インタビュアー:KIM Minsu (University of Manchester修了)、佐藤寿美 (London School of Economics and Political Science)
文責:KIM Minsu
今回インタビューを実施したのは、社会課題の解決にビジネスとNPOの両面から携わっていらっしゃる社会起業家の真鍋 希代嗣 (まなべ きよつぐ)様です。東京大学大学院を修了後、新卒でPwC(当時、現 PwCコンサルティング)にてキャリアを歩み始められました。その後、JICAの企画調査員としてイラクに赴任した後、ベトナムでのラーメン屋起業という異色の経験を経て、米ジョンズ・ホプキンス大学で国際開発学の修士号を取得されました。卒業後は、世界銀行、マッキンゼー&カンパニー、京都大学特任准教授としての勤務など、多様なセクターで実績を重ねてこられました。本インタビューでは、多様な経験を積み重ねた中での「軸」は何か、民間や公的機関の視点からどのように国際開発に携わってこられたかを伺いました。
<目次>
大きく2つの経験が影響しています。
1つ目は中学生の頃に原因不明の病気を患ったことです。 運動に制約が出てしまい、体育の授業にも出られないような状態でした。特にショックだったのは、水泳部の引退試合の2週間前にその病気が発覚して、最後の試合に出ることすらできなかったことです。それまで一生懸命練習してきたのに、「挑戦する機会すら与えられない」という状況に、自分ではどうにもできない悔しさを感じました。この経験を通じて、自分の努力とは関係なく困難な状況に置かれる人たちに自然と共感するようになったと思います。
2つ目は、大学時代に、海外で語学学校に通った際の経験です。そこでは様々な途上国出身の友人達と出会いました。私は日本でアルバイトをしてお金を貯めて留学していたのですが、話しているうちに、「自分は恵まれた国に生まれたからこそできたことなんだ」と痛感しました。日本には働ける環境があって、時給も比較的高く、教育制度もしっかり整っている。一方で、どれだけ努力しても生活や教育の環境を自分の力だけでは変えられない国や人々がいることを、身近に実感しました。そのときから、「生まれた環境や時代によって人生の選択肢が大きく左右される」ことに強い違和感と問題意識を持つようになりました。
大学院では国際協力や環境問題、紛争について学んでおり、将来は国連などの国際機関で働きたいという思いがありました。ただ、新卒ではいきなり国際機関に入れないこともあり、汎用的なビジネススキルを身につけることにしました。
就職活動を通じて、コンサルティング業界にはは優秀な人が集まり、厳しい環境で鍛えられる印象を持ちました。「ここで働けば自分の力になる」と思い、コンサルティングファームを選びました。
最初に配属されたのは、企業の財務・経理部門向けのコンサルティングチームで、当初の目標である国際協力とは直接的な関わりはありませんでした。しかし、社内で常に「将来的には途上国に関わる仕事がしたい」という想いを発信し続けていました。そのような姿勢を気にかけていただけたのか、後に南アジアやアフリカの市場調査など、公共セクター関連の案件にもアサインされるようになり、徐々に国際協力に近い仕事に携わることができるようになりました。
PwCに入社した当初から、将来的には国際協力の現場で働きたいという思いがありました。そのため、JICAへの転職はキャリアの延長線上でずっと考えていました。当時は、PwCの海外オフィスへの異動や、海外大学院への進学など、いくつかの選択肢も視野に入れていましたが、まずは現場で直接的に国際協力に携わる経験を積みたいと考え、JICAへの転職を決意しました。
JICAでは、企画調査員としてイラクに赴任し、主に二つの業務に携わりました。ひとつは円借款事業で、水や電力といった発電インフラ整備の企画・監理を担当しました。もうひとつは技術協力を通し、イラク政府と共に、どうすれば外資企業を呼び込み、産業を多角化できるかといった政策づくりの支援に関わっていました。
当時のイラクはJICAが活動する地域の中でも最も危険度の高い地域のひとつで、私が赴任した2013年の翌年にはイスラム国の活動が本格化するという状況でした。ただ、「どうせ現場に行くなら、自分が一番鍛えられる環境に身を置きたい」と思っていました。もちろんリスクはありましたが、それ以上にやりがいを感じられる仕事だと思い、挑戦することを選びました。
※JICAでのご勤務経験については、真鍋さまがご執筆されたnoteもご参照ください。
イラク赴任の最終日に事務所兼住居であったキャンプから空港へ向かうところ。
JICAのイラク事務所で働いていた頃、自分の英語力に課題を感じたことと、経済学を体系的に学びたいという思いが強まり、アメリカの大学院への進学を決めました。大学院の出願は12月にはすべて終えていたので、入学までの半年間をどう過ごすか考えた時に、「せっかくなら、途上国で自分自身の経験値をもっと高めたい」と思ったんです。
インターンも選択肢としてありましたが、民間セクター開発に関心があったこともあり、自ら途上国で事業を立ち上げてみる経験が最も学びが大きいと判断しました。起業といっても、期間が限られていたので、立ち上げやすい飲食業を選び、福岡の豚骨ラーメンをホーチミンで提供する店を始めました。
