第3回勉強会「CSRとは?開発援助を企業の視点から考える」
講師 下田屋 毅 様
略歴:1991年 大手重工メーカーに入社し、工場管理部にて人事・総務・採用・教育・給与・福利厚生・労使交渉・労働安全衛生を担当。環境ビジネス新規事業会社を立ち上げた後、2007年渡英。英国イーストアングリア大学環境科学修士号、英国ランカスター大学MBAを取得。2010年12月 Sustainavision Ltd.を設立。ビジネス・ブレークスルー大学講師(担当CSR)
Sustainavisionの活動について ―CSRで日本とヨーロッパの架け橋に―。
設立経緯・活動内容:CSR/サステナビリティにおいてリーダーシップを発揮しているのは、欧州であり、欧州先進企業が模範事例を作り世界へと発信している。この欧州先進企業と日本企業の間には考え方や活動についてのギャップがあるので、日本企業に研修・セミナー、記事の寄稿を通じて伝えている。日本では英国IEAM認定サステナビリティ(CSR)プラクティショナー資格講習を2012年から開催。欧州・中東・北米で2008年から開催されていた講習を欧州CSRコンサルティング会社との提携により日本に紹介。欧州企業と日本企業との違いなどを伝えながら、世界でのCSR戦略について伝えている。
1. CSRとは?
【グループ・ディスカッション】
テーマ:CSRについて知っていることは?
CSRにはどんなイメージがあり、何が含まれるのか?
l 植林や水の浄化など
l CSRはステークホルダーや社会とのつながりの為(イメージ作りを含め)
l 企業内のDiversityを進めていく為à女性や障害者の雇用
l 途上国でビジネスをするに当たって現地の人々に透明性の確保が必要である為
l 企業の利潤追求の際に伴う環境等への負荷を補う為
l 企業は社会の中で大きな存在であり、CSRで積極的に地球環境を考慮することは大切
l 国や行政によって定義が違うのでCSRの明確な定義はない
l すべてが利益につながるわけではない
l イメージアップをするための手段(利益につなげようとしているのでは)
l 日本と欧米ではCSRの受け入れられ方が違う
l 余力がある会社が行うもの
身近で何かCSRに関わるものがあるだろうか?
l レポートや広告でのアピール、イベントでのロゴなどでCSRを見かける
l 具体例としてエヴィアンやユニクロが行っている事業
疑問点:
l 企業主体でやっているCSRと財団がやっているCSRの違いは何か?
l 企業は悪いことをしているわけではないのになぜCSRで社会貢献をアピールしなければならないのか?
1-1 様々な定義や概念
l イギリス:Corporate Responsibility(CR)がよく使われる。
l アメリカ:Sustainabilityを多く使用する。アメリカではCSRは慈善事業的なものを指すことが多い。
※アメリカでは、環境的なものをEnvironmental Sustainability、社会的なものをSocial Sustainabilityという。しかし、CSR, CR, Sustainability, Corporate Chitizenshipなど使用する言葉は世界で違いがあっても、企業が実施しなければならないことは同じである。
(それぞれの言葉をどのように定義しているかを確認することが必要である)
l 日本:政府としてはCSRの定義を出していない。(2014年12月現在)
l 欧州:<欧州委員会のCSRの定義>
欧州委員会は、2011年に発行した「企業の社会への影響に対する責任」と定義している。また、適用される法律、社会的パートナー間の労働協約の尊重は、責任を果たす前提条件になっている。企業の社会的責任を十分に果たすために、企業は、ステークホルダーとの密接な協働により、社会、環境、倫理、人権、そして消費者の懸念を企業活動と経営戦略の中核に統合する行程を以下の目的の下に構築すべきである。さらに企業は、プラスの影響を大きくすることとマイナスの影響を小さくすべきであり、株主、広くはその他ステークホルダーと社会の間で、共通価値の創造を最大化する。そして、企業の潜在的悪影響を特定、防止、軽減することが必要である。
EU全体としてはステークホルダーとの密接な関係を築きながらこれをベースにして活動を進めている。
1-2 持続可能な開発の概念
「環境と開発に関する世界委員会」(1987)が定めた“将来世代のニーズを損なうことなく現在の世代のニーズを満たす開発”が持続可能な開発の概念のベースになっている。
1-3 トリプルボトムライン
トリプルボトムライン:企業は経済的利益を常に考えているが、環境・社会についても考えるべきであるというもの。決算書の最終行(ボトムライン)に収益、損失の最終結果に述べるように、社会面では人権配慮や社会貢献、環境面では資源節約や汚染対策などについて評価をし、述べるべきと提唱。John Elkington氏によって唱えられた。世界のCSR報告書のガイドラインとなっているGRI(グローバル・リポーティング・イニシアチブ)もトリプルボトムラインをベースにして作られた。
