インタビュアー:鈴木 麻由(University of Sussex)
現在開発コンサルタントとして働く三浦帆奈さんにお話を伺いました。三浦さんは上智大学を卒業後、東京大学大学院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム(HSP)で国際貢献の修士号を取得、PwCコンサルティング合同会社で経営コンサルタントとして経験を積まれた後、アイ・シー・ネット株式会社で開発コンサルタントとして活躍されています。国際協力に関心を持ったきっかけやコンサルタント・女性としてのキャリアとの向き合い方を伺いました。
鈴木:本日はインタビューをお引き受けいただき、ありがとうございます。はじめに、国際協力に関心を持ったきっかけについて教えてください。
三浦:高校三年生の時に図書館で高橋邦典さんの戦争写真集「ぼくの見た戦争:2003年のイラク」を偶然見つけたことがきっかけです。写真集には戦争や紛争によって日常が壊れてしまう人々の姿が鮮明に映し出されていて、そういった人々を助けられるようになりたいなと思うようになりました。戦争や紛争を法律によって変えられることがあるのではないかと思い、国際法などを学ぶことのできる上智大学の法学部国際関係法学科に進学しました。
鈴木:実際に進学してみていかがでしたか?
三浦:国際法を学ぶ前に必修科目として民法や憲法などの国内法を学ぶ必要があり、かなり苦戦しました。卒業論文では「保護する責任(Responsibility to Protect)」をテーマに執筆しましたが、同時に法律だけでは戦争や紛争を防いだり、終結させたりするのには限界があると感じました。そのため、法律だけでなく、社会学や自然科学や地域研究、人文科学など多様な観点から開発学や平和構築を学ぶことのできる東京大学大学院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム(HSP)への進学を決めました。当時は国連への就職も考えていたので、国連職員になるための要件である修士号を早めに取得しておきたかったという理由もあります。
鈴木:国連を視野に入れていると海外の大学院に進学する人が多い印象がありますが、あえて日本の大学院を選んだ理由はありますか?
三浦:大学生の時にアメリカに一年の交換留学をしたのですが、英語力の問題で授業を深く理解するのが難しいと感じることがありました。そこで、まずは内容をきちんと理解したいという思いから日本の大学院への進学を決めました。
鈴木:帰国子女で、英語が得意な印象があったので意外でした。
三浦:そうですね。帰国子女といっても英語圏ではないドイツの現地校に中学3年生まで通っていたので、英語は第二外国語として学んでいました。それまで英語に対して特に苦手意識はなく、むしろ比較的得意な方だと思っていましたが、大学のアメリカ交換留学中に初めて教科書的ではない「生きた英語」に本格的に触れ、言葉の壁を想像以上に痛感しました。具体的には、ネイティブスピーカーの学生たちと議論する際に、自分の主張をうまく伝えきれなかったり、授業内容を十分に理解・咀嚼できていないと感じたりする場面が多くありました。そうした経験があり、まずは日本の大学院でしっかりと内容を学びたいと考えるようになりました。今思うとあまり身構えずに海外の大学院に挑戦してもよかったかなとも思います。
ただ、日本の大学院に進学してよかったと思うことはいくつかあります。たとえば、日本を拠点にいくつかの機関でインターンに挑戦できたことです。様々な機関による国際協力のあり方を知りたいと思い、国連、JICA、NPOでのインターンを経験しました。具体的には、UNHCR駐日事務所、UNDPタイ地域事務所、JICAネパール在外事務所、NPOで長期インターンをしました。JICAネパール事務所は夏休みを利用して一ヶ月ほど、UNDPタイ地域事務所は「トビタテ!留学Japan」の制度を利用して、大学院を一年休学してインターンをしていました。
UNDPタイ地域事務所のインターン仲間と
鈴木:色々なインターンを経験されたのですね。インターンを通じて考えが変わったことはありましたか?
三浦:スタディツアー以外で途上国に行ったのはインターンが初めてで、自分の中でとても大きな経験になりました。学生あるあるかもしれませんが、実際に現地を訪問した時に、日本の基準では「豊か」とはいえないかもしれないけど幸せそうに暮らしている人に出会ったり、支援を必要としていると思って訪問したものの実際は意外と困っていなかったり、逆に逞しくて格好いいと思う現地の人々にもたくさん出会い、こっちが学ぶ方が多かったりして…そのため、「幸せってなんだっけ?国際協力って自己満足や押し付けなのかな?」と自分自身で葛藤することもありました。
そんな葛藤の中、NPOでのインターンの一環でカンボジアの農村に行く機会がありました。農村で子供達と楽しく遊んでいた時「将来何になりたいの?」と何気なく聞いたところ、それまで元気に話していた子供達が急に黙ってしまって。そうしたら近くにいたお母さんが「この村ではそんなことを考えても意味がないから考えないのよ」と言っていて、そうやって夢を諦めた子供達が目の前にいることに衝撃を受けました。同時に、社会的に脆弱とされる人々が希望を持ちながら自立して生きられる社会をつくりたいと強く思うようになり、改めて国際協力の道に進もうと決意しました。
鈴木:元々は戦争や紛争による人道支援への関心が強かったのが、カンボジアでのインターンをきっかけに「社会的に脆弱とされる人々」にご自身の中で対象範囲が広がったのですね。大学院で勉強した中で、現在役に立っていると感じることはありますか?