現地でビジネスを実際に起こしてみることで、海外投資のプレイヤーの立場から途上国の民間セクターを理解できると考えました。周囲からは「なぜラーメン?」と驚かれることもありましたが、自分なりに最も実践的な学びが得られる方法だと考えて取り組みました。
真鍋:アメリカのジョンズ・ホプキンス大学のSchool of Advanced International Studies (SAIS) で “International Development (国際開発)” を専攻しました。特に、世界銀行をはじめとする国際機関での需要が高まっていた計量経済学やデータ分析・評価スキルの習得に力を入れました。
大学院の学びは、日本の教育とは比較にならないほど厳しく、特に語学面では大きな苦労がありました。経済学の授業では数式を追うことで理解ができましたし、得意な数学を活かしてファイナンス系の授業ではクラスメイトをサポートすることもありました。一方で、「開発とは何か」といった抽象的・哲学的な問いを英語でディスカッションするのはとても難しく、毎回の授業に必死でくらいついていきました。
また、ワシントンDCにキャンパスがあることで、世界銀行やIMFの関係者とネットワークを築けたのは大きな財産になりました。
ワシントンDCにて、世界銀行・大学院時代の仲間たちと
世界銀行では主に民間セクター開発に関連するプロジェクトに携わり、データ分析や調査業務を担当していました。ただ、大学院で学んだ高度な計量経済学をフルに使うというよりは、実務に即した分析や政策提言が中心でした。
私が所属していたチームは、科学技術イノベーション(STI: Science, Technology and Innovation)を通じて民間セクターがSDGsの実現にどのように貢献できるかをテーマに取り組んでいました。私の役割は、各業種やトピックでSTIをどのように活用し、民間セクターの知見を引き出せるかを、様々なデータを基に分析することでした。
世界銀行での仕事は、単にデータを示すだけでなく、学術論文などを引用しながら銀行内のエコノミストを説得できる資料作りが求められます。理論と実務が相互に絡み合いながらコンセプトが形成されていく過程に非常に面白さを感じると同時に、日本の組織との大きな違いも感じました。
世界銀行でコンサルタントの仕事を始められたきっかけは、大学院在学中に民間企業と国際機関の両方を視野に入れて就職活動をしていたときでした。丁度マッキンゼーから内定をもらい日本に帰国するか悩んでいた時期に、そのことを相談した世界銀行の職員の方が「日本人でビジネス感覚のある人材を探している」ということで、その方のチームに入れていただけることになりました。ワシントンDC開発フォーラムで勉強会を企画したり、自主的にホームパーティーを開くなど地道に関係構築を進めたことが功を奏したと思います。もともと「いつか世界銀行で働きたい」という思いがあったので、非常に嬉しい機会でした。
世界銀行のオフィスから
マッキンゼーでは主に民間企業をクライアントとしたプロジェクトに従事していましたが、時には公共セクターや社会課題に関連する案件にも関わる機会がありました。また、自身の関心もあり、社内のプロボノチームであるSocial Impact Groupの立ち上げもがんばりました。
「若いうちは専門性、年齢を重ねるとネットワークの広さがより重要になる」と感じ始めていたので、さまざまな分野の優秀な人たちと仕事ができる環境に魅力を感じていました。マッキンゼーは人材輩出機関としても知られており、今後のキャリアにおいても貴重なアセットになると考えて、転職を決めました。
今は経営コンサルタントとして独立しつつ、2025年3月までは、京都大学の成長戦略本部にて特任准教授としても勤務していました。主に「社会課題とアントレプレナーシップ」をテーマに、持続可能性やソーシャルインパクトに関するプログラムを担当していました。単に理論を教えるだけでなく、実社会とつなげた学びを重視し、学生が社会課題を自分ごととして捉えられるように意識していました。
また、学生時代に立ち上げたidpc (International Development Planning Contest) というNGOを現在も続けており、国際開発分野に関連したワークショップや勉強会の企画・運営、年に一度「国際開発プランニングコンテスト」を主催してきました。京都大学に在籍していた時期には、京都大学が主催する形で実施したこともあります。教育分野を通じて、次世代に国際開発や社会課題への関心を広げていくことにも力を入れてきました。
また、2025年9月からは関西大学で非常勤講師として教壇に立つ予定です。引き続き、社会課題へ繋がる教育に取り組んでいきたいと考えています。
京都大学で学生達と集合写真
民間での経験は、私の国際協力分野でのキャリア形成において非常に大きな意味を持ちました。特に、①JICAや世界銀行で仕事を得る際、そして②実務を行う際の両方で培ったスキルが大きく活きたと感じています。
