顎口腔ジストニアの治療

治療として、比較的軽症の方には最初は内服薬を処方し、かなりの方の症状が軽快します。ただし、ジストニアに対する特効薬はなく、2-3種類の薬を組み合わせて内服していただきます。少量より効果を確認しながら増量していきますので、数ヶ月かかります。特に、ご高齢の方は副作用が出やすいので、少しずつ内服量を増やしていきます。症状が改善しなければ、緊張した筋肉に局所麻酔薬を注射するMAB(エムエービー:muscle afferent block)療法(参考文献13,14,17,18,20-22,26)やボツリヌス毒素(ボトックス)の筋注による治療(ボツリヌス療法)を行います(参考文献22,24,26)。

当科では「口腔顎顔面領域の筋過緊張に対するmuscle afferent block(MAB)療法」および「口腔顎顔面領域の筋過緊張に対するボツリヌス療法」を厚生労働省の高度医療に申請を予定しております。申請が承認されれば、MAB療法とボツリヌス療法以外の検査、処置はすべて保険診療として診察可能です。

1. MAB(muscle afferent block)療法

MAB療法は局所麻酔薬(0.5%リドカイン:キシロカイン、アストラゼネカ社)を筋肉内に注射して、筋の緊張を調節する感覚入力を減少させて、筋の緊張緩和を図る治療法です(参考文献13,14,17,18,20-22,26)。強度の筋緊張を和らげることによって、過緊張に伴った開口障害、疼痛、構音障害、咀嚼障害を改善させることが可能です。ボツリヌス毒素注入と比較して、費用が安く、過度の筋力低下が生じないという利点があります。また、抗体産生によりボツリヌス毒素が使用できなくなった場合には唯一の治療法となります。週1-2回程度の頻度で、数回から10回程度、この治療を繰り返して、効果を観察します。治療の効果が認められる症例では、治療の直後から改善しますが、最初は持続時間が短いです。有効な例では、次第に効果の持続時間が延長します。作用機序として筋の緊張を調整している筋紡錘に分布する神経をブロックすると考えられているため、筋紡錘の多い閉口筋(咬筋、側頭筋、内側翼突筋)には非常に効果的ですが、筋紡錘の少ないか、ほとんどない表情筋や顎二腹筋などには効果があまりありません(参考文献17,19)。

・筋電図検査

過緊張を生じている筋を筋電図検査で診査します。筋電図検査は咬筋、側頭筋のような顔や顎の表面にある筋では、テープのような表面電極を使います。外側翼突筋、内側翼突筋、オトガイ舌筋などの内部の筋では注射針より細い針電極を用います。表面電極はまったく痛みはありませんが、針電極は少し痛みを伴います。注射する主な筋は咬筋、側頭筋、外側翼突筋、内側翼突筋、オトガイ舌筋、胸鎖乳突筋などです(図7)。各患者さんの病状と筋電図検査の結果からどの筋肉に注射すべきか判断します。治療前に開口量、咬合力、痛みの自己評価などを記録します。

・注射

筋電計にてモニターしながら、注射針の先が過緊張を起こしている筋内にあることを確認して、局所麻酔薬を適量(2-10ml)注射します。注射の際は少し痛みが伴います。効果とその持続時間を観察し、局所麻酔薬にエタノールを少量追加します。効果は個人差が大きいため、最初の注射では打つ量をやや少なめにします。

・経過観察

効果は注射直後から現れますが、最初は効果の持続時間は短く、注射を繰り返すうちに持続的に効果が出ます。最初は週1-2回の頻度で筋肉注射し、合計10回を過ぎれば、1週間ないし1ヶ月に1度の治療とします。効果は通常最低3~4ヵ月持続し、その後消失しますが、患者さんによっては効果がずっと続くこともあります。治療後で開口量、咬合力を計測し、治療効果の客観的評価を行います。経過によって注射を繰り返す必要があります。

