第1回勉強会

■ 第1回勉強会概要

「アフリカ開発と新JICA の一年」


講師:神 公明 氏

(独立行政法人国際協力機構 英国事務所長)

日時:2009年10月24日(土) 14:30-16:45

場所:JICA 英国事務所 会議室

配布資料:プレゼンテーション資料

勉強会内容:

1. IDDPの紹介

2. 神氏の経歴紹介

3. 神氏によるプレゼンテーション

4. 質疑応答


■ 勉強会議事録

Agenda

・エチオピアの食糧問題

・Aid Effectiveness

・新JICAの成果

・日本政府の公約

プレゼンテーション要旨

エチオピアの食糧問題の課題は食糧援助への依存体制により、食糧エンタイトルメントの改善がなされてこなかったことである。地域格差を考慮し、食糧事情を改善するための対策を議論することが重要である。

2005年のパリ宣言後、援助協調が進んでおり、またセクタープログラムや一般財政支援などのアプローチが主流となっている。その中で、被援助国政府のキャパシティビルディングをどのように実現させるかが課題である。

新JICAのビジョンはDynamic and Inclusive Developmentである。統合の成果として、円借款と無償資金協力間、セクター全体としてのモニタリング、決定までの期間短縮などのシナジーがあげられる。

鳩山新政権は引き続き

(1)TICAD IVのプロセスを継続・強化

(2)MDGの達成と人間の安全保障の推進に向けた努力を倍加

(3)アフガニスタン:反政府勢力との和解や再統合、そのための農業支援や職業訓練など社会復帰支援の検討

(4)Shared security(支えあう安全保障)

に注力すると明言。また、国際社会にとって2010年はMDGまで残り5年、グレンイーグルスサミットから5年、パリ宣言の目標年と重要な年である。

1)エチオピアの食糧問題

[神氏が見たエチオピアの貧困]

神氏は社会主義政権が崩壊し、貧困が最悪な時期である1991年から1993年までエチオピアに赴任。当時物資が乏しかったが、再度2003年から2006年に赴任したときには物資が増加し、町の状況が改善したように感じた。しかし、一歩裏通りに入ると前回赴任時とほとんど変わっていない貧困の状況であった。

[エチオピアの気候・土壌]

エチオピアは東アフリカのブルーナイルが流れており、気候的には恵まれているが、地域ごとに収穫量の差がある。特に地溝帯地域には年間降水量1000ミリ以下の半乾燥に近い地帯であるため、干ばつになりやすい。また、エチオピアには2000年以上の文明の歴史があり、古くに栄えた地域では土壌が流出し、脆弱になっている。

エチオピアでは10年ごとに大きな干ばつがあると言われている。2002年にも厳しい干ばつがあり、2003年には1320万人が食糧援助を必要としていた。

[エチオピアの課題]

エチオピア国内では、DPPC (Disaster Prevention and Preparedness Committee)、RRC(Relief and Rehabilitation Commission)の設立により、2002年の干ばつの前には海外からの援助をスムーズに届けられる体制ができており、2002年の干ばつ時には餓死者は出ていない。しかし、食糧援助への依存により、食糧生産の改善が放置されてきた。

農作物の増産の可能性のある地域はあるが、増産しても購買力のある食糧不足農民がいないため、農村地域は自給自足の生活のままである。よって、干ばつになり食糧がなくなると食糧危機になり、食糧援助が必要になるという悪循環である。マーケットメカニズムも働いていない。

[Food distributionからcash for work (Productive Safety Net Program(PSNP))へ]

アメリカ、イギリスなど6カ国が援助をfoodから公共事業の推進のためのcashに切り替えたが、日本は1964年に開始された関税引き下げに関する多国間交渉(ケネディ・ラウンド(KR)交渉)の経緯を受けてきて誕生したKR援助が現物支給を指定していたことと、相手国政府にお金をそのまま渡すことに対して議論があり、cash for workへの参加ができなかった。

Cash for workのメリットは(1)Food distributionのLogistics が省けることと、(2)エチオピア国内の食糧購買力が高まることである。国内の購買力が高まることにより、農民の生産意欲が増加し、マーケットメカニズムが働く。

エチオピア国内は低い食料生産力、国内需給の断絶、低い食料購買力による経済的貧困に陥っていたため、2003年にメレス大統領が「5年間で食糧依存体制から脱却する」と宣言し、政府は公共事業を実施しながら地域の生産性を高めるProductive Safety Net Program(PSNP)を実施した。世界銀行、DFIDなどが年間182億円の資金協力をしたが、JICAは不参加。

上記プログラムは郡政府が中心となり、住民参加型で事業を計画したが、効果を発揮しない事業もあり、調査のためのパイロット事業をエチオピア政府よりJICAに依頼され、経済性、耐久性を考慮した適切な農村インフラ整備実証(砂防ダム、テラス、道路整備、アグロフォレストリー、効率的な栽培などの営農技術実証)を実施した。

