インタビュアー:KIM Minsu (The University of Manchester修了)
今回キャリアインタビューを実施したのは、 世界食糧計画 (World Food Programme)にて財務・会計の専門家として活躍されている 田島 大基 (たじま だいき) 様です。民間金融機関からキャリアをスタートさせ、インド現地の会計事務所で業務経験を積み、米国タフツ大学フレッチャースクールで修士号を取得された後に現在のキャリアに進まれました。「財務・データ」を用いて開発途上国の貧困と飢餓を無くすために奮闘する原動力を伺いました。
KIM:今回のインタビューでは、田島さまのこれまでのご経歴や実務経験、タフツ大学フレッチャースクールへの進学を決意された背景及び役立った点などを中心に伺えればと思います。まず、これまでのご経歴について教えていただけますでしょうか。
田島:はじめまして、田島 大基と申します。私は生まれてすぐ渡米し、8歳までアメリカに住んでいました。その後は日本に帰国しましたが、幼少期に多文化・多国籍な環境に身を置いた経験から、当時から既に国際的な仕事に対するマインドは形成されていたように感じます。
学部は東京大学経済学部に進学し、澤田 康幸教授の元で開発経済学を専攻しました。国際協力に興味・関心を持ったきっかけは大学1年時に参加したモンゴルへのスタディーツアーにあります。ダルハンという地方都市に行った際、孤児院を卒業しても大学にいけないという現状を目の当たりにし、生まれた場所で「機会の不平等」が生じてしまう現状に強い問題意識を持ちました。物事の「結果」に関してはそれぞれの努力次第ですが、「機会」というスタート地点に関しては皆平等であるべきであり、可能な限りフラットな世界であってほしいと考えています。その原体験を胸に現在国連で働いていますが、依然として「機会の平等」実現への道のりは遠く感じますし、なぜ生まれた場所で「機会の不平等」が生じてしまうかの明確な答えは見つかっていないのが現状です。
KIM:次に、新卒で入社された企業や業務経験について教えてください。
田島:大学卒業後は新卒でメガバンク(三菱UFJ銀行/MUFG)に総合職として入社しました。元々は他に国際協力に関われる業界も視野には入れていたのですが、当時はご縁が無かったため、内定を頂けたMUFGでキャリアをスタートさせることにしました。入社後は都内の支社に配属となり、法人営業、財務分析、大企業・外資系企業の融資格付など、幅広い業務を経験しました。約2年半という短い勤務期間ではありましたが、銀行員の業務の基礎を一通り経験させていただきました。
KIM:「お金の流れ」や「財務」に興味を持たれたきっかけは何かありますか?
田島:当時マイクロファイナンスがブームとなり、「金融」というアプローチにも関心を持っていました。実際、銀行員として働く傍ら、マイクロファイナンスのプロボノ活動にも参加していました。もともと国際協力の仕事に興味があったので、銀行員としての業務内容には正直あまり興味を持つことができませんでした。ただ、今WFPで従事している予算部門の仕事は銀行員時代の業務内容と親和性が高く、振り返ると、当時の業務経験がすごく役に立っているなと感じています。そういう観点では、新卒で銀行に行ってよかったと思います。数学が苦手で数字はあまり好きではなかったんですけどね(笑)。
KIM:その後インドに渡航されたとのことでしたが、どのようなきっかけだったのでしょうか?
田島:インド現地の会計事務所に転職しました。きっかけは、国際協力の分野にもっと関わっていきたいと考えていた時に、学部時代に開発経済学を一緒に専攻していたゼミの先輩から声をかけてもらったことですね。あとは、海外経験があったほうがJPO試験に有利になる点も大きいですね。
KIM:具体的な業務内容について教えてください。
田島:主に日系企業のインド現地法人を対象に、会計アドバイザリー業務に従事していました。クロスボーダー案件では、日本企業の本社向けの財務報告サポートなども担当していました。特に会計税務やM&A関連の業務が中心で、日系企業のインド現地法人の設立支援やデューデリジェンス(DD)、バリュエーション(企業価値評価)といったサポートを行いました。私は日系企業のクライアントと、会計事務所のインド人専門家の橋渡し役として、難しいインド会計税務を日本語で説明するなどコーディネーター的な役割も担っていました。
KIM:USCPA (米国公認会計士)をこの時期に取得されたのはどのような背景があったのでしょうか?