1-4 近江商人の三方良し
日本では、江戸時代から近江商人の経営理念に由来する三方良し「売り手良し、買い手良し、世間良し」というCSRに近い概念を持っていた。
1-5 CSRに取り組まないリスク
1.良くない評判 2.不買運動 3.企業の信頼の低下 4.進出先の政府から歓迎されない 5.従業員の意欲低下 6.製品・サービスの質の低下 7.人材不足
事例
l 事例1:ロイヤルダッチ・シェル、シェル・ナイジェリアがナイジェリアに原油採掘場を保有。現地の人材を雇用せず、コミュニティに利益も出さず、環境汚染をしていた。現地のオゴニ族の人権活動家ケン・サロ=ウィワ氏ら9人がこれに反対し、処刑された。シェルは、当時軍事政権であったナイジェリア政府の協力の下ビジネスを行っていた。その1995年当時は、企業が何か行動を起こすと内政干渉になると考えられており、シェルとして何も手立てをしなかった。しかしこの件により国際的に強く批判を受けることとなり、多国籍企業の責任が問われるようになった。
l 事例2:1995年ロイヤルダッチ・シェルが北海油田の石油採掘用大型プラットフォーム「ブレント・スパー」の海洋投棄処理をする計画を発表したが、国際NGOグリーンピース等から猛反対をうけ、不買運動などのキャンペーンにつながり、海洋投棄を断念する。
l 事例3:1997年NIKEの児童労働、セクシャルハラスメント、強制労働などが発覚し、世界的にNIKE製品の不買運動が起こる。一方で、日本ではNIKE製品が飛ぶように売れていた。そこからわかるように日本と欧米では認識の違いがあるのではないか。
l 事例から…世界と日本のそれぞれの組織に対する信頼の高さの違い
世界 NGO→企業→メディア→政府
日本 企業→政府→メディア→NGO
※エデルマン・トラスト・バロメーターのデータに基づく
※日本ではNGOの力が弱い。NGOが市民の代表として意見を発しているという認識が薄い。欧米では企業の信頼度が低いので、「企業が何を行っているか」を市民(NGOを含む)は知りたがっている。日本は、企業活動にある程度信頼を置いている。
l 事例4:NGOグリーンピースによりネスレ社がキットカットに使用しているパーム油調達先が違法伐採等の開発を行っていると報告され、不買運動が起きる。原材料がどこからきているのかの透明性が問われる。
個人+グループワーク
個人ワーク
Ø なぜ企業はCSRに取り組むのか?
Ø その理由、モチベーションはどこからきているのか?
グループワーク
Ø なぜ企業がCSRに取り組む必要があるのか?
Ø CSRに取り組まないとどのようなリスクがあるのか?
グループからのアイディア
l CSRをやらなければいつか市民社会から批判される企業があるからではないか?例としてはセレクトショップや食品企業など。
l 日本ではCSRに対する意識が薄い。企業がCSRに取り組んでいるのは株主の為。
l ネガティブキャンペーンを避ける為。
l キッザニアのようにCSRを積極的に行っていればプラスのイメージを築くことができる。
1-6 CSRに取り組む要因
「企業は経済的利益だけでなく社会や環境についても考慮する必要がある」そして、「倫理的な企業であることが求められている」
その要因:
l 企業の巨大化、グローバル化によって与える社会へのインパクト増大。
Ø グローバル化による貧富の格差
Ø 先進国グローバル企業が途上国から搾取の構造
Ø 企業が社会的責任を取らなければならないという状況
l 企業はステークホルダーの要請・期待に応える必要がある。
l 持続可能な社会作りへの貢献
1-7 CSRに取り組むことで企業が得られるもの
l 企業のコーポレートブランドの向上、評判の高まり、売り上げアップ
l ステークホルダーへの肯定的なイメージ
l 投資家への肯定的なイメージ、株主との信頼関係の構築(投資へのアクセス、資金調達の機会を得る)
日本では投資家でCSR(ESG)に興味を持っている人は少ない。(SRI(RI)投資、ESG投資)欧州ではCSR(ESG)の実施をしていることを考慮して会社に投資するということが盛んである。日本のSRI(RI)の市場規模は、今後拡大することが予想されるが、まだ小さい。CSR/サステナビリティ活動の一部分だけを実施して、良い企業であることをアピールしイメージアップに使用しても、本来の活動を行っていない場合には最終的に化けの皮がはがれる。
l 社会の中でのリピュテーションの向上
l 競合他社との差別化
