国際貿易からみた国際協力の在り方:JETROでの勤務経験を通じて
国際貿易からみた国際協力の在り方:JETROでの勤務経験を通じて
インタビュアー:KIM Minsu (University of Manchester)
辻本 希世 様
JETRO (独立行政法人日本貿易振興機構) にて、中小企業の海外展開支援やブラジルでの駐在、海外調査部で勤務された後、The University of Manchester の MSc Global Development (Globalisation, Trade & Industry) にて貿易・通商政策を中心に開発学を専攻されました。国際貿易という観点から、国際協力・開発に携わる理由及び原動力に迫ります。
出身校:MSc Global Development (Globalisation, Trade & Industry), Global Development Institute (GDI), The University of Manchester
・KIM:本日はインタビューを引き受けて下さり、誠にありがとうございます。今回のインタビューでは、辻本さまのこれまでのご経歴や実務経験、マンチェスター大学院へのご進学を決意された背景などをお伺いできればと考えております。まず、これまでのご経歴や、前職の仕事の内容について教えていただけますでしょうか。
・辻本:初めまして。2023年9月から2024年8月までマンチェスター大学院のMSc Global Development (Globalisation, Trade & Industry) に所属していた 辻本 希世 (つじもと きよ) と申します。まず、簡単にこれまでの経歴をご紹介します。
私は幼少期に4年間南米のチリに住み、現地ではアメリカン・スクールに通っていました。チリはスペイン語圏ですが、日本や欧州を含む世界中からの移民で構成されるブラジルに関心を持ち、高校卒業後は上智大学のポルトガル語学科に進学しました。大学時代にはポルトガルに留学する機会にも恵まれました。当時はまだユーロ通貨が導入されたばかりで、EUとしての政治・経済統合体が現在進行形で進んでいく中で、物価の高騰や社会問題の頻発を目の当たりにしたことが印象に残っています。その後、就職活動ではブラジルに関わりたいという想いを軸に様々な業界を見ていました。
その中でもJETROに入構するに至ったきっかけは2点あります。一点目はブラジルという大きな新興国市場にビジネスチャンスを感じたからです。日系人のコミュニティーの大きさも含めて、日本とブラジルは長年に渡る友好関係がありますが、日本にとってはASEANや東アジア地域と比べると身近ではなく、心理的にも遠い印象を受けます。その一方、対伯ビジネスは一定の割合を占めており、今後伸びていくであろう地域に、JETROであれば関与できると考えたからです。
二点目は、JETROの業務は利益ではなくニーズに沿って実施されるからです。前述したとおり、ブラジルに関与できる会社は他にもありますが、民間企業だと利益重視の傾向があり、費用対効果の観点から、ブラジル事業を縮小・撤退してしまう可能性もあります。しかし、対伯・対日ビジネスは一定数存在することからニーズがあり、JETROはそのニーズに沿ったサポートを続けていける非営利的な部分が魅力的に感じました。また、似たような機関にJICAやJBICなどもありますが、JETROはビジネスが存在するところ全ての国々(先進国、新興国、開発途上国)が対象であり、様々な国のビジネスに携われる点も入構を決めた一因です。
・KIM:ありがとうございます!学生の頃から一貫した目標を持って活動されてきた点が印象に残りました。次に、JETROでの業務についてお伺いしてもよろしいでしょうか。
・辻本:承知しました。JETROでは今でこそブラジル関連の業務に携わっていますが、以前はタイやベトナムといった東南アジアへの中小企業の海外展開支援の業務に従事していました。JETROにはジョブ・ローテーションがあり、若手のうちは様々な業務を経験することでキャリアの可能性を広げることができます。合計5~6年間従事していたのですが、結果的には広い視野を獲得でき、良い経験になったと感じています。というのも、東南アジアには自動車産業・製造業をはじめとした日本企業が多く進出しており、学べることが沢山あります。ジョブ・ローテーションに関しては賛否両論ありますが、まずはやってみるという点で重要だと感じています。個人的には、キャリア構築において「広い視野」と「確固たる専門性」が重要と考えているのですが、実体験がないと自分の身にならないと思います。この時の経験は、後述するブラジルでの業務に非常に役立っていると確信しています。
話を戻しますと、その後の2014年から2019年の間はブラジルのサンパウロ事務所に駐在しました。ブラジル駐在はタイミングだったのですが、ずっと興味を持っていた国に駐在が決定した時は嬉しかったですね。業務内容としては、主にブラジルを中心とした南米の経済・貿易・投資・政治などに関連する調査・分析業務に従事していました。
ブラジル駐在時に感じた点は約2つあります。一点目はブラジルという市場の大きさ及び日系企業との関わりについてです。前述した通り、他の地域と比べると、日本企業のブラジルへの関わりは相対的に少ないものの、それでもそれなり数の日系企業がビジネスを展開しています。しかし、ブラジルには、独自の商習慣や規制など、通商関係の非関税障壁も多く、日系企業に相談されることも多々ありました。そういった方々に対し、時にはブラジル企業や政府関係者を紹介したり、ブラジルにおけるビジネス環境整備活動に企業の方と共に取り組むことで支援していけたことが印象に残っています。二点目は駐在における人間関係の重要性です。これは駐在に限らないのですが、業務において良好な人間関係を築くことは必要不可欠で、いつどこでどんな縁があるかはわかりません。駐在時にはもちろん大変な事もありましたが、続けてこれたのは純粋に楽しかったからです。
・KIM:大変勉強になります。帰国されてからの業務についてはいかがでしょうか?
