Research Topics

バーチャルリアリティ空間での脳の働き/ Brain function in the virtual environment

近年バーチャルリアリティ技術は非常に発達しており、比較的安価な装置で驚くべき臨場感の体験ができるようになっています。人の身体認知研究においてもこのバーチャルリアリティの重要性は非常に高く、これまでラバーハンド錯覚という身体錯覚を用いて、人の身体認知の変化についての研究を行ってきましたが、バーチャルリアリティ空間でより自由な身体の取り換え(身体換装)を起こし、その際の認知的な変化を脳計測によって検証することができるようになってきました。


本研究室でのVR体験中脳計測の様子


その際にただ漫然と脳反応をとるだけでは、心理学的、認知神経科学的な研究とはなりません。想定される知覚および多感覚統合システムの変化(後述)と結び付けた脳反応成分をターゲットとして、実空間とどう反応が変わるのかという基礎動態を確認しながら検討を行っていく必要があります。それを実現するためには、ターゲットになる脳反応成分が適切に抽出できるように、厳密にノイズの混入をコントロールした上での脳計測が必要になります。

我々の研究室ではヘッドマウントディスプレイの使用に伴うノイズの混入を定量的に評価し、それを抑える計測方法を検討しています。以下の出版物にはその一部が紹介されています。

Kanayama, N., Hara, M., & Kimura, K. (2021). Virtual reality alters cortical oscillations related to visuo-tactile integration during rubber hand illusion. Scientific Reports, 11(1), 1436. https://doi.org/10.1038/s41598-020-80807-y

VR-EEGのセットアップについてお困りの方へのコンサルティングも承ります。

多感覚認知と産学連携 / Multisensory-invoked consciousness and our future society

単一感覚研究から多感覚研究へ

人が何かを感じる時、それは基本的に複数の感覚の入り混じったものです。

一方で従来の心理学ではその実験手続きの制約上、主に単一の感覚のみをあつかうものが主流でした。

心理学では「こころ」という目に見えないものを実験的にあつかう必要があるとき、

ひとつの実験において、ひとつの変化にとどめておくことが実験結果の解釈において非常に重要だからです。

一方で、心理学が成熟してくると、これを社会応用、産業利用しようという試みが増えていきます。

この時、単一感覚の研究成果は応用との相性が悪く、研究知見を十分に生活や製品に活かすのに壁がありました。

近年ではこれに加え、積極的に複数感覚を実験的に統制して研究を行う試みがなされています。


本件に関しては、2009年より継続して年次大会を開催してきました多感覚研究会、という会において広く研究者交流を行う試みをしています。

基本的に参加無料で、大学、企業、一般の方どなたでも参加できますので、是非お越しください。

多感覚研究からわかること

多感覚を取り扱うと何がよいのでしょうか?それは人の抽象的な心理機能を明らかにするために必要かつ重要な手段となるからです。

例えば、私が博士論文で取り組んだ研究は“The Electrophysiological Correlates of Multimodal Integration Processes” (邦題:多感覚統合処理の神経基盤の検討)というタイトルですが、脳波という脳活動の時間変動を追うのに適したツールを使って、脳で情報処理がどのように始まり、進み、最終的にどんな反応が形成されるかというモデルを構築しました。

このように、最終的にどのような判断がなされるかについて、多感覚研究はそのリッチな入力のインタラクションや情報縮約、変換の過程を見ていく事ができるor目指すものです。こうした取り組みによって、モノやサービスをデザインすることができるようになるはずです。

脳内の身体認識システム解明

離人感と身体認識システム

分野で言うと認知神経科学に当たる研究を行っていますが、あくまで心理学者ですので、ヒトの心の働きの研究をしています。主には自分がいかに自分の身体を認識し、状況に応じてそれを適切にアップデートしているか、ということがテーマです。

2013年から5年間広島大学の精神科に所属していましたが、この観点で言うと私のテーマに近い疾患として離人症性障害というものがあります。これは自分が外界から切り離されているような感覚とか、自分の身体が自分のものではないというような感覚があり、時には幽体離脱のような感覚を報告する方もいらっしゃるような病気です。この一部は身体認識システムの異常として捉えることができます。