まず「①仕事を得るまで」の段階では、PwCでの経験がJICAへの採用において大きなプラスに働きました。コンサルティングの現場では、新しい課題にスピード感を持ってキャッチアップし、柔軟に対応できる力が求められます。これが組織の独自のルールや仕事の進め方が多いJICAにおいても高く評価されたのだと思います。また、世界銀行への転職の際には、ビジネスと国際開発の両方に高いレベルで関わってこられた経験が評価されたことに加え、そして様々なセクターで広げてきたネットワークが大きな後押しとなりました。
次に「②仕事を得た後」の場面では、民間で養った「キャッチアップ力」が特にJICAで評価されました。例えば、イラクでの発電インフラプロジェクトでは、私は赴任時点では何も知らないど素人でしたが、イラクの電力セクターを素早く調査・分析し、進捗報告を作成する際には、単にWordで文字を並べるだけでなく、PowerPointでビジュアル的にわかりやすく整理・説明しました。こうした点も、実務上非常に重宝されました。
また、民間で身につけたプロジェクトマネジメント力やデータ分析手法は、国際開発の現場でも大いに活かすことができました。業務に対して常に「どの分野でも学びきる意識」を持ち、得たスキルを現場に応じて最大限活用することが重要だと考えています。
正直に言えば、最初から明確な道筋があったわけではなく、試行錯誤の連続でした。最初はPwCで一般的なビジネススキルを身につけることに注力しましたが、その後、「自分はどの分野に専門性を持ちたいのか?」という問いに向き合う必要が出てきました。
その中でまず行ったのは、「どんな選択肢があるのか」を知ることです。実際にこの分野で働く人たちのキャリアパスを具体的に調べました。国連フォーラムという100人以上の国連職員のインタビューが掲載されているウェブサイトを印刷し、マーカーを引きながら読むなどしていました。そして、「国際協力の現場にはどんな仕事があり、自分はどこで貢献できそうか」をひとつひとつ整理していきました。そうすることで、次のステップに進むための大きなヒントを見つけることができました。
結果的に、民間で培ったスキルがどのように国際開発の現場で価値を発揮できるかを言語化できるようになったことが、次のキャリアへの大きな一歩になったと思います。専門性を深めるには時間がかかりますが、自分のキャリアビジョンを明確に描きつつ、具体的な行動を積み重ねていくことが、キャリアの突破口を開く鍵だと感じています。
もしやり直せるなら、自分が本当にやりたいと思う分野を選びたいですね。当時であれば国際協力、今であれば社会課題の解決に携わる仕事を選ぶと思います。
また、キャリアの転換については「AからBへの転職は比較的しやすいが、その逆は難しい」という現実もあります。そう考えると、新卒で外資系コンサルティングファームを選んだ判断は間違っていなかったと思います。市場価値も大事ですが、それだけに囚われすぎると精神的にきつくなることもあるのでバランスが大切です。
現在は、自分で立ち上げたコンサルティング会社を通じて、大企業の新規事業支援や社会的インパクト創出に関わっています。また、プロボノとしてNPOの支援活動にも取り組んでおり、「ビジネス」と「ソーシャルインパクト」の両面から社会課題にアプローチすることを意識しています。
最近では、社会課題はビジネスを通じて解決すべきだという考えが強まっていますが、収益化が難しい部分についてはNPOや政府の支援も必要だと思います。私は、コンサルティング事業で収入と仲間を確保しつつ、社会的インパクトの創出にも積極的に取り組んでいきたいです。
今後のキャリアで特に大切にしたいのは、「社会課題の解決に真剣に取り組みつつ、いかにその仕組みの持続性を確保するか」という問いに向き合い続けることです。社会課題に本気で取り組むためには、継続可能な仕組みづくりが不可欠だとこれまでの経験から強く感じています。だからこそ、志ある仲間たちとチームを組み、社会貢献につながるビジネスモデルを一緒に構築していきたいと考えています。
これから国際協力の分野を目指す学生や社会人の方々に伝えたいのは、「何をやりたいのか」を自分で言葉にしてみることの大切さです。多くの方が漠然とした気持ちはありつつも具体的な形にできず悶々としていると思います。一度言葉に落としてみて、仮でも良いので、それをご自身の目標としてみてください。自分自身に対してスタンスを取るということかもしれません。そこには、理屈だけでなく、憧れや直感のような気持ちが含まれていても構わないと思います。大切なのは、その想いを一度自分で認めた上で、実際に「かたち」にしてみることです。
現場での挑戦や実体験は、必ず次のステップへの糧になります。私自身も、大人になってから大学院に進学し、起業、国際機関での勤務など様々な挑戦を通じて、自分の軸や強みを少しずつ見つけてきました。一歩を踏み出せば、思っている以上に選択肢は広がっていきます。だからこそ、まずは「やってみる」ことを恐れず、自分の思い描く未来を少しずつ現実にしていってください。心から応援しています!
真鍋さまのnote:https://note.com/kiyotsugu
真鍋さまのWebページ:https://sites.google.com/view/kiyotsugumanabe/
インタビュー時の様子:左から、真鍋様、佐藤、KIM