三浦:授業の内容はもちろんですが、どのような問いを立てたら意味のある研究になるのか、調査内容をどうやって構造的にまとめるか、フィールドワーク調査やインタビューの方法など、実践的な内容が役に立っていると感じています。
鈴木:大学院を修了後、PwCコンサルティング合同会社(以下、PwC)で働かれていましたが、PwCを選んだ理由を教えてください。
三浦:大学院の時のインターンを通じて現地の課題を目の当たりにしたものの、自分には何もできないことを痛感し、まずは仕事をする上での基礎的なスキルを身につけたいと思ったからです。元々、論理的に考える力や課題解決能力に苦手意識があり、まずはそういったスキルを経営コンサルタントとして磨いた上で国際協力の道に進もうと考えました。
PwCでは戦略案件や市場調査、会計関連のプロジェクトなど、様々な案件に携わりました。業務の中で「課題を構造的に捉えて、効果的な解決策を導く」というスキルをスピード感を持って身につけることができました。国際協力の道に進みたいと考えている中で、当時は遠回りしているのではと焦りがあったのですが、開発コンサルタントとしての仕事にPwCの全て経験が活きているので、ファーストキャリアがPwCで良かったです。
鈴木:経営コンサルタントとしてのスキルが開発コンサルタントの仕事にも活きているのですね。反対に、当時モヤモヤしたことはありましたか?
三浦:大学院の同期で新卒から国際協力のキャリアを歩んでいる人と比べると「遅れているな」という焦りを感じることも多く、ファーストキャリアとして経営コンサルを選んで正しかったのかともやもやすることも多かったです。そのため、PwCが実施しているNPO法人向けなどのプロボノ案件に自主的に参加したり、業務外で、JICAが主催している「国際協力イノベーションビジネスコンテスト」に参加したり、少しでも国際協力に触れられるようにしていました。ただ、その後アイ・シー・ネット株式会社(開発コンサルティング会社)(以下、ICN)に入社して、国際協力一本でキャリアを歩んできた人との差別化を図ることができたのでPwCに入社して本当に良かったなと思っています。
鈴木:PwCからICNに転職されていますが、ICNでどのような業務を担当されましたか?
三浦:ICNはODA案件を担当するODA事業部と、民間企業の海外進出や官民連携案件などを支援するビジネスコンサルティング事業部に分かれています。学生の頃から人道支援に関心があったこともあり、入社当初はODA事業部を志望していましたが、私のこれまでの経歴を踏まえてビジネスコンサルティング事業部の配属になりました。入社してから約3年で10件以上のビジネスやJICAの民間連携案件に関わり、在籍中の約半分の期間は海外出張をしていました。
バングラデシュにおける歯科案件での市場調査の様子
鈴木:海外出張の割合が多いのですね。
三浦:これは自分の希望次第というところもあります。たとえば、小さなお子さんがいらっしゃるご家庭では海外出張の割合を少なくすることもできます。私は早く現場に行きたい、現場で沢山経験を積みたいと思っていたので、上司の考慮もあり海外出張に多く行かせていただきました。
ルーマニアに避難したウクライナ難民児童向けの教育プロジェクト
鈴木:これまで担当された案件の中で、一番印象に残っている案件はありますか?