・辻本:帰国後は東京のJETRO本部に戻り、海外調査部という部署に4年間在籍していました。主に南米 (ブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイ、ベネズエラ)の貿易・投資環境について企業へのヒアリング、統計情報、ブラジル政府の公式文書を通じて分析・調査し、レポートとして情報を発信する業務に従事していました。読み手は民間企業・公的機関・個人・研究機関など様々で、経済産業省から依頼されることもありました。長期的にはブラジルに関する政策・両政府間の協調などに役立つ内容を提言できた際にはやりがいを感じました。また、企業からの依頼の際にはブラジルに進出するための情報を提供することが多かったです。ブラジル発の情報はポルトガル語のものが多い為言語の壁があり、それが日本企業にとってビジネスの足かせになる事もありますが、そういった非関税障壁を取り除くべく情報発信をするよう心がけていました。
・KIM:ありがとうございます!これまで調査・分析の業務にかなり従事されてきたと思うのですが、他の研究機関や民間企業(e.g. 研究所、金融業界、コンサルティングファーム)との違いは何なのでしょうか?
・辻本:JETROの対象はビジネスに関与する方々、全員です。そのため、広く浅く情報にあたることもあり、更に深い分析・予測等は他のシンクタンクや銀行にお任せすることも多々あります。一方、JETROの強みは世界70か所以上にある海外事務所を通じた情報収集を通じて、地域横断で比較できる点だと思います。これは外国語が出来る人材が多く揃っているJETROならではの特徴でもあり、コンサル・金融機関と差別化できる点だと思います。勿論、同じ調査に従事する人々の間で意見交換することも多いです。
・KIM:印象に残っている業務などはありますでしょうか。
・辻本:やはりサンパウロ事務所にいた時の経験が印象に残っています。ブラジルでビジネスしている日本企業は約500社です。公私ともに、ブラジルの専門家や研究者、現地の政府、弁護士、企業と関わることも多く、本当に多様なアクターを巻き込みつつ仕事ができたのはとてもいい経験でした。
・KIM:非常に詳細にご説明くださり、誠にありがとうございます。
・KIM:次に、イギリス大学院への進学を決意した背景及びマンチェスター大学の該当コースにご進学を決定した理由など教えてください。
・辻本:大学院進学を考えた理由は二点あります。1点目は、JETRO在籍時からゆくゆくは大学院に進学したいという気持ちを持っていたからです。調査業務に携わっていた際、実務の視点からだけでは限界があると感じ、一度アカデミックな視点から見てみたいと思ったからです。2点目は、自分なりの新たな価値観・行動指針を会得したいと考えたからです。我々は長らく経済発展を追求してきましたが、トランプ政権の台頭やパンデミックが更なる引き金となって、資本主義的な経済成長一辺倒の常識が崩れてきているように感じました。
また、イギリスの大学院にした理由の一つは、英語で修了することができるからです。日本語でも多くの情報にアクセスできますが、英語とは雲泥の差だと思います。より多くの情報に触れられると思い、進学を決意しました。一年で修了できる点も魅力的でしたね。
その中でも、マンチェスターを選んだ理由は、リベラルな気質があり、産業革命の発祥地 (近代貿易の発祥地) であったからです。少し専門的な話になりますが、貿易の歴史を遡ると、ヒト・モノ・カネ・アイデア(技術やデータ)の移動が活発になるのはコストと関連していると言われています。マンチェスターでの鉄道の発展によってモノを動かすコストが安くなったことから世界の貿易量が大幅に上昇しました。その歴史的な革命の発祥地であるマンチェスターという街に住んでみたかったからです。また、マンチェスターを始めとする北部イングランドはロンドンに比べて、街の規模は大きいながら物価も安く、大都市では感じることが難しくなったイギリスらしさが残っており、古き良き伝統あるイギリスを感じたかったからというのも決め手でしたね。
・KIM:印象に残っている授業、経験などはありますか?
