インタビューアー:柳井 香魚 (University of Kent)
今回キャリアインタビューを行ったのは、インドのスラム街で暮らす女性たちの経済的自立を支援するために起業され、現在はThe London School of Economics and Political Science (以下、LSE) の MSc Social Innovation and Entrepreneurship に在学されている社会起業家の水流早貴 (つる さき) 様です。
柳井:まずは、これまでのご経歴を教えていただけますか。
水流:大学は日本の文学部英文学科を卒業しました。学生の時からバックパッカーなどをしていて、大学を一年休学してインドでのNGOや社会的企業のインターンを経て、インドに興味を持ちました。新卒ではパーソルキャリア株式会社という人材紹介の会社で営業を3年ほど経験しました。その後、ボーダレスジャパンという社会的企業のプラットフォームを通して、インドのスラム街で暮らす女性たちに雇用を創出する企業を自ら立ち上げました。インドには5年ほど滞在し、様々な活動を経て、現在はLSEのSocial Innovation and Entrepreneurshipの修士課程に在籍しています。
柳井:大学時代にバックパッカー先として、インドを選ばれた理由は何ですか。
水流:インドは本当にたまたまバックパッカー仲間から「面白いよ」という話を聞いたのがきっかけで訪問しました。国際協力などの文脈とは関係なくインドを訪れ、一人の旅行者として現地の人や場所などに非常に魅力を感じ、何度もインドの様々な地域に通うようになりました。
柳井:国際協力に興味を持たれたきっかけは何でしたか。
水流:中国に語学留学に行った際に、経済格差を間近で感じたことが最初のきっかけです。人生で初めての海外渡航でしたが、この経験がきっかけで日本とは違う世界をもっと知りたいという好奇心から国際協力に興味を持ち始めました。
柳井:大学卒業後はパーソルキャリア株式会社に就職されたとのことですが、その会社を選ばれた理由は何でしょうか。
水流:インドに行った大学時代から、その国の貧困をビジネスで解決したいという思いがありました。「ソーシャルビジネスこそが社会問題を解決する手段になるかもれない」とその当時から考えていました。自分なりに調べた中で、「雇用機会の不足」という観点からビジネスとしてアプローチするのもいいのではという仮説が生まれました。しかし、自分自身で最初から事業を立ち上げたり、何もない状態でインドに赴いたりしたとしても、出来ることが限られるとも感じていました。そこで、日本でまずビジネスパーソンとしての基礎スキルをつけ、その中で人の雇用に関わる会社で働きたいと思いました。新卒で就職した企業は、将来的にはインドで貧困問題を解決するために雇用を創出する企業を立ち上げたいという考えに賛同してくれ、「この会社であれば自分のやりたいことを叶えながら、スキルを身につけられるのでは」と思い就職を決意しました。
柳井:その後、ご自身で起業された企業であるSAKURA Home Serviceについて詳しく教えてください。
水流:ボーダレスジャパンに転職した際、広く貧困問題を解決したいという思いはあったのですが、「誰に対してどうやってアプローチするか」、などの具体的なターゲット像は決まっていませんでした。実際にインドで調査をする中で、女性の中でも特に「母親」という存在に非常に可能性を感じました。
スラム街の中で母親である女性たちに会った際、長時間労働を強いられる厳しい環境の中で生活を送りながらも、「私はスラム街で一生を終えても構わないが、子供たちには良い教育を受けさせて、ここから出て行ってほしい」という想いを強く持っていることが分かりました。
そのようなお話を聞く中で、このようなスラム街の女性たちは「機会がないが故にこのような過酷な環境下にいる。機会さえ与えられれば、社会を変えるチェンジメーカーになれるのではないか」という可能性を感じ、ソーシャルビジネスの対象を「母親たち」に絞りました。
しかしながら、彼女たちは概ね小学校低学年で貧困を理由に退学しているため、読み書きができません。そのような状況下で、メイド文化があり、彼女たちが持つ掃除スキルの質を向上することで、高品質なハウスクリーニングサービスの提供を通して、彼女たちの収入を向上することを目指しました。具体的な事業内容としては、上記の雇用機会に恵まれないスラム街の女性たちを自社で雇用し、スキルトレーニングし、富裕層の家庭での掃除サービスを展開していました。
柳井:雇用される女性たちというのは、水流様が自らが現場に行って声をかけたのですか。
水流:そうですね。スラム街のようなところを自ら訪問し、現地の通訳ができる人と一緒に「こういう事業をしたい」と話しかけに行くところから始まりました。スラム街はとてもコミュニティのつながりが強く、外部の人に対して排他的な環境でもあったので、最初は受け入れられず、大変でした。