田島:きっかけとしては、共に働いていたインド人や日本人のほとんどがUSCPAもしくは JCPA (公認会計士)の資格を保持していたからです。前職の銀行ではファイナンス寄りの業務は経験したものの、会計周りのことはほぼやっていなかったため、業務に少しでも追いつくために取得しました。膨大な勉強量と全科目合格までのタイムリミット(※1)はありますが、財務・会計を一通り英語で学ぶことが出来るため、取る分にはかなり良い資格だと思います。
(※1): 4科目の受験科目で構成されており、それぞれの科目の合格実績の有効期限が18ヶ月であるため。一方、2024年度から一部の出願州では有効期限が30ヶ月に変更されている。
KIM:アメリカのタフツ大学フレッチャースクールでのご経験について教えてください。
田島:私が在籍していたタフツ大学フレッチャースクールのMaster of International Business(MIB)は、厳密にはダブルディグリーではないのですが、MBAと国際関係学(International Relations)の両方の内容を一つのディグリーとして学べるコースとなっています。カリキュラムの内容としては、通常のMBAで学ぶコア科目(特にInclusive Business)と、国際関係学をバランスよく学べる構成になっており、その中でもInclusive Businessと開発経済学を中心的に専攻しました。このコースを選んだ理由は主に2つあります。
1つ目は、ビジネスと国際関係学を同時に学べることです。これまで銀行や会計事務所での経験があり、民間企業での業務経験や専門性を高めながら、国際協力についても深く学べるコースを探していました。まさに自分にうってつけのプログラムでした。
2つ目は、興味を持つキャリアに進んでいる卒業生が多かったことです。当時、国際開発金融機関や国連でのキャリアを模索していたのですが、タフツ大学フレッチャースクールの卒業生にアフリカ開発銀行で活躍されている先輩がいて、その方のお話を聞く機会がありました。その活躍ぶりに感銘を受け、興味が一層深まりました。
KIM:ありがとうございます。東アフリカに興味を持ったきっかけは、何かあるのでしょうか?
田島:アフリカに興味を持った最初のきっかけは、先ほどお話ししたアフリカ開発銀行で活躍されている先輩の姿を目の当たりにしたことです。もともとアフリカに関心があったので、インターン先を探していたところ、タフツ大学からインターン受け入れ実績のあるルワンダのNGOを紹介してもらいました。そのNGOでインターンをしていた大学の先輩が存在を教えてくれました。インターン先はUNHCRのプロジェクトに取り組んでいるNGOで、主にルワンダの首都キガリに住む都市難民の方々が起業したビジネスを対象に、簡単な財務のシミュレーションなどコンサルティング業務を行いました。実際に現地へ行って活動したのですが、これが結果的に非常に良い経験になりました。特に、難民の方々に直接お会いしてお話を伺い、食料問題をはじめとする現地の生の声に触れたことが心に強く残っています。当初は銀行や会計事務所での業務経験から、国際開発金融機関など一部の組織にしか目が向いていなかったのですが、この経験を通じて難民支援や食料問題といった分野にも興味を持つようになりました。それらの課題に対して、これまで培ってきた財務や会計のスキルを活かせるのではないかと考えるようになったんです。
KIM:大学院を修了されてからはどのようなキャリアを歩まれたのでしょうか?
田島:大学院修了後は一度日本に帰国して就職活動を行い、国際開発金融機関か国連の財務部門のどちらにするかを考えていました。最終的には後述するWFPの財務担当官の道を選択したのですが、合否が判明するまでの一年間はJICAの民間連携事業部にて専門嘱託として海外投融資のプロジェクトに携わっていました。国際金融公社 (IFC)、アジア開発銀行 (ADB)など国際開発金融機関との協調融資案件もあるチームで、貴重な経験になりました。
KIM:WFPの東アフリカ地域局及びアジア太平洋地域局にはどのような経緯で入構されたのでしょうか。
田島:WFPにはJPO試験で入りました。大学院を卒業する際にケニアにあるWFP在東アフリカ地域局の予算担当官のポストが募集されており、私の問題意識・関心・地域に合致していたため応募し、無事合格をいただきました。タイミング・運もよかったと感じています。主に財務・予算関係の業務を担当し、東アフリカ地域のパイプラインインフラプロジェクトの予算サポートや食料・資金といった国家資源・財務管理業務に従事しました。東アフリカ地域局で最初の2年間を過ごした後、3年目のJPO延長時にはケニア国事務所に移りました。
JPOの契約期間は3年で終了するため、その後のキャリアを模索していた際、WFPローマ本部の予算部門のスタッフから「アジア太平洋地域局の予算部門に来ないか」と誘われたのがタイ事務所に興味を持ったきっかけです。当時の関心はケニアや南スーダンといったアフリカ地域にかなり関心があったため、アジア地域に赴任するかどうかは悩みました。しかし、結果として2つの異なる地域で勤務できたからこそ学べることも多かったように思います。
ケニア・ダダーブ難民キャンプでの勤務中に裨益者と写真撮影
KIM:WFPという同じ組織の中で異なる二つの地域局で勤務された中で、何か違いは感じましたか?
