会員によって発表された研究成果を紹介しています。
近年,増加傾向にある海生哺乳類による漁業被害の実態把握のために,“北海道”は,漁業者の自己申告による被害金額・量を各地の漁業現場から集計している.報告された被害量・金額の総計は,マスメディアによって報道されており,また被害対策を検討する上での基礎資料となっているが,報告された被害内容に関して,これまで詳細な解析は行われていない.近年,過疎・高齢化している沿岸漁業の経営は著しい衰退に追い込まれており,アザラシ類と持続型沿岸漁業との共存を目指すためには,これまで収集されてきた漁業被害の情報を整理し,実態を把握する必要がある.
そこで本研究では,北海道東部の厚岸地域を対象として,これまで行われてきた漁業者アンケートを解析することで,同地域におけるアザラシ類の漁業被害の損害金額や量,内容を明らかにすることを目的とした.
厚岸漁業協同組合により,厚岸湾内において個人経営で操業している漁業者を対象に,2004-2007年に行われたアザラシ類漁業被害アンケートを解析した.
その結果,アンケート回収率の平均±標準偏差は,11.62±3.59%(レンジ6.60~14.22%)であり,漁業者の多くは,被害があっても報告しておらず,収集されたデータでは,実際に生じている漁業被害の一端しか示していない可能性が考えられた.
漁業被害(漁獲物の食害および漁具被害)は,小定置漁と刺し網漁にて,シラウオ,ニシン,キュウリウオ,カレイ類,チカ,シシャモ,ハタハタ,コマイ,カジカ類の計9魚種で報告され,総漁獲高の2.75 ± 3.53% (レンジ0.39-7.92%)であった.漁獲高が低い年では,漁業者の心理的被害が大きくなることで被害量・金額が過大評価され,漁獲高が高い年では,過小評価されている可能性が考えられた(図1).
図1.厚岸地区におけるアザラシ類による漁業被害金額(漁獲物の食害額と漁具被害額)と被害を受けた魚種全体での漁獲高2004-2007年.
被害報告は3-5月の春季に多く,次いで9-11月の秋季に若干の報告がされる二山型であった. 多くの魚種で,特に4-5月の春季,および10-11月の秋季に被害が集中していた.最も多くの被害が報告されたニシンでは,特に4-6月の春季に被害報告が多かった(図2).
図2.魚種別の月別被害件数.ニシン,シラウオ,シシャモ,キュウリウオ,カレイ類,チカ,ハタハタ,コマイ,およびカジカ類を示す(2005‐2007年).
本アンケートは,被害があった場合のみ,漁業者が提出する様式であったため,厚岸湾内で操業される小定置・刺網漁の最盛期(4~5月)は,操業努力量が多いため相対的に被害が多くなる可能性がある.同様に,7・8月の夏季および1・2月の厳冬期は,湾内では小定置・刺網漁はほとんど操業されていないので,これらの時期に被害が少なかったのは,そもそも出漁数が少なかったことによる影響かもしれない.これらのことから,漁業被害が存在した場合にのみ,漁業者自身が金額・量を報告する現行のアンケート調査では,被害割合やその経年変化についての定量的な把握はできていない可能性がある.ただし,海生哺乳類による漁業被害実態の把握のために,漁業者の自己申告による被害金額・量を集計した本データは,これまで北海道では長期に亘り継続されてきたものであるため,広範囲を対象に安価で被害の有無を把握できるというメリットがある.
アンケート回収率の向上のためには,漁業者が記録しやすいように選択式にしたり,アンケート結果を地元にフィードバックし,漁業者,研究者,行政で共にアザラシ類の今後の管理について検討する機会を持つことなどが考えられる.加えて,アンケートデータの精度向上のためには,現行の述べ被害量・金額を概算するのみならず,漁業者の出漁者数や出漁期間も考慮して集計を行う必要があるだろう.
本研究は,下記に公表済です.
小林由美,風呂谷英雄,石川恭平,桜井泰憲.2013.北海道東部厚岸湾におけるアザラシ類による漁業被害-漁業者アンケートの 解析 2004-2007年-.野生生物保護14(1・2):53-60.
