森林は稀に、山火事や強風、病虫害の大発生、火山の噴火などによって大規模に破壊されます。そのような稀におきる大規模な撹乱(Large scale Infrequent Disturbance)は、その影響の大きさのために、森林の構造や種組成に100年以上にわたって影響を与えるため、森林を長期的に理解・管理するためには無視できない現象といえます。近年の気候変動によって、将来的には山火事や猛烈な台風の発生の頻度が増加すると予想されており、そのような大規模撹乱が森林に及ぼす影響のより正確な理解が必要となってきています。
日本の森林で、大規模な撹乱を引き起こした撹乱のひとつが、1959年の伊勢湾台風です。伊勢湾台風は死者・行方不明者が5000人にも及ぶ、20世紀以降最大の人的・経済的被害を引き起こした猛烈な台風であり、昭和の三大台風のひとつにも数えられます。その人的被害の大半は沿岸部における高潮によるものですが、その風の強さと暴風域の大きさのために、内陸部の広い範囲にも様々な被害がありました。山地の森林においても、広大な範囲で大規模な風倒が見られ、中部地方においては過去100年以内で最も森林に大きな影響を与えた台風のひとつと言えます。
私は、主に北八ヶ岳亜高山帯の針葉樹林でこの伊勢湾台風による風倒のあった森林を調査研究しています。空中写真の解析からは、解析範囲の14%程度で林冠木が壊滅的に倒れる風倒があり、場所によっては連続的に100ha以上にわたって樹木が倒れたことがわかっています。風倒のあった場所の多くでは、現在シラビソ・オオシラビソ林となっています。
首都大学東京(元東京都立大学)の植物生態学研究室では、1980年に風倒のあった場所に4×4m~8×8 mの調査区を設置し、1959年からの個体の成長を推定するとともに、現在までの個体の成長や生死を継続して調査しています。私はこのデータをpair correlation関数、mark correlation関数といった平面(空間)の中の点がどのように分布しているか、どのような特性(サイズなど)の点がどのように分布しているかを解析する手法を用いて解析しました(Suzuki et al. 2008)。その結果、森林が成長する過程で、まず大きな個体の周りに小さな個体が分布する状態となり、その後小さな個体の減少に伴い、生き残った個体が一様な距離をおいて分布するようになる様子を明らかにしました(図1)。これは、個体間の競争の結果、一部の優勢な個体が周辺の個体を被陰し、被陰された個体はあまり成長できずに、最終的には死亡していったためだと考えられます。その他、風倒地の現在の森林構造の空間的ばらつきなどについても報告しています(Suzuki et al. 2013)。
図1 シラビソ・オオシラビソ林の樹木位置図の伊勢湾台風から47年間の変化。○はシラビソ、●はオオシ帯広畜産大学ラビソ、丸の大きさは樹高を表す。
このような強風による大規模な撹乱の特徴は、その後に風倒による大量の枯死木が生じることにあります。そのような風倒木は、一時的にはその森林の炭素蓄積量の大半を占めることとなり、森林の炭素循環の上では無視できない存在です。特に、亜高山帯のような寒冷な場所ではそのような風倒は長い時間をかけて分解されるため、長い間炭素を蓄積する役割があると言えます。また、そのような分解される過程の倒木は、苔や樹木の実生などの重要な定着場所となるため、森林の多様性や長期的動態に与える影響も非常に大きいと言えます。このように大規模な撹乱によって生じた大量の風倒木も森林においては大きな役割があるのですが、この伊勢湾台風による風倒があった場所の多くでは、その後風倒木の運び出しがあったことがわかっています。そのことが長期的に森林の炭素蓄積や多様性、森林動態にどのような影響を及ぼすかの詳細はよくわかっておらず、今後、同じような大規模台風がおきたときにどのように森林管理をしなければならないかを考える上でも、大規模撹乱によって生じた風倒木の森林における役割を詳細に明らかにする必要があると言えます。
この伊勢湾台風の風倒跡地で、風倒木の運びたしをした場所としてない場所で、木質な物質(生木・枯死木の木材部分)に含まれる現在の炭素蓄積量を調べた結果、現在の倒木の炭素量は、運び出していない場所は運び出した場所の約7倍でした(Suzuki et al. 2019)。炭素蓄積全体でも、運び出していない場所は、運び出した場所よりも30%多く、全体では伊勢湾台風で風倒が起きていない場所とほぼ同等の炭素蓄積があることがわかりました。風倒木が森林の炭素蓄積に大きく寄与していること、風倒木を搬出することでそれが大きく損なわれることが明らかになりました(科学研究費補助金 若手B)。
現在は、この搬出した場所としていない場所の風倒木の量の大きな違いが、枯死木を利用する生物群集に与える影響についても調べています(科学研究費補助金 基盤B)。搬出した場所としていない場所の生物群集の違いを調べると同時に、各生物種の安定同位体比や脂肪酸組成(これらはいずれも餌資源に影響を受けるもので、食性や食物網を解析する手法)を分析することで、枯死木が森林の食物網構造に与える影響を調べています。