例:ネスレは批判されることが多いが、NGOからの批判を受け止め、よりよい企業を目指してそれらの改善を進めている。消費者に、ネガティブな情報を含めて公開し、改善に努めていることをアピールしている。→他社との差別化を測る。
l 従業員の充実感、従業員の誇りを高め、生産性も高める
→労働環境を高めるのもCSRの一つである。最近ではAppleのサプライチェーン改善活動が例にあげられる。
l 優秀な人材を確保することができる
l リスク・マネジメント・危機マネジメントの改善
企業の規模が大きいと影響のすべてを管理するのは難しくなる。→NGOなどに批判されたときどう対応するかが企業として大切。
企業はCSRを行うことで利益を生むことができる。 CSRは企業の長期的な利益に貢献する。
1-8 CSRのメリット
l 新しいビジネスチャンスを見つけることができる
l イノベーションと学びの機会を生み出し、企業の影響力を高める
l 倫理的なビジネス活動における好意的な評判やメディアの報道の機会を生み出す
欧米企業は、CSR/サステナビリティについての計画・コミットメントを公表し、計画の進捗状況を伝えている。計画が上手くいかなかった場合(ネガティブ情報)にも、それにどう対応するのかを説明している。情報の発信方法に日本と欧米の違いがある。
→ 企業にとって都合が悪い情報もメディアなどを通じて自社のステークホルダーに伝えている。企業の情報の透明性を高めることが必要である。
l 政府と地域社会との建設的な関係の構築
l エネルギーコスト、操業コストの削減
l 財務以外の社会・環境についての評価指標が導入される
1-9 -ビデオ鑑賞- 企業はどうあるべきなのか?
質問:例えば、三期連続の赤字の企業がある。なんとかして利益を出さなければいけないという中で、雇用条件を整えるということもCSRになるのか?
解答:企業が活動を行う上で実施することが必要なのがCSRである。雇用条件を整えることはCSRになるが、経済的なメリットだけを考えて企業活動を行うのは、短期的には企業は生き延びることができるかもしれないが、企業として持続可能ではない。企業は経済・環境・社会においてバランスを取りながら活動をする必要があり、そこで初めて企業の持続可能性(サステナビリティ)が確保される。つまり赤字から黒字へ転換する為に経済的メリットだけを優先して活動することはもはや許されない状況にある。
ビデオに関するコメント
l 環境汚染をしても罰金を払った方が利益を出せるからと平然としている企業がたくさんある。しかし、一時的に生き残るためだけに利益を追求していいものなのか。すべての企業がそれをやったらどうなるのか。企業がどこに投資していけば持続可能でいられるのかをしっかり考えなければならないと改めて考えさせられた。
l 企業の責任
Ø 事例:ジョンソン&ジョンソン(J&J)の製品タイレノ-ルに混合されていたシアン化合物によって米国で計7名の服用者が死亡。迅速な対応により、商品を即時に回収することができた。
Ø J&Jは「我が信条」という企業理念が浸透していたことにより、徹底した対応をすることができた。この徹底した対応により企業の信頼は回復し、この対応は語り継がれている。J&Jは、現在でも企業理念を徹底的に従業員に理解してもらう教育を行っている。
1-10 CSRがカバーする範囲
CSRの範囲は主に下記の5つ。企業のCSR報告書は企業の理念や活動方針をステークホルダーに説明し、コミュニケーションを図るためにある。
l ガバナンス :企業理念、行動規範、企業倫理、法令遵守など
l 職場:人権、ダイバーシティ、機会均等、雇用及び雇用関係、労働安全衛生など
l 社会/コミュニティ:コミュニティ経済の活性化、社会貢献活動など
l 市場:汚職防止、公正な競争、製品とサービスの安全、消費者対応など
l 環境:環境汚染予防、気候変動の緩和・適応、持続可能な資源利用など
1-11 CSRの範囲
企業活動=CSR
企業が活動することによって生じることをカバーする。
1-12 欧州委員会のCSRの定義~議論と変遷
l 2006年「CSRとは企業が、社会および環境への配慮を自主的に事業活動およびステークホルダーとの関係構築の中に組み入れること」(環境・社会を重視)→2011年「企業の社会への影響に対する責任」(倫理・人権・消費者への懸念+ステークホルダーとの密なコミュニケーション・コラボレーション)
l 結果だけではなく、企業活動を行うプロセスが重要で、企業活動の中で企業が意識してCSRを構築していくことが大切。例えば、サプライチェーンの中で児童労働があるか確認することが重要。適用される法令と労働協約の尊重は前提条件となっている。
l 定義の中に含まれていること
Ø プラスの影響を大きくする
株主その他ステークホルダーと社会の間で共通価値の創造(CSV)を最大化する
Ø マイナスの影響を小さくする
企業の潜在的悪影響を特定、防止、軽減すること
2.CSV(共通価値の創造)とは?
