インタビュアー:伴場森一 (London School of Economics and Political Science 修了)
戦略コンサルティングファームにてコンサルタントとして勤務している加藤木文奈(かとうぎあやな)様です。日本の大学卒業後、London School of Economics and Political Science (以下LSE)のMSc in Gender, Policy and Inequlitiesに進学しました。修了後、戦略コンサルティングファームに入社し、主にパブリックセクターの案件を担当されています。LSEでの学びやコンサルティングファームを就職先として選んだ理由のほか、戦略コンサルティングの魅力やトランスファーで出向されたケニアのナイロビ・オフィスでの勤務経験などを伺いました。
伴場:初めに、加藤木さんが現在どのようなお仕事をされているか、お話しいただけますか。
加藤木:はい。今、戦略コンサルティングファームに入って6年目になります。私は主にパブリックセクターチームをメインにお仕事をさせて頂いており、特に政府関係の高官や省庁の方々を対象とした案件に関わっています。
パブリックセクターの中にもテーマごとにチームが分かれており、たとえばデジタル、教育、地方創生といったテーマがあります。私はその中でも特に、開発途上国向けの支援や国際協力機関との連携を扱うチームでの仕事が多いです。最近は東京オフィスの中でもこの分野が大きくなってきています。
現在は、開発援助機関と一緒にブラジルに関する案件に取り組んでいます。直近の3年間は、「グローバルサウス」と呼ばれる地域を対象とした政府系機関とのプロジェクトに多く関わってきました。
一般的に、国際協力業界の中では、人道支援などの分野では予算が縮小傾向にあると思います。しかし、日本政府が進めているような「グローバルサウス戦略」などでは、途上国を単なる支援対象としてではなく、貿易や戦略的パートナーとして位置付ける流れが強くなってきていると感じます。
現在クライアントの公官庁機関や開発援助機関様も、そうした観点から新しいパートナーシップの構築を進めており、関連する案件は確実に増えていると思います。
伴場:加藤木さんの留学に関するお話もぜひ伺えればと思います。日本の大学を卒業後、すぐにLondon School of Economics and Political Science (以下LSE)のMSc in Gender, Policy and Inequlitiesに進学されましたが、その動機について教えていただけますか。社会人経験を経てから大学院に進む方もいる中で、なぜ加藤木さんは学士から直接修士へ進学されたのでしょうか。
加藤木:もともと私は比較的早い段階から国際機関、特に国連で働くことを目標にしていました。そして、国際機関でのキャリアには修士号が必須であることも理解していたため、できるだけ早いうちに修士を取得しようと考えていました。
特に女性の立場からすると、就職後は結婚や出産といったライフステージの変化が想定され、自分の意思だけではコントロールできない要素が増えてきます。そういった事情を踏まえると、早いうちに修士号を取っておくことは良い選択だったと感じています。
もちろん、修士号は複数取っても良いと思います。個人的には、ジェンダーの視点からも、早期に学びを深めることは非常に価値があると思っています。
伴場:LSEではジェンダーに関連する分野を専攻されたかと思いますが、なぜその分野を志望していたのですか。国際機関でジェンダー分野に携わりたいという考えがあったのでしょうか。
加藤木:はい、明確に決まっていました。たとえば開発学のようなジェネラリスト向けのプログラムを選んでしまうと、自分の関心の軸がぼやけてしまうと感じていたので、自分が特に関心を持っていたテーマ、つまりジェンダーの視点で学ぶという方向性は最初から意識していました。そのためLSEではジェンダー学部に所属し、社会政策などの「ジェンダーと開発」といったテーマを中心に学びました。
伴場:LSE以外ではどの大学に出願されたか、そしてその中でLSEを選ばれた理由についても教えていただけますか。