三浦:パプアニューギニアにおける教育関連のJICA民間連携事業です。少し案件の背景をお話しすると、パプアニューギニアには国定教科書がなく、日本の援助により2020年に初の算数国定教科書(小学3~6年生向け)が完成し、各学校へ配布されました。しかしながら教科書は学校からの貸与制で、冊数も不足しており、中にはクラスに一冊しかない学校もありました。そのため、教師が、教科書の重要な部分や練習問題を板書し、児童は、それをノートに写すような運用がなされていたのですが、児童はノートを取ることに授業の大部分の時間を要し、練習問題を解く時間もなく、実質的な学びが十分に提供できていない状況でした。また、教科書の内容が難しく、教師が正しく教えられていないことなども問題として挙げられていました。
このような問題を解決するために、児童全員が持ち帰ることができ、宿題や家庭学習にも活用できる教科書準拠の算数ワークブックが日本の出版会社により開発され、ICNがその普及と効果検証を支援しました。
技術協力などの援助ではなく、民間企業の営利事業なので、このワークブックは保護者や現地政府の方などに買っていただかないといけないのですが、教師が「このワークブックを使って、この国の未来のためにこの国の教育を変えていこう」とオーナーシップを持って保護者を説得している姿に感動しました。また、教師が「算数を教えるのが嫌いだったけれど、このワークブックのおかげで今は算数が一番好きな科目になった」と言ってくれたことも印象に残っています。教師がこのワークブックの良さをしっかりと認識してくれたからこそ、自ら保護者を説得するという行動に繋がったのだと思います。国際協力は「支援する側」と「支援される側」に二分されるイメージがあったのですが、その国の課題を一緒に解決しようと、未来のために奮闘する現地の方々と一緒に仕事ができたのは、かけがえのない経験になりました。
パプアニューギニアにおける教育案件にて学校視察の様子
鈴木:素敵なエピソードですね!現地の方にオーナーシップを持ってもらうために意識されたことはありますか?
三浦:格好いいことはしていないのですが、問題が生じるたびに現地の方と膝を突き合わせて議論したり、実際に複数校にワークブックを使ってもらい学習効果をしっかりと検証し関係者に伝え続けたことなど、地道な積み重ねが功を奏したのかなと思います。あとは、日本の教科書・ワークブックの制作会社の方が「なんとかパプアニューギニアの教育を改善したい!」という熱い思いを持ってチーム一丸となり一緒に取り組んでくださったことが、現地の方にも伝わった結果だと思っています。
パプアニューギニアにおける教育案件の実証先の児童と教師
鈴木:現在産休中とのことですが、女性としてのキャリアとの向き合い方について、どのように考えていらっしゃいますか?
三浦:私もまだ答えがないのですが、人それぞれ、自分の大事にしたいものや価値観によって決断していかなければいけないと思います。また、全てを両立できたらすごいと思うものの、子供がいると「やらないこと」を決めていく必要があると感じています。出産前と同じようには働けないので、まずは優先順位をつけて、自分のキャリアと子育てのバランスを考える。正解がないからこそ、自分の人生においてその時々において何を大切にしたいのかを明確にしないといけないと思います。私の場合、「家族一緒に生活する」ことを一番大切にしたいので、出産後、子供の首が座ったら夫の赴任国に行ってしばらく一緒に生活する予定です。
鈴木:人によって状況が違いますし、色々と悩みますよね。
三浦:メディアで取り上げられるのは「仕事も育児も全部両立させるスーパーウーマン」みたいな女性像が多い気がしていて、まるでそれが正解かのようなプレッシャーを感じてしまいます。今後は、もっと等身大の事例もたくさん取り上げてもらえると嬉しいです。
鈴木:本日は貴重なお話をありがとうございました。最後に、国際協力を目指す方へのメッセージをお願いします。
三浦:「回り道こそ正義」だと思っています。国際協力の道に進まれている方のインタビュー記事を読むと、最短の職歴で国連に入ったり、新卒で国際協力のキャリアをスタートしている方々がいらっしゃり、それが一般的な国際協力のキャリアだと思っていました。私は、大学院修了後に国際協力とは関係のない経営コンサルタントとして働き始めたり、現職で当初希望していなかった部署に配属されたりと、「少し遠回りをしている」と焦りを感じていました。でも、国際協力の道にキャリアチェンジした今思うのは、どんな回り道でも、周囲との差別化に繋がったり、自分の武器になったりと、結果として自分のためになっているということです。回り道と思わず「全部将来に活かしていくぞ」という気概を持ちながら、前向きに楽しむことが大切だと思います。今の会社に入社して、本当に色々なキャリアの方がいて、たとえば教師や看護師を長年続けてから国際協力にキャリアチェンジをされた方もいます。私自身、まだ30代に突入したばかりなので、焦らずにもっと長いスパンで考えていけたらいいなと思っています。
あと、大学生の時に国際協力の道に進むにはどうしたら良いかを質問した時「好きなものを突き詰めてください」というアドバイスをいただいたことがあります。当時はあまり理解できずモヤっとしていましたが「専門分野を突き詰める」ということなのだと社会人になってからようやく腑に落ちました。「国際協力」と一口に言っても様々な切り口があるので、自分の好きなものが何か、どうしたらそれを極められるか、を考えるのも一つの手だと思います。