インタビュアー:KIM Minsu (The University of Manchester 修了)
今回キャリアインタビューを実施したのは、インフラファイナンス・官民連携 (PPP) の専門家としてご活躍されている 能勢 (のせ) のぞみ様です。大学卒業後、金融機関の融資分野で実務経験を積まれた後、The University of ManchesterでMSc Development Financeを修了。その後、JICA、世界銀行、国際協力銀行(JBIC)でインフラファイナンスの専門家として実務経験を重ね、現在に至ります。本インタビューでは、「インフラ×ファイナンス×PPP」を通じて国際協力にどのように貢献してきたのか、その原動力やキャリアの軌跡に迫ります。
国際協力に興味を持ったきっかけは、2003年〜2006年頃に国連大学の展示でマイクロファイナンスを知ったことです。当時はムハマド・ユヌス氏創設のグラミン銀行のマイクロファイナンスの取り組みが少しずつ知られ始めた時期でした。その時、私は金融機関で融資業務に携わっていましたが、担当する中小・零細企業からの融資ニーズに十分に対応できず、必要な人に支援を届けられない現状が心に残っていました。その中で、「金融による社会貢献」という可能性に感銘を受け、マイクロファイナンスについて勉強するようになりました。
そして自分自身もマイクロファイナンスに関わりたいと思うようになり、国際金融機関に進むことで、こうした分野の仕事に携わることができると知りました。アルク社出版の『国際公務員を目指す留学と就職』を読んだ際、さまざまなロールモデルが紹介されており、金融機関で経験を積んだ後に修士課程を取得し、国際協力の道に進むというキャリアパスがあることを知りました。これにより、自身のキャリアの方向性を明確に意識するようになりました。
大学では法学を学んでいましたが、社会に役立つ専門性を身につけたいという思いから、金融業界への関心を持ちました。
新卒では都市銀行で、主に法人向けの中小・零細企業への融資業務を担当し、その後転職を通じて金融機関でさらに融資業務の経験を積みました。
これら約5年間の金融業界での経験は、後に開発金融や国際協力の分野で活かせる貴重な土台となりました。
最初はマイクロファイナンスを学ぶために大学院進学を考えていました。現在ではさまざまな大学院でマイクロファイナンスを学ぶことができますが、当時はマイクロファイナンスのモジュールがあるのはマンチェスター大学くらいであったため、同講義を受講出来るMSc Development Financeに進学を決意しました。
大学院進学の当初の目的はマイクロファイナンスでしたが、様々な開発金融に関するモジュールを受講する中で、インフラ×ファイナンスに関心が広がり、現在のキャリアの基礎となる学びを得ることができました。
マンチェスター大学のコースは、理論中心のモジュールと実務・分析関連のモジュールがほぼ半々で構成されている印象でした。前者では国際開発金融・経済開発等の理論を学んだり、後者ではSPSSといった統計ソフトを活用した統計分析を学ぶことが出来ました。理論の重要性も痛感しましたが、個人的には目に見える形で学べる開発金融やプロジェクトファイナンス、経済分析、コーポレート・ガバナンスの科目に特に興味を持ちました。
実際にマンチェスターで学んだことは、現在のキャリアの礎となっています。例えば、プロジェクトファイナンスやイギリスの国鉄民営化の経済分析等のモジュールを通じて、インフラ分野への関心も広がりました。特に後者は、 Alliance Manchester Business Schoolとの共同開講で印象に残っています。当時のイギリス鉄道は民営化から10年ほど経った段階で、交通遅延など様々な課題を抱えていました。同モジュールは、民営化前後の財務面について比較分析を行いながら、ビジネス的な視点で公共事業を評価するもので、自身の関心を深め実務経験を活かす貴重な機会となりました。
さらに、著名な教授からインフラ事業向けプロジェクトファイナンスを学ぶことで、「途上国でプロジェクトファイナンスを活用するような事業に関わり、社会に貢献したい」という思いがより具体的になりました。
JICAには海外投融資を行う部署に入構しました。
当時は様々な事情で一時的に運用が停止していた海外投融資業務が再開する時期で、ちょうど人材募集が行われていました。
海外投融資は、過去には日本企業が大規模資源プロジェクト等を進める際に活用されていたツールです。一時停止後、民間企業から再開を望む声が強かったようです。海外投融資は、まさに私がやりたいと思っていた途上国でのプロジェクトに対するファイナンスであったので、入構を希望しました。