自分の身体が、自分の身体の位置にきちんと収まっているという認識は、日常、当たり前のようで、普段は意識さえしませんが、実はこれを支える脳内システムが当然必要で、我々が生きている間は常にオンゴーイングでこれが動いていると考えられます。これがうまくいなかくなれば、当然「自分の体が自分ではない感覚」や「幽体離脱」もリーズナブルな現象として現れてくるのです。


自分の体はリアルロボット、脳はそのパイロット

こういう人間の身体と脳の仕組みを、ロボットアニメのロボットとパイロットとして考えることができるかもしれません。つまり自分(の脳)は自分の身体というロボットに乗っているようなものであって、実はこのロボットの動かし方を幼いころから、我々は無意識に長期間学んできています。なので現在はなんの問題もなく自分の身体を自在に操れる優秀なパイロットですが、このシステムを学ぶのにも上手・下手があるはずです。私もよく壁やドアに身体をぶつけたりしますが、これは身体座標認識のアップデートが上手でないんだろうなと思っています。先ほどの離人症性障害はその程度が非常に強いものですが、得手不得手として現れてくる程度であれば、記憶力がいいとか足が速いとか、そういうことと同じようにどんなヒトにもある個人差だと思っています。


脳と身体、脳とモノのシンクロ

自分の身体の操縦や認識がうまくできているか、なんてことは、自分ではわかりません。これを簡単に、そしてリアルタイムにわかるようにすることに関して、現在可能性のあるのが脳波だと思っています。現在でもラバーハンド錯覚という現象があり、ヒトの身体認識をはかるための一つの指標となっていますが、私は約10年弱これに関する脳波研究を続けてきていて、やっとどのようなシステムでこれが起こっているかが見えてきています。

これがもし、操縦者(脳)とロボット(身体)の一般的な脳内処理モデルだとすれば、さまざまな分野に応用可能だと考えています。つまり何かを、特にクルマや作業用ロボットを操作する際に、それをいか自分の身体の一部のように自在に扱えているかどうかを、脳の反応ではかることができるかもしれないということです。研究用語ではこれを身体化(Embodiment)と呼んだりしますが、それこそロボットアニメにあるような、操作物と脳システムのシンクロ率のようなものがこの身体化の程度として検出できるかもしれません。

現在でも遠隔手術ロボットのDa Vinciシステム等、医療用に実装された、「あたかも自分の身体のように使う道具」もありますが、今後ヴァーチャルリアリティ(リモート)空間で活動することが多くなる我々、人間にとって、この観点は非常に重要な課題だと感じています。

脳波をいかに実社会で使うのか / EEG availability under outside the experimental room

脳波を使うことの意義

神経科学的な指標としては主に使っているのは脳波です。

fMRI等もあわせて使いますが、自分の対象としているテーマで、機能的な脳活動を捉えようとしたとき、感度、時間分解能という点で脳波が最も適したものだと思っています。適切に使うことができれば、脳のどこがいつどんな順番で活動していくのか、という処理フローがわかります。これはロボットや処理アルゴリズムに実装する時に非常に重要ですし、それと同じ観点で理解できるという意味で基礎科学的にも重要だと思っています。もちろん同じように脳波も科学的な観点から多くの疑問はありますので、どちらが優れていると一概に言えるものではありません。しかしながら、脳科学の知見を世の中で活用していく際に、その簡便性と感度から、非常に重要なツールだと思っています。


いろいろな脳波計

近年脳波計は様々なものが売り出されています。

基本的には脳波計は生体アンプであり、体表上に起こっている電位変動を、探査電極と基準電極の二つの電極で捉えてその差分の波形を脳波とします。脳波の表れない場所に設置した電極(基準電極)で計測した波形を、脳波を測定しようとする場所、つまり頭皮上、に設置した探査電極で計測した波形から引き算することで脳波を測定しています。また通常の脳波計ではノイズの低減のためグランド電極も使います。よって3つの電極があればそれは脳波計ということになります。これだけでよければ1万円かからずに自作することもできます。