2. ボツリヌス療法

ボツリヌス毒素は神経が筋肉に接している箇所(神経筋接合部)に作用し、筋緊張を緩和します(参考文献22,24,26)。A型ボツリヌス毒素製剤 [ボトックス:Botox、グラクソ・スミスクライン社] の注射による治療法はまぶた、首などの局所性ジストニア(眼瞼痙攣、痙性斜頸)の標準的な治療法として世界80カ国以上で承認されています。従来の治療法では効果がなかった強度の筋緊張を和らげることによって、過緊張に伴った開口障害、疼痛、構音障害、咀嚼障害を改善させることが可能です。現在、わが国におけるボツリヌス毒素製剤の適応は眼瞼痙攣、痙性斜頸、片側顔面痙攣などです。ボツリヌス療法は注射する部位と筋肉によって保険が適応されず、自費となる場合があります。自費の場合、50単位で約5万2千円、100単位で約10万円の負担となります。注射する筋肉が少なければ、50単位で十分ですが、広範囲の筋肉に注射が必要な場合、100単位となります。

・筋電図検査

過緊張を生じている筋をMAB療法の場合と同様に筋電図検査で診査します。注射する主な筋は咬筋、側頭筋、外側翼突筋、内側翼突筋、オトガイ舌筋、胸鎖乳突筋、顎二腹筋などです(図7)。各患者さんの病状と筋電図検査の結果からどの筋肉に注射すべきか判断します。治療前に開口量、咬合力、痛みの自己評価などを記録します。

・注射

筋電計にてモニターしながら、注射針の先が過緊張を起こしている筋内にあることを確認して、生理食塩水で希釈したボトックスを数か所に分けて適量注射します。注射の際は少し痛みが伴います。効果は個人差が大きいため、最初の注射では打つ量をやや少なめにします。

・経過観察

効果は注射して2,3日後から現れます。効果は通常最低3~4ヵ月持続し、その後消失しますが、患者さんによっては効果がずっと続くこともあります。治療後で開口量、咬合力計測し、治療効果の客観的評価を行います。経過によって投与を繰り返す必要があります。

動画4.ボツリヌス療法前後の閉口ジストニア

動画5.ボツリヌス療法前後の舌前突ジストニア

3. 口腔外科的手術

口を閉じる筋肉(咬筋、側頭筋)が極度に緊張した閉口ジストニアやブラキシズムなどで症状が長期にわたる場合には、咀嚼筋腱・腱膜過形成症、筋突起過長症(図9)、咬筋肥大症を誘発することがあり、全身麻酔下で行う筋突起切離術(図10)などの口腔外科的手術療法が必要となります(参考文献22,25,26)。切開は全て口の中から行いますので、顔に手術の痕が残ることはありません。手術は1.5-2時間で終わりますが、術後の開口訓練が重要なため、入院期間は2週間程かかります。

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図9.筋突起過長症の1例。両側筋突起の過長があり、両側下顎角の肥大(矢印)も認めます(a)。口を開けるとき、筋突起が頬骨弓に当たってしまい、17mmしか口が開けられませんでした(b)。筋突起切離術後(c)、40mm以上の開口が可能となりました(d)。

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図10.この患者さんは閉口ジストニアのため、開口しようとすると咬筋が収縮し、口が全く開けられませんでした(a)。筋突起切離術後に50mm以上開口できるようになりました(b)。

動画6.筋突起切離術後の閉口ジストニア

4. その他の治療法

マウスピース(スプリント)が効果的なことがあります(図11)(参考文献35)。 眼瞼痙攣、痙性斜頸、片側顔面痙攣など他のジストニアに対しては定位脳手術、脳深部刺激療法など機能的脳神経外科的手術療法経頭蓋磁気刺激法鍼(針)治療、心理療法などがありますが、顎口腔ジストニアに対してはまだ一定の信頼できるデータがありません。