l CSV:ハーバード大学のマイケルポーター教授が提唱した「共通価値の創造」。
l 社会問題を企業の事業戦略と一体のものとして扱い、企業のResourceなどを使いつつ社会問題を解決すること。一方で、企業は利益を得ることができるのでwin-winの関係を保つことができる。
l CSVは次の3つから構成される。
Ø 製品と市場の見直し
Ø 自社のValue Chainの生産性の再定義
Ø その企業が拠点を置く地域を支援する産業クラスターの形成
l 「CSRからCSV」(マイケルポーター教授et al)
マイケルポーター教授が論文で定義する「CSR」は慈善事業・寄付活動などであり企業戦略として行うものではなく、コストとして見なされるものである。またポーター教授は、CSVは、企業戦略として行われ企業の優位性を確保するものであり、企業はCSRからCSVへと移行すべきであるとしている。しかし、CSVは、すべてをカバーするものではない。例えば欧州委員会のCSRの定義の中では、CSVはプラスの影響を大きくする部分のみ意味している。この中では、マイナスの影響を少なくする部分が含まれていないと言える。CSVも重要だがCSRが含むマイナスの要素もカバーすべきである。(CSRはプラスの影響を大きくするだけではなく、労働環境の改善などマイナスの影響を軽減していくことを含んでいる。)この上で、CSVを推進するネスレは、包括的にCSRを実践する上で参考になる。
ネスレ社会ピラミッド
l ネスレのCSR活動は、ネスレ社会ピラミッドをベースに行われている。ピラミッドの一段目がCSV、二段目が環境の持続可能性、三段目がコンプライアンスと人権になっている。よって、ネスレのCSR活動はCSVだけではなく、CSVがカバーできない環境の持続可能性・コンプライアンスと人権についても実施している。
Ø CSV共通価値の創造:ネスレのCSVの分野 1)栄養摂取2)水資源3)農業・地域開発
l 環境の持続可能性
Ø 環境製品コンプライアンス
Ø 農業原材料
Ø 工場の環境の高効率化
Ø パッケージの改善
Ø 輸送と流通
Ø 持続可能な消費
Ø 生物多様性
l コンプライアンスと人権
Ø 法令遵守の監視
Ø 責任ある広報とマーケティング
Ø 製品の安全性と品質
Ø 腐敗防止
Ø ネスレと人権
Ø 人権におけるステークホルダーエンゲージメント
Ø リスク影響評価
Ø 安全衛生
3.自社のステークホルダーとは
l ステークホルダー:企業を取り巻く人達。
(例)顧客、政府、従業員、株主、広報主、取引先等
l 自社にとって重要なステークホルダーを特定する事が必要。
l ステークホルダーとのコミュニケーションが必要。企業活動を説明すると同時に、彼らの考えや何を求めているかを聞き、理解し行動する。
l ステークホルダーと企業の双方にとって重要な事業であれば、優先順位をつけた上で企業戦略の中で投資すべき。
l 日本企業の多くは、ステークホルダーとのコミュニケーションが十分でない。しかし欧米先進企業は、ステークホルダーとのコミュニケーション・エンゲージメントを積極的に行うと共にステークホルダーを特定している。その事例として、アライアンス・ブーツという欧州をベースとする薬局チェーンを持つ企業は以前、自社のステークホルダーの特定をする中で、投資家の中でもSRI投資家のみを自社のステークホルダーをとして特定していた。これは、長期的な視点でアライアンス・ブーツ社のCSRの取り組みに対して評価をしている投資家だけを同社はステークホルダーとして見なしていると宣言していることになる。また先進的企業はCSR報告書について自国のみならず、進出している国においても別途発行している。
ステークホルダーエンゲージメント(ステークホルダーへの働きかけ3段階)
1.単方向コミュニケーション-CSR報告書等やそれらに対するフィードバック
2.双方向コミュニケーション-企業とステークホルダーの対話
3.最終段階:エンゲージメント-ステークホルダーとの単方向・双方向のコミュニケーションが発展、信頼が醸成して、協働していく
4.BOPとは-企業の視点から-
l BOP: Base Of Pyramid (または Bottom Of Pyramid)