そんなもので頭皮上の電気変動から脳の働きをとらえることは本当にできるのでしょうか?頭皮上に起こる電位変動は本当に脳の反応なのでしょうか?実際、頭皮上の電位変動が脳内のどんな動きを表すかを明確にすることは簡単なことではなく、得られた波形が本当に脳の反応を表しているかどうかは、実は多くの場合でわかりません。推定するしかないのです。

この時、推定精度が問題になります。脳波計を選ぶ際にここが最も重要になります。基本的には得られた信号にきちんとその信号が入っていて、それ以外の雑音が入っていないか、ということにつきます。これを評価する方法はさまざまなものがありますが、当然どんな反応を測りたいかによってどこまでの精度を保証する脳波計を購入するかは大きく変わります。

・電極数が30以上、CMRR: 90dB  以上、サンプリングレート  256Hz以上

が基礎研究用途としては基準になると思いますが、実際どんな波形がとれるかはやはり事前に確認しておかないと心配ですね。

完全に工学的な用途であれば、数万円で売っている適当な脳波計でも使い物になる場合も十分にあります。一方で、使い道はかなり限られてしまいます。とにかく市場には数万円から数千万円くらいまで、それこそいろいろありますが、よく見極めないと無駄に高いものを買ったり、安物買いで結局使えないということもありますのでご注意ください。

私でよければ、いつでもご相談に乗ります。ご連絡ください。


脳計測による感性評価と生理心理学

感性的な評価は個人ごとに大きく異なりますし、「誰か」が「いい」と評価した、そのアンケートの値はほかの人には何の意味もないということも十分にあり得ます。

その誰かがどんな人で、その人がどんな情報処理をして、最終的に良いといったその判断にどの情報処理が「効いて」いたのか、こうしたことがわからなければ、感性評価は個人のその時点の「いい」という事実だけです。もちろん感性工学的に、製品の特長を連続的に変えていきながら、この「いい」を計測していけば、その境界点がわかる可能性が十分にあります。しかしながら、近年の複雑なサービスの評価などでは、無数にあるパラメータをしらみつぶしに探すことや、人ぞれぞれに全く異なる評価基準を見つけることは容易ではないと思います。

「その誰かがどんな人で、その人がどんな情報処理をして、最終的に良いといったその判断にどの情報処理が効いていたのか」

感性工学において、上記を明らかにするためのツールとして、脳反応の測定は非常に期待されるものです。その理由は、fMRIのような計測法ではできない自然な状態での脳計測ができること、時間分解能が高いので情報処理のフローが可視化できることなどが主なものとして挙げられます。

しかしながら感性工学においてこれを自由に使いこなすためには、生理指標はあまりにも「推定」に頼りすぎています。基本的な生理指標とこころの状態の対応関係がわからなければ何の役にも立ちません。生理心理学は、この意味で感性工学研究の基礎になりうる重要な分野だと思っています。

学術的な詳細は以下の記事にいろいろ書いています。

金山範明,中尾敬. (2016). 感性と生理心理学. 生理心理学と精神生理学, 34(1), 1-7. 

https://doi.org/10.5674/jjppp.1601ci 

触れるということの重要性 / Touch as an important event

私が身体感覚を専門にしていたところから、関連領域の触覚に関わる感性研究を行っています。触覚は研究上制御が難しく、視覚や聴覚にくらべ検討が少ないです。特に

しかしながら最近では、Affective touchという言葉で、多くの研究者が、触覚による心地よさを科学的に検証し始めています。どんな感覚による「快」も同じく抽出できるシステムの構築を目指して、視覚・聴覚・嗅覚などの研究をあわせて行っていますが、これに触覚を加える事で、適用範囲を拡大しようという試みです。

たとえば素材を開発する際に、この指標を用いれば、ひとが心地よいと感じる素材を作るにはどうしたらよいかが、客観的にわかります。それではなく、ヒトにとって「触れる」ということでコミュニケーションをとることの重要性など、さまざまな知見が得られてくるはずです。現在はまだ準備段階ですが、このプロジェクトで触れるとはどんな意味があるのか解明できればと思っています。