加藤木:出願した大学は、オックスフォード大学の社会政策学部、フランスのSciences Poの人権プログラム、UCL、サセックス大学、それからスイス・ジュネーブの大学院等です。その中でもLSEを選んだ理由は奨学金を頂いたことと、他の大学で合格したプログラムが「開発学」や「社会政策学」といった、どちらかというと幅広い内容だったのに対し、LSEにはジェンダーに特化した学部があった点です。私は「何を達成するために開発学や社会政策を学ぶのか」という問いに対して、やはりジェンダーという明確な軸を持ちたいと考えていました。
伴場:在学中に印象に残った授業があれば、教えていただけますか。
加藤木:「フェミニスト・ポリティカル・セオリー(Feminist Political Theory)」という授業がとても印象に残っています。
留学前は、「ジェンダー学」と聞くと男女の二項対立をどう乗り越えるか、というようなテーマを扱う学問だと思っていましたが実際には全く異なっていました。たとえば、「インターセクショナリティ(Intersectionality)」という概念は国連でもよく使われる言葉かと思いますが、人間は性別だけでなく、人種、階級、宗教、国籍など、さまざまな社会的属性が重なって構成されているという視点を学びました。
具体的に例を挙げると、白人のアメリカ人女性と、アフリカの貧困層にいる女性では、同じ「女性」という括りでも直面している課題がまったく異なりますよね。そういった背景を踏まえた上で、「政策をどう評価すべきか」「どこに焦点を当てるべきか」について考える授業でした。非常に目から鱗が落ちるような経験で、私にとっては学びの転換点になったと思います。
つまり、単に「女性」や「子ども」という括りだけでは見落とされてしまう層というのが存在します。そのため、より具体的に、当事者の状況を見極めながら政策設計をする必要性があると考えています。「誰が支援の対象になり、誰が漏れてしまうのか」という視点を学べたのは、私にとって非常に有意義な経験でした。
伴場:LSEでのクラスメイトについても少しお聞きしたいのですが、およそどれくらいの人数規模の学部だったのでしょうか。また、学生の国籍などの構成も教えていただけますか。
加藤木:学部全体で100人ほどだったと思います。小規模な学部で、その中に4つのプログラムがありました。私が所属していたプログラムには20人くらい在籍していました。学部が小さい分、プログラムを越えた交流がとても盛んで、ジェンダー学部という同じコミュニティの中で、様々な友人ができました。
ただ、アジア人はかなり少なかった印象です。私の代では100人中3〜4人程度で、そのうち2人が中国人、1人が私でした。他はアメリカ、イギリス、インド、そしてヨーロッパや東南アジアの国々など、かなり多様な構成でした。
卒業式にてLSEのジェンダー学部の友人と撮影。今も変わらず連絡を取り合う仲です。
伴場:ここからは現在のお勤め先である戦略コンサルティングファームについて伺っていきたいと思います。加藤木さんが以前インタビューされたある記事では、「経済的価値だけではなく、社会的インパクトの創出にも力を入れていることと、グローバルな環境に魅力」に惹かれて今の戦略コンサルティングファームを選ばれたと回答されておりました。LSEでの留学を経て、現在の会社に入社に至った理由を詳しくお聞かせいただけますか。
加藤木:まず、「なぜコンサルに進んだのか」、そして「なぜその中でも戦略コンサルティングファームを選んだのか」という2点に分けて回答します。
当時、国連でインターンをしていた際に、上司から「このまま国連に残る道もあるけれど、まずは自分を差別化できるような何かを持っておいた方が良い」とアドバイスを受けました。国連の仕事も変化してきていて、今ではよりエビデンスベースの提案が求められ、国連単独では限界があるという見方もあります。だからこそ、民間との連携が重要で、そうした中でコンサルの経験が活きると考えました。
また、日本では「新卒カード」を活かせる最後のタイミングだったこともあり、一度は企業就職をして、民間の考え方を知ろうと思いました。
そこで、コンサルを選んだ理由の一つは、働き方が国連と似ている部分もあると考えたからです。たとえば、プロジェクトベースで働く点や、課題に応じてチームを組むスタイルなど、国連との共通点が多いと感じました。また、短期間で成長できる環境であることも理由の一つです。私は当初2~3年働いたらまた国際機関に戻るつもりでいました。