主に東南アジアを担当しており、特にベトナムを中心に頻繁に出張していました(2010年前後)。ちょうどJICAでも民間支援スキームの整備が始まった時期で、企業が途上国でインフラ事業を進める際に必要となるフィージビリティ・スタディ(FS)※1 に対する支援を行っていたため、そうした調査の担当もしていました。
インフラ事業には相手国政府の承認や協力が不可欠です。またプロジェクト形成段階では財務的なフィージビリティの確保も重要です。時に相手国政府からの様々な協力も必要であるため、そうした協議や日本企業の参入を後押ししたりする役割を担っていました。
※1:プロジェクトや事業の実現可能性を評価するための調査で、技術的・財務的・市場的・運用的な観点から多角的に分析するもの。
やはり中心はアジアだと思います。中南米にも案件はあるものの、日本からは距離が遠く、文化や言語の壁も大きいため、企業としてはなかなか進出しにくいようです。一方でアジアは地理的に近く、英語もある程度通じることから、日本企業にとって取り組みやすい地域です。
具体的には、マレーシア、ベトナム、タイといった東南アジア諸国での関心が強く、近年ではインドやバングラデシュなど南アジアへの関心も高まってきています。マレーシアやタイは経済成長とともに「円借款を卒業」しつつあり、支援の形が変化しているのも特徴的だと思います。
JICAに在籍していた頃から、将来的には国際機関で働きたいという思いを持っていました。各機関、若手向けにJPOポストがありますが、狭き門であるため、応募できるところには積極的に挑戦していました。その中で、世界銀行はJPOポストに応募できる最後のチャンス※2 があり、思い切って出したところ採用に至り、2年間JPOとして勤務し、インフラ専門官として正規職員となりました。中にはアメリカの大学院で修士号を取ってShort-term Consultantとして採用され、何年か下積みをして正規の職員として採用される事例も数多く見ました。
※2:32歳まで応募可能だが、30歳までの方が優遇される傾向にある。
業務内容としては、最初は都市開発に関するリサーチ業務を担当しました。ただ、私自身は融資や技術協力といったオペレーション業務に携わりたいという思いが強く、JICA等これまでの経験を生かせる分野を模索する中でPPP(Public-Private Partnership)の部署に社内転職しました。
PPP関連業務では、インフラ案件のフィージビリティ・スタディ(FS) やPre-FSの支援、PPPを導入しようとする途上国への制度設計支援、さらには政府担当者向けのキャパシティビルディングなどに従事しました。例えばラオスでは、道路をPPP方式で整備するためのFSを実施しました。既存道路を拡幅・改良し、料金徴収の仕組みを導入することで、財務的に持続可能なプロジェクトへとつなげていく取り組みです。現地にはそれまで料金徴収の制度が存在しなかったため、その仕組みや制度のコンセプト作りから関わりました。
こうした「インフラ整備のための環境づくり」に携われたことは、まさに国際開発の現場ならではの醍醐味であり、自分の関心とも深く重なる貴重な経験になったと思います。
世界銀行勤務時に訪れたフィリピン鉄道案件の車両基地
世界銀行勤務時のラオス政府向けワークショップの様子
JBICでは主に鉄道案件を担当しました。世界銀行ではプロジェクト形成のための環境整備やPre-FS、FSといった上流(アップストリーム)に関わりましたが、JBICでは下流(ダウンストリーム)と呼ばれる案件向けファイナンス業務に関わりました。私自身、PPPの専門家を目指す上では下流の経験が不可欠と考えていたため、まさに望んでいた下流寄りの実務経験を積むことができました。
JBIC時代にペルー政府とのミーティングに臨む様子。右側が能勢さま。
現在は、KPMGあずさ監査法人にて国内外のインフラ業務に携わっています。今後もPPPの専門家としてさらに実務経験を積みたいと考えていたため、国内外のインフラ事業に強みを持つ同法人は、自分の志向に最もフィットする環境でした。今後も実際のディールに関わる経験を積み重ねていきたいという思いが強く、脱炭素やサステナビリティに関連するインフラ案件への関与も視野に入れています。
今後もインフラファイナンス・PPPの専門家として、案件形成からディールまで一貫して携わりたいと考えています。海外のエネルギーや脱炭素分野等、世界全体の潮流を把握しながら、PPPの専門家としてのキャリアを築いていきたいと思います。
国際開発分野で最初のキャリアを築いていく上で大切なのは、しっかりと情報を収集し、先を見据えて計画を立てることだと思います。
「5年後に自分はどうなっていたいか」をイメージし、そこから逆算して必要な経験やスキルを積み重ねていく。そのプロセスを常に実行することが、結果としてキャリアの土台を強くしてくれると実感しています。
読者の皆さんも、自分自身の目標を定め、その実現に向けて一歩一歩行動を積み重ねていって頂けると道が開けると思います。ぜひがんばってください。