カッコウの托卵 ー共進化のモデルケースー
ヨーロッパから日本にかけて広く生息しているカッコウCuculus canorusは自分で子育てをせず,他の鳥類の巣に卵を産みつけ育てさせる托卵をおこないます.カッコウに産みつけられたカッコウの卵は巣の主(宿主と呼びます)に温められて孵化させます.通常,カッコウの卵は宿主の卵よりも先に孵り,生まれたてのカッコウの雛は巣内にある宿主の卵を巣の外に捨てて,巣を独り占めします.こうする事でカッコウの雛は宿主が運んでくる餌を独占します.カッコウの雛は宿主の何倍もの大きさに成長し,巣立った後もしばらくは宿主から餌を与えられ,やがて親離れします.
このようにカッコウの宿主は托卵されると自分の子を育てる事ができない上に,他種の子の育児を強要されており,大きな負担となります.そのため,カッコウの宿主(日本ではオオヨシキリやモズなど)の中には,カッコウが巣に近づいてくると攻撃したり,産みつけられたカッコウの卵を捨てるといった行動を進化させた種もいます.一方,カッコウ側はそれらの宿主の防衛に対抗するため,こっそりと巣に近づいて産卵したり,宿主の卵に似せた卵を産む事が知られています.このようにカッコウとその宿主は托卵をめぐってお互いに行動や卵擬態などを進化させています.この両者の関係は共進化のモデルケースとして古くからヨーロッパを中心に盛んに野外調査がおこなわれてきました.しかし,多くの研究者が何種ものカッコウの宿主を調査しているにもかかわらず,カッコウの雛が自分の子でないと気づいて殺すなどといった行動は発見されず,宿主は自分の何倍も大きく見た目も自分とかなり違うカッコウの雛に餌を運び続けます.一方,カッコウの卵を巣の外に捨てる宿主の行動は広く観察されています.カッコウの中には宿主の卵に非常に良く似た卵を産むものもいますが,それでも一部の宿主は自分の卵と見分ける事ができます.なぜ,カッコウの宿主は雛を育てるのでしょうか.
この謎の鍵を握る鳥類の行動がオーストラリアの熱帯地域で観察されました.実はおよそ120種いるカッコウの仲間のうち,托卵をおこなう50種の多くが熱帯地域で托卵をおこなっています.しかし,熱帯での調査は困難が多いため,なかなか研究が進んでいませんでしたが,最近になって,熱帯に生息するカッコウ類とその宿主が今まで知られていたカッコウとその宿主と行動や生態が異なる事が明らかになってきました.そして,これまで進化しないと考えられていた宿主によるカッコウ類の雛の排除行動も発見されました.
研究1 宿主によるカッコウ雛の排除行動の発見
オーストラリア北部のマングローブ林に生息している2種のセンニョムシクイ属Gerygone spp.はアカメテリカッコウ Chalcites minutillu に托卵されます.アカメテリカッコウの卵は色彩や模様が宿主の卵と似ておらず,卵擬態が起きていないと考えられます.一方,雛はアカメテリカッコウ,センニョムシクイ属共に黒い体色をしており,羽毛に包まれていました.この事からアカメテリカッコウーセンニョムシクイ属の系では雛の段階で共進化が起きている可能性があります.2006年より立教大学の上田研究室とダーウィン大学のRichard Noske博士が共同で調査をおこないました.その結果,センニョムシクイ属の親がアカメテリカッコウの雛を排除する事が明らかとなりました(Sato et al. 2010 Biology Letters Fig. 1).2種のセンニョムシクイ属のうち,マングローブセンニョムシクイG. levigasterは巣内にテリカッコウと自分の雛が共存していてもアカメテリカッコウの雛を排除した(Tokue & Ueda 2010 Ibis)ことから,少なくともマングローブセンニョムシクイは雛を識別することもできると考えられます.この識別,排除行動が引き金となってアカメテリカッコウの雛の擬態が進化したと考えられます(Fig 2).一方.,ハシブトセンニョムシクイG. magnirostrisでは托卵されていない巣でも自分の雛を排除した例も観察されています.この事は雛の識別が容易でない(コストがある)事を示しています.
研究2 宿主による雛排除行動の適応的意義:卵希釈効果仮説
アカメテリカッコウ―センニョムシクイの系では他の種ではみられない宿主による雛排除行動(Fig. 1)や,テリカッコウによる雛擬態(Fig. 2)といった雛段階での共進化が観察されました.他の系では雛排除行動は発見されていない事から,宿主にとって大きなコストがあるとこれまで考えられてきました(Lotem 1993 Nature).センニョムシクイ属でもあやまって自分の雛を捨てるといったコストが実際に観察されているため,雛排除行動が進化,維持されるためにはベネフィットが存在すると考えられます.どのようなベネフィットがあるのかを調べるために数理モデルを用いて検討してみました.その結果,いくつかの要因(産卵数など)が雛排除行動のベネフィットをあげる事がわかりました(卵希釈効果).ここでは1)カッコウが托卵時に宿主の巣から卵を1つ持ち去る事,2)複数のカッコウ雌が1つの巣に托卵(多重托卵)する事に着目しています.この条件下では宿主は“あえて托卵された卵を受け入れ”,雛になってから排除したほうが,卵の段階で排除するよりも自身の子をより多く残せます.宿主の巣(卵3個)に托卵が生じると,巣内は宿主の卵2個とカッコウの卵1個となります.雛排除タイプ(B)の宿主はカッコウの卵を“あえて保持する”ため,今後,他の雌に托卵(多重托卵)されても巣内にあるカッコウ卵が持ち去られれば宿主の卵が減る事はありません.この場合,卵排除タイプ(A)の宿主よりも2倍の雛を残す事ができます.また,宿主の産卵数が少ないほど,2回目に托卵するカッコウ雌が巣内のカッコウ卵を持ち去る可能性が高くなります.つまり,宿主の産卵数の少なさと,アカメテリカッコウの多重托卵頻度の高さが宿主による雛排除行動を進化させた可能性をこのモデルで示す事ができました.