、原核生物の主なエピジェネティクス機構であるDNAメチル化修飾の実験的観測が困難なために、環境細菌叢におけるDNAメチル化修飾の普遍性や多様性は全く不明でした。本研究では第3世代シーケンサーと呼ばれる1分子DNAシーケンサー(PacBio)を活用することで、環境細菌叢のDNAメチル化修飾を観測する新たな手法「メタエピゲノム解析」(metaepigenomics, metaepigenomic analysis) を提唱し、その有効性を実証しました。本手法を用いて滋賀県の琵琶湖に生息する淡水細菌叢を解析したところ、多様なDNAメチル化モチーフ配列を検出することに成功し、さらに驚くべきことに、その約半数は新規のモチーフ配列であることが分かりました。加えて、バイオインフォマティクスによるDNAメチル化酵素遺伝子の予測と大腸菌を用いた遺伝子組み換え実験を行い、それらのモチーフ配列を特異的に認識する新規のDNAメチル化酵素を複数発見しました。原核生物は海洋、土壌、腸内など、地球上のあらゆる環境に存在しています。今後、メタゲノム解析に加えてメタエピゲノム解析を進めていくことで、原核生物のエピジェネティクスが駆動する生理・生態メカニズムの解明に繋がっていくことが期待されます。
土壌や海洋に生息する微生物は、土煙や波飛沫により大気中に巻き上げられ、風により上空を流され、雨や重力によって落下することで、海や大陸を越えて数千kmもの長距離を移動し得ると考えられています。このような微生物の長距離移動を解明する上で、雨水中の微生物の経時的な観測は重要です。しかしながら、微生物密度の低さやコンタミネーションのリスクを抑えたサンプリングの困難さのため、長期間に渡る非培養ベースの細菌叢解析は行われておらず、微生物の由来環境や気象条件との関係は十分に分かっていませんでした。本研究では、低微生物密度サンプルの実験解析手法の確立と1年以上に渡る雨水回収を行い(Fig. 1)、気象データとの統合的な解析から、雨水細菌叢の多様性や気象条件との関係性の解析、及び微生物の由来環境の推定を行いました。 雨水サンプルは2014年5月から2015年10月にかけて千葉県柏市及び東京都文京区の2箇所で回収し、計26サンプルを対象に16S rRNA遺伝子のV5-V6領域の増幅とシーケンスを行いました。また、気温、風速、雨量等の気象データや、HYSPLITモデルによる降雨開始直前240時間の大気移動軌跡データを利用し、細菌叢との関係性を解析しました。細菌叢解析の結果、雨水からはProteobacteriaやFirmicutes、Bacteroidetes等が検出され、病原菌を含む属も複数検出されました。MetaMetaDBを用いた微生物の由来環境推定と高度2000 mの上空大気の移動経路を統合的に解析したところ、冬季にユーラシア大陸側から大気が移動してくる場合には動物や土壌由来の細菌が多く、逆に夏季に太平洋側から大気がもたらされた際は海洋由来の細菌がより多いことが示唆されました(Fig. 2)。この結果は、大陸に生息する動物や土壌、あるいは海洋に生息している微生物が、風に乗って日本に飛来してきている、つまり「微生物が大気を介し移動している」ことを示唆する結果です。本研究は、1年に渡る経時的な雨水のサンプリングを通じて、大気の移動経路に依存して雨水細菌叢が変化していることを示した初の研究です。
2011年3月11日、日本の太平洋三陸沖で発生した地震は、東北地方の太平洋沿岸を中心とした幅広い地域に、大規模な津波を引き起こしました。この津波によって、沿岸域の陸上には大量の海水や海底泥が押し寄せ、沿岸域の土壌環境は大きく変化したことが知られています。このような津波という大規模な環境撹乱によって土壌環境は劇的に変化し、土壌中の微生物生態系にも大きな影響を及ぼしたと考えられます。ところが、これらの土壌微生物がどのように津波という環境撹乱によって変化し、あるいは適応しているのかに関しては、十分な研究が行われてきていませんでした。そこで私たちは、津波による微生物生態系の変化を群集構造や遺伝子・ゲノムレベルで明らかにするための研究を行ってきました。
本研究では、宮城県仙台市内の海岸線付近の砂地から、東日本大震災による津波を被って一年半経過した土壌(日和山公園)と、津波を被っていない土壌(東北大学雨宮キャンパス)の採取を行い(Fig. 1)、津波土壌に適応的であると考えられる細菌のゲノム決定と比較ゲノム解析を行い、津波土壌への適応に関連する遺伝子をスクリーニングしました。さらに土壌成分分析とショットガンメタゲノム解析を行い、津波の影響を土壌成分と細菌組成の観点から多角的に解析しました。結果、複数の微生物株を得ることができましたが、今回の研究では特にArthrobacter属と呼ばれる細菌に着目し、4株の全ゲノム決定を行い、最終的に2株のドラフトゲノムと2株の完全ゲノムを決定しました。他のArthrobacter属細菌由来の既知ゲノム情報との比較解析を行い、津波土壌単離株がもつ遺伝的な特徴を調べたところ、興味深いことに、すべての津波土壌単離株においてシデロフォア(Siderophore)の合成酵素をコードする遺伝子群が欠失、あるいは変異が入っていることが分かり、正常に機能していないことが示唆されました。実際に、人工的に鉄濃度をコントロールした培地での培養実験からも同様の傾向を見出すことができました。このことは、津波土壌に含まれる化学成分が通常土壌と比較して、鉄と硫酸イオンの濃度が大幅に高くなっていることと整合的です。さらに、メタゲノム解析の結果、津波土壌では通常土壌と比較して、脱窒を行う細菌や複数の病原性細菌、海洋性細菌が検出されました。