Fishery damage by seals around Akkeshi Bay, eastern Hokkaido, Japan ?A questionnaire survey for the local fishermen during 2004-2007-
Kobayashi Y. Furotani H. Ishikawa K. and Sakurai Y. (2013) Wildlife conservation Japan14:53-60 [In Japanese with English abstract]
Abstract
We used a questionnaire survey to gather information on the damage caused by seals to fishing gear and captured fish during 2004-2007 around Akkeshi Bay in Eastern Hokkaido, Japan. The damage to the fishing gear consisted of damage to the small fixed shore net and the gill net. Nine seal-damaged fish species reported are as follows: icefish (Salangichthys microdon), Pacific herring (Clupea pallasii), Arctic rainbow smelt (Osmerus eperlanus mordax), righteye flounder (Pleuronectidae), Japanese surfsmelt (Hypomesus japonicas), capelin (Spirinchus lanceolatus), sailfin sandfish (Arctoscopus japonicus), saffron cod (Eleginus gracilis), and Japanese fluvial sculpin (Cottidae). These fish species were damaged by Kuril harbor seals and spotted seals. The percentage of fishery damage reported by local fishermen was 2.75 ± 3.53% (range 0.39-7.92%) of the total catch of each damaged fish in Akkeshi Bay. Two main peaks were observed: one during early spring from March to April and the other during autumn from September to October.
Key words: Eastern Hokkaido, Fishery damage, Marine mammal-fishery conflict, Questionnaire survey, Seal
The harbour seal is an endangered species in Japan. Since protection began in the mid-1980s, the total number of harbour seals in Japan has been rebounding. With the increase in seal numbers, increased conflict with fisheries (especially salmon fixed-net fisheries) has occurred through depredation and the belief that seals compete with fisheries for prey. However, competition is unlikely if seals and fisheries take mostly different prey species, obtain prey from different areas or at different times. We studied the foraging ecology of harbour seals in Erimo, site of the largest population of harbour seals in Japan, from 2011-2012. We deployed satellite tags in July 2011 (n=1) and June 2012 (n=4). The foraging ranges (average size of 90% ranges was 30 km2) of 3 tagged seals overlapped at least one salmon fixed-net. We collected seal scats in summer, fall and spring, identified prey items from hard parts retrieved and compared the results with local fisheries data. Of the 39 scats with identifiable prey remains analysed, none contained salmon remains. The seals’ diet differed greatly from fisheries catches. Gadoids (FO=55%), snailfish (FO=35%) and sculpins (FO=30%) were the main prey items found in seal scats. In contrast, salmonids were the main species caught by fisheries, accounting for >50% of catches by mass, followed by gadoids (15%). Resource overlap between seals and fisheries was <0.01 (Pianka index) in summer, fall and spring. As such, we conclude that competition is highly unlikely between harbour seals and fisheries in Erimo.
PICES (North Pacific Marine Science Organization) Annual Meeting,Oct, Hiroshima.
Bio Committee Best Presentation Award
お世話になった皆様へ
2012年10月に広島で行われたPICES(北大西洋海洋科学機構)国際学会で、「北海道えりも岬におけるゼニガタアザラシの食性及び漁業との時空間的重複」という題で、アザラシの行動及び食性(糞)分析の結果を発表しました。BIOセッションのベストプレゼンテーション賞を受賞することができました。お世話になった皆様には、この場をお借りして心から御礼申し上げます。2013年3月には、無事に修士課程を卒業することができました。研究内容は、現在、論文にするべく鋭意努力中です。来年からは、陸生哺乳類の行動研究をするために、アメリカ(?)カナダ(?)の大学院博士課程に進学予定です。将来は、母国のシンガポールにて、研究と教育に従事したいと考えています。今後、研究活動を進めていく上で、日本でのこの2年間の経験がきっと役にたつと思います。本当にありがとうございました。(日本語翻訳:小林由美)
襟裳岬において、えりも・シール・クラブ主催、ひれあし研究会・ゼニガタアザラシ研究グループらの共同研究として、毎年実施されている"通称とっかり大作戦;アザラシ生態捕獲調査"の2005-2010年の記録をとりまとめました。
5年間で、ゼニガタアザラシ64頭(オス38頭、メス26頭)とゴマフアザラシ5頭(オス3頭、メス2頭)が捕獲、外部計測・標識付けの後に放獣されました(図1)。捕獲された個体のうち、ゼニガタアザラシでは48頭(75.0%)が、ゴマフアザラシでは5頭(100%)が、Pup(新生子)と判断されました。これは、Pupは動きが鈍いために、成獣に比べて捕獲されやすいことによると考えられます。
捕獲時のゼニガタアザラシの外部計測値は、体長に対して、体重は急速に増加した後、横ばいに至る対数近似曲線に近似しました(p<0.0001、R2=0.641)。統計的に有意な性差は認められませんでした(p>0.05)(図2)。
図1. 頭にネオプレーンのワッペン、後脚にプラスチック製のタッグを装着して放獣したゼニガタアザラシのPup.