l 発展途上国、新興国において、ビジネスの対象にされていなかった人達に働きかけ、巻き込んでいく。Inclusive businessとも言われる。
l 世界の約72%(40億人)が1日2ドル未満で生きている。所得レベルで見たピラミッドの最下層の40億人に対しどうビジネスアプローチをしていくのかを考える。
4-1 BOP 基本となる考え
l 貧困層はかつてビジネス対象とされていなかったが、ミシガン大学元教授の故C.K.プラハラッド氏等がBOP/途上国ビジネスを提唱。
l 企業は途上国における社会問題や経済成長を考えながらビジネスを展開していく。進出する際に自分の製品/サービスで、どう貢献できるのかを考える。
l 企業が進出する際の現地調査や、ビジネスのベースを作り競争力を維持する為にはNGOや開発援助機関(JICA等)、現地政府との協働が必要。
l 企業はミレニアム開発目標(MDGs)の概念をベースとし、途上国・グローバルな問題解決にどう貢献できるのかを考える。
4-2 BOP市場におけるイノベーションで必要なこと
l 最新の技術を活用し、コストパフォーマンス向上を図ると共に、環境資源を浪費しない。
l 他国で適用できるように規模の拡大を前提にする。現地でのニーズは違うので、求められている機能を一から考えることが必要となる。また提供するプロセスを革新的なものとし、現地での作業の単純化する。
l 消費者の特性に合うユーザー・インターフェースを設計すると共に、顧客に製品・サービスについての教育の工夫が必要となる。
l ライフラインが一定でない劣悪な環境にいかに適応し、メディアダークと呼ばれるメディアが届かないエリアの貧困層へのアプローチを構築するかが課題。
l 従来の常識を破る考え方が必要となる。
4-3 BOPビジネスに取り組んでいる企業の事例
l 【ヨード欠乏症×イノベーション】
ヒンドゥスタン・ユニリーバ・リミテッド(HUL)
Ø ヨードを含有する食物(海藻類)を長時間摂取できないことによって甲状腺ホルモンが欠乏する状態で、知能指数(IQ)の低下など、知的障害を引き起こす主要な原因の一つとなっている。ヨード欠乏症により、世界人口の30%である2億人の子どもが命の危険にさらされている。ヨードを含む食品の摂取が難しい地域において、ヨード摂取を効率化するために、ヨードを分子レベルでカプセル化し食塩に加えられるようにした製品を開発、販売した。
l 【製品販売×衛星教育】
Ø 手洗いに石鹸を使わない事が原因で下痢によって毎年約200万人の子どもが死亡している。一見きれいだが多数のバクテリアを含む水を飲み病気になる事もある。石鹸の販売のみならず、消費者に石鹸で手を洗う重要性をいかに伝え教育していくかを考える。食事前の石鹸での手洗いで死亡者数が40%削減できる。
l 【イノベーション×水】
ベスタガード・フランドセン社
Ø ポータブル浄水ツール、コンパクトで安価な「ライフストロー」を開発。ストローの様にして水を飲む際に、大腸菌やコレラ菌等の細菌の除去が可能。
日本ポリグル株式会社
Ø 中小企業による途上国ビジネスの代表事例としてよく取り上げられる。納豆のねばねば成分を使った浄水剤を開発した。安価で手軽に購入する事ができる。
5.ビジネスと人権
l 近年特に多国籍企業による人権侵害について注目されている。顕著な事例として児童労働が挙げられる。
【グループ・ディスカッション】
Q:スポーツメーカーのフィラとリーバイスはかつて両社とも児童労働が問題になったが、どのような対処をすれば信頼を高められるか。
-児童労働を止めるだけでなく、その後のケアも必要。また、子どもの代わりに大人を使うとコストが上がるので、投資家/消費者に負担が増える事を理解してもらう。
-途上国の農村社会では子どもは必要な労働力。親が働けない場合は子どもが家計を支えている場合もある。企業はその様な子ども達に職業訓練等のサポートをすべき。
5-1 ビジネスと人権に関する最近の動向
l 現在2011年3月に国連から発表された「ビジネスと人権に関する指導原則」に則って、国家、企業が取り組みを行っている。しかしその取り組みが遅いとして、特に多国籍企業による人権侵害が顕著であるエクアドルや南アフリカが中心となり、条約の制定によりビジネスと人権に関する取り組みを加速させる動きが2014年7月に出てきている。現在、条約の制定により、企業に人権を守らせる ビジネスと人権に関する指導原則に則って、人権への取り組みは企業が自発的に行う流れができつつあり、その方向で進むことがやっていくべき、という考え方に分かれている。