上記取り組みを実施したが、今回、(恒常的に食料援助が必要な700万人に加えて新たに)620万人の食糧援助が必要であるというニュースを見て、失望している。今後も引き続きエチオピアの食糧事情に注目していく必要がある。緊急援助だけではなく、食糧事情を改善するための対応策を議論する必要がある。

2)Aid Effectiveness

2005年のパリ宣言※の目標は、Ownership(現地の政府のイニシアチブを強調), Alignment to local system(現地政府のルールを重視), Harmonization among Donors(ドナー間の目的を共有した結果としての援助プログラムの構成), Managing for Results(結果の管理), Mutual Accountability(ドナー・現地政府間の説明責任)である。

※ODAの効果の改善のための取り組みについてドナー、途上国政府、国際機関間で決めた方向性

[セクタープログラムと一般財政支援]

・セクタープログラム:ドナーごとに異なる手続きがコスト高を生むため、共通目的を設定し、 その中でドナーの役割分担を実施。現地政府との手続きの手間などを解消する。

・政府のオーナーシップを重視

・ファンジビリティへの対応:お金の管理・援助資金の効果のアセスメント。プロジェクトの余剰資金が生じた場合の使用用途の評価。PR文書の作成、MTEF(Medium-term Expenditure Framework)の策定。

・構造調整プログラムの進化としての財政支援

[一般財政支援の課題]

(1) 財政支援で資金量が増えても、それを使う地方の行政能力をどう育てるか?

財政支援をしても、地方政府に渡るまでの資金の管理が実施できているのか、効果が出ているのかが疑問であるため、キャパシティビルディングが大切である。

(2) コンサルタントの雇用による役務代替で能力は育つか?

コンサルタントに発注すると被援助国政府にノウハウが残らないという問題がある。

(3) JICAの財政管理能力向上プロジェクトと財政支援型援助の違い或いはベストミックスは?

[チャンネルの複数化]

エチオピアで2005年5月に選挙結果、結果に不満の野党支持者が暴動、警察が発砲し200名が死亡、7万人が逮捕される事態になった。ドナーはこれに抗議して一般財政支援を停止。エチオピア政府は公約違反と非難、英国大臣は「政府を支援するのではなく貧困にあえぐ人々を支援する」と応酬。約半年後に地方交付金にイアマークした基本サービス(PBS: Protection of Basic Services)財政支援に切り替えて再開した。

・サービスデリバリーに特化した形で支援を実施

・地方政府のCapacity buildingを実施

[アフリカの経済成長]

90年代は「成長しないアフリカ」と言われていたが、国際的な資源価格の高騰により、アフリカの鉱物資源への投資が増加、経済成長のドライバーとなった。2000年以降の議論ではアフリカにおける年率5%の経済成長を背景にインフラ整備や民間部門への支援が取り上げられている。

最近の開発課題は以下のとおりである。JICAもDFIDも重視している。

・経済成長志向

・農業支援

・インフラ整備

・官民連携(PPP)と民間投資促進

3)新JICAの成果

ビジョンはDynamic and Inclusive Developmentである。Dynamicには「経済成長」、Inclusiveは「格差が広がらないように物事を進めていく」という意味が込められている。

昨年10月にJICAとJBICの円借款業務が統合し、外務省の無償資金協力の予算がJICAに移譲された。予算規模は円借款7700億円、無償資金協力1000億円、技術協力1600億円である。

JICAの統合はDACでも評価されている。ドイツなどでも援助機関がばらばらになっている実情があるためである。統合した事実だけではなく、統合の成果に注目する必要がある。

統合の効果として、以下3スキームのシナジーが報告されている。

(1) インドネシアにおける気候変動対策(2009年度プログラム円借款307億円、森林火災予防計画、マングローブ情報センター計画)

(2) モンゴル金融危機対策(財政支援借款29億円、社会セクター政策改革(教育・都市開発)技術協力とボランティア)

(3) エジプト・カイロ地下鉄(要請から実施決定まで過去平均7カ月かかっていたところを1カ月に短縮)

[職員の感じているシナジー]

1. 西さん(タンザニアで3年間行政担当)

・円借款と無償資金協力を同じチームで実施することが可能になった。

・マクロからミクロまですべて含めたモニタリング、戦略作りができるようになった。

2. 佐原さん(タイ、ミャンマー向け円借款、技術協力担当)

・案件形成において、案件のみではなく各セクター全体を俯瞰して課題への取り組みを同時並行して進められるようになった。

3. 稲田さん(総務部、気候変動対策室)

・組織としては統合したが、内部ではまだまだ統合されていない部分もあるので、外部からの指摘も必要と考える。

4)日本政府の公約

(1) 2005-2010年に総額1兆円増額:(5年間の合計で5兆円を6兆円に、2009年に2兆円?)(グレンイーグルスサミット)

(2) アフリカ支援倍増(900億円→1800億円/年)+円借款4000億円/5年間

・2012年目標

(3) 金融危機対応:アジア中心にODA2兆円(含3000億円緊急財政支援)

期間は明示されていない。1兆円増額の内数か?