そして、その中でも今の企業を選んだ理由は、他の戦略系ファームと比べて、公共セクターとの案件に携われる機会が非常に多いからです。また、グローバルな案件や、たとえばグローバルサウスでの経験を積めるチャンスがある点にも大きな魅力を感じました。
伴場:国際協力に関心を持ち、コンサルティングファームに入る人の中には、戦略ファームではなく、総合コンサルティングファームを選ぶ方もいるかと思います。当時、総合系ファームに就職する選択肢は検討されていましたか。
加藤木:あまり検討しませんでした。戦略ファームと総合系ファームでは携われるビジネスの潮流が全く異なると感じたからです。総合系は実行支援のような下流工程が多く、クライアントも現場レベルの担当者が中心です。一方、戦略ファームは上流の意思決定層を相手にするので、視座を高く持って課題に向き合うことができます。私は「上流から下流へ」は行けても、その逆は難しいと思っていたので、まずは戦略ファームで上流の視点を磨きたかった、というのが理由です。
伴場:戦略コンサルタントの方は入社後数年で退職される方が多い印象があります。そうした中で、6年目を迎えられた加藤木さんが今の戦略コンサルティングファームで働き続けている理由について、お聞きしたいです。
加藤木:率直に言って、企業のカルチャーが自分に合っていたから、というのが一番大きな理由だと思います。特に、働いている人たちがとても魅力的なんです。ロールモデルにしたいと思える方が多く、自分もここで頑張っていきたいと思わせてくれる職場でした。今の企業の特徴として、「成長は自己責任」というスタンスがあるのですが、それが私にはすごく合っていました。こちらが主体的に「こうしたい」と言えば、10のサポートを返してくれるような、良い意味で“お節介”な人が多い会社なんです。
加えて、他の社員の方のバックグラウンドの多様性も魅力ですね。たとえば、HRの専門家やフランス哲学の研究者、ジェンダーを専門に学んできた私のような人間もいます。それぞれの強みを活かして成長できるよう、真剣に考えてくれるカルチャーがある点は、本当に素晴らしいと感じています。
伴場:ご自身の希望を発信すれば、それに応えてくれる環境があるということですね。
加藤木:はい、まさにそうです。たとえば「パブリックセクターの案件に関わりたい」「途上国開発関連のプロジェクトが始まったので、グローバルサウスに拠点を構えるのオフィスと一緒に仕事がしたい」など、自分の希望を伝えれば、叶う可能性がある限り、全力で応援してもらえます。
正直、入社当初は2~3年で辞めるつもりでした。しかしながら、様々なチャレンジが叶えられる環境を与えてもらい、気づけば「もう少し続けたい」と思うようになったんです。今は楽しく働けていて、もっと戦略コンサルタントとして成長していきたいという思いも強くなっています。
伴場:今いらっしゃる企業は戦略コンサルティングファームの中でも特に「人を育てるカルチャー」があると聞いたことがあります。実際に働いてみて、その点はどう感じられましたか。
加藤木:はい、私もその文化を非常に強く感じています。ただし、成長したいという本人の意欲があってこそ組織が手を差し伸べてくれるという文化ですね。
逆に言えば、黙って待っていても何かを与えてもらえるというスタンスだと、あまり機会は得られないかもしれません。でも、「成長したい」「挑戦したい」と積極的に発信すれば、手厚くサポートしてくれる「お節介」な人たちが多いです。「会社に育ててもらう」というより、「自分が成長したい願ったときに全力で応援してくれる会社」というのが、今私がいる企業らしさなのではと思います。
伴場:加藤木さんはナイロビ・オフィスでご勤務されたこともありますね。その時に担当されていたお仕事について、詳しく教えていただけますか。また、当時、そのオフィスの方々からどういった期待を持たれていたのかも併せてお聞かせください。
加藤木:ナイロビ・オフィスでは様々な案件に関わりました。たとえば、現地のスタートアップと国際機関の協働案件などです。その中の一つに、「バイクタクシー」のプロジェクトがありました。ケニアでは自動車のタクシーではなく、バイクのタクシーが一般的なのです。ある現地スタートアップが、バイクの質を改善すると同時に、運転手として女性の登用を進めたいと考えていました。