田島:東アフリカ地域とアジア太平洋地域の二つに分類してお伝えできればと思います。主な違いとしては、前者では難民支援・緊急支援に関する食料支援の割合が多いのに対し、後者では食料支援を実施している政府のキャパシティー・ビルディング(※2)を支援することが多いです。アジア太平洋地域の担当国である17カ国のうち、アフガニスタン・ミャンマー・パキスタン・バングラデシュを除いたほとんどの国々のプロジェクトがこのような政府向け支援の割合が多いです。また、アジア太平洋地域の特徴として、サイクロンや洪水といった自然災害、気候変動に関するプロジェクトも多いです。これは現在の国際協力界隈でかなり重要なトピックで、WFPだけでなく、世界銀行・アジア開発銀行など国際開発金融機関をはじめとした他の国際機関も積極的に取り組んでいます。
(※2): 組織の目的達成に必要な能力や基礎体力を構築・改善し、より効率的・効果的にミッション達成を通じて持続的に存続できるようにするアプローチ。主にNPO・NGO団体、国際機関を中心に重視されている。
WFPアジア太平洋地域局での予算担当向けワークショップ時の様子
KIM:今後の目標やキャリアプランについて伺えますでしょうか?
田島:これまではケニア・タイという二カ国の地域局で業務経験を積んできましたが、該当国・地域の人々の命に直結するプロジェクトに携わってきているので、機会があればアフガニスタン・イエメン・南スーダンといった紛争国・緊急支援が必要とされるWFPの最前線の国々で働いてみたいですね。また、WFP内の他部門での業務にも興味があります。これまでの銀行と会計事務所での業務経験を活かし、民間連携事業やリスク管理分野にも関心が高いです。中長期的には民間セクターから関心のある「食・農業」の分野に関わるのも1つの選択肢と考えています。
KIM:最後に、この記事を見てくださっている方々、海外大学院進学を検討している方々、開発学や国際協力に興味・関心を持っている方々に向けてメッセージをお願いします!
田島:主に3点お伝えさせてください。
一点目は「まずはやってみること」です。最初はあまり興味がないことでも、とりあえず挑戦してみて、やっていくうちに次にやりたいことが見つかることはよくあります。また、後述する人間関係も一度挑戦してみないと何もわかりません。良い意味で物事に固執するのではなく、色んな事を経験して欲しいです。
二点目は「ご縁を大切にすること」です。最初に大学院に出願した目的はあくまで国際機関に出願するための必要条件である修士号を満たすためではありましたが、留学したからこそ、国際機関に出願するしないに限らず、様々な出会いに恵まれました。今思い返せば、色んな国籍・バックグラウンドを持った人達と日夜問わずに学問に没頭できた時間は貴重でしたし、共に切磋琢磨したことで一生モノの友人も沢山作ることができました。IELTSや志望理由書など、留学準備は大変だとは思いますが、若いうちに多国籍な環境で揉まれる経験は一生の財産になります。そのため、留学先でのご縁を大切にしてほしいです。また、「ご縁を大切にするというマインド」は国際機関で働くにあたっても非常に大事になります。私が勤務したWFPでは、同じ機関内であっても東アフリカ地域局とアジア太平洋地域局の間で上司やチームによって全然雰囲気が異なります。その時々に出会う方々とのご縁を大切にしていただきたいです。
三点目は「自分の軸・アイデンティティを明確にすること」です。国際協力業界では、自身の明確な理想があっても思い描いていたことと全然異なるキャリア(国際機関、ポジション、国・地域)になる可能性は全然あります。この際に意識してほしいのは、理想と異なるキャリアになっても全然オッケーですし、その時々のご縁を大切にしてほしいです。実際私もWFP東アフリカ地域局で予算担当官として勤務しましたが、これも偶然その年のJPO試験で当該ポストが募集がされていたからで、正直運の要素も大きいです。しかし、一番大事なのは「なぜ国際協力に携わりたいのか?その国際機関の業務を通じてどういう世界の実現を目指したいのか?」という気持ちと、その気持ちの原点になる原体験です。その原体験がなぜ心に残るかを突き詰めると、それが自身のアイデンティティになると思います。それさえぶれなければ、どのような道に進んでも後悔のないキャリアになると思います。
長くなりましたが、大学院留学や国際協力の道に進む皆さまを応援しております!!
インタビュー時の様子