柳井:社会起業家という現地の人たちと密接に関わりながら社会問題の解決に勤しむ仕事ならではのやりがいや課題はありますか。
水流:自分自身の目で見た社会問題に対して、素直に必要だと感じる解決策を提示してビジネスとして創り上げることが非常に大きなやりがいです。自分たちが、現地の人たちと共に社会を変えていっている感覚が非常にありました。
国際機関などの大きな機関だと自分の仕事がどのように現地に影響しているのかは直接的には分かりづらい部分かあると思うので、その点は社会起業家ならではのやりがいだと感じています。
一方で、全てが自己責任であり、またリソースが限られているケースもあり、上手くいかなければやりたいことができなくなるという厳しさにも直面しました。
柳井:LSEを選択された理由を教えてください。
水流:最初は知り合いの方にSocial Innovation and Entrepreneurship というコースがLSEにあると教えていただいたことがきっかけです。他の大学院やコースも調べて、通われた方達から話を聞きましたが、どちらかというとキャリアアップのために大学院に入った人が多い印象でした。
反対に、LSEに通われた方達は、キャリアアップというよりも「純粋に自分が長期的どのように社会問題に関わっていきたいか」「どんな社会を作っていきたいかなどの本質的な問いに目線を向けている」人たちが多いように見受けられたので、私が大学院に進学する目的と合致していると感じました。さらには、理論と実践のバランスが良い点や南アフリカやケニアへフィールドワークに行く機会がある点も魅力的だと感じました。
柳井:特に印象に残った授業はありますか。
水流:ソーシャルイノベーションの研究は欧米で行われているものが多いのですが、実際に南アジアやアフリカなどの「現地のニーズに合った取り組みができているのか」を検証したり、西洋的な観点を批判的にアプローチする授業が多かったのが面白かったです。
また、フィールドワークはすごく印象的でしたね。私は南アフリカのケープタウンのタウンシップに住んでいる女性たちに対して、マイクロファイナンスを提供する社会的企業を対象にフィールドワークを行いました。その会社は倒産の危機にあり、私たちはその危機的な状況からどう立て直すかを、様々なステークホルダーや関係者から実際に話を聞いて、最終的にソリューションを提案しました。非常に緊張感のある環境の中でしたが、「外部からだからこそ介入できることや視点がある」と、勉強になりました。
柳井:一度社会人を経験し、また、インドですでに社会起業家としてご活躍された経験を経て、学ぶ環境に戻られて良かったことはありますか。
水流:一度インドの現場から離れた良さとしては、学生という立場で冷静で学術的な目線からソーシャルビジネスについて再度考え直すことができた点です。自分自身が渦中に居ると、目の前にあることに忙殺されてしまい、何か新たなことを勉強したりスキルを身につけたりすることが難しかったと感じています。大学院に進学する前と後を比較してみると、全く異なる考え方や見え方ができるようになって良かったと思っています。
柳井:大学院修了後のキャリアは既に決められているのですか。
水流:インドを含む南アジア全般で、社会的企業の経営やインパクト投資などを通して女性のエンパワーメントに関わりたいと思っています。ジェンダー問題はインドだけに限らず、日本を含めアジア全体であるため、地域を広く捉えて関わっていきたいです。
ケープタウンでのフィールドワーク
LSEのコースメイトと
柳井:水流様は学生時代にバックパッカーやインターンなどの経験を積まれていますが、学生が今だからこそ身につけておくべきだと考えられるスキルや積んでおくべき経験などはありますか。
水流:国際協力や社会問題に関わりたいという方にとって、学生時代に自分がどのような事象や問題にパッションを感じるかを見つけるのは大変だと思います。しかし、それと同時に、学生時代は自分が何に向いているのか、何が好きなのか好きではないのかを見極める良い機会だとも感じています。何か一つのことに少し興味を感じたら、その事をやり切ってみる経験は非常に大切だと思います。そうすることで、段々と自分に何が合っているのか仮説を立てていくことができると思います。
柳井:最後に、これから留学する方や国際協力を目指す方へのメッセージをお願いいたします。
水流:まずは、何事も小さいステップで何かに取り組んでみてください。留学や興味のあるインターンに取り組む、実際に興味のある業界で活躍している方に話を聞いてみたりと、ご自身の中で「これが面白いかもしれない」と思う仮説を実際に当ててみてください。実際に取り組んでみて違った場合はまた別のことに取り組むなど、小さい行動を多く重ねていかないと、自分自身が納得する決断はできないと思います。