・辻本:主に二つあります。
Development Research:研究手法を学ぶ授業です。非常に抽象的なトピックを扱い、多様なアプローチを学ぶため、掴み方が難しかったです。色んなコースの学生が受講していたため、色んな視点を知れたのはいい経験でした。課題はResearch Proposal を作成し、後述するDissertation の良い練習になりました。
The Politics and Governance of Development: Optional Moduleとして受講したのですが、個人的には非常に学びが多い授業でした。途上国・新興国がどのような政策を立案し、どのように実施するのかを学ぶ理論が凄く興味深かったです。
また、本コースの授業を通じて感じたことは、「GDIの開発学の重要性」です。これまでは新古典派経済学は万能であるという風潮がありましたが、その理想が崩れてきており、トランプ政権の出現がその大きな転換点だったように感じています。自由貿易には勿論メリットも沢山ありますが、同時に競争にさらされる事で、衰退していく産業もあります。関税を下げて自由貿易を活性化させるとGDPは増加するとも言われていますが、資源大国の新興国や途上国などは、比較優位産業に特化してしまい、自国産業が発達しないというデメリットも存在します。GDIの授業では「自由貿易推進」という第二次世界大戦後に確立された貿易体制に対して、なぜそうなのか?本当にそうなのか?というCritical な視点だけでなく、政治的な部分まで踏み込むことができる点が特徴的です。
・KIM:非常に勉強になります!そのような知見を持つことができたのも、これまでブラジルに携わり続け、なおかつ理論と実践の両方を意識し続けてきた辻本さまならではだと感じました。次に、本コースの特徴は何だと思われますか?
・辻本:私が在籍するGDI (Global Development Institute) の共通点かもしれませんが、理論を重要視する傾向があると思います。具体的には、開発学における基礎となる理論をしっかりと学んだ後に批判的に物事を分析するスキルを身に付けることができます。その中でも私が所属するPathwayは、工業化、貿易や自由貿易協定(FTA)といった通商政策を中心に扱うのですが、実務で得た知見とアカデミアの知見を融合させることで、お互いに足りなかった視点を補い合うことができたのはとても貴重な経験でした。
また、Optional moduleとして他のPathwayの授業を受講することも可能です。私は政策立案・実施について、具体的には政策立案過程や政治においてどのようなPower balanceによって政策が実施されるのかという点にも興味があったため、Politicsの授業もいくつか受講していました。
・KIM:ありがとうございます!私も同大学院のGDI附属のコースに在籍しているのですが、コースによってかなり違う特徴があることを知ることができて勉強になりました!ちなみに、修士論文に関してはいかがですか?
・辻本:修士論文は、これまでの興味・関心と専門性を活かし、ブラジルの産業と自由貿易というテーマで執筆しました。その中で、特に自動車産業に着目し、比較的成功事例であるタイとの比較分析を通して、FTAの推進がブラジル自動車産業の発展にどのような影響を与えるかについて検証しています。非常に充実しているのですが、論文執筆期間が三か月しか無いのは少し大変です (笑)。また、執筆できる内容にも限りがあるので、本腰を入れて研究したい場合はPhDに進学するのも一つの手段かなと感じました。
・KIM:次に、今後のキャリアプランや将来の目標についてお伺いしてもよろしいでしょうか。
・辻本:修了後はJETROに復職を予定しております。現在は新興国 (e.g. 南アフリカ、インドネシア、ブラジル) に非常に興味を持っており、そういった国々の通商政策に関心を持っています。前述したPoliticsの授業で感じたことですが、マクロ経済政策だけでなく、政治政策やPolitical regimeの重要性を痛感しました。そのため、将来は新興国の通商政策に対して日本がどういったことができるかを考え、提言できるような業務に従事できればと思います。
・KIM: 本日は貴重なお話をありがとうございました!最後に、この記事を見てくださっている方々、開発学や国際協力に従事する人々に向けたメッセ―ジをお願いします!
・辻本:留学は沢山の学びがあります。私は仕事を休職しての留学を決断しましたが、インプットだけに集中できた一年間はとても貴重で、何にも代えがたい時間だったと感じました。留学を決意する理由は様々で、また留学先での学びも様々ですが、限られた時間をどのように過ごすのかは皆さん次第です。是非、有意義な留学生活になるよう祈っています。応援しています!