第三の波

ハリー・コリンズ(和田慈訳)「科学論の第三の波ーーその展開とポリティクスーー」『思想』1046、2011年、pp.27-63。

以下、本論文を読んで感じたことを羅列。ただの感想、コリンズへの疑問、訳語への疑問などが混在している。

  • 専門性と権威

  • 誰がそれを理解しているのかをどう判別するか

  • 集合的意思決定問題・社会的意思決定

  • 参加の範囲問題

  • p.32「populism」 完全に悪い意味で使ってるがpopulismにもいい面があるだろう。反知性主義との繋がりは必然なのだろうか。

  • p.32「良い決定」「正しい決定」 良いと正しいをちゃんと説明して欲しい。

  • p.34「分析家」 論者ぐらいの意味だろう。

  • p.34-35「他の皆がそこを進んでいる以上、それこそが進むべき正しい道に違いないからだ」 Jasanoff先生の描き方がバカすぎないだろうか。

  • p.35「科学の社会科学研究会」 これは「国際科学技術社会論学会」だろう。

  • p.36「正当性」 このあともたくさん出てくるがlegitimacyは正当性justnessと区別される「正統性」だろう。

  • p.36「職業的規準(integrity)を備えた科学者」 苦心が伺えるがintegrityに規準は無理があるのでは。ここでは首尾一貫性という含意もありつつ、廉潔な能力を保持する者という意味じゃないのか。

  • p.36「科学は葬儀に次ぐ葬儀を経て進む」 なんともいい言葉である。

  • p.36「聖杯」 これは意訳すべきではないか。

  • p.37「ロールズ…」 ロールズの分配対象を「社会で生み出された価値」と言っているところなど間違っている。価値ってどうやって配分するんだろう。それにロールズを出すのであれば無知のヴェールよりも反照的均衡のほうがここでは有効ではないか。

  • p.38「テクニカルな局面で誰が専門家とみなされるべきかを決めるためには…政治的な局面の本質」 これがこの論文の肝になりそうな予感である。

  • ケーススタディは面白い。フリーライドの問題などは読ませる。

  • p.50 「ポピュリズム」「何でも住民投票に任せるような」モデルを批判。間接民主政のような「代表者が選挙の間に、専門家の専門知に基づく発言を求められる」のがよい。だが代表者は素人であるから、選挙の間と同じような時期をあけた住民投票(複数回投票制とか)をやれば住民だって同様のことができやしまいか。

  • p.51上段まとめ的文章 みごとな折衷説である。だからあまり理論的な魅力は感じないのだが、しっかりしてはいる。

  • p.51下段「一人の非正当的医師の意見で全体の…」 ここで「正当」はありえないだろう。「正統でない医師」とすべきじゃないか。

  • p.53「選択的近代」 これは規範的法実証主義みたいなものか。

  • p.55「選択的近代論者以外ではありえない」 ここらへんは法哲学と似た状況にある気がする。