Fig1. Tagged Kuril harbor seal. The head is tagged with neoprene, and the hind leg with plastic.
図2.生体捕獲されたゼニガタアザラシの成長曲線。
Fig2. Relationship between the body length and body weight of Kuril harbor seals. There were no significant differences between the growth curves of the sexes.
ゼニガタアザラシの体長および体重のヒストグラムを図3に示します。体長は、オスで108.13±13.77㎝(平均±標準偏差)、メスで104.39±15.47㎝であり、平均値・分散ともに性差が認められました(p<0.05)。一方で体重は、オスで38.31±10.59㎏,メスで37.00±12.58㎏であり,統計的には性差は認められませんでした(p>0.05)。捕獲されたオスの平均体長がメスに比べて大きいにもかかわらず平均体重および体長に対する体重の成長曲線には、統計的に有意な性差が認められなかったことは、性別や個体の栄養状態によって、行動パターンや機敏さが異なることを反映している可能性が考えられます。今後、2010年以降の近年の調査結果も含めて詳細な解析を行うことで、新たな知見が得られると期待されます。
図3.捕獲されたゼニガタアザラシの体長(左図)および体重(右図)のヒストグラム(上;オス、下;メス)。体長には、雌雄差が認められた(マン・ホイットニーのU検定およびコルモゴロフ・スミルノフ検定、p<0.05)。
Fig3. Histogram showing the body length and body weight of Kuril harbor seals (upper panel, Male; lower panel, Female). Length is differences between the sexes (U-test & Kolmogorov-Smirnov test, p<0.05.)
アザラシ類の混獲死亡・漂着の情報は、2004年までの標識個体について8件、2005-2010年の標識個体について5件の計13件が得られました。放獣後の情報としては、2002年に捕獲された個体(EZ0205)が、3年後の2005年に死亡漂着したのが、最長記録でした。他地域で目撃・死亡が確認された標識個体はおらず、これは、襟裳岬地域のゼニガタアザラシは、閉鎖個体群であるという先行研究結果(ミトコンドリアDNAの解析;Nakagawa et al., 2010、発信機の装着による行動解析;Fujii et al., 2006)を本研究でも支持するといえます。ただし、襟裳岬から隣の上陸場、厚岸地域までは直線距離で約200kmであり、アザラシ類にとって移動が不可能な距離ではありません。海外(他の亜種)のゼニガタアザラシでは、行動圏が数百kmにおよぶことが報告されています。また、襟裳岬地域と北海道東部の厚岸地域の間に位置するいくつかの市町村では、ゼニガタアザラシの上陸・遊泳個体の観察記録があります。これらのことから、襟裳岬地域と他の道東地域の間で移動がある可能性は残されていると考えられます。加えて、近年の襟裳岬地域でのゼニガタアザラシの個体数増加に伴い、漁業被害を受ける地域が拡大していると主張する漁業者もおり、行動圏に関する研究の重要性は高まっています。本調査で標識付け後に放獣された個体の目撃および死亡・漂着情報は、今後も継続して収集することが必要です。
標識個体目撃情報募集のお願い
今後も引き続き生体捕獲・標識付けおよび混獲・漂着個体の情報収集を行なうことで、本地域におけるゼニガタアザラシの生物学的な基礎的情報が得られると期待されます。標識されたアザラシを目撃された場合は、場所、日時、ワッペンの色、タグの色・番号、目撃時の状況、死体であれば体長(㎝単位)、その他写真等の情報も添えて、御連絡をお願いいたします。
連絡先:ひれあし研究会 (担当 藤井) fujii-k[アットマーク]camel.plala.or.jp
謝辞
本調査は、多くのボランティアおよび学生の調査員によって継続されています。帯広畜産大学、北海道大学獣医学部・水産学部・北方生物圏フィールド科学研究センター、東京農業大学網走校、帝京科学大学アニマルサイエンス学科などの学生諸氏には、様々なご協力をいただいております。また、えりも町漁業協同組合、庶野漁業協同組合および各漁協に所属する漁業者、特に(有)丸岬襟裳岬漁業部、(有)襟裳興産、(有)丸宝協宝漁業部の秋サケ定置網漁業者諸氏には、混獲個体の回収において、多くのご協力をいただいております。心から御礼申し上げます。