図11.不随意運動治療のためのマウスピース

5. その他の不随意運動の治療

口や唇がペロペロと動くジスキネジアに対しては内服薬による治療が中心となります(参考文献14, 参考図書1)。少量より効果を確認しながら増量していきますので、数ヶ月かかります。ジスキネジアによって唇や舌が歯にすれて傷になってしまう場合は、歯科的対症療法として抜歯や保護床(マウスピース)を装着することもあります。心因性不随意運動に対しては精神科的内服治療あるいは心理療法が必要となります。ブラキシズムに対しては一般的にスプリント(マウスピース)や内服薬で治療しますが、当科ではこれらの従来の方法で効果のない方にボツリヌス療法も行っています。

動画7.内服治療前後の口部ジスキネジア

動画8.義歯調整前後の口部ジスキネジア

6. ジストニアの治療可能な病院

神経内科でも不随意運動を専門にされている先生は限られており、ジストニアの診断や治療が可能な先生はごく少数です。眼瞼痙攣、痙性斜頸など局所性ジストニアの治療を行っている病院を以下に記載します。顎口腔領域のジストニアを専門にしている病院はありません。神経内科の先生は顎口腔ジストニアであることは診断可能ですが、口と顎のどの筋肉に異常があるかを診断したり、ボトックスを異常な収縮をしている筋肉に的確に注射することが困難なことが多いようです。軽症の方への内服治療は同じですので、当科受診が困難な方は以下の病院がお近くであれば、受診されることをおすすめします。


・リンク(病院)

北海道

中村記念病院

北海道医療センター

関東

国立精神・神経医療研究センター病院

川崎市立多摩病院

関東労災病院

順天堂大学医学部附属順天堂医院

聖マリアンナ医科大学病院

帝京大学ちば総合医療センター

東京医科大学病院

東京女子医科大学病院

東京女子医科大学附属青山病院

東京都立神経病院

東邦大学医療センター大橋病院

信越

信州大学医学部附属病院

東海

榊原白鳳病院

関西

医仁会武田総合病院

宇多野病院

大阪脳神経外科病院

奈良医療センター

神鋼病院

関西医療大学附属診療所

京都医療センター

四国

徳島大学病院

九州

貝塚病院

産業医科大学病院

6. メディカルツーリズム(医療観光)

ジストニアであると確定診断できれば、その症状と程度によって治療は異なります。比較的軽症の方は内服治療やMAB療法を行ないます。内服治療やMAB療法は1-2週間間隔で数ヶ月の通院が必要となります。ボツリヌス療法を行なう場合では、口を閉じる筋(咬筋、側頭筋、内側翼突筋など)であれば、通院でも可能ですが、舌筋や口蓋部の筋に注射する場合は、治療後嚥下障害が起こる可能性があり(当科では今までそのような症例はありません)、念のため短期入院していただいた方が安心です。遠方で通院が困難な方は、短期入院していただき、ボツリヌス療法や手術が可能です。ボツリヌス療法の場合は3-5日程度、筋突起切離術などの手術の場合は2週間程度の入院となります。内服治療や手術は保険適応となりますが、ボツリヌス療法は自費となる場合があります。

最近、メディカルツーリズム(medical tourism:医療観光)が注目されています。メディカルツーリズムとは住居とは異なる地域や国を訪ねて診断や治療など医療サービスを受けることです。口や顎のボツリヌス療法などの後では、入院中の一時外出や観光も可能です。京都には世界文化遺産、名所、旧跡、ミシュランの星付きの老舗料亭など多数の観光スポットがあります(図10)。春の桜、秋の紅葉、祇園祭、時代祭、大文字送り火など四季折々の古都の風情をお楽しみいただけると思います。当院にはホテル並みの豪華さの特別個室があり(入院のご案内)、京都観光を兼ねたジストニアの治療が可能です。また、お好きなホテルや旅館に宿泊され、ボツリヌス療法などの治療では外来診察として受診されることも可能です。日本全国および海外からのジストニア患者さんの受診を歓迎しております。

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図12.京都の文化財。 金閣寺(a)、清水寺(b)、伏見稲荷大社(c)