コグネティクス:新しい学問領域へ / COGNETICS as a new research field 

コグネティクスという考え方

コグネティクスという言葉は、私がポスドク時代に師事したOlaf Blanke先生の造語で、Cognitive Science、Neuroscience、Robotics、の3つの研究領域のワードを組み合わせてできています。この考え方は以下の論文で詳述されています。

Rognini, G., and Blanke, O. (2016). Cognetics: Robotic Interfaces for the Conscious Mind. Trends Cogn. Sci. 20, 162–164. doi:10.1016/j.tics.2015.12.002.

コグネティクスは簡単に言えば認知科学、脳科学、ロボティクスの融合科学ということになりますが、もっと広い意味で捉えることのできる考え方だと考えています。具体的には人の心や脳の働きを研究するのに、人は様々な体験を実験的にしなくてはなりません。しかしながら、それには実験機器上の制約があります。

「ピタゴラスイッチ」の「こんなことできません」コーナーなんかをイメージしていただくといいかもしれません。

あれは写真をとって、それを連続的に動かすことで、本来は行い得ない人間の動きを再現していますが、コグネティクスでもこれと同様に、本来ならばできないようなことを工学的な技術で克服し、より実験の自由度を増やそうということを考えています。

つまりこころの働きを実験的に検証するための心理学者、脳科学者が実験をデザインする時に、となりに工学研究者がいてくれて、普段なら諦めていた実験を実現させるために協力するということ

一方で工学研究者の作ったデバイスや、システムをどのように活用できるかを心理学者、脳科学者が検証しあらたなデバイス設計のための要件を検討するということ

この二つの有機的なコラボでそれぞれの領域が発展していく、ということです。

タイトルでは「学問領域へ」としましたが、これはこうした考え方を元に研究領域を再編し、効率のよい研究組織、学部などを作ることが出切れば、研究はよりすばやく魅力的に進行していくものと思っています。


コグネティクスを広める試み

しかし残念ながら、コグネティクスという言葉や研究領域は現在日本には「存在しない」と言っても過言ではありません。

その理由に、心理学者と工学者が本当に真剣に出会う場所が限定的であるからです。


こうした文理融合が「認知科学」という学問領域でどのように扱われてきたか、に関して、私の恩師でもある開一夫先生が、その恩師の安西祐一郎先生のことを綴った記事にも興味深く書かれています。

開 一夫, 「フェロー紹介 安西祐一郎」, 認知科学, 2012, 19 巻, 4 号, p. 398-402

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcss/19/4/19_398/_article/-char/ja/


実際私も、それまで同じ東京大学で研究していた原先生と、わざわざ留学先のスイスで出会って、日本に戻って共同研究を始めるに至った、という奇妙な経験をするほど、心理学と工学の距離は遠いのが現状です。


こうした現状を変えていくために、何度か関連ワークショップをやらせていただきました。

金山範明 2015 外界認知と身体認知の統合過程を脳で測る(キーノート講演) 第16回計測自動制御学会システムインテグレーション部門講演会(名古屋国際会議場,12月16日)

金山範明 2016 コグネティクスと MoBI による新しい工学と認知神経科学の融合(工学×認知心理学インテグレーション:サービスとものづくりの新領域)第17回計測自動制御学会システムインテグレーション部門講演会(札幌コンベンションセンター,12月17日)

金山範明・吉本秀輔・原正之・繁桝博昭・開一夫 2017 コグネティクス:工学研究者とのコラボによる新しい心理学・脳科学の可能性(公募シンポジウム)第81回日本心理学会大会(久留米大学,9月20日)


またOlaf Blankeの人柄と彼の考え方に触れた私の体験に関して、以下に寄稿があります。

手に入りにくい場合はご連絡ください。


金山範明 素顔のニューロサイエンティスト Olaf Blanke,  Clinical Neuroscience(クリニカルニューロサイエンス) 2016年12月号, 中外医学社,2016年12月