本調査は、2000年および2003-2005年には、環境省による第6回自然環境保全基礎調査海域自然環境保全基礎調査海棲動物調査(鰭脚類およびラッコ生息調査)およびアザラシ類生息実態調査の一環として実施されました。2011年には、ニッセイ財団(個別研究)北海道周辺海域のトド・ゼニガタアザラシの保全と沿岸漁業の共存に関する枠組みつくり(代表 坪田敏男:北海道大学獣医学部教授)の助成を受けました。
なお、生体捕獲は、ゼニガタアザラシは環境省、その他のアザラシ類については、北海道の捕獲許可を得て実施しています。捕獲許可申請は、東京農業大学網走校/NPO北の海の動物センターの小林万里准教授の取りまとめのもとに行われました。捕獲個体の取り扱いについては、哺乳類標本の取り扱いに関するガイドライン(日本哺乳類学会種名・標本検討委員会、2009年度改訂版)、および国立大学法人北海道大学動物実験に関する規定(平成19年4月1日海大達第61号)に準処しました。
Abstract
A total of 64 (Male:38, Female:26) Kuril harbor seals (Phoca vitulina stejnegeri) and 5 (Male:3, Female:2) spotted seals (P. largha) were measured and tagged during the years 2005-2010 at Cape Erimo, Hokkaido, Japan. Most of the captured harbor seals (n = 48, 75.0%) and all 5 spotted seals (100%) were pups. The relationship between the body length and body weight of the Kuril harbor seals was analyzed using log approximation. Of 13 bycatch and stranding records, 8 contained information until 2004, and 5 covered the years 2005-2010. Bycatch is a serious problem for harbor seal pups. The bycatch and stranding records contained no information on tagged seals in other areas.
本研究は、以下に公表済です。
小林由美・藤井啓・齋藤幸子・柳田勝彦・山形利三・鈴木公一・渡部泰・駿河秀雄・三浦愼兒・駿河利紀・白石智泰・石川慎也・中岡利泰・中野孝祐・石川昭.2012.襟裳岬におけるゼニガタアザラシ(Phoca vitulina stejnegeri) およびゴマフアザラシ(P. largha)の標識付け・計測記録.えりも研究9:5-14.
北海道南部、渡島半島地域におけるトドを中心とした海生哺乳類の生息状況と漁業被害の実態把握を目的として、2008年2-5月に1)聞き取り調査、2)漁獲物・漁具被害の写真記録の収集、および3)採捕・混獲・ストランディングに関する情報収集と試料回収・解析を行いました。その結果,トドの上陸場としては、福島町から八雲町までの日本海側に計11ヶ所、各数頭~十数頭が上陸しているとの情報が得られました。トド・オットセイの混獲・ストランディングに関する情報は,7件得られました。
本調査によって,当該海域には冬季にトドとオットセイ,アザラシ類,および春季を中心にイルカ類が来遊していることが明らかになりました。また,漁獲物の食害や網破断などの漁業被害は,トドとオットセイによって生じていると推察されました。トドは,環境省のレッドデータブックで絶滅危惧Ⅱ類に指定されており,採捕頭数の適正化,漁業被害軽減,および資源の持続的利用について水産庁を中心に取り組みがされており,科学的知見の充実と一般市民の認識向上が必要とされています。また,オットセイは,乱獲の時代を経て,日本では1912年に臘虎膃肭臍猟獲取締法施行規則が制定された後,保護動物となっています。しかし,オットセイの混獲・漁業被害は,日本沿岸でしばしば報告されており,しかも近年は増加傾向にあることから,法律の改正と研究組織の設置の再検討,科学的調査データに基づく順応的保護管理や管理策決定過程の透明性確保が必要であると考えられます。トドもオットセイも同じアシカ科に属する海洋生態系の高次捕食者であり,日本への来遊時期も重なることから,両者の調査・研究を進めていくことは,海洋生態系を理解する一助になると期待されます。今後,正確な来遊数と来遊時期の把握,漁業被害額・量の算定方法の検討と具体的数値の算出,被害防除対策の検討として効果的な駆除方法の開発とその効果の試算,強化網の改良と普及対策の検討,そして漁業被害の発生機構に関する研究(海生哺乳類がどのように網に近寄り,魚を食しているのかを明らかにし,防除に役立てる)が必要であるでしょう。(2012年4月14日)
図1. 漁場で漁獲物を食すオットセイ.漁業者提供.