l 条約の制定の反対派は、2003年に「人権に関する多国籍企業その他の企業の責任に関する規範」が人権小委員会で採択されたが機能しなかった経緯があり、ビジネスと人権に関する指導原則を作り上げるきっかけとなっているため懐疑的である。条約が制定せれても各国が批准をしなければ機能しない状況もある。
l 企業が、人権について推進しやすいものを設定するにあたり、ハーバード大学のジョン・ラギー教授が事務総長特別代表に任命され、ビジネスと人権に関する指導原則が作成された。企業がこの原則に則って実施していくには時間を要する。
l 国連人権理事会では、2014年7月に採択されたことを受け、企業が関わる人権問題に関し作業部会を作り、条約の制定化について議論を始める動きがある。
5-2 国連のビジネスと人権に関する指導原則
l ビジネスと人権に関する指針を関連のあるすべての主体に提示するための包括的な枠組み。大きく分けて1.国会による人権保護の義務、2.人権を尊重する企業の責任、3.企業活動による人権侵害を受けた者への救済手段の必要性の3点がある。
l 企業の取り組む課題:「人権の尊重」と「救済の仕組みを作る」
Ø 人権保護の方針を作って企業全体に浸透させる
Ø 実際に企業が人権への影響をどう与えているのか、その影響を特定する
Ø 企業が人権に対し与える負の影響を是正する
Ø 人権に関して法整備が十分でない国では、国際基準・原則が優先される。
どの国に人権リスクがあるのか、自社が進出する国のカントリーリスクを確認することが必要。
Ø 救済へのアクセスとして苦情処理メカニズムと呼ばれる仕組みを作ることが必要となる。今までは、社内での苦情を処理することだけを企業は考えていたが、企業を取り巻くコミュニティへの人権の影響を特定とコミュニティからの苦情処理のメカニズムを持ち、救済することが望まれている。
6.環境リスクに対する企業の取り組み
l 世界人口の増加と食料・水の問題は、森林伐採や気候変動等、様々な問題が絡んでいる。
l 企業活動が誰に、どの様な影響を及ぼすのか考える必要がある。
l 欧米の先進企業と比べ、日本企業は持続可能な資源獲得・活用の仕組み作りが苦手。昨年は国連人権会議の参加者1700人のうち、日本企業は2~3社、15人前後の参加。
人間活動の生態系への負担
l エコロジカルフットプリント:人間が生態系に与える影響を示したもの
l アースオーバーシュートデー:地球上で生活する人々が、1年間使う事を許された資源を消費してしまった日。1970年代から、資源を消費し切る日が徐々に早まっている。今は、自分達の分の資源ではなく将来の世代の資源を使っており、持続可能でない。
l 欧州先進企業では、企業が与える負の影響の軽減のみならず、ネットポジティブ(影響を±0でなく、プラスにする)等の考えも取り入れて動いている。circular economy(循環型経済にリサイクル、より持続可能な形での資源の活用、持続可能な生産・消費等を加えた概念)という考え方も出てきている。
l 将来世代の資源まで使用している今の状況を続けるか、改善していくかは、1人1人にかかっている。意識を変えていかなければいけない。
l 気候変動により、降水量も季節も変わっている。企業のサプライチェーンにも影響しうるため、いち早く認識することが重要。日本は、サプライチェーン上の水リスクに敏感でないが、欧米の企業はその重要性を理解し行動を起こしている。日本企業もより大きな枠組みを見て活動するべき。
l 企業にとってリスクは機会でもある。メガ・トレンド(気候変動、エネルギー問題、資源不足、水不足、人口増加、都市化、貧富の差、食料の安全保障、生態系衰退、森林伐採)と呼ばれるリスクは、企業に不安定な要素を与えるが、企業はこのリスクを踏まえて、新たな機会として成長することができる。企業がこれらリスクへの取り組みをする上で、CSR/サステナビリティを企業全体で行うとともに、対応する為にイノベーションや学習が必要となる。これら大きなリスクを踏まえて企業活動をする事が、企業と地球、双方の持続可能性に貢献し得る。