2008年の世界のODA総額は1200億ドル(約12兆円)であり、金融危機以降、金融セクターへ投入された公的資金は8兆4000億ドル(840兆円)である。

鳩山総理の国連演説(平和構築・開発・貧困関連)では以下を明言。

(1) TICAD IVのプロセスを継続・強化

(2) MDGの達成と人間の安全保障の推進に向けた努力を倍加

(3) アフガニスタン:反政府勢力との和解や再統合、そのための農業支援や職業訓練など社会復帰支援の検討

(4) Shared security(支えあう安全保障)気候変動問題(Green House Gasを90年比で25%削減)

国際社会(特に英国)にとって以下の理由から2010年は重要な年である。

・MDGまで残り5年

・グレンイーグルスサミットから5年

・パリ宣言の目標年&ポストパリ

JICA英国事務所にとっての課題は日本のODAに関する情報発信と研究の促進であると考える。

<情報発信>

イギリス事務所が存続している理由として、イギリスは金融の拠点なので情報収集が重要であるためというのがある。収集だけでなく、情報を発信することも大切である。

<研究の促進>

JICAのプロジェクト事例を大学教授などに提供し、検証、分析し、成果を発表してもらうことで日本のODAについて理解を深め、評価を高めていきたい。日本人留学生にも、英国事務所のリソースをどんどん利用して欲しい。

■ 質疑応答

[質問1] エチオピアの事例にて、選挙の際の暴動で援助がストップした背景には、政治的な安定性がどれくらい影響するのか?

[回答] 2005年の選挙の際に暴動が発生した際に、エチオピアはfragile stateだという議論は劣勢だったが、一般財政支援は政治的な安定性が強く影響するため続けられないということでストップした。しかし、援助を止めたままにするわけにもいかないため、世銀の主導で地方政府をターゲットにしたプログラム作りを行い、ゼーリック世銀総裁エチオピア訪問を契機に援助を再開した。

[質問2] 日本はアフリカの一般財政支援とセクターワイドアプローチにどれくらい拠出しているのか?

[回答] 借款では100億円規模で出していると思う。無償資金協力では37.2カ国で7.2億円。

[質問3] アカウンタビリティーは?

[回答] 被援助国の政府会計制度に基づき使用される。中期の指標を決定し、半年ごとの予算・活動計画に合意、進捗と実算を確認する。一般財政支援は相手国政府の予算に取り込まれる。借款で一般財政支援をしているのはベトナム、ラオス、カンボジア、タンザニア。

[質問4] 日本のODAは経済成長を促すものだが、欧州は貧困削減を目標としており、PRSP (Poverty Reduction Strategy Papers) との理念的競合がおきているのでは?

[回答] PRSPの枠組みができた2000年当時は貧困削減にフォーカスが置かれていたが、アジアの経済成長が貧困削減に効果を現していることから、経済成長を通じた貧困削減が議論に含まれるようになってきた。

[質問5] 食糧援助を受ける側の現地の方の反応は?援助を受けている住民レベルでの意識は?

[回答] 欧米の援助に対する感謝と、自立への意識は強い。食糧援助を考えるときに単純にエチオピアという国単位の食料過不足で考えてはいけない。食糧事情についての地域格差や個人差を考慮する必要がある。食糧援助という産業がある以上、援助を受け取ることも、現地の人々の食糧確保戦略の一つである。

[質問6] ヨーロッパは多国間援助の使い方が上手だが、多国間援助に対するアプローチはどう考えているか。

[回答] 一般会計におけるODAの予算は98年から減少傾向にある。国際機関に対する拠出も減らされてきている。借款を増やすことによって日本のODAの額を維持しているという状況がある。また、世銀・IMFと国連機関では、予算の出所も違うので、一概にはいえない。

[質問7] JICAがこれまでやってきていることでユニークな取り組みがあれば教えていただきたい。

[回答] アフリカでの稲作振興により、コメ(ネリカ米)の生産量を倍増するという政策を打ち出した。また、One stop border costという道路建設と合わせて通関の手続きを合理化する取り組みもある。

[質問8] JICAの職員数は、拠出金額や他国機関と比べて少ないが、その理由は?

[回答] JICAの職員数はDFIDの約2500人に比べ、1500人強と確かに少ない。フロントラインの人数は他ドナーと比較した場合に少ないと感じるときもあるが、JICA職員のみで仕事をしているわけではないため、単純に職員の数だけで比較はできない。政府の方針によるが、現時点では独立行政法人の組織を大きくしていくのは難しい。ODAの質について議論をしていく中で、体制が強化されるということはあり得ると思うが、国家予算での負債が膨らむ中で、JODA予算増額について議論する際には、国全体の支出とのバランスを考える必要がある。

■ 講師経歴 :

1986年 JICA入団。研修事業部、鉱工業開発調査部、農林水産開発調査部等に勤務。

1998年~2000年 環境庁地球環境部に出向

1990年~1993年、2003年~2006年 エチオピア事務所駐在

2006年 JICAアフリカ部での勤務を経て2009年より現職