図2. 海生哺乳類(トドまたはオットセイ)によって,穴が開いてしまった漁具の一例.漁業者提供.
本研究は,以下に公表済です.
小林由美・條野真奈美・後藤陽子・服部薫・桜井泰憲.2011.渡島半島日本海沿岸における海生哺乳類、特に鰭脚類の出現と漁業被害.北大水産研究彙報61(2/3):75-82.(http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/48641/1/p75-82.pdf)
北海道東部に位置する厚岸郡厚岸町は、15歳以上人口の就業者数における漁業従事者が第1位(約23.4%)の漁業の町です。厚岸湾では(図1)、多種多様な漁業が行なわれておりますが、同地域には、ゼニガタアザラシPhoca vitulina stejnegeriが周年生息しており、また季節によってはゴマフアザラシPhoca larghaが回遊しています。近年、厚岸漁業共同組合には、 3-4月に湾内で操業される春季小定置網、および刺し網漁を中心にアザラシ類の食害による被害報告が寄せられていますが、実際にどのような被害が生じているのか、具体的なことはわかっていません。そこで、アザラシによる漁獲物の捕食(食害)について知見を得るために、1)漁業者から、アザラシ類の捕食によって損傷を受けたと推定される漁獲物(以下、損傷魚)を回収し、魚種と形状のパターンを把握する、2)小定置および刺し網漁に同行して、食害量の算出を行なう、ことを目的として調査を実施しました。
図1.調査地。北海道東部、厚岸町。厚岸湾内で操業される小定置、および刺し網漁にてアザラシの捕食による漁獲物の損傷(食害)が報告されている。
その結果、漁業者から回収された魚類はニシンClupea pallasii、チカHypomesus japonicus、カレイ科Pleuronectidae、シラウオSalangichthys microdon、キュウリウオOsmerus eperlanus mordaxなどで、漁業被害は、アザラシ類が好むと推察される特定の魚種で発生していること、それらの魚種や捕食率は年・季節変化していることが示唆されました。また、損傷魚の形状の内訳は、6パターンに区分され(図2)、1)~5)はアザラシによるもの、6)はカモメ類Laridae などの海鳥による捕食や、魚が網にこすれるなどして傷がついた可能性が推察されました。さらに、2010年は、アザラシの糞が漁獲物と共に採集される"糞害"も2例報告されました。
図2..回収された損傷魚の形状。 1)傷痕型、2)吐き戻し型、3)頭部のみ残存型、4)頭部なし型、5)鰓のみ残存型、および6)一部のみ破損型の6タイプを示す。
乗船調査により、推定された総漁獲量に占める食害率は、0.1%以下であり、これまで報告されている北海道周辺におけるアザラシ類によるサケ定置網の食害率より低い結果になりました。これは、体サイズが小さい魚類では、損傷魚が網内に残存しにくいことや、アザラシ類に丸のみされてしまうことで、食害率が低く算出された可能性が推察され、今後は、試験網を利用した捕食実験の実施などが必要であると考えられます。
これらの結果は、以下に公表済ですので、興味がある方はあわせてご覧ください。
・小林由美・石川恭平・播村一平・後藤むつみ ・桜井泰憲.2010.北海道東部厚岸湾におけるアザラシ類の捕食による漁獲物の損傷について.根室市歴史と自然の資料館紀要22:29-36.
・小林由美・桜井泰憲.2011.北海道東部厚岸湾内の小定置網・刺し網漁におけるアザラシ類による食害率の推定(2008).根室市歴史と自然の資料館紀要23(印刷中).
・日下部有紀・今井貴裕・小林由美・三谷曜子.2011.北海道東部厚岸湾におけるアザラシ類の捕食による漁獲物の損傷について(2010).根室市歴史と自然の資料館紀要23(印刷中).
