照射食品から放射能

「誘導放射能」示す試験データが存在

「照射食品が放射能を帯びることはない」「誘導放射能は無視できる、問題ない」「科学に無知な消費者の言うこと」と言われてきましたが、50年以上を経て機密のベールを解かれたアメリカ陸軍の照射実験データ等の中に、「誘導放射能」(照射食品が放射化、放射線を発する)を計測したデータが存在したことがわかりました。厚生労働省の医薬品食品衛生研究所の調査研究(2007年報告)で調査に当たった研究者は、それは現在でも「最新の研究成果」であり、今なお、考察の対象にすべき「重要な内容」であると指摘しています。

アメリカ陸軍は、1943年から放射線殺菌の基礎研究を開始し、1953年の「原子力の平和利用」を契機に照射食品の開発研究を行ってきました。食品医薬品庁(FDA)は、1963年、缶入りベーコンの放射線照射を認可しましたが、1968年、ハムの照射認可申請を却下すると同時に、缶入りベーコンの認可を取り消しました。陸軍は開発研究から手を引き、それまでの膨大な実験データは機密のベールに閉ざされていました。そこで、医薬品食品衛生研究所の研究者は、これらのアメリカ陸軍の試験研究データ類の調査を行いました(2002年から3年間)。アメリカ合衆国農務省図書館(NAL)をはじめ関係諸機関から日本では入手できない文献を収集し、それは1万ページを超えたとのことです。そしてその中にNatick研究所で行われた「誘導放射能」に関する千ページに及ぶ研究データ類があるのを突き止めました。紙幅の都合で、次に、「はじめに」と「まとめと結論」部分から、一部を抜粋して紹介します。

「はじめに」より、重要部分抜粋(下線、引用者。注の数字は削除。)

「日常食べる食品の放射化は老若男女を問わず放射性物質の摂取量を増大させ,体内被曝を増加させ,種々のガンを引き起こすなどの危険性があり,放射線処理食品の安全性を考える上で重要である.ここで扱う元のデータは古いがその後食品中の誘導放射能についての研究はほとんどなく,現在でもいわば最新の研究成果であり,現在までの照射食品の安全性論議などに大きな影響を与えてきた重要な内容である.しかし,軍のベールのなかで研究されたこともあって,詳細なデータは学術報告などとして広く公表されてこなかった.そのため現在でも詳細な文献を入手することは難しく,2005年の食品安全委員会の調査報告書にもこのNatick研究所の放射化の研究に言及がない.さらに千ページにならんとするNatick研究所の報告書をまとめた資料もみあたらないので,煩瑣をいとわずデータや実験手法を記載し,後日のこれらのデータを検証する際の参考となるようにした.」(p.107)

<文献> 千ページに及ぶ「誘導放射能」についてのデータから8つの表を引用し、考察を交えて12ページの報文にとりまとめて公表しています。ウェブサイトで全文を読むことができます。 国立医薬品食品衛生研究所食品部 宮原 誠 「X線並びにγ線を照射した食品に生じる誘導放射能」『国立衛研報』第125号 2007年 (Induced Radioactivity in Irradiated Foods by X Ray or gamma Ray)Bull.Natl.Inst.Health Sci.,125,107-118 (2007) http://www.nihs.go.jp/library/eikenhoukoku/2007/107-118.pdf

「まとめと結論」より、重要部分抜粋(下線、引用者、注の数字は削除。)

「現在照射食品に国際的に認められているコバルト60,10MeVまでの電子線,並び5MeVまでのX線を用いても,食品中に含まれる元素によっては,放射能を帯びることが報告されている

誘導放射化は原理的に起きないとされているコバルト60を50kGy照射した牛肉,ベーコンからバックグラウンドの2.4倍,3倍の誘導放射能を検出した.また,核種は示されてはいないが,牛肉でも4.5kBq,ベーコン2.3kBq,2.7kBqなどの誘導放射能が観測されている.さらに20kGy以下10kGy以上の照射でもカドミウムなどで(γ,γ‘)反応が観察された.」(p.117 以下、同じ。)

実際に生成する誘導放射能の量は照射装置の構造や運転の方法により異なる.従って,中性子量は個々の施設について調査をする必要がある.IAEAの勧告に基づき,放射化しにくい環境と条件で電子線照射すれば問題がすくなくなると考えられる.

誘導放射能の量が少ないので,ベータ線などの検討には無機塩類の水溶液を照射してその結果に基づきデータを出す必要があった.しかし,モデルはあくまでモデルで,実際の食品とは異なった結果を与える可能性はゼロではない.実際,Natick研究所の報告にもあるが,食品汚染物に由来すると考えられる核種が存在し,それが照射により放射化することや,あるいは包装容器が中性子源になり放射化が促進されるなど実際はモデルとは異なる結果を与えている.個別の条件を考慮しないと放射化の危険が増す場合がある.」

「安全性については当時の人々が考えなかった生物・生体内濃縮をするような化学形,アルファ線などを出す核種を想定すると,体内カリウムより放射能が少ないからとかあるいは誘導放射能を測定できないからすなわち安全との結論は得られない.」

「毒性実験の中に,照射直後の照射食品に問題ありとする研究があるので,半減期の短い放射性物質による体内被曝の確定影響と確率影響を見積もる必要があるが,今後の課題である.例えば,インドにおける照射小麦の安全性を調べる実験で,照射直後の小麦を食べたグループの子供の末梢血中に倍数体細胞が多く検出されたという.各国でこれについて動物実験が繰り返されたが,それら複数の追試の間ですら一致した結果が得られていない.原因についても,統計的におかしい,栄養の不足,実験の失敗などに帰着され明確でない.このような現象を誘導放射能の確定影響等の観点から精査した論文を持ち合わせない.」

「現在照射食品を認めている各国において,照射食品の安全性を論議した1990年頃,本稿で示したようなデータの存在は一般に知られておらず,誘導放射能のリスクについて厳密な議論は避けられてきた経緯がある.従って,外国の例を参考にしても,これら誘導放射能が社会的に容認できるのか否か,直ちに判断することは難しい.」