というのも、ケニアでは経済的に厳しい層の雇用の受け皿としてバイクタクシーが機能している一方で、女性にとってはそのような職業に就く機会が非常に限られていました。そこで、クライアント企業としてはダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の観点からも、女性のバイク運転手を増やすことを目指していました。
私たちのチームでは、まずなぜ女性の運転手が少ないのかを現地で調査し、その課題に即した職業訓練プログラムの設計を行いました。実際に、数少ない女性運転手の方にヒアリングをしたり、彼女たちの業務に密着して、オペレーションの実態を理解した上で、どういった支援が有効かを提案しました。
他には、欧米系ある財団から依頼を受けた案件で、東アフリカ地域における「昆虫由来の肥料」のバリューチェーン構築支援というプロジェクトもありました。
栄養価が高く環境負荷も低いことから、昆虫肥料は持続可能な農業推進の観点で注目されています。その財団が「ケニアにおいても市場としての可能性があるのではないか」と考え、私たちは市場ポテンシャルの分析や、バリューチェーン全体でのボトルネックの洗い出しを行い、改善提案を行いました。
伴場:それらのプロジェクトの中で、ケニアでの働き方に関して、日本との違いを感じる場面や、特に苦労されたことはありましたか。
加藤木:意外なことに、働き方はまったく変わりませんでした。今いる企業はグローバルで働き方が統一されていて、基本的にプロジェクトはチーム制で進められます。
たとえば、朝にチェックインしてその日のタスクを確認し、日中は作業、夕方にチェックアウトして成果や次のステップを共有する、といった流れは東京オフィスとほぼ同じでした。インドネシアオフィスとも仕事をしたことがありますが、やはり働き方は変わりませんでした。これは、今私がいる企業のグローバルの組織としての強さを感じた点です。
伴場:では、語学で苦労されたことはありましたか。
加藤木:それはもちろんありました。高度な議論を英語で行うというのは最初は大変でした。英語がネイティブではないという点は変えられないので、その代わりに他の部分で自分の強みを出すようにしていました。
たとえば、文書作成が重要な案件では、誰よりも早くスライド作成する、インタビューでニーズの深掘りする力を活かす、チームマネジメントを自分が担当するなど、プロジェクトごとにチームの特性を見ながら、自分の役割と強みを活かせるよう工夫していました。
伴場:日本の大学を卒業後、直接英国に大学院進学した方の中では、修了後に日本のコンサルティングファームに進もうと考える方々が多い印象があります。そういった方々に向けてアドバイスをお願いいたします。
加藤木:そうですね。まず、「面接対策をしっかりしなくては」と思いすぎなくてもいいと思っています。それよりも大事なのは、多角的に物事を見る視点や、議論を通して一緒に答えを創り上げていく姿勢です。
LSEのような国際的な環境にいるのであれば、さまざまな国籍や価値観を持つ人たちと沢山話をしてみることが非常に有意義だと考えています。また、議論の瞬発力やファシリテーションのスキルは、授業を通じて自然と身につけられるので、そういった力をしっかり育んでいくことが、入社後の活躍にもつながると思います。
伴場:将来、国際機関で勤務したい方々にとって、戦略コンサルティングファームで働くことは、どういう意味を持つと思われますか。
加藤木:私自身、国際機関で働いているわけではないので、国際機関の中でのキャリアに関してはあまり具体的なことは言えませんが、コンサルには本当に多様な人がいて、それぞれが非常に高い専門性やビジネススキルを持っています。
そのような人たちとチームを組んで働くこと自体が、ものすごく刺激的で、自分の「戦闘力」を上げるという意味でも非常に価値のある経験です。たとえ1〜2年という短期間であっても、人生における貴重な資産になると思います。
国際機関でのキャリアを目指す人にとっても、コンサルの経験をするという道は十分にあり得ると思いますし、一つの選択肢としてより多くの人に認識されてほしいと感じています。