日本(主に北海道)沿岸には5種類のアザラシ類が生息・回遊しており、中でも個体数が多いのがゼニガタアザラシとゴマフアザラシです。ゼニガタアザラシは日本に通年生息する唯一の鰭脚類で、襟裳岬以東の太平洋側に生息しています。その姉妹種であるゴマフアザラシは主に冬季に日本海・オホーツク海へ来遊するのですが、一部の個体は太平洋側でも観察される事があります。
では、国内に生息する2種に地域個体群は存在するのでしょうか? ここでは種間系統を調べる際によく利用されるミトコンドリアDNAのチトクロームb領域の遺伝子配列から北海道内における2種の地域個体群について調べました。
ゼニガタアザラシ(えりも, 厚岸, 納沙布;図1)とゴマフアザラシ(浜益, 焼尻,羅臼, えりも, 厚岸, 納沙布;図1)のチトクロームb領域のハプロタイプ(遺伝子の組み合わせのタイプ)を調べ、解析ソフトを用いて最大節約法による系統樹を作成しました(図2)。
この系統樹では、(A)でゼニガタアザラシとゴマフアザラシが分かれ、さらにゼニガタアザラシが(B)で2つのグループに分かれていることがわかります。ゼニガタアザラシの2つのグループは主にえりもの個体で確認されたハプロタイプのグループと、厚岸・納沙布のハプロタイプのグループであることがわかりました。さらに、地域間の集団遺伝学的解析を行った結果,えりもの個体は他地域に比べて遺伝的特異性が高い事がわかりました。このことから、北海道のゼニガタアザラシは2つの個体群(えりも個体群と道東個体群)に分かれることが示唆されました。それに対して、ゴマフアザラシは系統樹でも明確な地域個体群は確認されず、地域間での遺伝的特異性も認められませんでした。
沿岸定着性のゼニガタアザラシは通年ほぼ同じ岩礁域に生息しています。えりもは他の上陸場から遠く(これは、地図で厚岸~えりも間と厚岸~納沙布間を見てもらえばすぐにわかると思います)、ある程度独立した上陸場(集団)であると言えます。一方、季節回遊を行うゴマフアザラシは冬季に北海道沿岸へ来遊しますが、近年は日本海側へ来遊するゴマフアザラシ個体数が急増しており、これは来遊海域が何処かから日本海側へシフトしているのではないかと考えられています。この特定の海域(岩礁)への固執性があまり強くないことが、今回の結果にも表れたのではないかと思われます。このように遺伝子配列による地域個体群の形成には,ゼニガタアザラシとゴマフアザラシの生態学的相違が明確に反映されていました。
この研究は下記の論文として発表いたしました。
アザラシは、その生活の多くを海で過ごします。しかし、出産と授乳の際には陸上または氷上で過ごさなければなりません。ただし、海中に比べ、陸上や氷上は外敵に狙われる可能性が比較的高いうえ、流氷は構造上あまり安定していないという特徴を持っています。そんな中、南極の定着氷上で繁殖を行うウェッデルアザラシ(Leptonychotes weddellii)は、授乳期間が長い事が知られています。
ウェッデルアザラシは、南半球の春である10月から12月に南極大陸沿岸の定着氷上で繁殖を行います。メスのアザラシは、クラックと呼ばれる定着氷の割れ目の近くで出産を行い、その後の時間の多くを新生仔と共に過ごします。5-6週間にわたる授乳の期間、メスは稀にしか採餌を行わないため、体重を大きく減らします。一方で、新生仔の方も、授乳期が終わった後、自律的に餌をとれるようになるまで、短期間の絶食状態になることが知られています。
このような絶食を伴う繁殖の全容を知るためには、栄養状態に関する知見が重要な意味を持ちます。そこで、本研究では、繁殖期間中の絶食期に相当する時期における、野生下のウェッデルアザラシの母親と新生仔の血液性状について調べました。
表1に結果の概要を示しますが、同じ絶食といっても母親と新生仔では血中グルコース濃度やコレステロール濃度などで違いがあることがわかりました 。得られた結果の中で特筆すべきは、新生仔の成長に伴う血中トリグリセリド濃度の変化です(図1)。調査を行った時期の新生仔は3-7週齢であ り、これは母乳を飲んでいた時期から、絶食を行う時期に移行する時期に相当します。図1では、新生仔の成長の指標として体長を示していますが、体長140cmを境に血中トリグリセリド濃度が280 mg/dl から70 mg/dL に大きく減少していたのが見て取れます(ちなみに、母親の血中トリグリセリド濃度は64±35 mg/dLでした)。体長が小さい方の新生仔に見られた高い血中トリグリセリド濃度は、哺乳に起因するものと考えることが出来ます。
繁殖期後の成体のウェッデルアザラシの血液性状については、過去に報告があります(Schumacher et. al., 1992)。こちらの研究は1~2月に実施され、その時の血中尿素窒素濃度は17.4±1.8 mg/dL(平均±標準誤差)、血中総コレステロール濃度は597±49.6mg/dLでした。この研究と比べると、繁殖期の成体では、血液尿素窒素濃度は高く、血中総コレステロール濃度は低いという事が出来ます(表1)。このような違いは、5-6週間におよぶ授乳を行う間、母親が殆ど餌を食べないという事に伴う栄養状態の変化が反映されているのかもしれません。
この研究は下記の論文として発表いたしました。
Sakamoto, K.Q., Sato, K., Naito, Y., Habara, Y., Ishizuka, M. and Fujita, S. 2009. Morphological features and blood parameters of Weddell seal (Leptonychotes weddellii) mothers and pups during the breeding season. J. Vet. Med. Sci., 71: 341-344.
アザラシにしろ、シャチにしろ、海を主な生活の場としている動物は、人間が観察することも難しく、どこで何をしているのか分かっていない事がたくさんあります。今回の研究は、アホウドリはどうやって餌を採っているのか、という疑問が出発点でした。研究対象にしたのは、亜南極域のサウスジョージア諸島に生息するマユグロアホウドリという鳥です(図1)。
図1. マユグロアホウドリ
この鳥は夏の繁殖期になると、島に現れ、繁殖のための巣を作ります。ヒナが生まれると、ヒナに餌をやるため一回に3日程度の採餌旅行に出かけますが、その際に数百キロも移動することが知られています。巣に戻ってきたところで捕獲し、胃内容物を調べてみるとイカや魚(深海魚を含む)を食べていることが分かりました。しかしながら、アホウドリに深度計を装着した研究では、アホウドリは水深僅か2、3メートルしか潜ることが出来ないのです。このような貧弱な潜水能力で、どのようにして餌生物を捉えているのか。深海魚が水面近くまで浮上してきてくれる秘密の場所があるとも思えません(そのような場所があったとしたら、それはそれで大発見である)。
このような事を調べるために、私たちはマユグロアホウドリの背中に小型のカメラデータロガー(静止画を自動的に撮影してくれる装置)を装着し、採餌旅行中のアホウドリ周辺の状況を連続的に撮影することで、どのような場所で、どのような事をしているのか調べました。アホウドリの背中に装着したカメラによって、前方の風景を連続的に撮影したので、アホウドリ目線の風景写真を多数得ることが出来ました。
図2. アホウドリの背中から撮影された、シャチを追うアホウドリの写真。
実際に得られた静止画の例を図2に示します。この写真を見ると、中心にシャチが写っていることが見て取れます。また、カメラはアホウドリの背中に付いているので、撮影者に該当する個体が写っていない事を考えると、合計4羽のアホウドリがシャチを追いかけているのが分かります。カメラには温度センサーと深度センサーが内蔵されており、これらのデータを重ね合わせることで、この時の状況がどのようなものであったか、ある程度推測することが出来ました(図3)。大抵の場合は単独で飛行しているアホウドリが、この時には約30分間にわたって群れを形成し、飛行していたことが分かります。また、時折、深度1~2m程度の浅い潜水を行っていたことも分かりました。
図3. ×印は他の個体が撮影された時刻、赤丸印はシャチが撮影された時刻を示す。
これらのことを考え併せると、アホウドリはシャチを見つけると、これを追いかけ、飛行や着水、浅い潜水を繰り返すことで、シャチが深海で採った餌の食べ残しを効率良く採っているのではないかと考えることが出来ます。実際、シャチは捕食時に、餌の食べこぼし(?)を周囲に散らかしてしまう事が知られています。
餌をどのように採るか、という事は全ての動物にとって、最も重要な事の一つですが、アホウドリにとってはシャチのような大型海棲哺乳類の存在が必要不可欠なのかもしれません。
この研究は下記の論文として発表いたしました。
論文は下記のウェブサイトで無料で閲覧することが出来ます。
http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0007322